サーシャFC

太陽が一番高くなる頃…ジュノーンは今だ眠っていた。彼の熟睡具合いが昨日の疲れを証明する。
夢の中で、何とも不思議なこそばゆい感触が彼を襲っていた。
いや、これはこそばゆいというより……
……むずがゆい。
例えば、鼻先をこうコチョコチョと擽られている様な…
(というか、本当に擽られてる?)
その不思議な感触にジュノーンは深い眠りの奥から覚醒へと引きずりだされた。
「――ぶぇっくし!!!!!」
「あ、起きた」
「!?!?!?」
突然、豪快な嚔をするジュノーン。
誰かの声。
視界に飛込んでくる自室の天井。
ジュノーンはベッドで横たわっていた。
その隣に彼にもたれかかるようにして顔を覗き込む誰かがいた。
「レ、レ、レ、レシエ!?」
そこには昨日密かに会いたいと願ったオレンジの髪と瞳をもつソフィア大公国の公女がいた。
レシエはそっと姿勢を正しながら、悪戯っぽく笑った。
「なっ、なっ、なっ……!?」
何故お前がここに!?と言いたかった様なのだが、彼はあまりの唐突なレシエの登場により、ステータスが『混乱』となってしまっている様子。
(夢か?)
そう思わずにはいられなかった。
「貴方、いつまで寝てる気?もうお昼なのだけれども」
レシエが呆れ気味に言う。
夢ではない、というのは今のジュノーンにも理解できた。
「俺に今何やったんだ!?」
本当はもっと聞くべき事はあるのだろうが、混乱中の彼にはそこまで頭が回らない。
「知りたい?」
「知りたいから訊いたんだろ」
「言っておくけど、キスしたワケじゃないから」
「当たり前だっ!!」
「…何を怒ってるの?私はただ、ジュノーンが爆睡しているのを起こしてあげただけなのに……」
悲しそうな顔をする。
爆睡してる奴を起こす必要がどこにあるのだろうか。
「起こしただけ…って何だか鼻がムズムズするんだけど…」
「そうでしょうね。だって…」
そう言って、彼女は自分の髪の毛を摘んで彼女の鼻先へと持っていった。
「こちょこちょ」
「もっとマシな起こし方がなかったのかっ!?」
鼻にはまだ、彼女の毛先の感触が残っている。ジュノーンはたまらず指で擦りつけた。
「寝過ぎは身体によくないでしょ?過程はどうあれ、結果的には感謝してくれてもいいんじゃないかしら?」
「…ドウモアリガトウゴザイマス」
「どういたしまして」
この人につっかかっても全くの無意味なのだ。ジュノーンは嫌々感謝の意を示すと早く起きなかった自分を恨めしく思った。
「貴方…そうやって髪を束ねてる方が似合ってるわね」
ジュノーンの髪型を見て言う。それにより、少し機嫌は良くなった。
「そうか?」
「ええ。女らしくて」
「…っ!」
一瞬機嫌が良くなったジュノーンだったが、その一言で彼の中で何かがキレた。
「黙れ、この不法侵入女がっ!それよりとっとと失せやがれ!!」
「酷いわね。私はリーザ王妃に起こしてあげてって頼まれただけなのに」
「………」
ジュノーンはつっかかるのをやめた。口でレシエに勝てるはずかない。売り言葉に買い言葉としかならない。
そして、最後に精神的ダメージを受けるのは いつも自分なのだ。
「じゃあ、私はどこかその辺をブラブラしてるわ。貴方の着替なんて見たくないし」
悪戯っぽい笑みを見せながら、部屋を後にした。
(ならさっさと出てけよ!)
やはり、予想通りからかわれた。
昨日寝る前にあんな事を少しでも望んだからこんな事になってしまったのだろうか。
二度とあんな事は願うまい、とジュノーンは強く決心した。
「…というか、何でアイツがウエルトにいるのかを訊くべきじゃなかったのか?」
今になってやっと正常な思考回路が戻ってきた。
しかし、腹を立てながらも彼女と再会できて喜んでいる自分と、鼻先に残る僅かな彼女の髪の香りをもっと感じてたいと思ってる自分に気付き、やはりまだ寝惚けているな、とジュノーンは思いつつ洗面所に向かった。
………………
…………
……
「さて…あの公女様はどこにいやがるんだ?」
漆黒の甲冑を装着した後、部屋を出て彼女を捜し始めた。
髪は束ねたままである。
『女らしい』とか言われるのは腹が立つが、これだけ長いと邪魔なのだ。一度バッサリ切ろうかと思ったら、サーシャに仮面の時と同様反対された。
「お、いたいた」
しばらく歩くと、オレンジ髪の女性が中庭のベンチで本を読んでいるのを見付けた。
ジュノーンは無言でその横に座る。
彼女はまだ彼には気付いていない様子で、本を読み続けていた。
ジュノーンはその横顔を暫く不思議そうに眺めていた。
(…何でこいつがここにいるんだ?というか、いい加減俺に気付けっ)
いつまでも隣に座る自分に気付く気配のないレシエに少し不快を感じたジュノーンは、彼女から視線を外した。
溜め息を吐き、そのまま暫く彼は宙を仰いでいた。
「ねえ、ジュノーン?」
見ると、彼女は本を閉じ、こちらを見ていた。やっと気付いたか、と少し安心するジュノーン。
「ひょっとして…機嫌悪い?」
(誰のせいだと思って
るんだぁっ!?)――というツッコミは彼の理性によってギリギリ押し止められた。
「別に。良くはないけど、悪いっていう程悪くない」
「そう?虫の居所が悪いようにも見えるけど?」
「………」
「あ、ひょっとして、何か変な物でも食べた、とか?」
「…変な物は食ってないけど、変な人にいっぱい食わされたってとこかな」
「………」
「何でもねーよ。色々あって、疲れてるんだ」
「ふーん。よくわからないけど、やっぱり近衛騎士隊長って大変なのね」
おそらく一連の出来事と近衛騎士隊長の間には全く関連が無いと思うが、説明するのも面倒なので放っておいた。
「私、まだロファール王に挨拶してないのよ。どこにいるか知ってる?」
レシエは唐突に訊いてきた。
挨拶すらしていないのに人様の城の中庭で読書するとは、どういう神経をしてるのだろう、と改めてレシエの凄さを実感する。
「この時間なら多分王室で昼飯食ってるんじゃないかな。というか、何でお前がここにいるんだ?」
やっと一番訊くべき事を訊けた。
「セネトがジュノーンとサーシャ王女にカナン王国に来てもらいたいんだって。
それで、誘いに来たの」
無表情で淡々と語るレシエ。
「お前が?」
コクり、と頷くソフィア公女。
「なんで?」
その質問には首を横に振った。
「知らないわ。今思えば、なんで私が来ないといけなかったのかしら?」
レシエは不満そうに溜め息を吐いた。
「いや、俺に訊かれてもわかるはずがない」
「…それもそうね」
彼女は嘘を言った。
セネトは適当な使者をウエルトに寄越すつもりだったのだが、彼女がその役を自分から引き受けると言い出したのだ。
理由は…ジュノーンに出来るだけ早く会いたかったから。
「じゃあ、早くロファール王のところに案内して頂ける?」
レシエは立って、ジュノーンに微笑みかけた。
「わかったよ」
返事をし、立ち上がろうとしたその時、立ちくらみがしてフラついて倒れそうになったところをレシエに抱きとめられた。
「大丈夫?」
「ああ…」
立ちくらみをするなんて、やはり疲れが溜ってるんだな、と再び実感する。
「ジュノーン……」
「ん?」
「その…そろそろ、手を離してくれない?苦しいの」
「え?――あっ!」
布越しに感じるやや小振りな柔らかな感触…ようやく彼はレシエに抱きついていた事を思い出した。
慌てて彼は体を引きはがす。
「わ、悪い…」
「………」
彼女は恥ずかしそうに目を伏せ、胸に手を持っていった。
掌にまだ残る僅かな弾力…。
「ジュノーン…お願いだから内緒にしててね」
「え?な、何を?」
「その…」
彼女は一瞬だけ言葉に詰まり、それからか細い声で呟いた。
「…小さいこと」
再びステータスが『混乱』に陥っていたジュノーンはその意味を理解するまでしばらくかかった。
………
……

