サーシャFC

3章・リーベリア傭兵団結成

「ソラの警備隊は全滅し、町民の8割が虐殺された模様」
落雷の光と音に脅かされていた王宮は、この最悪な報告によって揺れ動いた。
ソラの町には他国の漁師や旅人、船員も沢山いたから、その死者数を合わせると数はもっと膨れ上がるだろう。
怪物に喰われた者や魔法で焼かれた者もいるので、正確な死者数はわからない。
そして、あの忌まわしき戦いから既に半月経つ今も、サーシャは目を覚まさない。
その結果から、やはりジュノーンの風当たりは厳しくなった。
さっさとマールに引き渡せばいい、と言う貴族もいる程だ。
挙句に、セネトがウエルトに着いた時を狙われた事もあって、彼もマールに内通している、という発言もあった。
「そんな酷い話があってたまるか」
とセネトはよく文句を言ったものだ。
彼はロファール王に遊びに来ないかと誘われて来ただけなのである。
しかも、その襲来に対してジュノーン達と戦ったのだ。どこにそこまで言われる筋合いがあろうか。
「僕はカナン王だぞ。何もしていないお前等貴族と一緒にするな」
これが最近の彼の口癖である。
その口癖は発しながら、セネトはあからさまに不機嫌そうな顔をして部屋内を行ったり来たりしている。
「まだ王になってないでしょ」
窓際に立っている銀髪の女性魔道師が呆れた様にツッコミを入れた。
マール宮廷魔術師のエリシャである。
横にはレダの末裔・ティーエも形の良い眉を寄せ、困った表情をしている。
ここはジュノーンに与えられた部屋だ。近衛騎士隊長の身なので、それなりに大きな部屋を与えられている。
それ故、彼等の溜まり場となっているのだが。
ジュノーンはウエルト内に館も与えられているのだが、近衛騎士隊長として多忙の身である彼は、ほとんどその館に行った事がない。
そして、この部屋にはジュノーンとレシエの姿はない。
「うるさい。大して変わらないだろう?」
「そうかしら?サーシャをお嫁さんに貰うまでは国王にならないものだと思ってたんだけど…」
「か、勝手な事を言うな!」
慌てて否定するセネト。図星だったのだが、何もティーエの前で言う必要はないだろう。
彼は昔、ティーエを好いていた。
告白する事さえ叶わなかったが。
「し、しかし、君達が来た事には驚いたよ」
話題を変え、セネトは呼吸を整えた。
「しかも、亡命という形でね。よくウエルトが受け入れてくれたな」
彼女等が謁見の間に現れた事は、その場にいた全員が驚いた。
「苦労したわよ。密偵じゃないかって無能な貴族共がぎゃーぎゃー喚き散らすんだもん。宮廷魔術師と王女が密偵する国がどこにあるっつーのよ」
「でも、それは仕方のない事ではないでしょうか。私がリチャードを止めらなかった為に、多くのウエルトの民を死なせてしまいました…」
ティーエは顔を伏せ、拳を強く握り締めた。
彼女等が亡命できたのはロファール王の寛大さの御蔭である。彼は周りの反対を押し退け、亡命を認めた。勿論、知っている限りの内情を話すという条件付きだが。
「ティーエ、君は悪くないよ。全てリチャードが悪いんだ」
「彼を悪く言わないで下さい。彼は多少強引な性格ではありますけど、とても優しい人なのです…」
「優しい?優しい奴がどうしてこんな事をするんだ?覇王になる為か?
