「レオンハート殿、この戦は早く終わらせるべきでございます」
ロビンはレオンハート公の元に着くなり片膝をついて、そう述べた。
「…確かお前はレシエ公女の従者だな」
レオンハートは目元に笑みを浮かべながら言った。いつもレシエにくっついているのでそう言ってみたのだった。
「いえ、未来を約束した仲です。いずれは我が子孫がソフィア大公国を最盛期に導いてくれるでしょう」
すぐに訂正するロビン。レシエがその場にいればさぞ激怒した事だろう。
「…ロビン様。話題が変わっております」
彼と同じ様に片方の膝をついているセルビアが、溜め息を吐いた。
「おお、そうだった。この戦は無意味でございます。早く終わらせて頂きたい」
横からザカリアが不機嫌そうにして答えた。
「そんな事は解っとるわい。しかし、レシエ公女が動き出してくれねば終わるに終わらせれないだろう。お前達の大将いわく、わし等は陽動隊なのだからな」
ジュノーンに言い包められたのを相当根に持っている様だった。
「それは敵の本隊が予想以上に守りの厚い部隊なので手を出しにくいのでしょう。それを我等が陽動せねばならないのでは?」
敵軍は歩兵・軽騎兵・重装騎兵の順で部隊を作っている。そして、一番後の重装騎兵隊に敵将がいるのだが、この重装騎兵こそがマール最強部隊で、傭兵で編成されているエリアル兵やセルバの弓騎士隊といった軽兵中心では絶滅する事間違い無しだったのだ。
アルベルトは機動力を重視する性格で、基本的に軽騎兵を好む。しかし、例えアルベルトが重装騎兵を率いていてもリーベリア傭兵軍に旗が上がっていただろう。傭兵軍には魔導士がいるからだ。しかし、この軍にはいない。
重装騎兵隊と真っ正面から戦えばレシエの竜騎士団でも大きな被害は被るだろう。
被害を最小限に抑えて勝つ。それが条件なのだ。
レシエはこの戦に関して、内心では楽勝とたかをくくっていたのだが、案外そうでもなかった。
竜騎士団以外は全て軽武装なので正面から戦えばまず勝てそうにない。
詰まる所、陽動隊が陽動できていないのである。
「そんな事は解っている。しかし、策も無しに戦を急げば多大な被害を被る事になるのだぞ」
「策なら、俺のここにあります」
ロビンは自らのこめかみの辺りを指ながら、自信ありげにそううそぶいてみせた。
「五百の兵を俺にお与え下されば、レシエ殿の隊が突撃する隙を作れましょう」
「愚か者め!!貴様の様な放浪者に持たす兵などいないわ!!これ以上無礼を吐かすならば老骨と言えどもこのザカリアが…」
再びザカリアの頭に血が上り、剣に手をかける。
しかしレオンハートがそれを遮り、その申し出を承諾した。
「よかろう。我がセルバ部隊から五百騎をお前に託す。それでよいか?」
鋭い餓狼の眼光だった。その眼光はロビンの血を騒ぎ立てる。ロビンは腕試しを申込たくなるのを必死で堪え、恭しく頭を下げた。
「但し、不成功による不名誉には自らの死をもって応じねばならぬぞ」
低く威圧感のある声で、レオンハートは脅した。
「ではお借り致す」
それを全く物ともせず、ロビンは背を向けた。
ザカリアは度肝に抜かれて呆然としている。
あの餓狼の眼光を浴びて尚平然としていた者は少ない。
(たった五百騎で何ができるというのだ!?)
