サーシャFC

メルヘンたちが海戦を繰り広げている間、ジュノーン達は順調に敵船の数を減らしていた。
「怨霊よ、悪しき魂よ…我が敵を喰らい、怨みを晴らせ!」
ジュノーンは掌を敵船に向け、呪文を唱えた。
「デス・クリムゾン!」
死霊達の怨みの念で作られた髑髏の形をした球が敵船に向って行き、黒い爆発を起こした。
爆発音に混ざって、死霊の雄叫びが辺りに響く。
闇黒竜ガーゼルの闇のブレスに似ているな、とセネトは素直な感想を胸の中で呟いた。
これは闇魔神の最強魔法である。
ジュノーンは今や闇魔神のほとんどの技を使いこなす事が可能なのだ。
「…悪趣味な技ね」
隣にいたレシエが呆れた表情をして、それを眺めた。
「俺に言うなよ」
“破壊竜を手懐けし英雄”は憮然とした表情をして答えた。
技を作ったり考えたりするのは武器に宿る魔神の仕事だ。
彼はその力を借りているに過ぎない。勿論、それはレシエも同じだ。
しかし、風魔神とは女性らしく、闇魔神みたくグロテスクな技はない。
唯単に、闇という属性を強調する為に作ったのかもしれないが、悪趣味という事には変わりないだろう。
かくして、“紅蓮”の炎、“魔風槍”の烈風、そして“魂喰い”の死霊により、マール軍船の数は残り半分おとなった。
少し余裕ができたジュノーンは、町の様子を見る為、後を振り向いてみた。
「………っ!」
到る所に太い矢が突き刺さり、漁師や船乗りで賑わう酒場も、船旅の疲れを癒す宿も燃えていた。
運悪く矢に刺さった人の死体も1人や2人ではない。
もはや、ウエルトの玄関口として有名なソラの町は、見る影もなくなっていた。
ジュノーンはそれに激しい怒りを覚えた。
「糞ッ!こうなったらジュリアスを呼んで…」
「いけない」
レシエは攻撃の手を止め、ジュノーンの言葉を遮った。
「もし、破壊竜を戦争で使う様な事をすれば、ウエルトの立場が悪くなるわ。昔のレダみたいにね」
「戦を仕掛けてきたのは向こうだろうが!」
その答えにジュノーンは吠えた。
「それでも、だめなのよ。破壊竜を戦争に使ってはいけないの」
ウエルトを孤立させたくないなら、と少し悲しそうな表情をして続けた。
それを言われると、さしものジュノーンもどうしようもない。
「幸いにも、あの程度の数なら僕達でも十分だ。サーシャ王女も町人の救出に向ったし、重傷の人でも助かるよ」
セネトも振り返り、言った。
先程、攻撃魔法を使えないサーシャは住民の避難を手伝いに下がったのだ。
その時、ソラの町の入り口…跳ね橋を出た所に住民を集めると言っていた。
住民達がどんな思いで破壊されていく町を眺めているのかを思うと、胸が痛くなる。
「タダで済むと思うなよ、マール王国!!」
“破壊竜を手懐けし英雄”はそう吠え、己の怨みの念いも込め、上位死霊魔法<デス・クリムゾン>を放った。
……………
…………
………
敵船の数が残り5隻となった時、マール王国は攻撃の手を止めた。
「…降伏か?」
セネトは肩で息をし、その様子を怪訝そうに敵船を見つめていた。
ジュノーン、レシエは武器に縋り付く様にして立っている。
2人共、以前と比べられない程強くなっているが、上位の魔神魔法を連発して使っていた為、その体力消費は並のものではない。もっとも、以前の様に嘔吐する程ではないが。
「…そう願うわ」
その場に膝を着いてセネトの問いに答える。
「大丈夫か?」
「ええ…」
ジュノーンは“戦乙女”に手を貸した。彼女は一瞬躊躇したが、彼の手を遠慮がちに取り、立ち上がる。
頬が少し赤くなっているのは気のせいだろうか。
(なんだ、随分仲が良くなってるじゃないか)
戦闘中に不謹慎だと思いつつも、二人の様子をちらっと見て、忍び笑いを洩らした。
彼としてはジュノーンとレシエが結ばれてくれる事を望んでいる。
元々ジュノーンとは気が合う。もし恋敵でなくなれば、父とグラムドの様な親友になれるのではないか。
ジュノーンとしてはそうなりたいのだろうが、如何せんセネトがもう一歩進めない。
どうしても恋敵というのが切り離せないのだ。
(おっと、今はこんな事考えている場合じゃないな)
気が緩んでる、と自分を叱咤しマールの軍船に目を向ける。
