サーシャFC
5章・漆黒の聖将

翌朝、ジュノーン達は早速軍議を開いた。
損害、城の状況、そして…これからの傭兵軍の事。
兵の死者数を聞いた時、ジュノーンは思わず自分の耳を疑った。
あれほどの乱戦になったにも関わらず、僅か100人たらずという、驚異的な少なさだったのだ。
さすがは強者揃いの傭兵軍といったところだ。しかし、実はサーシャが敵から逃れながら味方を治療していた事が幸を呼んだのだった。治療された者達はそれなりに傷が深く、放っておけば死んでいてもおかしくなかったのだ。
それを聞かされたサーシャは驚き、照れ笑いをして自慢したものだった。
「たまには役に立つでしょ?」
隣のジュノーンに誇らしく言う彼女が可愛らしかった。
いつも役に立ってるよ、と言ってやりたかったのだが、周りの目もあるので、ただ頷くだけにした。
そんな態度に彼女は憮然とするが、それ以上何も言わなかった。
城の状況も良かった。
セネトとラフィンが後々の事を考え、城門以外は攻撃しなかったらしく殆ど損害は見当たらない。建築の得意な者が、早速昨夜から築城を行っているそうだ。
ちなみに、このセネーの城は守りに優れており、門は東西南北に一つずつある。セネト達が破壊したのは南の門で、セネー街道から繋がっている。北の門は、オークスに続く道に隣接している。
篭城されると苦労したかもしれない、とセネトが漏らした時、ジュノーンは嫌な予感を感じた。
馬術に優れているから城外戦…はたして本当にそうだったのか。あのアルベルトの逃げっぷりにも違和感を感じたし、城兵も数十人しかいなかったらしい。
(…やっぱり、ここに俺達を入れるのが目的だったかな)
実は、アルベルトの軍の脆さから薄々気付いていた。彼等とてあそこまで簡単にやられるつもりは無かったのだろうが、早くに退却し過ぎだった。
おそらく、もうすぐここは包囲される。
しかし、今から逃げる用意もしてられないし、昨日落とした城を捨てるなんて言ったら傭兵達はきっと怒って士気や信頼の低下に繋がる。それだけは避けたかった。
そんな時の為に、一応だが昨日のうちに策も考えた。しかし、それを実行するには正確な計算と、時間が必要だった。
「これからどうするんだ?ジュノーン殿」
ジュノーンが考えている間、場が沈黙していたらしくラフィンが大将である彼に意見を求めたのだった。
「建築に得手不得手関係なく、皆で南門の修理をしてくれ。それと、今築城している奴等には別の仕事がある。それこそ建築の能力がいるんだ」
ジュノーンが命じた事は評価する者が少なかった。南門の修理までは良かったのだが、その後が彼等には理解不能だったのだ。
「南門のすぐ内側に、塔のような高い櫓を組んでくれ」
という事だった。
皆は不満をぶつぶつ言いながらだが、すぐに作戦(?)は実行された。
しかし、皆ジュノーンを信頼していた。何か理由があるのだろう、と。
しかし、その後すぐに彼等は戦慄する事になる。



