リーベリア傭兵軍を名乗る一万を越える人々がジュノーンの目の前に集まっている。整然
と並んでいれば壮観なのだろうが、彼等は列を成しているワケではなく、姿勢も思い思い。ジュノーンの方を向いている者もいれば、向いていない者もある。
(やれやれ…これをまとめるのは、しんどい作業だな)
ジュノーンは心中で呟いた。
彼等全員をここに集めるだけでも4半日かかかった。
ジュノーンは傭兵達の為の宿舎の屋根に登り、彼等を見下ろしていた。
「聞いてもらいたい」
傭兵全員に聞こえるよう、ジュノーンは出せる限りの大声で呼びかけた。
「今、ここにいる全員がマール王国と戦う意志をもって立ち上がった者であると、俺は信じている。そして、俺はウエルト国王の命より、皆を一つにまとめなければならない。
勘違いしないでもらいたいのは、マールの怪物…則ち、魔神を倒すという同じ目的をもつ者が協力できるような体制を作りたいだけなんだ。マールには魔神の軍団がいる。何百何千という人知を越えた強さを持つ化け物が集団となって攻めてくるんだ。当然、俺達団結して戦うしかない」
ジュノーンはそう切り出した後、食事の供給や、武器、防具の補充について責任をもつ事を説明した。
そして、魔神を倒した者には賞金を支払う事を約束する。これはジュノーンが考え出した案だ。予算はいくらでもあるし、こうした方が士気も上がるだろう。
ジュノーンはそこで言葉を切り、傭兵達の反応を伺った。
好意的な雰囲気もその逆もない。様子見といった感じだ。ジュノーンは部隊編成の方針について語り、指揮傾倒について説明していった。
傭兵は5〜10人ほどの集団で行動していた者が多いので、それを独立した部隊とする。
単独で行動していた傭兵は、その者達を集めて一つの部隊として、予備軍とするつもりだ。
組織としては粗末だが、それは実戦の中で洗練していくしかない。
「…協力を頼む」
ジュノーンはそうしめくくって、傭兵達に一礼した。そして屋根から飛び降り、傭兵達の間を分け行ってゆく。
数日の間に彼等の顔は大体覚えた。とりあえず、独立の部隊と予備軍に分けねばならない。
ジュノーンは彼等に指示を与えていった。
予想していたことだが、不満の声がいくつか返ってきた。その大半は、ジュノーンが若すぎる事や、容姿的な事だった。歴戦の猛者達には頼りなく見えたのだろう。
これはアフリードにも予測違いだった。いくらジュノーンが生きた伝説とは言え、彼等は素顔のジュノーンを見たのは初めてであるし、それが女より美しい男であるなど、誇りを傷つけられた様なものだ。
しかし、ジュノーンは用意していた答えを返した。
「俺が皆をまとめるのは、名目だ。安心してくれ」
そんな様子を見て、アフリードはつい苦笑を洩らした。
(もう私は必要ないかな?)
彼の成長速度は極めて早い。元々人の上に立つ器を持っているのだ。
(しかし、いくらジュノーンでも魔神対策まで頭は回っていない。その辺りを私が助けてやらねばな)
弟子の成長を素直に喜び、アフリードは書斎へと向かった。
部隊編成が終わったのは、夕刻だった。
寄るになると、それぞれ宿舎に酒が振る舞われ、宴へとなだれこんだ。ジュノーンは宿舎の間を飛び回って、傭兵たちと酒を飲み交わした。自分の名前と顔を売り、相手の顔と名前、性格を覚える為である。傭兵達の中から積極的に協力してくれる者が出ない様では、軍団を運営していくことなど不可能だ。
二つ目の宿舎を訪ねた時、ジュノーンは突然呼び止められた。
傭兵風の斧戦士で、その顔ははっきり覚えていた。彼Aは三人の仲間がいるのだが、見たところ優秀な人物が揃っている。
神官騎士と魔導士が仲間にいるし、二本の剣を持つ少年…彼は一見しただけでかなりの使い手だと解る。
