時は一週間前まで遡り、カナン王国。
国と同じ名を持つ王城では、竜騎士隊長セオドラ・黒騎士隊長シルヴァの新しいカナンの剣と盾は傭兵や騎士を集め、中庭で短い演説を行なっていた。
「己の腕に自信のある者に告ぐ。今すぐセネーに向い、悪魔に魂を売ったマール王国・リチャードと戦いなさい。
報酬についてはセネーで説明が行なわれ、その間のあなた方の生活や移動費等についても保証します」
そして最後に、セオドラが一言付け足した。
『あなた達を指揮するのは“破壊竜を手懐けし英雄”ジュノーンです』と。
この様な演説が行なわれているのは何もカナンだけではない。サリア、エリアル地方でも同様の演説が行なわれている。
これを裏で操っているのは勿論ウエルト宮廷魔術師のアフリード他ならない。リーヴェ諸国の力も借りたいのだが、同盟破棄をされた以上はジュノーンの名を出してはまずい。
しかし、ジュノーンは傭兵達の中では生きた伝説の様な存在だ。そこを利用して、アフリードは知り合いの傭兵にリーヴェとその各公国に演説と同じ内容の言葉を流言させた。
その成果が出ているかどうかは数日後のセネーで解るだろう。
この傭兵軍の資金は各国から裏で援助されているのに加え、アフリードの巧みな話術でセネーの大物商人達にも投資させた。もはや足りなくなるという事は無いくらいだ。
これはあのソラの町が襲撃されたという報告が入ってからアフリードが考え、各国を駆け回って遂行していた事だ。
リーヴェの同盟破棄は勿論の事、その他諸国の貴族や王族等がジュノーンに不信感を抱くと予想した彼は、真っ先に義勇軍を作るという事が浮かんだ。
最初こそ彼はリチャードの行動に腹を立てたものだったが、今では良かったと思っている。彼の夢を実現させる近道となったのだから。
この傭兵隊は、表向きは非道なマール王国と戦う為に組織される集団だ。だが、アフリードの狙いはその後にある。
「これからは君の仕事だよ、ジュノーン」
その狙いは愚か、リーベリア傭兵隊長になる事にすら気付いていない英雄王となるべき人物に、ウエルト宮廷魔術師は期待を込めて心中呟いた。
カナン両将軍の演説を不服そうに聞いていた4人の傭兵のグループがいた。
魔道師、神官騎士、斧戦士、そして2本の剣を持つ少年だ。少年の歳は14・5だろう。
「どうする、セファ?」
斧戦士が双剣士の少年に声をかけた。
双剣士の名はセファイド。
彼の別の名を“双頭の黒竜”という。
黒竜の由来は、彼の髪、瞳、服が全て冬の夜空の様に深い黒色だからだ。
癖っ毛の黒髪を後で一つに束ね、巨漢の斧戦士の胸の辺りまでしかない身長である。
そして、2本の剣…これが双頭の由来だ。片方は普通の曲刀、もう片方は魔剣エクリクシスに勝らずにも劣らないほど巨大な剣だ。少年の彼が扱える代物ではないように思えた。
しかし、さすが傭兵稼業というだけあって、あどけなさなど微塵も感じさせない面構えをしている。それだけ修羅場を潜り抜けてきた証拠だ。
「…行くしかないだろう。ユトナ聖戦が終ってから碌な仕事にありつけないから、ここにいても飢え死ぬだけさ」
少年は無表情で答え、初老の神官騎士が少年の言葉を受け継ぐ。
「要するに、国としては我々傭兵はもはや邪魔な存在でしかないワケです。追い払うには丁度良い口実というわけですな」
「加えて、戦士してくれれば嬉しい限りだろうね」
魔道師は皮肉を込めた笑みを作った。
「けっ、死んでたまるかよ。なぁセファ?」
「当然だ。それに、マールに仕える怪物というのにも興味がある。嘘かどうかは解らないが、ウエルトのソラが壊滅させられたらしいからな…それなりに楽しめるだろう」
「…恐ぇ恐ぇ。戦闘狂のガキはこれだからよ」
斧戦士が笑いながら少年をからかうと、周りの2人も吊られて笑った。少年はそんな仲間を無視して城外へと歩を進めた。
(戦闘狂か…)
戦闘狂と言えば、この軍を指揮するジュノーンも傭兵時代やソフィアの竜騎士団にいた頃は独りで敵軍を殲滅させる殺人狂だったという。そんな人物がウエルトに渡った途端英雄になっているのだから驚きだ。
(…ウエルトに何があるというんだ?)