彼の名誉心は確かにロビンの大失態を望んでいた。
しかし、彼はいまだ知らない。いや、レオンハートとて知らなかった。
“リーヴェの義賊”ロビンの、その鮮緑色の粗末な衣服の下に隠された真の戦士とそれに相応しい才能を。
「重装騎兵がこんなに…」
双眼鏡で敵本隊を見たヴェーヌが顔を青ざめさせて呟いた。
予想外だった。
まさか敵の三分の一が重装騎兵とは思いもしなかった。これではさしもの“草原の狼”でも陽動は難しい。
戦が始まり、マール歩兵部隊とエリアル・サリアの混成軍がぶつかっている。
「戦況は?」
レシエが騎竜をヴェーヌの天馬に寄せ、問う。
天馬騎士団と竜騎士団は近くの森で待機させている。
各将軍の二人が自ら偵察に来ているのだった。
「レシエ様の知り合いの、あの緑色の服を着た方のお陰でマール歩兵部隊は士気を落とし混乱している様です。しかし、軽・重の騎兵には特に影響は無い様です」
「まずいわね…私達が奇襲するにも隙が無さ過ぎるわ」
「はい。しかもこの軍を率いているのは猛将ロレンス…下手に戦ってはこちらがやられます」
猛将ロレンス…リチャード獅子王子がマールを奪還した時に活躍した武将だ。アルベルトをリチャードの右腕とするなら、彼は左腕と言ってもいいだろう。重装騎兵を率いれば獅子王子に引けはとらない、とまで言われている。
もしかしたら、これが主力部隊なのかも知れない。
レシエはふとそう思った。
ジュノーンが援軍を送る事を読み、傭兵軍ごと潰す為に主力部隊を送った…考えれば当て嵌まる。
しかし、ジュノーンは数少ない援軍しか送らなかった。これはリチャードの読み違いだったのかどうなのかはわからない。それに、もし重装騎兵団がやられても、いざとなれば魔神がいるので捨て身の様な形で兵を送ったのかもしれない。
しかし、それがレシエ達にとっては最悪そのものだった。
敵兵の数はこちらの倍。魔導士もいなければ屈強な傭兵もいない。
勝つ見込みなど見当たらなかった。
(負けるかもしれない…)
弱気になりかけた時だった。
マール軽騎兵の陣がザワッと動きだし、一気に崩れた。
軽騎兵の援護を貰えなくなった歩兵部隊はセルバの弓騎士部隊やエリアルの傭兵部隊に簡単に蹴散らされている。
「な、何が起こったの!?」
ヴェーヌが慌てて双眼鏡を覗き込むと、マール重装騎兵にそっくりなフルアーマーを纏った騎士団がマール軽騎兵の陣を真っ正面から突破していた。
そして、その重装騎兵の先頭に立っていた男とは鮮緑色の衣服に身を包んだ男だった。
「やってくれましたよ、彼が!!」
怪訝そうに首を傾げたレシエはヴェーヌから双眼鏡を借りて驚愕した。見たところ、数百騎しかいないのに敵陣を崩し、後方の兵の為に道を開けている。
『ロビンがいれば戦は楽になるだろ?』
ジュノーンの言葉が脳裏に蘇った。
(なんでも貴方の言う通りなのね)
彼はロビンの才能を見抜いていた。だからこそ彼を自分に同行させたのだろう。
(目が曇っていたのは私の方だった…)
答えねばならない。
ジュノーンの信頼と、ロビンの功績に。
「ヴェーヌ、戻って兵に伝えなさい」
双眼鏡を彼女に返し、呟く様に、しかし力強く言った。
「出陣よ」
自分がやられて嫌な事は大抵の場合誰でも嫌なものだ。
ロビンはその真理を利用した。軽兵が多いこちらが戦いにくいのは、重兵がいないから…
いないのならば、作ればいい。
レオンハートの弓騎士隊を借りるやいなや、彼等全員にフルアーマーを着させた。
