リーベリア傭兵軍の将・ジュノーンはセネーに着くと、すぐに宿舎を確保し、傭兵達の当面の不満を抑えた。しかし、やる事は山ほどある。ゆっくりしている暇など彼にはない。
彼等がセネーに着いてから1週間経つこの日も、ジュノーンはたっぷり夜が更けてから与えられた館に戻ってきた。この1週間、彼は朝早くから夜遅くまで、傭兵達の間を駆け回っている。どんな人間が集まってきたか、自分で確かめる為だ。ジュノーンと同じくこの館に泊まっているサーシャやレシエ、アフリード達は既に夕食を済ませていたが、食卓でジュノーンの帰りを待っていてくれた。
「人間がかくも多用であったとはな…」
侍女に遅い夕食を頼むと、ジュノーンは椅子に座り、誰となしにそんな感想を述べた。
「人間を見るのはいい勉強になるよ。ジュノーンの言う様に、人間程多様な生き物はいない。そして、自分もそんな多用な存在の一つなのかと思うと可笑しくなってくる」
アフリードがいかにも賢者らしい言い回しを使った。からかう様な響きがある。
ジュノーンは学問の師である“レダの賢者”を恨めしそうな目で見つめた。今度の件に関して、アフリードはもう少し協力してくれるものと思っていた。ロファール王に傭兵軍の将として自分を推したのは、他ならぬ彼だから。
当然、策があるものと期待する。
だが、アフリードは一日中書物を読んだり、サーシャに魔法の事を教えたりしている。
セネトやレシエの方が余程協力的で、騒動が起こる度に駆け付けて、それぞれのやり方で事を収めてくれている。
ティーエとサーシャの王女達も、ジュノーンを助けてくれている。
ティーエの毅然たる態度は人々の理性を呼び覚まし、サーシャに諌められると、どの様な荒くれ者でも猫のようにおとなしくなるのだった。
「それで、君はどう考えているんだね?」
唐突に、話を振って来るアフリード。ジュノーンは頷き、答えた。
「戦士達の多くは、数人から数十人程の集団に別れてるから、そのまま隊として利用しようかと思っている。それぞれの隊ごとに代表者を選んで、軍議に参加してもらおうと。戦場でどう戦うかは、それぞれの流儀に任せるしかないな」
「あの化け物達だって組織だってるんじゃないんだ。それで十分だよ」
セネトが相槌を打ちながら言う。
「それと、雑軍だから伝令は多めにしておかないと…」
ジュノーンは次々と構想を語っていった。傭兵達の間を駆け回りまがら、考え出した案である。反論は誰からもなかった。
「明日からは組織作りにかかるよ」
ジュノーンは宣言する様に言う。
一通りの話を終え、ジュノーンは改めて仲間達に協力を頼むと、全員が頷き、協力を約束してくれた。
…………
………
……
レシエはジュノーンが遅めの夕食をとっている間、彼の前に座り、頬杖をついて何も考えずに空虚を見つめていた。
「おい、聞いてるか?」
「…うん?なに?」
どうやら、将軍殿が話し掛けていたようであった。
「やっぱいい。別に対した事じゃないから」
少し照れた様に彼は目線をずらし、沈黙した。
「言いなさいよ。怒ったりしないから」
「いや…ただ、ありがとうって」
「…え?」
予想外の言葉にレシエは首を傾げた。この男からそんなセリフが聞けるとは。
「毎日騒動を収めてくれる事もだけど、わざわざソフィアから竜騎士団を呼び寄せてくれたんだろ?今日着いた竜騎士団が俺んとこに挨拶に来た」
「…私は何もしてないわ。彼等は自分の意志でここに来たの。貴方の英雄性が彼等をここに導いたのだから、私への御礼は筋違いよ」
素直でないソフィア公女は相変わらずの無表情で、皿洗いを手伝っているサーシャへと視線を移した。
勿論、嘘だ。
アフリードがジュノーンに期待する気持ちがよく分る。彼は日々成長している。見惚れてしまうほどに。その為ならいくらでも力を貸してやりたい。
(私の想いなんて、届かなくていい。偉大な貴方の役に立てるだけで、私は十分だから)
興味無さ気に「ふぅん」と頷く彼に、心中そう呟いた。決して声には出さないが。
「それにしても、私の部下だった頃からそれくらい素直だったらもっと扱い易かったのにね」
照れを隠す為、皮肉を言ってやる。
「ちっ」
ジュノーンは舌打ちしながら思った。
(可愛いな…)