セファイドの興味はそこにもあった。人間がそうも簡単に変われるものだろうか。
4人の傭兵達は早速、セネーまでの旅支度に取り掛かったのだった。
「セネーに集まるリーベリアの傭兵達を組織し、リチャードを討伐せよ」
ロファール王に呼び出されるや否や、いきなりそう命じられたジュノーンは、頭の中が真っ白になった気がした。
傭兵達の気性の荒さは熟知しているし、加えて真面目腐った各国の騎士もいるという。そんな奴等をどうやって組織しろというのだ。
(いや、待て。そんな事よりもっと理解し難い事があるんじゃないのか?)
それは何故自分が傭兵軍の将に選ばれたか、だ。
それを訊いて見ると、国王命令だ、の一言で片付けられた。
しかし、大体の予想はつく。
今まで姿を晦ませていた宮廷魔術師が帰ってきたかと思えば、いきなりこれだ。その宮廷魔術師はというと、ジュノーンの方を見て微笑を浮かべている。
それにより確信した。
こいつのせいだ、と。
「ウエルトからも志願者はいる故、マルス港から出発してくれ」
「…船がまだ残っているのですか?」
この前のマール軍襲撃でウエルトの船は全滅したと聞いている。わざわざセネーから迎えに来てくれたのだろうか。
「いや、残念ながら我が国に船はない。しかし、ティーエ殿らをウエルトに運んでくれた海賊がセネーまで送ってくれるそうだ」
(…あの海賊達か)
名前は覚えていないが、うさんくさそうな奴だったのを覚えている。あれでもユトナ聖戦の英雄の1人だというのだが、どうも疑わしい。
「では、本日はゆっくり休み、明日の朝に発つがよい」
ジュノーンは一礼して、謁見の間を離れた。
……………
………
…
(…どうしろってんだよ)
謁見の間を出るなり、リーベリア傭兵隊長となった美青年は溜息を吐いた。
はっきり言って、不可能に近い。
アフリードの話では、傭兵達は宿泊する場所さえなく、街路に溢れるしかないという。そういう状況になって、混乱が起こらぬはずがない。住民との揉め事や、傭兵同士の喧嘩などもひっきりなしに起きているだろう。
しかし、いくら不可能でも命令されたからには果たすしかない。
この件に関しては全権を任されたし、資金や食糧も存分にセネーにあるというのだから、手段はいくつか考えられた。傭兵達に宿舎を与え、毎日の食糧を配給する。それだけで当面の不満は抑える事ができるだろう。
ただ、そのままでは浮浪者の集団を抱えただけである。彼等をいかに下級魔神と戦う戦力に仕上げるか、ジュノーンは知恵を絞らなければならない。
幸運な事に、今のジュノーンには協力者が多い。
次期カナン王のセネトや6賢者の1人アフリード、マール宮廷魔術師のエリシャにレダの末裔ティーエ。それから“戦乙女”の異名をもつソフィア公女レシエ等がこの王宮にいる。
いずれも、英雄と謳われる人々だ。
彼等の力を借りれるのは僥倖以外ない。
しかし、それでも簡単に解決する様に思えなかった。
(本当はサーシャにも来てもらいたいんだけどな…)
ジュノーンは寝たきりの主君の事を思い出した。できれば側を離したくないし、“光の王女”にも手伝ってもらえるのは助かる。
しかし、それは無理だな、と再び嘆息を洩らした。
頭を抱えていると、陽気な声がかかった。
「あ、ジュノーン!久しぶり〜♪」
しかし、その声の主は今、ここにいるはずのない人物だった。
「さ、サーシャ!?」
綺麗な青髪を揺らし、天使の笑顔をこちらに向けている王女がいた。
「バカな!?お前、寝てたんじゃないのか!?というか、なんでそんな元気そうなんだ!?」