セルバ兵達は機動力や俊敏さが下がる事を嫌ったが、『ロビンの命令は俺の命令だと思え』とレオンハート自らが言い放ったので、仕方なしに従った。
重厚な鎧を身に纏っているので、馬に乗ってもいつもよりスピードは、やはり遅い。
「いいか、お前等。皆で固まったまま突撃するんだ。そのまま歩兵隊と軽騎兵隊の真ん中を突っ切るぞ」
さすがにセルバ兵達からどよめきが起こった。
名のある騎士の中からはロビンを罵倒する者もいる。
「貴様は阿呆か!?例え軽騎兵の陣を抜けれたとしても、その後には本物の重装騎兵がいるのだぞ!?自殺行為だ!!」
ロビンは冷静に対処する。
「確かに、戦えば全員死ぬだろう。しかし、俺達は陽動するだけだ。重装騎兵の注意がこちらに向けば、当然隙もでき、陣も崩れる。そうなればレシエ殿達が終わらせてくれるだろう」
「し、しかし…」
「俺の命令はレオンハート公の命令じゃなかったか?」
ぐっ、と言葉詰まるセルバ騎士。
結局最後は脅してるじゃない、とセルビアは内心呆れていた。
数分後、マール王国軍は戦慄した。
五百騎の兵が鉄の塊と化して突撃してきたのだ。
応戦はするが、彼等の分厚い鉄の鎧を貫く攻撃力はなく、歩兵隊はただ蹴散らされるばかりだった。
そのまま軽騎兵の陣にも突っ込む。破竹の勢いで進むロビン率いる急造の重装騎兵を止めれる者はいなかった。彼等はフルアーマーに加えて、大盾も持たされたのだ。滅多な事では致命傷を負わない。
しかし、そのまま猪突猛進できたのは言うまでもなく、最前列のロビンとセルビアのお陰だった。
ロビンは傍の敵を剣で斬ったかと思えばすぐに大弓で遠くの敵を射落とすという神業をやってのけているのだ。そしてその周りをセルビアが鳥の様に舞って短刀で敵の喉笛を斬る。
前方の敵は二人が倒してくれるので、重装騎兵と化したセルバ兵達は、横の敵だけに気をつけておけばいいのであった。
歩兵部隊に続いて軽騎兵部隊にも風穴を開けられた時、遂に最後列のマール重装騎兵が動き出したのだった。
「舐めおって…こんな特攻策でこの私に勝てると思うな!!」
前方に鮮緑色の男が現れた時、ロレンスは怒鳴り、自慢の重装騎兵を前進させた。
男は何も言わずににやにや笑っているだけだった。
そして、上空を指差した。
釣られて見上げる。
ロレンスは固まった。
背中に冷たい汗が流れたのを感じる。
天馬や竜が沢山いたのだ。
そしてそれらが自軍に対して一斉に攻撃を仕掛け様としていた。
「み、皆の者、上だ!!迎え伐てーっ!!」
遅かった。
その声を発したと同時に味方から悲鳴と血しぶきが上がっていた。
レシエは二本の槍を手に持ち戦っていた。
右手には“魔風槍”、左手には市販されている銀製の槍だった。
人間相手に魔神の力を使うのは卑怯だからなるべく使わないでおこう、とジュノーンが提案したので、彼女もそれに同意したのだった。
その分をカバーする為に、彼女は以前から練習していた新たな戦術を使う事にした。
槍の弱点は、動作が大きい事で生ずる隙だった。
しかし、二本使えばそれを埋める事も可能だ。勿論、それなりの訓練と才能、そして空間的な感覚が必要だが。
二本の槍が同時に予測不能な方向に踊り、左右に死を生んでいった。彼女のその姿は死の舞踏を演じて優美だった。
一閃、一刺突ごとに、重装騎兵が正確に急所を断たれて死に向かう。
(…乱戦になってる)
辺りを見回して気付いた。
奇襲が成功して、敵軍は完全に取り乱していた。しかし、猛将ロレンスの的確な指示で敵軍は持ち直した。
(早くロレンスを倒さないとっ!!)
