ソラの港に1隻の豪華客船が止まっていた。
グラナダとウエルトを結ぶ貴族専用の船である。
マール王国との関係もあり、今ウエルトに観光で訪れる貴族は少なかった。
しかし、そんな状況の中、護衛もつけないでウエルトに来た若草色の髪
の、すべてを包み込むような優しい瞳をしている王子がいた。
名はセネトという。
風の王国・カナンの王子だ。
先の大戦の首謀者・ドルムを仕留めた男でもある。
腰の“紅蓮”という炎の様に紅い剣は、その時の戦利品だ。
彼は港に降りると、体を伸ばした。
カナンは海とは無縁な場所なので、船旅に慣れていないのだ。
グラナダからウエルトまでかかる日数は1週間と少しなのだが、船の上では何もする事が無い上、客も少ないので話すらできなかった。
彼にとってのこの1週間は退屈以外の何物でもなかった。
護衛はともかく、話し相手くらい連れてくるべきだったな、と後悔したほどだ。
しかし、彼にとってそんなものは苦にもならない。
ウエルト王女・サーシャに会えるのだから。
彼はこの半年間、それを望み続けた。
縁談を申し込もうかとも思ったが、それだと政略結婚みたいに思われるかもしれない、との理由で結局やめた。
単に勇気が無かっただけかもしれないが。
セネトは深呼吸し、ウエルトの空気を吸った。
その時、彼が最も聞きたかった声が耳に流れてきた。
「あ、セネト王子だ♪」
まるで素晴らしい音楽でも奏でられているのかと勘違いしてしまいそうな美声に彼には聞こえる。
セネトはゆっくりそちらを向くと、3人の男女がいた。
最も先に目に入ってきた人物は、その真ん中にいる青い髪をしいたとても可愛らしい少女…サーシャ。
「どうも、お久しぶりです」
少女はぺコッと頭を下げる。
セネトも同じ様に頭を下げた。
「ちょうど、半年振りくらいですね」
少女は嬉しそうに頷いた。
その横にいる漆黒の甲冑を纏った美青年も彼と握手をして再会を喜んだ。
「お前、その服の色と“紅蓮”じゃ色が合わないんじゃないか?」
髪の色に合わせた服を見て、ジュノーンが言う。
久しぶりに会っていきなりそれか、とセネトは苦笑を洩らした。
そこが彼らしいのだが。
「年がら年中真っ黒な君に言われたくないな」
「うぐ…」
言い返すと、彼は顔を顰めた。
横にいるソフィア大公国公女も、忍び笑いをしていた。
ジュノーン達は知らないだろうが、カナン地方ではレシエに新しい通り名が付けられている。
本人はとても恥ずかしがっていたので、ここにいる友人達にはそれを言っていないと予測したセネトは、さり気無くそれをばらしてみた。
「でも、結局僕がウエルトに来たワケだから、態々“戦乙女”殿を寄越した意味がなかったな」
「…戦乙女?」
ジュノーンがその単語に耳を止め、訊き返した。
横目でレシエを見てみると、いつも冷静沈着な彼女だが、セネトの発言にかなり驚いてる様子。
『言わないで!』と口パクで言っているが、セネトはそれを気にもとめない。
レシエの事だから、ウエルトに着てからジュノーンをいじめてるのだろうから、たまには彼にも反撃させてやってもいいだろう。
「あれ、知らないのかい?」
意外そうな顔を作って、チラッとレシエを見るアーレス第一王子の息子。
「ちょ、ちょっとセネト…!」
レシエが慌てて言葉を遮ろうとするが、セネトは気にせず続けた。
「彼女はカナンでは“戦乙女”…即ち“ヴァルキリー”って呼ばれてるんだ」
セネトは人の悪い笑みを浮かべて説明する。
カナンでは“戦乙女”と呼ばれている人物は額に手を当て、溜息を吐いた。
彼女としてはジュノーンにだけは知られたくなかったのだ。