それならドルムと何ら変わりはないじゃないか!一般市民を無意味に傷つけている分、彼より太刀が悪いぞ」
ドルムは侵略した際にも町を暴虐する様な事はしなかった。優れた為政者になっただろうに、と彼の才能をセネトは惜しく思ったものだ。
「やめて!」
悲痛な叫びをティーエは上げた。彼女としてもそれは解っている。しかし彼が悪く言われるのは耐えれなかった。
愛する者を悪く言われて黙っていられるはずがない。
彼女が瞳を濡らせているのに気付き、セネトは心痛した。
「…ごめん、言い過ぎた。でも、僕は許せないんだ。
君の苦しみを少しも解っていないリチャードが、ね」
「えっ…?」
ティーエは幼馴染の言葉に驚きを隠せなかった。
セネトが怒っている理由は、サーシャを傷つけられた事だけだと思っていたからだ。
セネトは顔を伏せ、それきり言葉を続けなかった。
これ以上言えば、永遠に忘れ去ろうとしていた想いと言葉が蘇ってしまいそうだった。
「…セネト?」
ティーエが彼の顔を覗き込もうとすると、彼は視線をエリシャに向けた。
「…それよりジュノーン達はどこに行ったんだ?もういなくなって大分なるけど」
そして逃げる様に話題を変えた。
エリシャは呆れ返ってそれを眺めていた。
(どうしてサーシャに惚れる男って優柔不断なのかしら)
まだセネトがティーエに対する想いを捨てきれていないとは、さしものエリシャも予想していなかった。
そして、ジュノーンはと言えば、美しいソフィア公女様と図書館に行っている。
(いっその事、あの弓戦士にしちゃいなさいよ)
ルカだけは唯一、サーシャのみを愛している。
しかし、これも不可能に思えた。
サーシャはルカの気持ちに全く気付いていないし、ルカはサーシャと話すことすらままならない。
これでは愛し合う事など、夢のまた夢だ。
「…図書館に行ったわ。魔剣について調べてくるんですって。もうすぐ帰ってくるんじゃないかしら」
エリシャは気のない返事をして、サーシャのお見舞いに行ってくるわ、と部屋を出た。
「…僕等も行こうか」
セネトの言葉に相槌し、二人もエリシャの後を追うように部屋を出た。



「無いな…」
「まぁ、そう簡単に見付かるとは思っていなかったけどね」
王都のやや南方に位置する王立図書館の古文書の棚で、2人の男女が溜息を吐いていた。
1人は漆黒の甲冑の上に、白銀のマントを着た青年である。
腰より長く伸ばした金髪を、後頭部で緩く結んでいる。
比喩に使われる女の様な美貌という言葉がそっくり事実として当て嵌まる美青年であった。
凛然とした美しさと色素の薄さがあいまって、人間離れした不思議な雰囲気を醸し出す。
もう1人は夕日の色をした瞳と髪を持つ女性だ。
小柄で細い体に、膝が剥き出しの短い黒色の短衣を着ていた。それを胴のところで帯を使って締めている。
普段は物静かというか、感情を感じさせない表情をしている彼女だが、その美青年の横にいる時だけは表情が豊かになるのは気のせいだろうか。
その清楚さから、こちらも神秘的な美しさを醸し出している。
美青年の名はジュノーンという。
先の破壊竜戦争の英雄であり、闇魔神の力を操る事ができる。
剣の腕に関してもリーベリア1との定評があった。
女性の名前はレシエ。
ウエルトより遥か北にあるソフィア大公国の公女であり、こちらも風魔神の力を使う事が可能だ。
彼女も先の大戦での功績から“戦乙女”とカナン地方では呼ばれており、ジュノーンと同等の英雄である。
「魔剣エクリクシスだなんて、どこにも載ってないじゃない」
レシエは本をバタンと勢い良く閉じた。
いつまたマール王国が攻めてくるかもわからないのに加え、相手側の情報が無いに等しい。
ティーエ達でさえ怪物の事は知らなかったのだ。
邪神の本を探っても魔剣エクリクシスという文字は全く出てこない。
「ああ。図書館の歴史分野にも古文書分野にも無いとなると、お手上げだ。
ティーエ王女達が嘘を吐いてるとは思えないけどな」
「うん…」
どうしよう、とレシエは考え込むように形の良い顎を指先で摘んだ。
「ったく、アフリードは何してるんだかな。こんな大変な時に宮廷魔術師がいないでどうする」
「確かに、妙な話よね。国の苦境をいかにして救うかも宮廷魔術師の仕事だと思うのだけど…」
「あいつが内通者じゃないだろうな」
ジュノーンは冗談めかしに苦笑して言うと、レシエも吊られて少し笑う。
「まあ、彼は何時か戻ってくるでしょう。それより、伝説の古竜と呼ばれる破壊竜さんは、あの怪物達をご存知では無いの?」
少し皮肉っぽい口調だが、ジュノーンは気にした様子もなく答えた。
「知らないってさ。この世界の者ではない、とは言っていたけどな」
「…この世界の者ではない、か」
レシエは破壊竜の言った事を繰り返し呟くと、何か閃いた様で、ジュノーンに微笑みかけた。
「それなら、私達には図書館よりよっぽど知識が詰まっているものを持っていたのではなくて?」
言うとレシエは本棚に立て掛けてある槍に触れた。
“魔風槍”である。今は危険防止の為、槍全体を布で包んではいるが、そこからは風の力を現す緑色の神秘的な光が溢れんばかりだった。
そして続けてジュノーンの魔剣“魂喰い”の方を見た。
今は鞘に入っているが、刃部分はこちらも黒い光を放っているだろう。
「…そうだったな」
なんで今まで気付かなかったんだ、と溜息を2人同時に吐いた。
…………………
…………
……
2人は部屋に戻ると、目を合わせた。
どちらが魔神と話をするのか、という意味だ。
「俺が訊くよ」
ジュノーンは魔剣を抜くと闇魔神と交信した。
部屋に凄まじい魔力が篭り、部屋内は薄暗くなった。
(闇魔神…お前、この前戦った怪物共を知っているか?)