「城が完全に包囲されています!!」
見張りに立っていた傭兵からの報告だ。
ジュノーンは勿論それを予期していたのだが、続く言葉にはさすがに少し驚いた。
何と、マール王国軍だけでなくリーヴェの正規軍までいるという。
目測兵数はおよそ五万。
傭兵達は狼狽を隠せないでいるが、ジュノーンだけは少し驚いただけであって、平然としている。
彼の策に、敵数など関係無い。特に、聖なるユトナを崇拝する彼等に取っては。
「ジュノーン殿、本当にあの大軍に勝てるのか?」
ラフィンが不安そうに問う。
サーシャやエステル、仲間は皆同じ様な顔をしていた。
敵は自軍の5倍以上。不安になるのは当然だ。普通なら絶滅は間違い無い。
ジュノーンは彼の問いに単純明快に答えた。
「勝てないな」
「なっ…正気か!?」
「正気も糞も、お前まさかアレに勝つつもりなのか?そりゃあ、俺が闇魔神の力を存分に使って、破壊竜も呼べば容易だろう。けど、それは禁止されてる」
「じゃあ、どうするの?」
サーシャが問う。不安そうだが、ジュノーンの事を信頼しきっているという瞳をしていた。
「そんなの決まってる。こっから逃げるのさ」
「ムチャ言わないでよ。完全に包囲されてるのよ?」
今度はエリシャだった。表情から察するに、かなり怒っている。
「こうなる事を予測してたのなら、どうして言わなかったのよ!!」
ジュノーンに掴みかかりそうな勢いだった。
「あのな…せっかく手に入れた城をすぐに捨てるなんて言ったら、士気がどれだけ下がると思ってるんだ?せっかく皆まとまってきたのにさ」
「だからって皆を見殺しにするって言うの!?士気も信頼も、死ねばなくなるって言うの知ってる!?」
「バカ。だから、逃げるって言っただろ?」
「なっ…バカにバカって言われたか無いわよ!!」
「あ?それは俺の事か?」
「あんた以外にいるの?」
どうやら話が少しづれてきている。
アフリードが怒る雷神をなだめる様にして別室に連れていった。
(………)
ジュノーンも人の事は言えないが、アフリードとエリシャの関係が少し前と違う事に気付いた。
彼の言う事なら、あのエリシャもそこそこ素直に言う事を聞くのだった。
不倫ではないか、と陰でサーシャと相談していたのだが、あの二人に限ってそれはないだろう。
「それで、どうするの?」
ラフィンの隣で、エステルが問いかける。喧嘩が起こらなくてほっとした様な表情をしている。
ジュノーンは自分の頭をこんこんと指差した。
「安心しろ。我に策有り、だ」
安心しろと言われて安心できる状況では無いだけに、仲間達はやはり不安そうな顔をしたままだった。



セネトは朝の軍議には行かなかった。そんな気分にはなれなかったのだ。
サーシャの肩を抱いていたジュノーン…あれは何だったのか。ただ、彼女を守る為か、それとも……。
それが気になって昨日も疲れていた割には寝れなかった。
夕刻には城を陥落させていたのに、彼等が魔神に追い掛けられて城にきたのは完全な夜だった。
その数時間の間、彼等はずっと二人っきりだったのだろうか。何をしていたのだろうか。
考えたくもない事が頭に浮かぶ。
(…その事を考えるのは止そう)
考えるなら、今の状況だ。
この城は完全に包囲されている。
それに対してジュノーンは『策がある』とだけ言って仲間にすら作戦を打ち明けなかったらしい。
それがやけに腹が立った。
嫉妬に対する私怨なのかもしれない、と思いつつも彼は立ち上がり、ジュノーンの部屋に向かった。
扉を叩かず部屋に入ると、大守の部屋の主は、難しい顔をして机の上の紙を睨んでいた。
右手に筆を持ち、何やら彼は熱心に考えていた。
「ジュノーン、ちょっと聞きたいんだけど」
「賭けか何かの面子なら、他を当たってくれ…忙しい……」
ジュノーンは机の方を向いたまま、ぶつぶつと呪文を呟くようにして応じた。
「この篭城はいつまで続けるんだ?」
もし、『敵を撃退するまで』などと吐かす様であれば、彼を倒してでも自分が覇権を奪い、皆を救う手立てを考えなければならない。
「篭城じゃないな、これは」
ジュノーンは初めてセネトの方を向き、疲れ切った笑みを見せた。
「篭城っていうのは、外の援軍を期待できるときか、敵を撃退する事が可能な時に使う言葉だろ?さっきラフィンにも言ったんだけど、いくらレシエ達が援軍に来たってあいつらを撃退するなんか無理だ」
「なら、どうするっていうんだ」
「今は脱出の準備って段階だな。ま、騙されたと思って手を貸してくれよ」
「…具体的に何を?」
「築城か、塔の建築の手伝いに行ってくれ」
「塔?そんなもの作って、どうするんだ?」
「そいつは、お楽しみだな」
ジュノーンは愉快そうに笑ったが、それが次期カナン王の逆鱗に触れた。
「ふざけるな…どうして仲間にくらい言わないんだ!?僕等を弄んでるのか!?君の玩具になる為に僕等はこの戦に参加したわけじゃないんだ!!」
「ちょ、ちょっと待てよ…何をそんなに怒ってるんだよ」
何故彼が怒るのか全く理解できないジュノーンは、どうして良いかわからない様子だった。
「そうやって一人で良いとこ取りして、人気を稼ぐ魂胆か?相変わらず腹黒いな…僕は、お前のそうゆうとこが嫌いなんだよ!!」
セネトがジュノーンの胸倉を掴み、拳を握った。
「セネト…落ち着け」
ジュノーンは落ち着いていたが、彼の怒りの原因が全く不明だった。
「一体どうしたって言うんだよ…!?」
胸倉の腕を引き剥がそうとしても、彼は離さなかった。
突然、バタンと扉の開く音がした。
「やめて!!」
それと同時に、少女の声が部屋に響き渡る。
「どうして争うの!?」
サーシャだった。おそらく声が廊下まで筒抜けだったのだろう。
「セネト王子も手を離して!!」
ジュノーンの胸倉を掴んだセネトの腕を、サーシャが引き離そうとする。
セネトの顔は歪んでいた。拳は震えている。
「…っのやろぉーーっ!!」
セネトの拳がジュノーンの頬を掠めた。
「………っ!!」
サーシャは言葉を失っていた。セネトがそんな事をするなんて思ってもいなかったからだ。
「テメー……」
ジュノーンの目付きが変わっていた。
「ジュノーン、やめてっ!!」
サーシャには驚いている暇さえ与えられなかった。ジュノーンも本気になったりしたら、
それこそ大事になる。彼女は自分の愛する者を必死で止めた。
その様子を見て、セネトは彼の胸倉から手を離し、壁を蹴ってから部屋を立ち去った…。



