サーシャFC

日が沈み、月が姿を見せていた。
星が輝き、夜のさざ波と夜虫が重奏して心地よい音色を奏でている。
二人は夕刻時と変わらず、身を寄せ合って空をぼんやりみていた。
(今何時だろうか)
そろそろ城に行った方がいいのかもしれない。というか、行かないとまずい。
はっきり言って将軍失格的な行為を重ねている。
ジュノーンが不安になってきたのを感じたらしく、サーシャは彼の胸に体を預けながらも顔を見上げてきた。
「そろそろ帰る?」
「そうすっか…アフリードにまた怒られそうだな」
美青年は苦笑しつつ立ち上がって鎧をがちゃがちゃと装着した。
返り血を浴びた鎧で抱き合うのも嫌だったので、鎧を外してからもう一度二人は体をくっつけて過ごしていたのだった。これもやはり将軍失格だろう。
「ねえ、ジュノーン?」
サーシャも立ち上がり、砂を払った。
「あ、あのさどうして私を捜して…そ、その、キ、キ、キス…したの?」
質問する方にそんなに緊張されると、答える方はどうなるんだ。
ジュノーンは意図の見えない質問に対して内心でそう思った。
「…言わなくてもわかるだろ」
「私の事、本当に好き?」
「…さっき言ったじゃないか」
どれだけ恥ずかしい事を自分がしたのかを思い出したらしく、口調がぶっきらぼうになる。
「ホントに?」
「ああ」
「ほんとにほんと?」
「……あのなぁ、俺ってそんなに信用ないか?」
「ち、違うって。その…レシエさんの事はどうなのかなって」
「…レシエの事も好きだよ。でも、サーシャのとは全然違うんだ」
「へぇー…どの辺が?」
「どの辺って…全部だよ。種類も大きさも形も、全部」
言うとサーシャは嬉しそうに腕を絡ませてきた。
「じゃあさ、私の事どのくらい好き?」
「は?」
「私はね……」
サーシャは息を目一杯吸い込み…
「このくらぁーーーーーーーーい、大好きだよ!!ジュノーンの事♪」
手をいっぱいに広げてぴょんと飛びながら叫んだ。
周りに誰もいなくて助かった。恥ずかしくてたまらない。
「じゃあ、俺はそれにこの夜空の面積を掛けて、二乗した数くらい好きかな」
この前アフリードに教えてもらった算術の知識を加えて言ってやった。
「そんなんじゃわかんないよー。ちゃんと私みたいに、『このくらーーーーーーい』ってやってくれなきゃ」
最後の方は、サーシャも声が掠れていた。息を絶え絶えさせながら言うのもどうかと思うが。
「このくらーーい好きだぁっ」
ヤケクソになって叫んでみる。
「うわっ、何それ。明らさまに無理矢理やらされてます感じ…。嗚呼っ、やっぱり…やっぱりジュノーンはそのくらいしか私の事を…」
うるうると瞳を震わせる。
「わ、悪かったよっ!あの、ちゃんとやるからさぁ…頼むから泣かないでくれよ…な?」
「はい、それじゃあ気を取り直してもう一回♪」
「うっ…」
くるっと笑顔を向けて言う。
騙された。
最近は見ていなかったが、サーシャのこういった戦術を見抜くのは以前彼女の近衛騎士だったケイトや母のリーザ王妃くらいしかいない。
深呼吸し、肺に空気を溜めた。
「このくらーーー………」
ジュノーンは途中で止めた。彼の中で悪寒と戦慄が走った。
「えっ?どしたの?」
「耳、澄ましてみろ」
翼を羽ばたく音がした。それも無数に。彼女の天馬や、ジュノーンの騎竜ではない事は確かである。二人を覆い尽くすオーラは邪気以外の何物でもなかった。
「魔神サマのお出ましだ。せっかくのムードもズタズタだな」
それもかなりの数。
気色の悪い雄叫びが聞こえる。
サーシャはソラでの悪夢を思い出したのか、震え上がっている。
しかし、それに比べてジュノーンは少し余裕があった。
「城まで走れるか?」
サーシャは無言で頷いた。というより、恐怖で話せなかったのかもしれない。
ジュノーンはサーシャの手を取り、城方面へと全速力で走った。
ジュノーン達の走ったところに次々と魔神達の魔法が襲ってくる。
サーシャは必死でジュノーンのペースに付いてきているが、足取りが徐々に危うくなってきている。転んだりしたら丸焦げにされる事は間違いない。
城まではまだ遠い。
しかし、城に行ったところで救援して戦ってもらったとしても、傭兵達は皆疲れている。