「ヴァルキリーって…まさか、魂の選定者とかって呼ばれてるあのヴァルキリー?」
それ以外何があるんだ、とセネトは答えた。
“ヴァルキリー”とはこの世の終わる時、死せる人間達の中から英雄に相応しい魂を選ぶ女神で、その英雄と共に最後まで一緒に戦い続ける…と神話に書かれていたのをジュノーンは覚えている。
また、戦で死んだ者を無事天国に送り届けたりもするという。
現にレシエはヴァルキリーそのものだとセネトは思う。
ジュノーンという英雄を捜し、一緒に戦ったのだから。
「レシエさん、いいなぁ〜。“ヴァルキリー”だなんて、すっごくカッコイイ…」
サーシャは羨望の眼差しでレシエを見た。
「私は認めてないのに皆口々に…」
ヴァルキリーなんて恥ずかしい異名で呼ぶのよ、と憮然とした表情をして続ける。
「どうして恥ずかしいの?私はカッコイイと思うけどなぁ」
サーシャが首を傾げて異議を唱える。
「カッコ悪いわよ。神話に出て来る女神と同じ異名だなんて。ほしいならサーシャ王女にあげたいくらいだもの」
「名前なんてもらえないって」
サーシャが苦笑してツッコム。
その話はさて置き、ジュノーンにこれを知られたら馬鹿にされるのは目に見えてる。
「くくっ…お前が“ヴァルキリー”かよ」
笑いを堪える様にしてレシエを見る。
(ほら、思った通り)
予想通りの展開に呆れた。
「言っとくが、いくら英雄を捜してると言っても、俺はまだ死んでないからな?」
からかう様に言う。
「貴方が英雄?馬鹿も休み休み言いなさい。唯のゴロツキと変わらないじゃない」
こんな美青年のゴロツキいるはずがない、と内心では思いながらも、いい加減頭に来たので言い返してやった。
「あ、お前は確かにヴァルキリーだな。自分で殺した奴を天国まで送り届けるんだろ?大変だよなー」
今日は有利と見たか、更に言い返してくる。
レシエは憮然とした表情をし、そっぽ向いた。
今日の話題では実際に不利だからだ。
嫌なことを公表してくれたカナン王子を恨めしく見つめた。
「な、なんだい?」
「別に。セネトがどうしてウエルトを訪れたのか公表してあげようかと思っただけ」
冷たく微笑んで言う。
それにより、セネトの顔色は著しく悪くなる。
「わ、悪かった!それだけはやめてくれ!!」
そんなことを言われたら、サーシャとだけでなく、ウエルトとの関係までおかしくなってしまう。
「え?なになに?何かあるの?」
サーシャが食いついてきた。
好奇心旺盛な少女にはそういう言い方が一番いい。
「そう、とってもおもしろくて大切な用事なの。あとで教えてあげるわ」
「ほんと?おもしろいの?わかった!すっごく楽しみにしてるね!!」
サーシャは飛び跳ねる様にして喜ぶ。
項垂れているセネトに対し、片目を瞑ってみせるレシエ。
「あぁ…終わった…」
セネトは膝を地面に着けた。
「どんな秘密だか知らんが、お気の毒にな」
ジュノーンはセネトの肩をぽんぽんと叩き、冥福を祈った。
しかし、その時彼等の再会の喜びは潰された。
さっきまでセネトが乗っていた船がいきなり爆発し、炎上した。
いや、爆発したんじゃない。
隕石がいきなり船の上に落ちてきたのだ。
「なっ!?メティオールだと!?」
あまりの突然の出来事に、4人は暫し動けなかった。
すると、もう一度隕石が船に落ちた。
その爆風で吹き飛ばされた4人。
辺りは炎上し、煙で前すら見えない。
「くっ、ここから離れろ!!」
燃え盛る船の破片がジュノーン達に降りかかってくる。
とどめとばかりにもう一度隕石が落ち、豪華客船は真っ二つに割れて沈んだ。
煙が消え、広くなった視界に飛び込んできたのは見渡す限りの軍船。
