サーシャFC

2章・宣戦布告

青い海原に波の砕ける音が響いている。
少し前まで旅船や漁船、商船などで賑わっていた港な、おびただしい数の軍船が並べられていた。
投石器や固定式の弩弓をその船に次々と運び込まれている。
戦である。
標的はウエルト。
マール、イストリア領内ではゾーア帝国同様の扱いを受けている“魔の国”と呼ばれている国だ。
リチャードは各国に使者を送り、ジュノーン討伐を呼び掛けたが、全て断られた。
しかし、彼はそれに怒りを感じていなかった。
各国の返事を嘲笑うかの様に、俺と組まなかった事を後悔すりがいい、と冷笑していた。
“マールの獅子王子”リチャードは大胆かつ強引な性格ではあったが、その様な表情をする男ではなかった、とマールの人々は記憶していた。
そう…あの大剣を持ち帰るまでは………。

リチャードには全世界を相手にしても負けない自信があった。
正確にはリチャードの中にいる魂であるが。
今や斬る事だけが彼のスキルではない。
リチャードという強き肉体に宿った“魔剣の魂・エクリクシス”は今や邪神に匹敵する力を持っていた。
各国との戦いなど時間の無駄なのだ。
強き者との戦いこそがこの魔剣の願いである。
統一王になりたいという新たな願いもできた。
それは、この肉体に対する礼の気持ちだ。
ウエルトのジュノーンを討つと決めたのもその為だ。
肉体に宿ると、その者の記憶が全てわかる。
リチャードが誰を愛し、誰を憎んでいるかを。
そして、リチャードの持つ野望に感化されてしまったのも事実だ。
いや…正確には、魔剣もまた、操られているのだ。
野望という名の狂気に。
魔剣がリチャードの肉体を操っているのだが、魔剣もまた、彼の野望に操られている。

「さぁ、悪の根元たるジュノーンを滅ぼしに行くのだ!」
積み荷を運んでいる兵士達に、リチャードは出せる限りの声を出し、喝をいれる。
「おー!」
兵士達の気合いの入った声が返ってくる。
士気は高い。
今のリチャードを見ていると、誰にも負ける気がしないのだ。
たとえ相手が破壊竜だろうと。
今のリチャードにはそれすら軽く倒してしまいそうなオーラを放っている。
これも魔剣の力であろう。
先の破壊竜戦争で“マールの獅子王子”の存在が薄れつつあったが、マールの人々の大半は彼がいつかリーベリアを統一すると信じている。
そして、今がその時である。
偉大なる英雄王への道の一歩を進みだそうとしていり。
悪魔の化身とされる“破壊竜を手懐けし英雄”を滅ぼす事は大きな一歩になるに違いないと、皆は信じていた。



二人の女性が馬を走らせていた。
彼女達は昨夜、マール王宮を抜け出し、その悪魔の化身に助けを求めている。

もし、リチャードが唯暴走しているだけなら、この二人は何がなんでも彼を止めただろう。
しかし、今のリチャードは彼であって彼ではない。
自分達が何を言っても聞く耳を持たないのである。
このままでは全面戦争になりかねないと予想し、彼女達は彼の英雄の元へ向かっている。
一人は“雷神”の異名を持つ銀髪のマール宮廷魔術師エリシャ。そしてもう一人は魔剣の解放に手を貸していたレダの王女ティーエ…。
「エリシャ、どこに行こうというのです?」
「ウエルトに決まってるでしょ」
少し前を走っていたエリシャは振り返り、答えた。
「ウエルトに行くなら、マール港からでは無理です。今、リチャードが戦の準備をしていますから…」
見付かってしまいます、とティーエは続けた。
「ダイジョーブ!このエリシャさんの人望を甘くみないで。タダでウエルトまで送ってくれる便利なアッシー君がちゃんといるのよ」
「タダで…ですか?それは何と人の良い方で…」
レダの王女は感心した様に頷いた。
脱走する様な形だったので、彼女達の持ち合わせは少ない。
(見掛けは全然人の良さそうな奴じゃないんだけどね)
エリシャは正面を向き直し、苦笑した。
二人はマール港横の森を二時間程走り続けて、海岸付近の洞窟の前に辿り着いた。
「…?こんな所に住んでらっしゃるのですか?」
ティーエは怪訝そうな顔をして、その洞窟を眺めた。
銀髪の魔導士は無言で頷き、さっさと洞窟に入るので、あわててそれを追い掛ける。
………
……