今度は傭兵軍から死者が出るかもしれない。
やはり、自分が全て倒すのが得策かと思える。
(よし!!)
攻撃魔法の雨が止んだジュノーンは急に立ち止まったので、サーシャが転びそうになる。
「なっ…ジュノーン!?」
「やっぱり俺が倒しとく」
「無理だってば!!こんなに一杯いるんだよ!?」
空は暗闇だった。
星が見えなくなる程に魔神がうじゃうじゃいるのだろう。逆に夜で良かったのかもしれない。昼間なら蚊の大群のごとく魔神が見えたに違いない。
奇声と翼の音が耳につく。
サーシャの耳元に口付けて、大丈夫、と囁きかけた。
震える彼女の肩を左手で抱くと、右掌を空へ向け…
「お前等、一体誰にちょっかい出してるかわかってるんだろうなぁ!!」
力強く振り下ろした。
途端に大地が爆発した。
一挙に土が黒き炎とともに天を衝いた。
その周りにいた魔神達は、悲鳴を上げる間もなく焼け散った。
サーシャは唖然としてその光景を眺めていた。
「……………………」
「……………………」
「………すっごぉい」
実は、ジュノーンも内心驚いていたのだった。まさかこんなに大きい爆発が起きるとは思っていなかった。
「こんな大技があるんなら最初から逃げなくたって良かったじゃなーい」
「そんな事言ったって…」
彼とてこんな技ができるなんて知らなかった。半分無意識のうちに今の黒き爆炎を起こしていたのだ。
しかし、全員倒せるという自信も、確かにあった。
「…ま、まさかその場の思い付きかなんかで今の技を出したなんて言わないよね?」
彼女は否定してほしそうに少し引き吊った笑みを見せたが、ジュノーンは素直に頷くしかなかった。
「それって、物凄〜く危なかったんじゃない?」
「いや、何か自信あったから多分大丈夫だったと思うけど」
深い溜息を吐くサーシャ。
ジュノーンは黙って黒く輝く魔剣を眺めた。
彼の剣に住まう魂と、ジュノーンの心が一体化して今の技を出したのだと予想できた。則ち、“光の王女”を守る事を運命としている“魂喰い”と、サーシャを守りたいジュノーンの気持ち…愛する者を死守したいという共通の意志が強大な力を生み出したのだ。
「別にどうでもいいだろ?二人共無事だったんだから。それに、最近サーシャも運動不足だったろ?そんな時に丁度駆けっこもできて、まさに一石二鳥」
「それ、絶対間違ってる…」
呆れつつも、彼に身を任せた。彼の優しさと体温が自分の体に伝わってくるのを感じた至福の時だ。
しかし、それも長くは続かなかった。
爆音を聞いて、セネトやラフィン、その他屈強な傭兵達が城から慌てて飛び出してくるのが見えたからだ。
「きっと怒られるな。『夜は危険だと言ったのは誰だったかな?』って」
その危険な夜に女と二人じゃれあってたのでは反論のしようがない。
一番に駆け付けたのはセネトだった。
「あっ、ジュノーン!!よかった。ずっと捜してたん…」
ジュノーンの横にサーシャがいて、そのサーシャの肩をジュノーンの左腕が抱き抱えたままだった。
それを見て、言葉を詰まらせるセネト。というより、息ができないのだろうか。
彼の視線に気付き、ジュノーンは慌てて体を離したが、セネトは固まったままだった。
「…お前がやったのか」
周りに飛び散った魔神の肉片に顔をしかめながら、双剣士の少年・セファイドが固まったセネトを押しのけ、彼に問う。
黙って頷くと、少年は唾を砂浜に吐いた。
「化け物め…」
「酷い言い方だな、それ。」
「化け物を化け物と呼んで何が悪い。化け物」
「やめろって!!人聞きの悪い!!」
「あ、間違えた。阿保の化け物だったな」
「余計な物付け足してんじゃねーよ!!」
ジュノーンは胸倉を掴んで脅しているのだが、ただの兄弟喧嘩にしか見えなかった。
「化け物に阿呆と加えただけだ。余分な物は一切ない」
冷静に、且ジュノーンを煽りつつ返答する少年。周りはクスクスとした笑い声が漏れていた。
「糞ガキが!!」
「阿呆の化け物に糞よばわりされる筋あいは無いぞ」
どっちが年上なのかわからなくなってきた。
見兼ねたセファイドの友人の、斧戦士が間に入った。
「まーまー、落ち着けって。そんなくだんねー事で…」