『…うむ』
闇魔神からすぐに重々しい返事が返ってきた。
(奴等は何者なんだ?)
『あの怪物共は…魔界の住人だ』
「なんだと!?」
予想してしていなかった答えだけに、つい声を荒げてしまった。
レシエはその様子を黙って見つめていた。
彼女には彼らがどんな会話をしているか解らないのだが、また大事である事だけはジュノーンの態度から見て取れた。
『見間違うはずなどない。まだ我が“光の王女”に出会う前の話だが、この世は魔界と共にあった』
ジュノーンはそれを聞いても驚かなかった。驚きを通り越して呆然としているのだ。
『その頃にはガーゼルも大地母神も存在していなかった』
(神がいなかったのか?)
『いた。…いや、いると答えた方が正しいか。その神は今だ魔界で戦争を繰り広げているのだからな』
神も人間の王と変わらないんだな、とジュノーンは素直に思った。
(その神とは?)
『“有翼人の王・ファウスト”と“魔神王”だ』
(…魔神王?以前お前が口にしていた奴か?)
『うむ。おそらく魔剣エクリクシスとは、剣に上位魔神の魂が憑依したもので、怪物共を魔界から召喚する事もできるのだろう。よって、あの怪物共は下級の魔神だ』
なにやら厄介な話になってきた事だけはジュノーンにも理解できた。
この闇魔神も風魔神も、一応その上位魔神の眷族らしい。
(その魔神共を葬る策は?)
細かい事は無視し、ジュノーンは一番重要な部分を訊いた。
しかし、答えは…
『魔剣を叩き折るか、その魂に操られている体に我を突き刺すかの何れかだ。
剣を折るのは無理かもしれぬが、奴の魂を喰らう事なら可能だ』
なるほど、とジュノーン。
“魂喰い”の魔剣で刺したならば、エクリクシスの魂は闇魔神に喰われ、消滅する。
しかし、その場合はリチャード諸共殺してしまうかもしれない。
そして難題はそれだけではない。
ジュノーンとレシエの2人だけではあの怪物達を退け、リチャードの前まで行く事さえ不可能だ。
破壊竜の力を借りれば可能かもしれないが、これ以上ウエルトの立場を悪くするわけにはいかない。
『我が教えられるのはそれだけだ。
それと、レシエとか言ったかな?あの娘に忠告しておけ。
あの娘は風の力を多用し過ぎる。それではすぐに体が限界を超え、長く戦えないぞ、とな』
それはジュノーンも言おうと思っていた事だった。
ジュノーンは元々剣に自信があるし、剣で戦う事が癖になっている為、自分が魔法を使えるという事を忘れがちだからその心配は無い。
『あの娘に死なれては困るだろう?』
「うるせぇよっ!」
最後の一言はからかいの意が込められていた。
おそらく、実像があったなら人の悪い笑みを浮かべていただろう。
ジュノーンは荒々しく剣を収めると、美しいソフィア公女の方へと向き直った。
「…どうしたの?」
レシエは壁に凭れて、怪訝そうな顔でジュノーンを眺めていた。
「何でもない!」
舌打ちをし、ジュノーンはテーブルの上に置いてあった薔薇水を一気に飲み干した。
「まぁ、いいわ。それより聞かせてもらえるかしら?その表情からして、簡単に解決しそうでない事なのは解っているから」
嘆息し、呆れた表情を作る。
しかし、ジュノーンが闇魔神から聞いた事をそのまま伝えると、その表情は険しいものに変わっていた。
……………
…………
………
「本当に最悪ね。魔界の住人なら、あの強さにも納得がいくわ。
…それで、英雄のジュノーン様はどうするつもりなのかしら?」
レシエのその言葉に、美青年は憮然とした。明らかに皮肉だ。
「からかわないでくれ。レシエには何か案は無いか?」