レシエの命令で竜騎士団がリーベリア傭兵軍に加わった事をジュノーンは知っている。その竜騎士団長がそう言ったのだから。それを自分では言わないところがとても愛しい。
サーシャとはまた別の愛しさを感じる。
「そういえば、エステル公女は?」
その感情を胸の置くに仕舞い、話題を変えた。
「先に寝たわ。あの娘も貴方の役に立とうと、必死に騒動を止めてたのだから、相当疲れたのでしょうね」
「そうか。俺は皆に迷惑かけてるんだな」
その呟きに、レシエはかぶりを振って答える。
「そういう考えはやめなさい。少なくとも、私は迷惑だなんて思ってないから。皆も貴方の役に立ちたいだけだと思う…。だから、貴方は貴方の進みたい道を進みなさい」
「…ありがとう」
ジュノーンは素直に答えた。心からそう思った。
「エステル公女には何かご褒美が必要だな」
美青年は幾分、意地の悪い笑みを見せた。
「ご褒美?」
「ソフィアの竜騎士団と一緒に、アイツも来てたんだよ。知り合いだろ?」
レシエはその一言で全てを察し、なるほどね、と微笑した。
そこで、サーシャがぴょこっと顔を出し、話に混じってきた。
「ねぇねぇ、それって誰なの?」
「内緒。でも、お前も知ってるよ」
「えー…誰だろ」
サーシャは小さな顎に指を当て、必死に思い当たる人物を探した。彼女のそんな仕草にも、心を奪われてぼんやり眺めてしまいそうになる。
「ま、いっか。会えば解るよね♪」
サーシャは思考を停止して、はにかんだ笑みを見せた。
「それよりね、ジュノーン?ちょっと質問があるんだけど」
「どうぞ」
真っ直ぐな金髪の毛先をいじりながら、促した。
「さっきのスープ、美味しかった?」
「スープ?…ああ、別に不味くなかったよ。どちらかと言えば、美味かったな」
正直に答えると、サーシャは顔を綻ばした。
「ほんと?良かったぁ♪あれね、私が作ったんだよ?」
「へっ…?」
それを聞くと同時に見る見る顔が青褪めていくジュノーン。
「ん?どしたの、ジュノーン?」
サーシャが怪訝そうに覗き込もうとすると…
「なぁんて事をしてくれるんだぁっ!?お前、この大事な時期に俺を殺す気か!?1日でも動かなかったら、傭兵軍は成り立たないんだぞ!?そんな時にサーシャ特製暗殺スープを飲ませるなんて…わかった!お前実はマールと組んでたんだな?それで俺を殺そうと…」
「ち、違うってば!というか、そんな一杯訊かれても答えられないよぉ!それに、今まで平気だったのに、どうしていきなり態度変わるの!」
珍しく、サーシャも反論に出た。
「アホォッ!病は気からというだろ!…うぐ、本当に腹が痛くなってきた………」
と、急に腹を押さえ、膝を着くジュノーン。
「えっ…!?ちょ、ちょっとジュノーン!?大丈夫!?」
慌ててジュノーンを揺さぶるサーシャ。徐々に瞳が涙目になってくる。
「うぅ…後は頼んだ………無念」
と残し、地面に倒れる。
「えっ?えっ?嘘でしょ?ねえってば!ジュノーン死んじゃヤだよ!!いくらでも謝るから、ねぇ!起きてよぉ〜っ」
大粒の涙を溢しながら、ジュノーンの体を揺さぶり続ける。
レシエは呆れた表情でその三文芝居を眺めていた。
少女の泣き声が食卓の間に響く。
(げっ…もしかして、マジ泣き?)
異常さに気付き、横目でそっと覗くと、どうやら本気で泣いている様だった。
「わ、悪かったよ、サーシャ!冗談だから、泣くなって!!」
そう知るや否や、美青年は飛び起きて謝る。
「冗談…なの?……本当に?苦しくない?」
数分の沈黙の後、泣き止みはしたが、まだしゃっくりが止まらない様子のサーシャの言葉に、ジュノーンは申し訳なさそうに頷いた。まさか本気で泣き出すと思うはずがなかった。
「もぅ…ばか」
コツっとジュノーンの頭を軽く叩くと、そのまま彼の体に身を預けた。
「でも、生きてて良かったよぉ…」
再び泣き出すサーシャ。
「いや、あの…サーシャ?」
レシエの殺気を背後に感じなが、サーシャを遠慮がちに引き離そうとするが、離れない。
「…貴方達の漫才に付き合ってる暇は無いから、寝させていただくわ。邪魔者は消えるから、どうぞ2人で好きなだけ楽しんで下さい」
冷たい声を放つと、レシエは自分の寝室に向った。
それを退き止める事をできず、王女の青髪をぎこちなく撫でてやる事くらいしかできなかった…。