ベキョ。

斧戦士の左右の頬に、ジュノーンの繰り出した左拳と少年の肘鉄が入っていた。
「………」
一瞬、その場は沈黙に包まれた。しかしそれは嵐の前の静けさという言葉が正しかった。
「オラァ!!何しやがんだコノヤロォー!!」
「ああー!?テメーが勝手に…」
「お前等まとめて殺してやんよー!!」
「やれるものならやってみろ。筋肉バカ」
本気で殴り合いになったので、周りの傭兵達が総動員して彼等を止める事になった。しかし、笑い声も絶えなかった。喧嘩の巻き添えを食った者もいるが、それでも楽しい一時だった。
身分も貧富の差もない、友人の様な関係。
もしこれが国となれば素晴らしいのではないか、と傭兵達は胸の奥で想っていたのだった。



「痛た…くそっ、何でこんな事になったんだ」
あまり大した怪我でない少年は、ジュノーンと友人の斧戦士に殴られた頬に傷薬を塗りながらぼやいた。
「アホか!!それは俺のセリフだ。俺は止めに入っただけだってのに…」
斧戦士の方は少年の肘鉄で歯が折れかかっていたり、ジュノーンの左拳により口の中をズタズタに切られ、血がどくどくと流れ出ていたので仲間の神官騎士が癒しの杖で治療していた。
「しかし、まぁいいんじゃねぇか?」
「何が」
「楽しそうだった」
「誰が」
「セファが。あんなお前は初めてだったぜ」
ムスっと黙る少年。
「ほほ、それは私も思いましたぞ」
神官騎士も話題に入ってくる。
いつものセファイドは、あんな子共らしい喧嘩などしない。そして、戦以外で楽しそうにする事もなかった。
「確かに、あの女みたいな顔を一発殴ってやった時は気分よかった」
「そーゆー意味じゃなくてよ…」
はぁ、と溜息を吐く彼の仲間達。しかし、これは彼の照れ隠しの様なものだというのもすぐわかった。
いつも14歳という年齢を感じさせない雰囲気を放っていたが、今の彼は少年そのものだった。
「ここは居心地がいい…」
口数が少なく、セファイド達ともあまり話さない魔導士も珍しく口を開いた。
ジュノーンに対する称賛なのだろう。
「そうだな。あいつが王だったらどんな国になるかな?」
「想像もつかんよ」
少年は相変わらずムスっとしたままだった。
「お前等も阿呆か。あんな化け物に政治をやらしたらゾーア帝国より最悪だぞ」
「そりゃ言えてんな」
殺気ばかり放っていた少年が、やけに可愛く見えた日だった。



「くそっ…あのガキ、本気で殴りやがって…」
「動かないの。ちゃんと治療できないでしょ?」
サーシャが彼の殴られた頬に手を当てると、聖なる光がふんわりと寝室に満ちた。
陥落させた城の、大守の部屋だった。一応ジュノーンが大将なので、彼が使う事になった。
「いや、それにしてもマジで殴る事はないと思わないか?」
「ジュノーンも仕返ししたんだから、おあいこでしょ?」
「…まぁ、そうかも」
叱られた子供の様になる。これもサーシャの前でのみ見せる顔だった。
「でも、なんか兄弟みたいだったよ?」
「あんな無愛想な弟はいらないな」
「そーゆー事言うから喧嘩になるんでしょ」
部屋から幸せな笑いが漏れた。
それから彼等はしばらく談笑を楽しんでいたが、日付が変わる頃、ジュノーンが眠たそうに欠伸をすると彼女は急に黙った。
「どうした?」
「あのさ…ジュノーン、もう寝る?」
「ああ。そうするかな。さすがに疲れたし」
「じゃあさ、寝る前に…その、オヤスミの……」
「オヤスミの、なに?」
わざと焦らすジュノーン。にやにやしている彼の表情にも気付かない程、サーシャは顔をまっかっかにしていた。
「キ、キス…してほしいな…?」
サーシャが上目で彼の表情を確かめようとしていた時には、既に唇は合わさっていた。



月が二人を見守る様に輝くこの時も、事態は大きく動きつつあった。
彼等の休息の時間は、余りにも短かった…。

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