「お、おい…あれは何だ?」
目を凝らして見てみると、船の方から何か黒い生き物が翼を羽ばたかせ、飛んで来ている。
それも大量に。
「ガーゴイルか?」
息を整え、ジュノーンも唖然としてそれを眺めている。
まるで、蜂の巣を木の棒で突付いた時の蜂の群れの様だった。
数は百を越えているのではないだろうか。
その生物に埋め尽くされもはや青い海が見えない。
「ガーゴイルじゃないわ…」
ある程度距離が近づくと、それがガーゴイルでない事が見て取れる。
種類が沢山いるのだ。
オーガーの体に翼を4枚持った黒羊の顔の怪物や、竜と似た顔を持つ怪物、長い角と牙を持つ人型の怪物…一体一体が違う姿をしていた。
唯、共通して言える事は、全て醜い。
そして、その6体の醜悪な怪物がジュノーン達を囲んだ。
「何なんだ、こいつ等は!!」
セネトは降り立った怪物を見て、絶叫した。
「俺が知るはずないだろう!」
漆黒の甲冑を着た金髪の青年が律儀に答える。
「そんな事より、早く倒さないとサーシャ王女達が!」
レシエは空も指差し、2人に忠告する。
上を見ると、残りの何十という怪物はジュノーン達の頭上を越え、ソラの町の向こう…即ち、サーシャや町人が集まってるであろう所に向っていた。
「くっ…サーシャ!」
それを見て、ソラの町へ掛けようとした青年だが、行く手を2体の怪物に阻まれた。
錫杖と剣を持つ竜頭の怪物と、大鎌を持ったオーガーの肉体に4枚の翼を持つ黒羊の怪物だ。
「どけよ…!」
怒りに身を震わせながら、呟いた。
町の方からは悲鳴が聞こえてくる。
はやく助けにいかなければサーシャも危ない。
しかし、怪物が退いてくれるはずもなかった。
「糞がっ…!」
ワケの解らない事続きでジュノーンの怒りもついに頂点に到達した。
いきなりの奇襲、醜い怪物の登場…夢なら早く覚めてくれと願うばかりである。
「その薄汚ぇ体、ぶった斬ってやるよ!」
“魂喰い”を下段から真っ直ぐ突き上げ、竜頭の怪物の腹部を貫いた。
人間なら即死、或いは重傷だろう。
しかし、その怪物は剣を振ってきた。
「バカな!?」
スレスレで攻撃を避ける。
続け様に竜頭の怪物は炎の呪文と剣で同時攻撃。それに加え、黒羊の怪物も鎌で重く速い攻撃を繰り出してくる。
(ヤバイ…こいつ等強ぇ)
一度は逆上した頭を静めて敵の動きを読み、身を捩って魔法を避けて“魂喰い”で相手の剣と鎌を受け止める。
見事な連携攻撃、それに疲れも加わり、ジュノーンは防戦一方である。
そんな中でも、町の人々の悲鳴は鮮明に聞こえてくる。
守ってばかりでは死を待つばかり。
そう判断すると、1、2撃は相手の攻撃を受ける覚悟で反撃に出た。
まず、持ち前の閃光の様な剣技で黒羊の怪物の両腕を落とす。
怪物が奇声を上げて苦しみ、大鎌が地面に落ちた時、ジュノーンの体に電撃が走った。
竜頭の怪物の錫杖から放たれた電撃の呪文だ。
しかしジュノーンは歯を食い縛ってその痛みに耐え、黒羊の首をオーガーの様に筋肉が膨れ上がった体から斬り離す。
まだピクピクと動いているが、気にせず竜頭の怪物に斬りかかった。
ジュノーンの最初の攻撃が効いている様で、動きはかなり鈍い。
数秒後にはその竜の頭に“魂喰い”が貫通していた。
「汝の魂を我に与えよ…!」
相手の魂により傷を治し、剣を抜く際に瘴気を相手に送り込む闇魔神の得意魔法<アストラル・ドレイン>という技だ。
それにより、体が軽くなった。
醜い怪物の魂が体内に入ってくるというのは耐え難いが、この際そんな事は言ってられない。
剣を抜いた時に送り込まれた瘴気により、竜頭は木端微塵に砕け、脳漿をぶちまけている。
セネトとレシエを見ると、彼等も各自2匹の怪物を受け持っている。
「レシエ、今行く!」
怪物が死んだのを確認すると、苦戦しているレシエの方へと加勢にいった。しかし、レシエはその申し出を断った。
「私はいいから、早くサーシャ王女を助けに行きなさい!」
そう言いながらも、先程のジュノーンと同様で彼女も防戦一方である。
「お前だって危ないだろうが!」
「いいから、行きなさい!私とサーシャ王女、どっちが大事なのよ!!」
「…っ!?」
その言葉に彼は立ち止まった。
(どっちが大事?)
