サーシャFC
6章・消えゆく英雄

オークスより少し温かい風が、頬を撫でた。
彼は目を閉じ、大きく深呼吸した。
ジュノーンの前には慣れしたんだウエルト王宮がある。サーシャと出会い、沢山の思い出がある場所だ。しかし、ジュノーンは中に入る事を躊躇っていた。
それは、解っていたから。
ここに入れば、もう今まで通りに過ごす事はできないという事が。
ふと、視界の隅にルカが見えた。彼はこちらに駆け寄ろうとしたのだが、横の騎士がそれを遮った。
彼等の会話が耳に流れてきた。
「やめろ、ルカ。この国にいられなくなるぞ…!!」
「なっ…どうして同僚に話し掛けちゃいけないんだ!!彼はこの国の救世主でもあるんだぞ」
「そんな事は俺達にも解ってる!!しかし…仕方ないだろ!?もし家族にまで迷惑がかかったらどうする!?」
ぐっと煮詰まるルカ。ジュノーンはそれに気付かぬフリをして、通り抜けた。
王宮内でも、ぼそぼそと囁き合う声が聞こえる。何を言っているかまでは解らないが、自分を褒める声ではないのは確かなだ。
ジュノーンは謁見の間に行く足を止め、壁にもたれかかり、目をつぶる。。
まだウエルトに来たばかりの頃、いまいち周りに馴染めずに、よくこうしていた。
そんな彼に話し掛けたのも、やはり青髪の少女だった。
『おはよ、ジュノーン♪どうして仮面を外さないの?せっかくの綺麗なお顔なのに』
『そうやってからかわれたくないから、です』
『別にからかってないよ〜。ただ、もったいないなって。ほらほら、早く仮面をお脱ぎなさい♪』
『それがからかってるんですっ!!』
『あはっ♪恐い仮面してるのに、全然恐くな〜い』
『はぁ…』
思い出すだけで笑みが漏れる。同時に、激しい胸の痛みが彼を襲う。
しかしその痛みとは裏腹に、彼女との思い出が走馬灯の様に流れてくる。
彼女と口付けた祝勝会。真っ赤にして近づけてきた顔は、あまりの愛しさに今も覚えている。
今思い出せば、彼女と離れたのはごく一瞬でしかない。ずっと一緒だった。
その間には、確かにレシエに傾いていた時もあった。しかし、彼女はやはり戦友であって、女性として愛しているのではいなかった。
それがこの前に解った。
サーシャがいなければ不安で仕方が無いのだ。彼女には近くでずっと見守っていてもらいたい。微笑みかけて、暖かく包み込んでいてもらいたい。
しかし、それは夢となりつつある。
いや、むしろ夢であってほしかった。目が覚めると戦争など起ってもなくて、レシエも元気なままでウエルトも平和だったらどれだけ嬉しいだろう。サーシャといつもみたいに冗談を言い合って、散歩して、買物に付き合って……。
(もう、そんな事もできないんだよな…)
結局、何の為に自分は頑張ってきたのか全くわからない。
せっかく彼女と想いが通じあっても、これでは逆に通じてない方がよかったのではないか、と思うほどだ。
全て良かれと思ってやってきた。命を捨てた時も幾度とある。しかし、それ等は何も実を結ばなかった。
独りで生きろ、という意味なのかもしれない。誰を愛する事も許されず、愛される事も許されず、怨まれ蔑まれて生きろ、と…。それが自分の運命なのかもしれない。
ジュノーンはふとそう思った。
ユトナの御名を唱える者はこの考えにさぞ反対するだろう。希望を持て、と。
なら、この運命を説明してみろ、と大司教の方々に言ってみたい。苦労して築いた物を一瞬にして失うこの呪われた運命を。それでもユトナは加護をくれるとでも吐かすのだろうか。
また、幸と不幸は振り子の様なものだと言う者もいる。辛い事があれば、その分幸せになれる、と。その論から言うと、自分は幸せになり過ぎても足りないのではないか。それに、生まれもせずに消えた命の場合はどう説明するのか。彼等は幸も不幸も味わっていないから、均衡が保たれているとでもいうのか。ならば、戦火に散った者達は?戦士ならば良い。戦と全く関係の無い娘や子供達の死はどうなる。親や知り合いが死ぬ悲しみ、そして己の死と殺される恐怖。これに均衡する幸せを味わう前にその光は消えているではないか。