彼女は明らかに焦っていた。戦場での焦りは命運を左右する。
左手の槍に強い衝撃を感じ、弾き飛ばされた。
地面に槍が転がっていく。
そこには、自分が捜していた敵将が大剣を構えていた。そして、周りには弓を持った軽騎兵が数十人…。
「ソフィア大公国の公女にして“戦乙女”レシエ…このロレンスが捻り潰してくれるわ!!」
「…その通り名で呼ぶって事は、黄泉途に案内してもらいたいみたいね?」
レシエは冷たい微笑みを見せた。
負ける気など全くしなかった。逆に捜す手間が省けたというくらいだ。
「黄泉に行くのは貴様だ!!」
大剣が閃光と化して凄まじい斬撃がレシエを襲う。
「…っ!!」
ロレンスは彼女の予想より強かった。
槍と剣とが激突し、火花を生む。
その数合後には、レシエは防戦一方になっていた。
武器の力を差し引けば、ロレンスの武力は遥にレシエのそれを上回っていたのだ。
(猛将とは聞いていたけど、こんなに強いなんて!!)
岩をも砕く斬撃を受け続けるのも億劫になってきた。
不本意だが、魔神の力を使わねば勝てそうになかった。
「調子に乗るのもいい加減にしなさいよ…!!」
“魔風槍”がぼんやり緑色に光り、竜巻を起こそうとした時だった。
十数の矢がレシエに向かって放たれた。それらはすべて正確に、糸に引かれる様にしてレシエに集中した。
「なっ…!?」
少なからず、レシエは一騎討ちだと思っていた。
これは騎士の行為ではない。しかし、ロレンスとて必死だったのだろう。伝説の破壊竜と正面から戦った英雄を相手にしているのだから、手段など選んでいられなかったのだ。
レシエは魔法を中断し、槍を回転させて矢を打ち払った。
しかし、これだけ多数の矢を全て打ち落とす事は、さすがの彼女にも不可能だった。数本がその身をかすめ、そして一本がついに彼女の左腕を捉らえた。
「くっ…」
僅か一瞬だが、レシエの動きが止まった。ロレンスはそれを見逃さなかった。
「“戦乙女”レシエ、破れたり!!」
強烈な斬撃を振り降ろした。その一撃はレシエの体を両断するはずだった。
しかし、剣の軌道は大きく逸れて横に流れた。
飛来した矢が剣の平に命中し、横に弾かせたのだった。
「レシエ殿の清らかな肌に矢などを突き刺すとは…許せんな」
現れた男は、この戦で最も活躍した、またマール軍にとっては一番憎き存在であるロビンだった。
「セルビア、レシエ殿を後方へ連れて行って手当を」
セルビアは頷くと、まだ戦おうとする彼女を後方へと無理矢理連れていった。
「貴様ぁ…名を名乗れ!!」
「一騎討ちもまともにできぬ糞ったれに名乗る名があると思うか?」
「なに!?」
いつでも余裕のある彼が、珍しく怒っていた。
彼は女性を傷つける者を許さない。
「まだ気付いてない様だから言っておいてやるが、お前が俺に勝つ事は万に一つ無い。言い換えてほしいなら、不可能という事だ。そして、女を傷つける者に情けはいらん…最低ニ十回は殺す」
ロビンは言いつつ剣を抜いた。低く、憎しみの篭った声だった。
彼の瞳は、竜をも殺しかねないほどに、怒っていた。
「ぬぅ…大口を叩きおって!!その口二度と使えぬ様にしてくれるわ!!」
二本の剣が激突し、火花が青く跳ね上がった…それと同時にロレンスの剣は砕けた。
「…なっ、何故我が剣が砕けるのだ!?」
ロレンスの大剣は驚くべき事に、先程矢の命中した部分から完全に折れていた。おそるべき弓勢だ。
「言ったろ?お前じゃ俺に勝てないと」
剣を振り上げた。
「ま、待て!!」
「お前には俺と戦う資格すらない。レシエ殿を傷つけた罪は、死んで償え」
無情に刃先は首筋を捉らえ、宙を走り抜けた。
鋭く笛を吹き鳴らす様な音がして、宙に血の虹がかかった。
ふん、と鼻を鳴らして笑みを漏らした。
「時間が惜しい。殺すのは一回だけで勘弁してやるから、有り難いと思え」
「ロレンス将軍、戦死!!」
悲報はマール全軍に伝わり、なお戦い続けている将兵の戦意をくじいた。
これが決め手となり、エリアル平原での戦は終わった。
戦が終わり、レシエは怪我を治療するために司祭のいる天幕へと向かっていた。横にはロビンの知り合いらしい女性が付き添っている。
「私はいいから、早くロビンの所に行きなさい」
「えっ…でも、治療を見届けて行かないと、ロビン様も安心なさらないでしょうから…」
「行けって言ってるでしょ!?」
いきなりの怒声にセルビアはびくっと肩を震わせ、少し迷った表情をしたものの、一礼して彼女の前を去った。
レシエは持っていた“魔風槍”を地面に叩きつけた。
――情けない!!