そんなの決められるワケがない。どちらも大切な人なのだから。
予想外のジュノーンの反応に、レシエは戸惑いを覚えた。
ああ言ったなら、彼はサーシャの方へ行くとばかり思っていたからだ。
(もう、バカね…!)
その反応は予想外ながら、彼女にとっては嬉しいものだった。
自分も彼にとってはサーシャと同じくらい大切な人とされているのだから。
(わかったわよ。私が勝てばいいんでしょ?)
“戦乙女”は高揚感が高まるのを感じ、残りの力を全て使う事を決心した。
怪物達から距離を取り、構えなおす。
「風を司る魔神よ…汝の力にて、かの敵を切裂け…!」
そう呟くと、レシエを中心として大きな竜巻が現れた。
先の大戦でも使われた風魔神の上位魔法<エア・ブラスト>である。
しかし、その大きさ以前と比べ物にならないのは、レシエの力が格段上がっている証拠だろう。
「ジュノーン、セネト、伏せて!」
“戦乙女”がそう警告するや否や、竜巻は怪物を飲み込み、切り刻んだ。
どす黒い血が辺りに雨の様にして舞った。
セネトとレシエが戦っていた怪物以外にも巻き込まれた怪物もいる様だ。
「ふぅ…」
竜巻が止むと、それと共に醜い生物の死体が10程落ちてきた。
巻き込まれた怪物は予想以上に多かった。
皆絶命している。
「助かったよ、レシエ」
セネトが立ち上がり、礼を言う。
彼も未知の怪物達に苦戦を強いられていたのだ。
そして、当のレシエは咳き込み、地面に片膝を着いた。
ジュノーンも彼女と視線を合わす様に屈む。
青年はとても心配そうな顔をしていた。
「私は大丈夫だから…早くサーシャ王女を助けに行きなさい」
何度も同じ事を言わせないで、とレシエは続けた。
ジュノーンは頷き、サーシャの元へと駆けた。 
「…ジュノーンの為なら無茶するんだね、君は」
セネトが呆れ口調で想い人の為に体を張る“戦乙女”に声を掛けた。
「…うるさいわね。あなたこそ王女様の為に無茶をしなければいけないんじゃなくて?」
憮然とした表情で言い返す。
カナン王子はそれを言われ、慌ててジュノーンの後を追い掛けた。
それを見届けると、武器を離して両手で口を抑えた。
嘔吐感を抑制するためである。
それが治まり、溜息を吐くと、海上に視線を移した。
そこにはマール軍船の姿は無かった。怪物と戦っている間に退却した様だ。
それにあの怪物達の死体も蒸気を立て、消えていった。それは杖で召喚したモンスターの消え方と同じだった。
(何故リチャードがこんな怪物を操られるというの?)
虚空を見る様に、レシエはマール王国の方角をぼんやりと眺めた。
ティーエやエリシャは大丈夫なのだろうか。
それらについて色々と憶測を広げてみるが、上空に巨大な影が現れた事により、中断された。
見上げてみると、3対6枚の翼を持つ濃血色の巨竜だった。
ジュノーンの愛竜にして先の大戦の名を持つ古竜…破壊竜である。おそらく彼が呼んだのだろう。
あれほど呼ぶなと言ったのに。
「バカ…」
レシエは血を吐く思いで呟いた。
しかし、それを彼女にもできない。あの怪物達の強さに加えてあの数…いくらジュノーンやセネトが強いと言っても限界がある。
それに、マールの軍船との戦いで体力を消費している。彼等にあの強力な怪物達100匹余りを相手にする余力などあるはずがない。
万全の状態でも勝てないかもしれない。
(…もしかして、それが目的?)
軍船と戦わせ、体力を消費したところに未知の怪物を投入する。そして…破壊竜を呼ばせる。
(完璧にしてやられたわ…)
レシエは額に手を当て、もう一度溜息を吐いた。
もしその予想が正しいなら、リチャードの思惑通りに進んでいる事になる。
おそらく今だ愚かな貴族達が多いリーヴェは国王・リュナンがいない事を良い事に、ウエルトとの同盟を破棄してマールと協力する確率が高い。
もしかしたらエリアルやサリアでも、国民がマールを支持し、騒ぎ出すかもしれない。
それは自国にしても有り得る事だ。
マールが醜悪な怪物を使ってウエルトに攻めたなど言っても、信じてもらえそうにない。
その怪物は死ねば蒸気と化して消えてしまうのだから。
これは予期せぬ事態だ。
マールがウエルトに攻めたなら、間違いなくマールはリーベリアで孤立するとばかり思っていた。
それがウエルトが逆に孤立するはめになるなんて…。
破壊竜の咆哮が響いた。
まだ戦闘は終ってない様だ。
疲れきった体を引き摺る様にして、レシエは愛する者を援護すべく、変わり果てたソラの町の入り口へと向った。

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