(もし俺が死んだら…)
まず第一に神を滅ぼそう、と思う。こんな不平等な世界があってたまるか、と。そして、金輪際自分の様な人間を出させないと誓約させてやろう。
我ながらガキ臭いとも思う。しかし、ならば何を怨めというのか。自分は決して間違った行為はしていないのに、どうして全てを失わなければならないのか。
(どうして俺ばかり…どうして……どうして………)
全てを否定してしまいたかった。この世界が今すぐ滅びてしまえばいいとも思った。
(もう…嫌だ……)
その時、ぽんと肩に手を置かれた。
瞳を開けると、ウエルト王妃の姿があった。
「リーザ様…?」
「ジュノーン。謁見の間に行く前に、私の部屋に来て頂けますか?」
「えっ…?」
「お願いします」
小さく頭を下げると、リーザは自室への通路へと向かった。
逆らえないものを感じ、ジュノーンは少し距離を置いてから彼女の後を追う事にした。



「失礼します」
一応、ノックしてから入る。彼が入ってくるのを見越してリーザは侍女達を退出させていた様で、部屋には彼女一人だった。
「どうぞ、腰掛けて下さい」
彼女の言われるがままに椅子に座る。
リーザはせっせとお茶を入れたりお菓子を用意したりしていた。
「そんな事してもらわなくて結構ですよ」
「いえ、貴方をお呼びしたのは私です。私にはそれをする義務があります」
「………」
仕方なく、ジュノーンは彼女がそれを終えるのを待つ事にした。
「俺は…どうなるのでしょうか?」
リーザも椅子に座った時、彼は待ち切れずに訪ねた。彼女は気まずそうな表情を見せ、一呼吸置いてから質問に答えた。
「貴方は罪を犯したわけではないので、現状では将軍職を解任されるだけです」
しかし、と彼女は付け足す。
「もはやウエルトに居場所は無いでしょう」
彼女の瞳が悲しみを帯びたものとなった。サーシャと同じ瞳だった。それだけで胸が痛くなる。
「それは…解ってます。噂とは恐いものですからね」
皮肉を込めて言った。そしてこの際、リーザに全てを話しておこうと思った。彼女からロファールに伝わり、それなりの対処をしてくれるだろう。
「リチャードと話をしました。彼は確かに正気を取り戻しています。しかし、彼の中の邪悪なる魂まで消えたわけではありません」
「また彼が操られる、と?」
「いえ、どういうワケかは解りませんが、その魂が実体化した様です。一戦交えたのですが、取り逃がした上にレシエがやられました」
胸の、また別の部分が痛んだ。彼女の最後の姿が浮かんだのだ。
「なっ…まさか亡くなられたのですか!?」
「いえ、かろうじで生きてはいます。しかし…時間の問題かもしれません。サーシャが治療していますが、呪いの様なものらしくて“光の王女”の力を持ってしても治らない…今アフリードあたりが必死に治療法を探してくれているでしょうが」
「そう…ですか」
彼女も沈痛な表情をしていた。言わば、リーベリア傭兵軍とはウエルトが作った様なものだ。それに参戦した他国の公女が命を落としかけていると聞けば、やはり心中穏やかではないだろう。
「私の口からロファールにお伝えします。どうか全てを話してください」
ジュノーンは頷き、アッラシードについて知る限りの事を話した。
リチャードの野心に捕われている事、そして、近々大陸戦争になりうる事。
リーザは神妙な顔つきで話を聞いていた。
話を終え、ジュノーンは冷えてしまった紅茶に口をつけた。
一息つき、前を見ると…リーザは涙していた。
「えっ、ちょっ…リーザ様!?」
まずい事を言った覚えもないのに突然泣かれると、さしものジュノーンも戸惑う。それに、相手は誰よりも愛している人の母親なのだ。