「なっ…!!」
人が一人やっと通れるぐらいの穴を抜け、海洋へと繋がる大きな洞窟に出た。
そこには自然が作った船着き場のようになっていた。
潮の香りが鼻をくすぐり、波の音が耳を打つ。
そして、ティーエの目に巨大なガレー船と無数の海賊達が飛込んできたのだ。
二人に気付いた海賊達がこちらに寄ってくる。たちまち二人は囲まれてしまった。
ティーエは腰の剣に手を掛けた。
「俺達に何か用かい?」
下品な笑いを浮かべながら、海賊達が二人を舐める様に見る。
エリシャは正面から睨み、言った。
「あんた達みたいな三下には用はないの。頭を出しなさい」
「あん?」
いきなりの命令口調に表情を変える海賊達。
「銀髪の別嬪さんは頭が好みかい?
なら、こっちの高貴なお嬢ちゃんは俺達と遊んでくれんのか?」
「ぶ、無礼者!」
ティーエが顔を赤らめ、剣を抜く。
エリシャの表情も、今の一言で変わった。
そして、彼女の周りでは帯電し始めていた。
まさに一触即発というところで、海賊達の後から声が聞こえた。
「おーい、どうしたんだよ。争いは良くねーぜ?」
包帯の様に白い布を頭に巻き付けた男が間に入る。
「あ、頭。頭に会わせろって二人の女がうるせぇんでさ」
「女ぁ?俺に女の知り合いなんて…」
言いながら、頭と呼ばれた人物は女を見た。
すると、頭の顔はみるみる悪くなっていった。
「げっ!…エ、エ、エリシャ!?」
あからさまに機嫌の悪そうな銀髪の少女を見て、頭は驚愕した。
「なに?今の『げっ』って。ものすっご失礼なんだけど?
それより、メルヘン。あんた部下の躾がなってないんじゃない?」
更に機嫌を悪くしたエリシャは掌に雷の球体を作り出した。
「も、申し訳ありません!こいつ等には後できつく言っときますんで、どうか電撃だけはっ」
メルヘンという名の頭は、土下座をして許しを請う。
海賊達は頭の行動に呆気をとられていた。
「ほら、お前等も謝るんだよ!」
「…へ?俺達もですかい?」
「当たり前だ!俺達セネー私掠艦の活動が許されているのも、エリシャのお陰なんだぞ!?」
「げっ…」
理由を聞くと、海賊達はバツの悪い顔をして…
「すんませんでしたぁっ!!」
一斉に土下座をした。
エリシャはセネー海西のマール領内でなら、メルヘン達の海賊活動を認めている。
勿論、商船を襲ったりは許していない。あくまでも密輸の防止や、海戦の時だけの活動許可だ。
グラナダの私掠艦隊と何ら変わりはない。
マール宮廷魔術師という高い地位に着くエリシャが会議で押し通したのだ。
リチャードはグラナダの真似をする事に猛反対だったのだが、意外にも真面目なアルベルトがエリシャの案に賛成してくれ、リチャードを説得してくれたのだ。
その判断は正しく、メルヘンの私掠隊は見事に功績を重ねた。
正義の海賊と街では言われてるが、メルヘン以外はそこらのゴロツキと変わらないのではないか、とエリシャは思う。
「あんた達、ほんとに規約守ってるんでしょうね?もし、破ってたんならマール全軍を率いて…」
「ちょ、ちょっと待ってくれよ。こいつらはまだ若いし、この前入ったばっかなんだ」
さっきエリシャ達を囲んだ男達を指して弁解する。
「ちゃんと聞かせとくから、許してくれ」
「まぁ、いいわ。それより頼みがあるんだけど」
「おう、何でも頼んでくれ。竜とでも戦ってやらぁ」
「あら、よくわかったわね。ウエルトの破壊竜を倒しに行ってちょうだい」
エリシャはいつもと変わらぬ口調で言う。
メルヘン私掠隊は全員、氷りついた様に動かなかった。
「…冗談に決まってるでしょ」
エリシャは呆れた様に言う。
海賊達は皆、安堵の息を吐く。
「ま、マジでビビったぜ。今のマールじゃ冗談にならねえからよ。
…で、頼みってのは何だ?」
メルヘンは部下にお茶と椅子を用意する様指示しながら訊いた。
「…私達をウエルトに運んでほしいのよ」
さすがにその答えにはメルヘンも驚いた。
戦こそしてないが、マールとウエルトは交戦状態なのだ。