「なんだかジュノーン、喧嘩してばっかだね」
サーシャの白く美しい手が、先程セネトの拳を掠らせた頬に優しく触れた。
部屋は静かだった。
「セファ達との喧嘩とは、また違うよ」
「うん、それは解ってるけど……大丈夫?」
ジュノーンは無言で頷くと、彼女の手を取って自分の頬に当てた。
優しい温かさが頬に伝わった。
その時、はっと気付いた。セネトの怒った理由が解った。
(…俺がこの温かさを独り占めしてるからか)
そういえば、昨日彼にはサーシャの肩を抱いているところを見られた。きっと一晩中ずっと思い悩んでいたのだろう。それが苛立ちとなり、今爆発したのだ。
嫉妬という感情の恐ろしさを彼は知っている。昔もそれで親友に裏切られた。
(…どうしてこうなるんだよ。俺が何したって言うんだ?自分の惚れた女を愛しちゃいけいのかよ…!!)
女を愛すると、友を無くす…こんな公式が出来上がってしまっている気がする。
「ジュノーン…?」
「うん?」
「本当に大丈夫?」
「掠り傷さ。心配御無用」
「そういう意味じゃなくて…お願いだから無理しないでね?たまには休みも必要なんだから…」
彼女は不安そうな表情のまま、愛する者の手を両手で握った。
無理のし過ぎでジュノーンが壊れてしまうのではないか、と心配している様だった。
「バカか。お前全っ然解ってねーな」
「え?」
「俺にとって、サーシャとこうやってるのが一番の幸せで、休息になるんだよ…」
抱き寄せて、接吻けて、微笑み交わした。しかし、サーシャは案の定耳たぶまでまっかっかになっていた。
「さ、最近のジュノーンって、凄く大胆…」
「そうかな?」
「そうよ。だって前までこんな事…」
言っててまた顔から火が出そうになる。それにジュノーンが気付き、追い撃ちを掛けた。
「へぇ、前からこんな事して欲しかったんだ?」
「ち、違うもん!!」
「じゃあ何で首元まで赤くなってるんだ?」
「知らない!!」
サーシャは真っ赤な顔のまま、部屋から逃げる様にして出ていった。
(…こーゆー事するからセネトと仲悪くなっちゃうんだよな)
しかし、自分には愛する人より友人を選ぶという様な男臭い気持ちは全く無い。というより、理解できないのだった。
女垂らしだとか、酷い奴だとか思われても、自分にとってサーシャが何よりも大切なものなのだから、仕方がない。
(さて、早く計算しないとな。あと一週間はあるはずだ)
セネトの事は後で考えよう。今はここから逃げる方が先決だ。
ジュノーンは再び机の前に座り、サーシャの事で一杯な頭を再び計算へと切り替えた。

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