「申し訳ありません……本当に。ただ謝る事しかできませんけど…」
「あの、何がですか?理由を話してくれないと、全くわかりませんよ」
「貴方はずっとサーシャやウエルトの事を思ってくれていたのに…それなのに裏切る様な形になってしまって……」
「…別にリーザ様に責任があるワケではありません。言うなら…そうゆう運命だったんですよ」
リーザはかぶりを横に振り、涙を零した。その仕草はやけに幼く見え、少し可愛く見えた。
「ロファールやアフリードが、貴方に何を望んでいたか知っていますか?」
「いえ…」
「貴方をリーベリアの統一王にしようとしていたのですよ」
「はっ…?」
最初は聞き間違えかと思った。自分が統一王などと。しかし、考えてみると思い当たらなくもない。アフリードが政治経済に留まらず、あらゆる学問を叩き込む理由も傭兵軍の大将として選ばれた理由も全てそれで説明がつく。そしてサーシャを嫁がせ様としていたのも、自分の娘を統一王の妃とする為…まさかここまで奥が深いとは思わなかった。
傭兵軍は、おそらく新たな国の主要軍隊に仕立てるつもりだったのだ。その強さはマールの会戦でも解る通り、最強である。魔神を滅ぼした後も、彼等はジュノーンについてくるだろう。彼のカリスマ性をもアフリードは計算していたのだ。
傭兵軍の強さに加え、ジュノーンやアフリードの策略があれば例えリーベリアがもう一度混沌の世界になったとしても、新たな国となり治まるに違いない。そして自分はリーベリア皇帝、もしくは国王として生きるのだ。
「………」
呆然とした。まさか自分がそこまで大きな存在となっているとは思わなかった。しかし、そうなのだ。
「本当に申し訳ありません。彼等を止めるべきでしたのに…私まで同じ夢を見てしまったのです」
ジュノーンは力無く首を振った。誰もが見た夢だ。実現するかもしれないなら、止める事はできないだろう。ましてや自分の娘がその妃になるかもしれないというなら、尚更だ。
「ジュノーン、もう一つ教えて下さい」
「…何でしょう」
「貴方は邪なる魂と一戦交えた事により、全てを知っていた。当然、ここに戻ってくるとどうなるか解っていた…なのに、どうして戻ってきたのですか?何故サーシャを連れて逃げなかったのですか?」
ジュノーンは少し考えた後、弱々しく微笑みリーザの質問に答えた。
「その事なら、一瞬考えました。セネーに篭城していた際に、リチャード復活に気付きこうなる事も予測できていましたから。でも、できるワケないじゃないですか。リーザ王妃や陛下の宝を奪うなんて」
「いいえ、サーシャにはサーシャの望んだ者と結婚させるつもりでいました。夫も貴方を認めています。今更誰も文句は言いません」
「…俺はサーシャを不幸にしたくない。サーシャにまで俺の辛さを味わってほしくないんだ。俺とどこかへ逃げたなら、彼女まで今持つものを全てを捨てなければならない。親も友も国も、全て…そんな事したくない。サーシャには不幸なんて味わってほしくないんです…。きっと彼女を幸せにしてくれる奴はいますから」
ジュノーンはそう言い、席を立った。これ以上ここにいたなら、更に傷を広げる様な事を言わなくてはならなくなる。
失礼しました、と頭を下げ、彼は部屋を後にした。
リーザは彼が出ていった扉を悲しげに見つめて呟いた。
「貴方がいなくなる事が、サーシャにとって一番の不幸でしょう…」
これからウエルトは大切な者を無くそうとしている。国王夫妻のどちらもがそれに気付いている。しかし、そのどちらもが止めれない…。やはり、これは運命なのだろうか。彼に安らぎの時などないのだろうか。
そうであってほしくない、とリーザは願う。これも全て彼の幸せに繋がる道だと思ってやりたかった。
そうでなければ…あまりに酷すぎるではないか…。

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