サーシャFC

(うぅ…まぢで疲れた)
アフリードの政治講座が終ると、ジュノーンは部屋に戻るなり、甲冑を外さないまま寝転がった。
鎧が当たって背中が少し痛いが、気にもとめなかった。
国王にいじられ、宮廷魔術師にあらゆる知識をいじめ的に叩き込まれ…はたしてこれのどこが英雄なのだろうか、と最近よく思う。
(大体、元傭兵に政治だの何だのを教えてどうするつもりなんだ!騎士は国を守る…それだけじゃないのか!?)
イライラしながら、腰より長く伸ばした金髪を後で緩く一つに束ねた。
仮面が無くなってからはたまにこうして髪を束ねるのだが、以前ライネルに『女でもお前より綺麗な奴なんざなかなかいねえぞ?』と感嘆の息を洩らして言われた事が酌に障り、人前ではあまりしない。
現に、彼は同性愛者のターゲットなのだ。
最近でも女と間違われ襲われた事もあるし、同性愛者からもしつこく言い寄られた経験も少なくない。
そんな時、彼は一度相手に警告を与えてから、斬った。
“魂喰い”は何人もの『彼』を愛した『男達』を斬ったのである。
思い出すと吐気さえしてくる。
父親が仮面を着ける事を勧めた理由がよくわかる。
最近になってまた仮面を作ろうかとも思ったが、サーシャに猛反対された為、“黒き死仮面”復活伝は見事断ち切られた。
それにもし作ったとしても、仮面は彼にとって辛い過去を表す物…再び装着するかどうか怪しいものである。
(こんな時はジュリアスと空中散歩でもするか)
ジュノーンはそう思い、外に出て竜の笛を吹いた。
すると、すぐに3対6枚の翼を羽ばたかせ、濃血色の古竜は主人の前へと降り立った。
(何用か?)
眠そうな声をして破壊竜は言った。
「ちょっと空中散歩に行こうかと…」
申し訳なさそうにジュノーンは言う。
彼が寝ていたという事まで考えていなかったのだ。せっかくの睡眠をいきなり起こされて、彼が気分を悪くしたかもしれないと思ったからだ。
しかし、やはり用事は無い、と追い返すのは更に失礼な気がして、正直に希望を言ってみた。すると、思いの外返事は短かった。
(……承知)
鞍に乗り易くする為、首を下げた。
「さんきゅ」
ジュノーンはそう言うと、破壊竜に飛び乗った。
主人が乗ったのを確認すると、破壊竜は3対6枚の翼を羽ばたかせ、飛び立った。
瞬く間に街が小さくなり、雲を突抜る。
空の上はとても寒かったが、今の彼にはそれも心地良い。
(体調でも悪いのか?)
竜は首をねじり、訊いてきた。
「…どうしてそう思う?」
(いつもの覇気がない)
「ちょっと疲れてるんだ…色々と」
王になる事についても真剣に考えているし、毎日の政治経済勉強…脳が破裂しそうであった。
(…我で力になれる事があるなら、力になろう)
「ありがとう」
一応、竜の気遣いに感謝する。
しかし、竜にすら気を遣わせてる自分に嫌悪してしまう。
「そうだ。お前の巣に案内してくれよ」
今、思い付いた事を言ってみた。
(…人間が好む様な物は何も無い)
「無くていい。竜の巣とやらを見てみたい」
俺は微笑して言った。
(…承知)
愛竜はそう意思を伝えると、自分の巣へと方向を変え、向かった。
……………
………