敵将を討ち取るべき自分が怪我をして、しかもロビンに助けられるなんて…。
一騎討ちなら誰にも負けない自信はあった。双槍術も完成な近づいていた。それなのにロレンスには敵わなかった。先の大戦であのドルムをも一瞬ではあったが追い詰めた自分が。
全く理解できなかった。
「荒れとるな、レシエ」
声の方を振り返ってみると、傭兵王テムジンと“草原の狼”レオンハートだった。
「テムジン王…ご無沙汰しています」
急いで片膝を着けた。
「ふっ、今更堅苦しい挨拶などいらん。礼をせねばならぬはこちらだ。エリアルが助かったのは、お前達のお陰なのだからな」
傭兵王は貫禄のある笑みを見せた。
(私は何もしてない…)
鬱々とそんな事を思いながら無言で頭を下げる。レオンハートはそんな彼女の思考を読み取っていたた。
「功績の全てがロビンというわけではない」
はっと顔を上げるレシエ。公女である自分が心を見抜かれるとは、それほど取り乱していた事だ。
「確かに、奴は凄い。天才とは奴の様な事を言うのだろう。貸した五百の兵は皆ロビンの第一信奉者となって、俺も面目まる潰れで大迷惑なんだがな…」
レオンハートは苦笑を漏らした。
自殺に近い特攻策にも関わらず死者は僅か二十人で、負傷者はその倍ほど。そして敵軍の死者はその十倍を越えるだろう。
彼は弓だけでなく、将としても神業をやってのけたのだ。
「しかし、ロビンは勝利のきっかけを作っただけであって、この勝利はレシエ公女の竜騎士団がいなくては不可能だったんだ…だから、そう思いつめないでいいと思うぞ」
レシエは歯を噛み締めた。確かにその通りなのだが、納得できない。
「…私はロレンスに破れました。ロビンがいなければ私の命は無かったでしょう」
槍を拾い上げ、先端に布を巻きながら話した。
「それは一騎討ちにも関わらず、ロレンスが卑怯にも部下に矢を放たせたのだろう」
「一騎討ちと申し合わせはしてませんでしたし、卑怯なのは私も同じです」
「…?」
怪訝そうにするレオンハート。しかし黙っているテムジンは厳しい表情なっていた。
「風を使おうとしました。早く終わらせたいという一心で。騎士道に反する行為でした…
だから、あの矢は当然なのかもしれません」
ううむ、とレオンハートは唸ったが、そんな彼を見たテムジンは嘲笑めいた笑みを見せた。
「ふっ…お前もずる賢い女になったものだな、レシエよ」
傭兵王の言葉とは言え、すがにこれには頭にきた。レシエは睨んで彼の言葉を待った。
「自虐的になったからと言って、いつでも慰めてくれる奴がいるとは思わない方がいい」
「…っ!!」
ぐっと言葉に詰まった。
反論しようにも、できなかった。ジュノーンに接する自分の態度を思い出したからだった。
自虐的になって、彼に慰めてもらった事は数多い。
「“戦乙女”だと?笑わせよる。わしにはただ己を見失っている娘にしか見えんがな」
慰めてほしいから、優しくされたいから彼に辛く当たった事もある。酒を大量に飲んだのも、ドルムに一人で戦いを挑んだのも、全て彼の心を惹きたかっただけなのかもしれない。
愚かだ。
