「おー、これはこれは…先程中庭で熱〜い抱擁をしていたお二人さんじゃないか」
これからライネルを捜そうかと思っていた矢先、後からその人物に声を掛けられた。
ジュノーン達は背筋が凍り、体に電撃が走る様な思いをした。
声を掛けられた事に驚いているのではない。問題は、その内容だ。
恐る恐る、彼等は振り向いてみた。
そこには、満足そうな笑みを浮かべているライネルがいた。
「ち、違う、あれは手違いだ!変な噂流したんじゃないだろうな!?」
ジュノーンはあわてふためき、ライネルの言う事を否定する。
「あれのどこが手違いなんだ?どっからどう見ても愛の抱擁にしか見えなかったぞ?」
「だから、違うって!あれは俺が立ちくらみをしてだな…」
「故意の立ちくらみか?」
「なんだと!?」
ライネルは面白そうにジュノーンをからかって、笑っていた。
レシエはその二人の言い合いを呆然と眺めていた。
同時に背筋に冷たい汗が流れ、激しい頭痛が襲う。
あの場面を誰かに見られていたなんて…。
顔が紅くなるのを止めれなかった。
この噂が広まるのは何があっても止めなければならない、とレシエは誓った。
それとは裏腹に深層心理では、別に噂が広まっても良いのだけど、と嬉しくなっている自
分に気付く。
こうやって困っているジュノーンも好きだし、自分の想い人と噂になるのは気分が良い。
しかし、それが現実となればサーシャ王女とは、永久に仲直り出来ない様に思う。
困っているジュノーンは好きだが、困っているサーシャは見ているこっちの胸が痛くな
る。
やはり釘を打っておく必要があるわね、とレシエは決心する。
「あの…ライネルさん?」
レシエは微笑んで二人の間に入った。しかし、ライネルにはそれが冷笑と見えた。
「は、はい?」
ライネルは上擦った声で返事する。
いきなりのレシエ乱入に、驚いた様子。
「それ、見間違いだと思うのですけど?」
その氷りの微笑みのまま、ライネルに近付いて行く。
「え…?いや、だって…」
あのライネルがしどろもどろになっているのにジュノーンは驚いた。
レシエは時折、こういった『脅迫』をする。
「見間違いでしょ?」
ライネルに詰め寄る様にして、繰り返し訊く。
ちなみに、彼女が今放っているのは明らかに殺気である。
ライネルは彼女の強さを過去の大戦で間の当たりにしている。
烈風で切り裂き、風を操り華麗に空を舞い、“魔風槍”で相手を貫
く“風の女神”の美
しい戦い方を。
しかし、今の彼にとっては“風の女神”と言うより、そのまま“風魔神”と呼ぶ方が正し
いのではないか、と思う。
知らぬ間に彼は後ずさっていて、壁に追い詰められていた。
彼女の周りに風が渦巻いているのは目の錯覚だろうか。
ライネルはこの時初めて気付く。
世の中にはからかっていい相手と、いけない相手がいるという事を。
「は、はい!私めの見間違いでした!!どうかお許しをっ」
頭を深々と下げ、詫びる。
内心では、美人の妻に別れを告げながら…。
「やっと、わかって頂けまして」
レシエはライネルの脅えっぷりに思わず噴き出してしまった。
ライネルとジュノーンも吊られて少し笑う。
二人とも、口元が引き攣っていたが。
レシエの脅しにはジュノーンも感動するしかない。
殺す気もないのにあれ程の殺気を放つ事は、さしものジュノーンでも不可能なスキルであ
る。
(レシエと揉めた時は、気を付けよう)
ジュノーンは心に誓う。
「あ、そうそう。ライネルに頼みがあったんだった」
長い前置きを経て、ようやく本題に入る。
というか、本題を忘れていた。
ライネルはそれを快く引き受けてくれた。
半分はレシエに対する恐怖心もあったのだろうが。
その一週間後、レシエの予想通りセネトはウエルトを訪れた。
しかし、その時に彼等に予想外の出来事が襲う。
まるで、時を見計らっていたかの様に…。