ジュノーンは口をパクパクさせ、その美貌に相応しくない態度をとった。
「…えっとぉ」
サーシャは目を反らし、
「てへっ♪」
可愛く笑ってみせた。
「『てへっ』じゃねーよっ!…偽者じゃないだろうな?」
思わず剣に手を掛ける。
「ちょ、ちょっと待ってってば!私は本物だから、落ち着いて話聞いてね?」
「………」
ジュノーンは怪しむ視線を変えず、主君を見つめた。
「…えっとね、今治療室で寝てる私は幻なの」
「は…?」
余計にあやしく思えた。
ジュノーンだって何度も見舞いに行ったし、そこで横たわっていたのも紛れもなくサーシャだったからだ。
「それで、本物の私は神聖魔法の特訓をしてたりしちゃってました〜♪」
わざと明るく振舞う。
「…嘘だろ?」
ジュノーンは早足で治療室へと向った。真偽を確かめる為に。サーシャも小走りで着いてきている。
扉を勢いよく開けると、そこには笑いを堪えていたエリシャとセネト、そして困惑しているティーエがいた。レシエは相変わらずな無表情である。
そして、ベッドの上にはサーシャがいた。
美青年はその少女と後にいる少女を見比べた。…全く同じではないか。
「あははっ!まさかジュノーン、本当に気付いてなかったのかい?」
セネトは堪えきれず、笑い出した。おそらくこのメンバーは皆知っていたのだ。知っていたにも関わらず、自分を欺いていたのだ。
「セネト、エリシャ。ジュノーン様を笑っては失礼です。私達だって、アフリード様に教えていただかねば分らなかったのですから」
ティーエが唖然としているジュノーンの弁護をする。
彼女に詳細を聞いた所、サーシャが怪我から回復したのは戦いから2日後だという。しかし、サーシャは自分の力不足を実感した為、神聖魔法の特訓をしたいとアフリードに申し込んだ。しかし、さしもの“レダの賢者”といえ神聖魔法は専門外であったし、何より彼は多忙であった。そこでアフリードはサーシャを先の大戦で世話になったエルフ達に預けるという事を思いついた。
彼等は魔法に関してはエキスパートであるし、“光の王女”についても詳しい。
しかし、その間王女が行方不明となってしまっては混乱していしまうので、アフリードがサーシャの幻を魔法で作って寝かせておいたというのである。
「…まぁ、それは分った。でも、どうして俺には教えてくれなかったんだ?」
ジュノーンはできるだけ冷静を装い、訊いた。
「私とティーエは教えようって言ったんだよ?でも、皆が教えないでおこうって。…ね?」
サーシャはティーエに同意を求める様に視線を送り、レダの末裔は頷いた。
「申し訳ありません、ジュノーン様。騙す様な形になってしまいまして…」
この王女は本当に申し訳無さそうに謝る。サーシャと一つ違いだそうだが、ティーエの方が遥かに大人に見える。
(傲慢なリチャードとはどうも合わないな)
正直な感想が浮かんでしまう。こうも素直に謝られると、少しは機嫌もよくなるものだ。
しかし、それをぶち壊す女がいる事を忘れていた。
レシエとエリシャだ。
「別に謝らなくていいわよ。気付かないジュノーンがアホなだけだから」
「そうよ。それにティーエの方が身分高いんだから、言葉遣いはフツーでいいのよ。フツーで」
再び不機嫌のどん底に落ちるジュノーン。しかし、言い返さない。レシエとエリシャを相手に口で勝てるはずがない。
「おいおい、そんな事で揉めてる場合か?君にはもっと大事な使命があるだろ?将軍殿」
セネトは見かねて助け舟を出した。しかし、それにもおかしな部分がある。