破壊竜・ジュリアスの巣はトーラスの山頂付近の洞穴。
その洞穴はとても奥行きが深く、彼の巨大な体でも十分過ぎるくらいの広さであった。
それに湧き水でできた小さめの湖がある為、飲み水に困る事はない。
どんな竜でも、大体巣はこんな場所を選ぶらしいが、湖と広い空洞がセットになっている場所は大変珍しく、見付けるのは困難だそうだ。
「山頂に最強の竜がいれば、ここが山賊の隠れ家になる心配はないな」
ジュノーンは喉の奥で笑いながら言った。
もし、それを知らずここに住み着いた山賊が、破壊竜の姿を見て一目散に逃げていく場面が容易に想像できた。
「そういえば竜って、何食ってるんだ?」
ジュノーンは再び質問する。
前愛竜のアレスは人間の食べ物や小動物を狩って食べていたが、ジュリアスはアレスより10倍以上大きい。
小動物等では足りるはずがない。
(基本的には、野生の鹿や馬を食う。
我は自分で狩った物しか食わん主義でな。
冬には動物が少なくなり、一度オーガを食った事もあるが、あれは不味かった。二度と食うまい、と決心した程だ)
ジュノーンはそれを聞いて吹き出しそうになった。
オーガなど、見掛けからして不味そうではないか、と。
「人間は食った事あるのか?」
新しく疑問ができたので、訊いてみた。
(操られていた時期に…嫌という程な)
ジュリアスは少し声を低くして言った。
「あ…悪い」
嫌な事を思い出させてしまった、と自分の気遣いの無さを恨めしく思った。
(気にするな。汝がいる限り、二度と操られる事はない)
「そうだな。それに、ドルムみたいな魔力の持ち主はいないだろうからな」
ジュノーンは愛竜の鼻をぽんと叩いた。
「それより、人間は喰うなよ?」
(喰うはずがない。人間はあまり美味くない。オーガ程不味くはないが)
「オーガより不味かったら人間の面目が立たないじゃないか」
(…喰われるのに面目がいるのか?)
「…いや、いらないな」
言うとジュノーン吹きだした。
その『不味いオーガ』にとって『あまり美味くない人間』は『美味い』らしいから、味覚とはよくわからないものだ、と思う。
「今日はここに泊まっていいか?」
何と無く、帰りたくなかった。
また明日から勉強の日々が続くのだから。
(ウエルトの宮廷魔術師が捜しに来るのではないか?)
「げっ…」
ジュノーンは顔を歪めた。アフリードが瞬間移動の術を出来るのを忘れていた。
脱走したと勘違いされたら今度はどんな国王命令が出されるかわかったものではない、
(王宮まで送り届けよう)
「…ああ。頼む」
ジュノーンは渋々破壊竜に跨った。
そして彼は再び夜空に舞った…。



ウエルト王宮の王室には、国王と王妃、そして例の宮廷魔術師がいた。
「どうだ?ジュノーンの学力は」
「かなり高いですね。私の教えた事をすぐに吸収しています。
嫌々やっている様ですが、ちゃんと集中して私の話を聞いてくれている」
国王の問いに宮廷魔術師が答える。
「彼は魔術師としての才能にもたけていますよ」
マルジュも彼を見習ってほしいぐらいだね、とアフリードは付け足した。
ロファール王は彼の報告を満足そうな顔をして聞いていた。
「お前の夢は叶いそうか、アフリード?」
「『私の夢』でなく、『私達の夢』ではありませんか?」
宮廷魔術師はニヤリと聞き返す。
国王はそれを愉快そうに笑い、頷く。
「はっはっはっ!そうであったな」
アフリードがテーブルの上に置いてあるワインをロファール王のグラスに注ぐ。
国王は軽く頭を下げ、それに答える。
「あなたとアフリードの夢とは何ですの?」
今まで黙って聞いていたリーザ王妃が興味深そうに訊いた。
ロファール王とアフリードは顔を見合わせ、
「リーベリアの統一」
と異口同音で答えた。
「り、リーベリアの統一って…!」
さすがのリーザ王妃もその予想外の答えには驚いた。
「そんな事が可能なのですか?」
自分を落ち着ける為、彼女もワインを口に運ぶ。
「可能です。ジュノーンという英雄がいればね」
アフリードは自分の言う言葉に僅かながら興奮していた。
そんな事が言えるなんて夢にも思っていなかったからだ。
「彼には英雄の資質がある。本人は認めてないがね。
しかし、本人以外は認めている。
それに加え、セネト王子やレシエ公女という盟友も、ジュノーンは英雄王になれる存在だ、と言っていました。
この2人の協力があれば、争わずに大陸を統一させる事も可能かもしれません」
「彼がカーリュオンの再来とでも言うのでしょうか?」
「私は、そう願っているよ。できればカーリュオン以上の王になってほしいものだね」
「…その『カーリュオン以上の王』というのは『アフリードの傀儡としての王』というのを意味するのですか?」
リーザ王妃の目付きはとても厳しいものだった。
彼は慌てて否定する。
「まさか!彼は彼でなくてはいけません。しかし、王になるにはそれなりの知識がなければいけません。だから今、私が色々教えているのではありませんか。
私の知識を与え、それを彼なりに解釈して、彼の政治の参考にしてもらうのです。
私は政治とは何か、経済とは何かを教えているだけです」
ロファール王が近衛の騎士に何やら報告を受けている間、アフリードは自分の無罪を主張し続けた。もっとも、これは事実だ。
彼が彼でないと意味がないし、自分が彼を操れる程の人物とは思えない。
アフリードの考えは全く逆だ。
自分をいかに有効にジュノーンに使ってもらうか…それを確実にするには、ジュノーンにはそれなりの知識を持ってもらわないと困るという事だ。彼には自分を使いこなせる人物になってほしいのだ。
「そうなのですか。疑って申し訳ありません。
しかし…本当に戦わずに大陸統一が?」
「そう願うよ」
ロファール王はその言葉に顔を歪めた。
「…どうかしましか、国王?」
国王は少し唸り、頷いた。
「その事だがな、アフリード。やはり無理かもしれん」
「…というと?」
アフリードの顔が険しくなる。
「今報告されたのだが、マール王国やイストリア諸国はジュノーンをあまりよく思っておらんのだ」
「…破壊竜に街を潰されたからですか?」
イストリアはドルムの指示により破壊竜の攻撃を受けた。しかし、破壊竜の反抗の意思で、彼は出来るだけ力を抑えて街を攻撃していたのだ。
そのお陰で街の被害も思ったより酷く無く、国王も健全によりこの半年間で見事な復活を遂げた。
「それだけではない。あの“マールの獅子王子”が諸国に呼び掛けて団結を図っているのだ」
「団結?何を理由に?」
アフリードは正直、嫌な予感はしていた。
しかし、一応聞いておかねばなるまい。
ロファール王は一度、深く溜め息を吐いた。
「ふぅ…。『ジュノーンは英雄などではない。破壊竜を使い、リーベリアに最悪をもたらすカルバザンの化身だ。もし奴が世界を手にすれば、ガーゼルを滅ぼした意味がない。奴は暴君となりえる。
破壊竜を戦争に使えば、愚かなるレダ王の過ちを繰り返すだけだ。
今、我々が団結して悪の根を倒さねばならん』と諸国に親書を送り回したそうだ」
アフリードはそれを聞き終えると、激怒した。
「おのれ、リチャード!何を血迷っているのだ!!
それはお前が王になりたいだけだろう!!!」
仮にもユトナ聖戦の英雄の言葉とは思えない、と吐き捨てた。

