「ならん」
「えっ……」
レシエはロファール王のいる部屋に着くと、まず挨拶をし、訪問の理由を話した。
サーシャとジュノーンをカナンに来てもらいたいというセネトの願いだ。
しかし、その願いは見事に散った。
「何故でしょう?」
レシエは表情を変えずに理由を尋ねた。
「理由はリチャード王子の事だ。
彼が攻勢的な態度に出ているのに、そのジュノーンがカナンを観光…というのもおかしいであろう?」
「…確かに、その通りですね」
レシエもその理由に納得する。
セネトとしてもダメ元だったのかもしれないが、きっと悲しむだろう。彼はサーシャ王女と会いたがっていたから。
セネトは完全に恋の病に掛っているのは誰が見ても明らかだった。
レシエがカナンを訪れた時も、サーシャ王女はどうしているだろうか、ウエルトにもう一度行きたいな、等とよく口にしていたものだ。
ネイファ王女が悲しみに沈んだ瞳で兄を見ていたのをよく覚えている。
もっとも、自分もあまり人の事を言えないので、セネトの恋路について口を出すつもりはない。
しかし、彼女にしても悲しい答えだった。
ロファール王が認めない以上、彼女も祖国に帰らなければいけないのだから。
(おい、レシエ!頑張ってくれよ!!)
レシエをここまで案内してきた“破壊竜を手懐けし英雄”は心の中で叫んでいた。
リチャード王子の暴言についてはジュノーンも知っていたが、彼としてはそんな事は気にも止めておらず、カナンに行きたかった。
というより、勉強から逃げ出したかったのだ。勿論、レシエとまた別れなければならないという想いもあるが。
「では、そうセネト王子には伝えます」
(あぁ…バカ…)
レシエが頭を下げると、ジュノーンの顔が失望の色に染まる。
「それより、レシエ殿こそウエルトを観光したらどうだ?前は戦ってばかりで街もろくに見ていないだろう?」
ロファール王は意外な提案を出した。
その提案にレシエとジュノーンの顔が明るくなった。
「ははっ、実はな?先日カナンに使者を送ったばかりなのだ。セネト王子に『ウエルトに遊びに来ないか?』と」
「…要するに、すれ違いになったというワケですね。でも、きっとセネトはウエルトに来ると思います。だって、彼は…」
そこまで言ってレシエは口を噤んだ。
危うく『サーシャ王女に会いたがっていますから』と言いそうになったのだ。
「彼は?」
ロファール王が怪訝そうに問う。
「…とてもウエルトを気に入ってましたから」
微笑して何事も無かった事の様に言う。
隣のジュノーンは相変わらず怪訝そうな顔をしている。
「ほう、嬉しい事を言ってくれるな」
ロファール王はあまり気にも止めた様子もなく、嬉しそうに笑った。
「まぁ、何にせよセネト殿が来るまでレシエ殿もゆっくりするがよい」
「はい。お言葉に甘えて」
レシエは相変わらず微笑んだまま答えた。
ロファール王はジュノーンの方を向くと、思い出した様に言う。
「そういえばジュノーン。ノートンが捜しておったぞ?剣を兵士達に教えてやるんじゃなかったのか?」
「え……?」
ジュノーンは顎に手を当て、暫く考えた。
「あ…っ」
そういえば昨日ノートンとそう約束いた気がしないでもない。
「し、しまったぁっ!忘れてたっ」
“破壊竜を手懐け英雄”は慌しく礼をすると、飛ぶ様に王室を出ようとした。
それをロファールが制する。
「あー、もうよい。ノートンには私から言っておこう。それより、レシエ殿を観光案内してやってくれんか?」
いきなり止まられたので、勢い余ってこけそうになるジュノーン。
レシエは不謹慎ながら笑いを洩らしてしまった。
「…俺がですか?あんまり詳しくないんだけどな」
レシエが笑っているのを見て、憮然とした表情をして答える。
近衛騎士隊長になってから、彼は街に出る事さえ少なくなった。
アフリードが宮廷魔術師になってからはゆっくりする時間すらほとんど無くなったのは言うまでもない。
「何故だ?よく街に顔を出し、人々と触れ合っていると聞くぞ?」
「あれはアフリードが強制的に行かせるんです!『騎士隊長たるものは街の人々と触れ合い、民の仕事がどんなものなのか知らなければならないものなのだよ』とかワケ解らない事を言い出してっ!!」
酷い時など、街人の仕事を手伝った時もある。
勿論、他の騎士達はそんな事はしない。
しかし、それはそれで楽しかった記憶もある。
部屋の中で政治や経済等を教えられるよりはよっぽどマシだ。
「………?」
今度はレシエが怪訝そうな顔を国王に向けていた。
騎士隊長にそんな事をさせる意味がどこにあろうか。
あの6賢者の1人に数えられるアフリードの事だ。何か裏があるのだろう、とレシエは1人納得した。勿論、唯のからかいという可能性もある。
ジュノーンをからかうのはとても面白い。レシエ自身それは知っている。
「そうか。なら、サーシャを連れて行くがよい。あいつは暇さえあれば街に出るからな」
自慢にならんな、とロファール王がレシエの視線に気付いた様子もんく笑いながら言うと、後から少し怒った口調の声が聞こえた。
「ひっどーい。それって私がものすご〜く暇人みたいな言い方じゃない」
“光の王女”サーシャだった。
どうやらレシエがウエルトに来たというのを聞いて、駆けつけて来た様子。
「…暇じゃないのか?」
ジュノーンは思わず冷たいツッコミを入れてしまった。急がし過ぎる自分と比べると、少し腹が立ったのだ。
「そりゃ暇だけどぉ…あ、レシエさん。こんにちわ」
少し拗ねた顔をした後、レシエの方を向いて会釈するサーシャ。
レシエも会釈し返す。
「こら、話をそらすな。大体俺よりサーシャが勉強に励むべきだと思うんだがな」
(勉強…?ジュノーンが?)