「隊長さんよぉ」
斧戦士の声は明らかに酔っ払いのそれだったが、今夜は無礼講であり、それを許している。
ジュノーンは微笑を浮かべ、斧戦士の方へ歩いていく。
「楽しんでるか?」
ジュノーンは声をかけた。
「気にいらねぇな」
斧戦士はジュノーンの全身をじろじろ眺めたあと、そう吐き捨てた。
「こらっ」
そばにいた初老の神官騎士が顔色を変える。双剣士の少年と、魔導士は無関心な様子である。
「そんなに気に入らないか?」
ジュノーンは訪ね返した。勿論笑みは絶やさない。いつからこんなに作り笑いが上手くなったのやら。
「ああ、気に入らねえ」
男は答え、鼻を鳴らした。
「その若さで俺達を仕切ろうなんてよ。いくら英雄だからってな」
男の文句は当然であったから、別に腹は立たなかった。
「皆を仕切るつもりなはない。まぁ、まとめ役ではあるけどな…。リーベリア傭兵軍は自らの意志でマールと戦う為に立ち上がった奴等の集まりだ。身分もなければ階級もない。
そう固く考えるなよ」
ジュノーンはすらすらと言葉を並べた。今夜だけで何度これを言っただろうか。
「…口では何とでも言えるわな」
「その通りだな。明日から、口だくではない事を見せてやるさ」
「それじゃあ、今すぐ見せてもらおうか」
斧戦士は不適な笑みを浮かべると、立ち上がって斧を担いだ。
「お前の実力、試させてもらうぜ!!」
神官騎士が慌てて制止したが、斧戦士は一喝して黙らせる。あとの二人は黙ったまま、事の成り行きを見つめている。
「いいだろう」
ジュノーンはあっさり承知して、剣を抜いた。
腕試しを挑まれるのは、これが初めてではない。既に五人くらいから申し込まれ、全て応じている。実力勝負の傭兵達だから、それを示せば、大抵納得してくれる。勿論、一度も負けていない。
ジュノーンは剣を構えながら、相手を観察した。
この斧戦士もそれなりの腕だろうが、負ける気はしない。
「怪我をしても恨みっこなしだぜ?」
斧戦士は挑戦的に言った。
どうやら、ジュノーンの強さが見極められないようだ。強い相手と戦わない事が生き延びる秘訣だというのに。
「少し痛め付けてやったらどうだ?」
それまで無言だった双剣士が、そんな声をかけた。
「勿論、そのつもりだぜぃ」
言うと斧戦士は舌を出して、唇を濡らす。
ジュノーンは一瞬、少年に視線を向けた。彼の視線もジュノーンに向けられていた。どうやら今の言葉は仲間の斧戦士に対してではなく、ジュノーンに向けられていたようだ。
(思った通りだな)
端から見ているだけで、この少年はジュノーンの実力を見抜いた。
(遠慮せず倒せ、という事か。じゃあ、そうさせてもらうかな)
ジュノーンは剣先を回し、合図した。
斧戦士は怒号にも似た声をあげ、斧を振り被った。
しかし、次の瞬間…
「ぐわっ!!」
斧戦士は地面に尻餅をついていた。手元の斧の、鉄の部分が見事に真っ二つになっている。そして、目前に突き付けられた剣先。
なにがどうなったのか、斧戦士は勿論、横にいた魔導士や神官騎士にもわからなかった。
ただ一人、双剣士の少年を覗いては。
「ば、馬鹿な…一体何が起こったってんだ!?」
「気は済んだか?」
ジュノーンは微笑し、剣を鞘に収めた。息一つ乱していない。
「た、試して悪かったな」
斧戦士はひきつった笑みを返してきた。おそらく、酔いは一気に覚めただろう。
「強いなんてものではない…」
神官騎士と魔導士は呆然と顔を見合わせる。ジュノーンの視線は自然と双剣士に向けられた。
「さすがだ」
少年は二人の言葉に相槌を打つ。
「疾風と烈風の技を同時に繰り出し、相手を傷つけないで武器のみを破壊する…人間業じゃない」
(俺の動きが見えたのか!)