「落ち着け、アフリード。エリアルにそう親書を出したたら、使者ごとテムジン王に斬られそうになったという話だ。
リチャードの言葉を信じるなど、イストリアとマールだけだ。
カナンにはセネト殿やレシエ殿がいるし、サリア王やレオンハート公もジュノーンとは顔見知りだからな。何も心配する必要などない」
その時、アフリードの頭に2人の人物が脳裏に浮かんだ。その2人がいれば、リチャードのそんな行動を許すはずがない。
「…ちょっと待って下さい。ティーエとエリシャはどうしたのです?あの2人がそんな行動を認めるとは思えないのだがね」
「それが…行方不明らしいのだ」
「行方不明!?」
宮廷魔術師は驚きのあまり、言葉を燕返ししてしまった。
「詳しい事はよくわからんのだが…。今度密偵を送る必要がありそうだな」
「ええ…。是非送って下さい」
アフリードは激しい頭痛に襲われた。
どうしてこうも自分の邪魔をするのだ、と。
それに、エリシャは彼にとっては娘の様な存在だ。気にならないはずがない。
その時、城の裏に巨大な生き物が降り立つのが見えた。
「破壊竜?」
ロファール王が首を傾げた。
「気分転換にでも行っていたのでしょう。サーシャ王女にまぐれとは言え剣で負けてかなりショックを受けていた様だからね」
アフリードが微笑する。
「サーシャが皆に言い回っておったわ。それ程嬉しかったのだろう」
ロファール王も自慢気な表情になる。
「あなたは負けたのに、ね」
王妃の冷たい突っ込み、国王は苦笑した。僅かに王室に笑い声が洩れた時だった…。


ウエルト首脳陣の考えに気付く事なくジュノーンは部屋に戻った。
(はぁ…レシエ、どうしてるかな…)
ベッドに寝転がり、ソフィア大公国公女の事を考えてみた。
彼女なら、きっと今の自分をからかい、笑うに違いなかった。
しかし、ジュノーンは思う。
からかわれても笑われてもいいから、会いたい、と。
他にも何か考えようと思ったのだが、一日の疲れが一気に押し寄せてきて、彼を暗闇の奥底へと引きずり込んだ…。

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