なんの意味があるのだろう、と思う。
それもアフリードが関係しているのだろうか。
何の勉強をしているのにも話は違ってくる。
兵法なら近衛騎士隊長らしくて問題無いのだが、アフリードが出てくる意味がない。
(まぁ、私には関係無いわね)
レシエは考えるのを止めた。
もしかしたら知る必要の無い事を知ってしまうかもしれない。
「私だって、ちゃんと勉強してるよぉ?」
「何を?」
ジュノーンは間髪入れずに訊く。
「えっと…お料理!」
サーシャは少し口篭ると、思いついたことを言った。
しかし、強ち嘘というワケでもない。
毎週ラケルが王宮まで来て、教えてもらっているのだ。
現に、ついさっきまでスープを作っていた。
ジュノーンは怪訝そうにサーシャを見た。
「サーシャ、君のいう料理とは暗殺用の毒入りシチューの事を言うのか?」
「うっ…」
サーシャはバツの悪そうな顔をした。
その理由は先月にまで遡る。
彼女が作った『サーシャさま特製シチュー』による被害者は多い。
王女様が作った、という事で皆集まって食したのだが、その翌日にはトイレに直行しなければならないというノルゼリアの悲劇ならぬウエルトの悲劇が平和な王宮を襲ったのだ。
その中でもジュノーン、ロファール、ノートン、ルカはサーシャに勧められるままに食していたので、症状が特に酷かった。ノートンなど死を覚悟していた程だった。
見た目や味は悪くなかった。
しかし、食した者の内臓機器を悉く破壊し尽くすという何ともえげつないシチューとして城の者は皆記憶していた。
危うく死人が出るかと思われたが、彼女自身が癒しの力を使える事を思い出して神聖魔法を使った為、事は収まった。
「うぅ…お父様ぁ、ジュノーンがいぢめる」
父に泣き付くサーシャだが、彼も殺人シチューの被害者故に娘を弁護できない。
「サーシャ…悪い事は言わん。お前に料理は向いていない」
「お、お父様まで…」
父にまで料理の道を否定され、サーシャは何の関係も無いレシエに助けを求める。
「皆してそこまで言わなくてよいのではないでしょうか?王女も頑張ってるみたいだし」
仕方なしに助け舟を出すレシエ。
“光の王女”はウムウムと満足そうに頷く。
「…じゃあ、お前も食ってみろよ」
奇麗事を言うな、とでも言いたそうなにジュノーンは言う。
「え…」
顔が少し引き攣る。
それとこれとは違うだろう。
「あ、それいいね♪ちょうどさっき新作のスープが完成したの」
(な、なんでそうなるのよ!)
レシエが返答に困っていると、今度は被害者達が助け舟を出す。
「レシエ、やめとけ。死にたくなかったら、やめとけ」
「私もそう思う。ソフィアの公女殿にその様な物を食べさせたらカナンとの関係が悪くなってしまう。ウエルト国王としての責任もある」
父としてもな、と付け加える。
「もう、ジュノーンもお父様も余計な事言わないの!レシエさん、食べてくれるよね?」
瞳を潤わせ、ずいっと詰め寄るサーシャ。
「えっと…」
レシエはその気迫に圧され、一歩後づさる。そして…
「その…私、今減量中だから……」
誰が聞いても嘘と解る嘘を吐いた。
「レ、レシエさんのバカァー!!」
“光の王女”は泣きながら王室を走り去った。
「…後で謝った方がいいわね」
彼女の後ろ姿を見送ると、呟いた。
「まぁ…な。俺も一緒に謝るよ。でも、正しい返事だったと思うけどな」
苦笑して言うジュノーンの後でそれに頷くロファール王。
彼とて娘を溺愛しているのだが、こればかりは仕方ない。
どれほど酷いのだろうか、とその殺人料理に彼女は興味を持った。
勿論、食べる食べないは別だが。
「街案内はライネルに頼もうか。アイツなら色々詳しそうだし」
ジュノーンは1人納得し、レシエを連れてライネルの元へ向った。