「…それは冗談じゃなさそうだな」
頭目は溜め息を吐き、わかった、と続けた。
「んで、そっちのお嬢ちゃんは…?」
メルヘンはティーエの方を向き、エリシャに訊いた。
「知らないの?あんたってホント無礼者ね」
エリシャの毒舌に顔をしかめる。
「レダのティーエです」
ペコリと頭を下げて、自己紹介する。
本当はマール王妃と答えても良いのだが、まだ式は挙げていないし、現状が現状だけにレダの王女と名乗った。
「あ、あのティーエ様か!?部下が無礼を働いてすんません!」
再び土下座しようとする海賊達。
「い、いいのですよ」
ティーエは苦笑しながらそれをやめさせる。
そこでお茶の用意が出来た様子で、彼女達は船内に案内された。
…………
………
……
船がウエルトに向けて出発した。
エリシャ、ティーエ、メルヘンは船長室にいた。
「それより、穏やかじゃねぇな。宮廷魔術師と王女様が敵国にヒソヒソ隠れながら行くなんてよ」
まるで亡命みたいだ、と付け加えた。
「…亡命、ね。そう受け取ってもらっても結構だわ」
エリシャはあまり美味しくない紅茶を飲み込んだ後、答えた。
「おいおい、一体何が起こったってんだ?」
「マールがウエルトに攻撃をしかけるのです。今、マール港では軍船が並んでいます」
エリシャに代わってティーエが答える。
「ま、マジかよ…」
メルヘンは顔が青ざめていくのを感じた。
「リチャードはジュノーン君が悪魔の化身だとか言ってるけど、それは有り得ないわ。私だって先の大戦じゃ一緒に戦ったもの。彼は間違い無く、本物の英雄よ」
ちょっと優柔不断だけどね、と微笑しながら付け足した。
「それに、あれはリチャードではないと思うの。ね、ティーエ?」
レダの王女は無言で頷く。
「…姿形は同じでも、別人ってことか?」
ティーエは頷き、遺跡での出来事を話した。そして帰ってくるなり、各国にジュノーン討伐を促す使者を出したのだ。
「まぁ…有能なリチャード王子のする事じゃねぇわな」
話を聞き終えると、メルヘンは頷いて言う。
「誰も反対しないのか?もしウエルトと戦えば同盟国のリーヴェやサリアが攻めてくるじゃねぇか。それに破壊竜戦争以来、カナンとも仲が良くなったとも聞くぜ」
頭目のその発言に、エリシャは目を丸くした。
「なんだよ」
「いや…あんたにそんな知能があったなんて…」
台風で船が沈むんじゃないかしら、と続けるエリシャ。
「舐めてんのか!…俺だって頭目として恥ずかしくない程の知識は持ってるんだぜ」
「へー、感心感心。よくできました〜」
エリシャはわざとらしく誉め、話を進めた。メルヘンは憮然とした表情をしている。
「で、質問の答えだけど…反対派は私とティーエだけ。そりゃ下級の貴族や騎士にもなれば、もっと反対してる人もいるけどね」
「マールってのはそんなに無能者揃いなのか?」
「さぁね。まさかアルベルトまで交戦に賛成するとは思えなかったけど…気持ちも分からなくもないわ。今のリチャードを見ていると、誰でも倒せそうな気がするもの」
「その魔剣の力か?」
「…そうだと思います。なんだか、皆も操られてるみたいです」
ティーエが答える。
「まぁ、俺の仕事はあんた等をウエルトまで運びゃいいワケだろ?
戦争に使われるんじゃなくてよかったぜ」
メルヘンは皮肉を込めて言った。
もしエリシャも交戦に賛成していたら、彼等も戦争に参加しなければならなかっただろうから。
「私達を送った後も、暫くマールには帰って来ない方がいいかもね」
エリシャは微笑みながら言った。
「…?」
「だって、あなた達も王女の亡命を手伝った『裏切り者』だもの♪」
「………」
カシャン、と音を立ててメルヘンの持っていたカップが床に落ちた割れた。
その後、船内に頭目の悲鳴が響き渡った事は言うまでもないだろう。

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