ジュノーンでさえさっき知ったばかりなのに、何故セネトが傭兵隊長の事を知っているかという事である。訊こうとしたが、やめた。またからかわれるだけだ。
「出発は明日だ。皆、準備してくれ」
とりあえず会話を終らせた。このままここにいてもいじられるだけな気がしたからだ。
そう言うと表情は真剣なものになり、各自の部屋に戻った。
………
……
…
ジュノーンが部屋に戻ると、黄金騎士・ナロンが彼の帰りを待っていた。
「サーシャ様、目が覚めたらしいですね」
ナロンが嬉しそうに言っているのを見て、ジュノーンは思い出した。
ベッドのサーシャが幻だったのを知らなかったのは何も自分だけでないのだ。貴族や王族は勿論、城の者の大半だって知らない。そう考えると、あまり腹を立てない。
おそらく今サーシャは城の者達に目覚めの挨拶をしにいってるのだろう。
「…ああ。で、何か用か?」
「ええ…申し訳ないんですが、一緒にセネーに行けないんです」
ナロンはまず頭を下げ、切り出した。
「母の病気が酷くなったんで、側にいてあげたいんです。それに、ソラの復興も手伝わないといけませんし…」
「そっか。それじゃあ仕方ないな。お袋さんによろしく言っといてくれよ」
ジュノーンは明るく返事し、肩をポンと叩いた。本心としては“黄金の騎士”ナロンの力は頼りにしていたから、残念な事には変わらない
「すみません。あ、でも僕の代わりと言っては何ですが、エステル様が同行するみたいですよ」
「エステル公女が?マーロン伯は許可したのか?」
「ええ。ジュノーン殿に貢献してきなさいと言われたらしいですよ」
「ふぅん…」
ジュノーンはさして気にした様子もなく、窓の外に目を向けた。
「ほかに俺の知り合いでセネーに行く奴はいるのか?」
「いえ、残念ながらルカもライネルさんもノートンさんも行かないみたいです。本当は行きたいのでしょうけど、ソラの復興がありますからね」
「そうか。じゃあ、ウエルトはお前等に任せられるな」
「はい、任せてください!」
ナロンが敬礼して返事すると、リーベリア傭兵隊長は、大袈裟だな、と苦笑した。
しかし、ナロンにとっては大袈裟だとかそんな気持ちではなく、本心からの敬礼だった。
ジュノーンと同僚として接するのはこれで最後かもしれない。この戦いが終ればきっと新しいリーベリアが誕生する。その時は彼がウエルトの騎士隊長としているかは保証はない。
(次に会う時、ジュノーンさんはウエルトの新国王か、ソフィアの公王…いや、新たな王国の王かもしれない。未来のリーベリア統一国となる国の…)
そして、ロファール王やアフリードはジュノーンが統一王になる事を期待しているのではないか、とナロンは最近になって思う。サーシャを彼に嫁がせようとしているのも頷ける。
勿論、これはナロンの勝手な予測だ。この予測に自信があったわけではないのだが、全て当たっている。本人は全く気付いていないが。
「大変ですよね、ジュノーンさんも」
「ああ。リーベリア中の傭兵と騎士を組織化しろだなんて、無茶にも程がある」
「ジュノーンさんならできますよ。無茶苦茶という言葉を人物化した様な人ですから」
「………」
強ち間違いともいえないので、反論できない。しかし、それでもその言い方は酷いのではないかと思う。確かに、単身で敵陣に斬り込んだりはしたが。
しかし、これからはもっと無茶をしないといけないだろう。なんといっても、リーベリア中の戦士達をまとめないといけないのだから…。
翌日、ジュノーン一行に加え、およそ200の義勇兵がウエルトを発った。