自分はいかに彼に迷惑をかけ、彼の優しさを利用していた事か。
「ちなみに、先程のお前の敗因だかな…一言で言うと、過信だ。お前は武器の力をお前自身の力と思う様になっていたのだ。魂を持つ武器には、魂を持って接しねばならぬ。それを忘れたお前は、おそらく今のわしにも歯は立つまい。試してみるか?」
口に手をやって、レシエは首を横に振った。
狼狽し、細かく震えだす。見開いたその瞳からは、涙が静かに溢れていた。
彼の言う通りだった。明らかに最近の自分は勝つ事に対して自信があり過ぎだ。あまりの愚かさに、思考能力さえ消えていく。
「新たに戦術を考えるのもいいが、心技体を整える方が先ではないか?」
頷く事しかできない。きっとジュノーンの強さはそこにあるのだ。史上最高の剣技、疲れを知らぬ躯、そして…純粋とさえ言える殺意と殺気。この三つが揃っているのだ。彼に勝てる者など存在しないのではないか。
「精進せよ」
そう言い残し、傭兵王はその場を後にした。レオンハートは迷いつつも彼女に背を向け、彼の後を追った。
レシエは一人呆然と涙し、空を見上げると、夕焼けが広がっていた。
この時に何となく思った。
自分はサーシャには勝てないと。
覚悟しなければならない。
次に会う時、ジュノーンとの関係が変わってしまっているかもしれないという事を。
女の勘というものが、それを彼女に教えていた。
「や、レシエ殿。怪我の具合いはいかが…って、まだ治療もしてねえじゃねぇかっ!!」
カカシの様に突っ立っていたレシエに声をかけたのは、今や英雄となっているロビンだ。
とっくに治療してると思っていた彼は、思わず普段の友人に話す言葉遣いになっていた。
それに気付いた彼はコホンと咳払いし、失礼、と付け加えた。
「…レシエ殿?」
何の反応も無いので顔を覗き込むと、驚くべき事に彼女は泣いていた。
「な、何故レシエ殿が泣いてるんだ!?全く理由がわからん!!」
狼狽している彼など気にせず、レシエは弱々しく言った。
「…んなさい」
「は?」
「ごめんなさい…謝る事しかできないけど…本当に、ごめんなさい」
やはり意味のわからないロビンは、首を傾げるしかなかった。
「何故俺が謝られるのかもさっぱりわからんが…レシエ殿、今は泣いてる暇など全く無いございません」
ロビンはジュノーン達がセネーに攻め行っている事と、リーヴェ軍が彼の背後に迫っている事を話した。
「なっ…早くそれを言いなさいよ!!私は天馬騎士団にも援軍を頼んでみるから、あなたは兵達に事情を説明して」
レシエはそう言うと涙を拭い去り、急いでヴェーヌの元へ向かった。
こういった強気な部分と、先程のワケのわからぬ弱い部分がたまらなく魅力的だとロビンは思う。
そんな彼の元に、約五百騎ほどセルバ騎士が駆け付けた。
「ロビン様、我々もお供します。この命はロビン様にお預けします」
先程ロビンに従った者達だった。彼等はレオンハートに許可を貰い、やってきたのだ。
「へへっ…命知らずの馬鹿共だぜ。ま、俺に付いてくりゃ間違いねえ。お前らは賢いぜ」
軽く言い放つと、彼等を率いて、現状を伝えるべくして兵を収集し始めた。