数は20を越えるのではないだろうか。
ジュノーン達は再び唖然とした。
軍船に掲げてある獅子の旗が風に靡く。
「マール王国か!」
セネトは叱咤する様に吠えた。
「まさか…本当に攻めてくるなんて」
レシエも驚きを隠せない。
後からソラの町の警備兵達が数人掛けてきた。
先の大戦でウエルトの払った犠牲は大きい。
兵数は三分の一程度まで減ってしまったのだ。
「ジュノーン様、サーシャ様、大丈夫ですか!?」
「ええ。それより町の人達を非難させて!」
「はっ!」
警備兵が返事をした時、その兵士の胸に太い矢が貫通した。
その兵は即死だった。
「皆早く町の外へ!ここは危険です!!」
サーシャが叱咤する。
「ですが、皆様は!?サーシャ様を置いては行けません!」
「私達なら大丈夫だから、早く!これは王女命令です!!」
兵士達は納得いかないながらも、町の外へと走って行った。
固定式の弩弓の、太い矢が雨の様に降ってくる。
ジュノーン達は各自の武器でそれを叩き落とした。
しかし、兵士達は走りながらなので全て防げず、何人もの兵士が矢の餌食となった。
逃げている町人の死体も見受けられる。
何十何百もの弩弓の矢と同時に、メティオールが飛んでくるのが見えた。
「あんなの止められないぞ!」
セネトが悲鳴に近い声を上げる。
「私に任せて」
サーシャは一番前に立ち、剣を閉って手を胸の前で合わせた。
「光の壁よ…」
エルフの森の時の様に、眩い光がジュノーン達を優しく包んだ。
その光に当たるや否や、矢は弾き返され、隕石は消滅した。
「ホーリーシールドか!もっと早く使えっての」
ジュノーンが安堵の息を吐き、サーシャの肩も軽く叩く。
「ゴメン…。この魔法、凄く疲れちゃうから、いつまでも皆を守ってられないの…。あんまり長くすると、また倒れちゃうかも」
そうだった、と舌打ちするジュノーン。
既にサーシャは額に汗が流れていた。
「サーシャ王女、魔法を解いて。あなたに倒れられると後が大変だから」
レシエが息を整えながら言う。
実際、サーシャに倒れられると、治療する者がいなくなるし、倒れたサーシャを守りながら戦うのは骨が折れる。
「でも、それじゃ皆が…」
「大丈夫。私が何とかするから」
「うん…わかった」
サーシャは心配そうに頷くと、光の壁を消した。
それを待っていたかの様に再び矢が飛んでくる。
レシエは“魔風槍”で弧を描いた。
「風よ…我等を守れ」
「おぉっ」
一人一人を取り巻く様に風がジュノーン達を覆う。
「フラウアストーム」
最後に槍先で地面を刺してそう呟くと、周りに分厚い壁が出来た様な違和感がした。
「凄い」
セネトが感嘆の息を洩らす。
「この周りの『違和感』が消えるまで風が守ってくれるわ。…でも、隕石みたいな大きい物は防げないから、気をつけて」
「十分だ!さすが“戦乙女”」
どさくさに紛れてレシエに言うと、セネトは教会の鐘くらいの大きさをした火球を作った。
魔神武具もどき“紅蓮”の力だ。
(リチャード…初めて会った時から嫌な奴だとは思ったけど、ここまでとは思わなかったよ…!ティーエがこんな事望むハズないだろ!!)
「燃えろ!!」
言いながら、怒りに任せて火球を殴りつけた。
火球は物凄いスピードで一番手前の軍船に向って行った。
狙いは違わず、その船に当たって爆発した。
「やるじゃないか、セネト」
「はっはーっ!どうだ!!」
セネトはガッツポーズをした。
実戦で使うのは初めてだったのだ。そして、口には出さなかったが、レシエも先程の防護魔法は初めて使ったので、風が矢を弾き返してくれたのを見て、安堵した。
「よし、反撃返しだ!」