王室に向かう途中、二人の間には気まずい沈黙が訪れていた。
「あの…やっぱり怒ってるよな?…悪かった」
勇気を出して、話しかけてみた。
「…別に怒ってなんかないわよ」
こちらに見向きもせず、そう答えるレシエ。
それがジュノーンには余計に怒っている様に見えた。
「ホントにワザとじゃないんだ。許してくれ」
もう一度謝ると、彼女は立ち止まった。
「さっきも言ったでしょ?私は怒ってなんていないし、黙っていたのは喋りたくなかったから。言うならば、黙りたい症候群」
冷めた瞳に冷めた声で言うから、ジュノーンとしては余計腹ただしく思えた。
「くっ…そのワリにはペラペラ喋ってるな。黙りたい症候群は終りか?」
「そう。今は喋りたい症候群」
「…………」
勝手にしろ、と叫びたくなった。
「まぁ、その話は置いといて…私は貴方のそういう律儀な性格、好きよ」
片目を瞑ってみせ、レシエはそのまま早足で歩き出す。
慌ててそれを追い掛けるジュノーン。
(ん?これって何かオカシクないか?)
「――って、レシエ!王室への行き方知ってるのか!?」
すると、彼女は再び立ち止まり、ゆっくりと振り向いた。
「……知らない。こっちでいいの?」
「まぁ、あってるんだけどな」
「じゃあ、問題ないわね」
再び歩を進め始めた。
「だ、だからそういう意味じゃなくて…。くそっ!道に迷っても知らないぞ!?」
言いつつ、彼女を見失わない様に並んだ。
ジュノーンは胸の奥底でこんな会話にすら喜びを感じていた。

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