「あるはずないでしょう?まず戦力に差がありすぎるわ。私と貴方の2人だけで壊滅させるなんて、不可能だもの。
兵数だけでもこちらが上回りたいのだけど、他国の援軍は望めない」
国というものが邪魔になってね、とレシエは皮肉気に付け加えた。
改めて自分達が八方塞なのだと実感させられた。
「あ、そう言えば闇魔神から伝言がある」
「…私に?」
ジュノーンは頷き、続けた。
「ああ。お前は魔神の力を多用し過ぎる。それでは長期戦は無理だ、と」
忠告をそのまま伝えると彼女は槍を強く握り、か細い声で呟いた。
「私は貴方みたいに強くない…!この力を使わないで、どうやって戦えって言うのよ」
悲痛な表情を向ける。
そんな反応が返ってくるとは予想していなかったので、ジュノーンは絶句してしまった。
「武器の強さは同じかもしれないけど、その持ち主の力量の差は歴然だわ。
言ってしまえば、私はこの力を使わなければ貴方に傷一つ負わす事はできない。体力がもたないという事くらい解ってる。でも私はこの力に頼らなければ…」
ただの竜騎士に過ぎない、と続けた。
それは根本的な差だった。
レシエが弱いわけではないのだが、いくら槍術や剣術を学んでもジュノーンには及ばない。
ジュノーンは戦いの天才だ。彼と一騎討ちをしてまともに戦える者など、魔剣の力を持つリチャード以外にもはや存在しないのではないか。
その差をカバーする為にレシエは魔法を多用する。
彼の役に立つにはそれしか方法が無いのだから。
「………」
ジュノーンはどう返してよいのかわからず、黙り込んだ。
自分と彼女は同等の力を持っていると思い込んでいたし、レシエがそんなに思い詰めていた事には全く気付いていなかった。
気まずい沈黙が訪れようとしていた。ここで何も言えなかったら、彼は過去から全く進歩していない事になる。
しかし、ジュノーンはそれを許さなかった。
軽く微笑んで、沈黙の嵐を打ち破る。
「そんなに無理する必要なんて無いんじゃないか?」
「…?」
彼の言葉の真意を読み取れず、首を傾げた。
「レシエは俺の後で突っ立ててればいい。その…俺が全員倒すからよ」
ジュノーンはやや照れ気味に言った。
それなりに勇気を必要としたセリフだった。
しかし、レシエは口元に皮肉たっぷりな微笑を目元と口元に称え、ジュノーンの勇気の結晶を粉々に砕いた。
「あら、それって私も守ってもらえるという意味なのかしら?」
『私も』というところを強調して言い、辛辣な言葉を続ける。
「残念だけど、遠慮するわ。私は貴方に守られたくないし、突っ立ってるだけっていうのは逆に疲れるもの」
ジュノーンが再び憮然としたのは言うまでも無い。
美しいソフィア公女はそれを見てクスッと笑った。ウエルトの英雄は不服そうに“戦乙女”を眺めやったが、口に出しては何も言わなかった。
素直に守られてくれる女性でないのは承知していたし、レシエらしい返事に安心を覚えたからだ。
レシエにしても、内心では嬉しかったに違いない。
そんな時、ヴェルジュ太守の愛娘ことエステルが、ジュノーンの部屋に慌しく入ってきた。
「ジュノーン様、リーヴェが…!」
ノックするのを忘れてしまう程彼女は焦っていたのだが、レシエも部屋にいるという事を認識すると、肩を竦めた。
「…お邪魔でしたでしょうか?」
控え目に言う。
無論、これは彼女の本当の姿ではない。
今エステルはレシエに対する嫉妬心で一杯だった。
しかし、そんな彼女でもジュノーンの前だと猫のようにおとなしい。
過去の過ちを繰り返さない為だ。
彼女はユトナ聖戦時に初めての失恋を味わっている。