ジュノーンは内心、共学した。さっきのは彼のトップスピード…ユトナの英雄達でさえ目で追える奴は少ないだろう。
「俺も手合わせ願えるだろうか?」
少年は一歩進み出て聞く。
ジュノーンは頷いた。彼の実力を知りたいとジュノーン自身思っていたところだ。
もしかすれば、自分に匹敵する強さかもしれない。こういう人物に協力してもらわねば、傭兵達をまとめるなど夢物語だ。ジュノーンは再び剣を抜いて構えると、双剣士は不機嫌そうな顔をした。
「まさか俺相手にもそんなナマクラ刀を使う気か?」
ナマクラ刀とは、今ジュノーンが構えている剣の事だ。
勿論、魂喰い≠ナは無い。どこにでも売っている鉄製の剣だ。
「悪いな。魂喰い≠ヘ名の通り、敵の魂を喰らう。たかが腕試しで使う気にはなれない」
「ふん…ナメられたものだな」
双剣士は同時に背中にある大剣と腰の曲刀を抜いた。
大剣は魔法の輝きを放ち、持ち主の黒い瞳は殺気の輝きに満ちていた。
(こいつ、似てる…)
昔の自分と重なる。戦のみが唯一の楽しみであり、快楽であった頃の自分に。
(さすがに隙は無いか)
ジュノーンは精神を集中させ、相手の動きを読もうとした。
先に攻撃を仕掛けると強力な反撃が返ってきそうだ。それは相手も同じらしく、慎重に間合いを計るだけだった。
(とにかく、実力を見せてもらおうか!!)
ジュノーンは勝負を捨てる事にした。目の前の人物ならば、たとえ負けてもジュノーンの事を軽く見ないだろう。
ジュノーンは剣先を少し回した。行くぞ、という合図だ。
双剣士もそれに応じ、ニヤリと笑った。
ジュノーンは閃光の様な突きを正面から入れた。少年は曲刀で払っただけで、反撃はしてこない。ジュノーンも本来なら深追いはしないのだが、そのまま連続の技で強引に攻撃して、相手の態勢を崩しにかかる。だが、少年は的確に曲刀で受け流し、右手の大剣で反撃してくる。ジュノーンは剣を強引に返し、スピード重視の攻撃をしたが、結果は同じだった。
(やるじゃねぇかよ!)
知らぬ間に本気になっていた。ジュノーンは正面から力任せに剣を振り下ろした。
少年は二人の剣を使い、それを受け止める。彼は少年の体格故、力は劣っていると見えたので力比べに持ち込んだのだ。
力を込めて押し込んでみると、少年も押し返してきた。が、顔は歪み、額からは汗が噴きだし、歯を食い縛って耐えている。やはり力ではジュノーンは断然有利だった。
ジュノーンは身長の高さを活かして上から更に押し込んだ。
勝ったと思った。
しかし、ふっと相手が力を抜いた。
ジュノーンはその突然の動きに対応できず、前にのめってしまう。少年は上手くジュノーンの力を殺し、自身は体を横に滑らせた。
(ちっ…サイアク!!)
一歩よろけただけでジュノーンは踏みとどまったが、横に回られては挽回不可能だった。
横から曲刀と大剣が銀の嵐となって舞う。
こうなると二本の剣が圧倒的に有利だ。ジュノーンは防ぐので精一杯。それでも10合まで
撃ち合ったが、14撃目がかわしきれず、ジュノーンの腹に軽く曲刀が触れた。
「くっそー…参ったよ」
ジュノーンは深く溜息を吐いて、舌打ちをした。
斧戦士が歓声をあげ、神官騎士も満足そうに頷いている。魔導士一人が冷ややかな態度を変えずにいた。
「腕を試されたのは俺の方か…」
少年は剣を収め、自分の腕を見つめた。限界まで力を使った為、痙攣していた。
「お前が味方にいると思うと、心強いよ」
ジュノーンは大分余力を残している。本気とはいえ、それはあくまでも腕試しとしての本気だ。
「俺の名はセファイド…セファでいい」
無愛想だが、これは彼なりにジュノーンを認めたという事だろう。
「よろしくな、セファ。また闘ろうぜ」
セファイドは頷き、機嫌よさそうに去っていくジュノーンを見送った。
「さすがだな、大将!!」
双剣士の肩を、会心の笑みを浮かべながら斧戦士が叩く。
「これで奴も俺達を馬鹿にしねぇだろ」
「そうだな…」
心ここにあらず、という様子で答えるセファイド。
(黒き死仮面<Wュノーンか…)
昔の噂と全く違うな、と少年。
(おもしろい。お前に付いて行ってやろうじゃないか)
そして、知りたい。何が彼を変えたのかを。
しかし、それは意外にも同じ地にいた。その事をセファイドは知る由もなかった。