その時は感情に任せ、嫉妬した時など想い人に辛く当たったものだ。想い人はその度に困った表情をしていた。
その人の名をラフィンという。バージェの竜騎士だ。
現在は祖国復興に力を注いでいる。
元恋人と共に。
そしてエステルは時が経つにつれて悲しみが増していき、毎日が苦痛に感じ始めた頃…即ちロファール王の誕生会の時、ジュノーンと目が合ったのだ。
彼を見たのは初めてではなかったのだが、その時は彼の青灰色の瞳に強く惹かれた。
知らずのうちにエステルは会釈し、彼の席へと向ったのだ。
ラフィンの事を考えないようにするには、ジュノーンを想う事だった。
そんなエステルの気持ちに気付いているかどうかは定かではないが、ジュノーンは男性とは思えないその美貌で優しく微笑みかけた。
「それで、リーヴェがどうしたんだ?」
エステルはハッとなり、言葉を続けた。彼に見惚れていたのだ。
「そうでした!リーヴェが同盟を破棄してきたんです」
ジュノーンは驚く事なくレシエと顔を見合わせ、互いに嘆息を吐いたのだった。
差詰、やっぱり、といったところだろうか。彼等はこれを予測していた。
国王であるリュナンがいない今、こうなる事はある程度読んでいた。
ウエルト・リーヴェの同盟破棄の使者が来たという事は、リュナン派の重役が殺されたか、抑え込まれたのだろう。
真実は定かではないが、一つ言える事は敵国が一つ増えたという事だ。
元々マールとリーヴェは同盟関係であるからだ。
こうなってはそうゆっくりもしてられない。
二ヶ国の同時攻撃を受けたらウエルトなど忽ち滅ぼされてしまう。
しかし、先の大戦で多くの兵を失ったウエルトには今すぐマールと戦えるほどの戦力は無い。
エステルはいまいち状況を理解できていない様だったので、レシエが簡単に説明してやった。
(要するに、リュナンが悪い)
ジュノーンはソファーに腰掛け、レシエと彼女の説明を熱心に聞いているエステルをぼんやり眺めながら思った。
(厄介事は全て部下に押し付けて、自分は呑気に王妃様と旅行か。ふざけるな)
遊びたいなら国王になるな、と言ってやりたいと思う。
リチャードの件に関してはリュナンが悪いわけではないのだが、八当たりくらいさせてほしい。
ここ数日は睡眠時間も少ない事もあり、心中不満を言いながらも徐々に視界がボヤけ始めて、闇黒の世界へ引き摺り込まれそうになった。
しかし、エステルの悲鳴に近い問いで現実に戻される。
「じゃあ、ウエルトはどうなるっていうのよ…!?」
レシエの説明を聞き終えた後のエステルの第一声である。
「…わからない」
“戦乙女”と呼ばれる女性は俯いた。
「でもきっとアフリード様が何か策を見つけて、ジュノーンが何とかしてくれるわ。…自国の英雄を信じなさい」
エステルはその言葉にコクリと頷くと、ジュノーンに、よろしくお願いします、と一礼して部屋を出た。
「またプレッシャー掛けやがって…」
ジュノーンはうめくと、恨めしそうに夕日色の髪と瞳を持つソフィア公女を見ると、レシエは片目を瞑ってみせ、サーシャの見舞いへと向った。


時を同じくして、自由都市セネー。
今ここに、腕に自信のある傭兵や騎士が集まっていた。
傭兵は依頼を断り、騎士も国から休みを貰ってまで。
総数は一万を越える。
彼等の目的は共通したものだった。
『悪魔に魂を売ったリチャードの阻止』
そして今、彼等はそれの中心となる人物を待っている。
“破壊竜を手懐けし英雄”と呼ばれる竜騎士・ジュノーンを…。

HOME | 寄贈館図書室 | エクリクシス様のコーナー