サーシャFC
7章・神の怒り

マール王国は財政難に襲われていた。ソラの町を破壊する為だけに多数の軍船を犠牲にし、セネー海岸の会戦・エリアルの血戦・セネー城塞の戦いの連続敗戦による大量な軍資金の出費が重なり、更にウエルトへの謝罪金も要した。ただでさえ今年のマールは雨の量が少なく、農作物も例年の三分の二しか育たないという予想の中で戦を連続で行ったので、食糧庫はもはやほとんど空だ。
「このまま行くと、冬期には餓死者が出て飢饉となる恐れがあります」
――飢饉。
この言葉ほど為政者を恐れさせるものはない。
国王であるリチャードは財務大臣の報告を苦汁の表情で聞いていた。


「おのれ、魔剣の亡霊めが!!やってくれるわ!」
テーブルに拳を叩き着け、必死に解決策に頭を働かせた。
「落ち着いて、リチャード」
自室に戻って早速荒れ始めたリチャードを、ティーエはそっとなだめた。
「俺は落ち着いている!」
もう一度、テーブルに拳を殴りつける。ティーエは溜息を吐き、彼の横へと腰を降ろした。
「…イストリアから食糧だけでも搬送させるというのはダメなの?」
「無理だ。エリアル・サリア同盟との敗戦で、向こうの食糧も自国を補うので精一杯だろう」
どちらかと言うと、あの敗戦の方がリチャードにとっては痛かった。数では完全に勝っていたマール・イストリア軍が負け、左腕のロレンスをも失ってしまったのだ。大軍なだけに、その分資金は要した。そしてイストリアでは民が敗戦を不満に思っているに違いない。そこで食糧が無いからよこせ等と言ったら反乱されかねない。いくら魔神が勝手にやったと言えどそんな事を言うと国の威信に関わる。
「なら、一応同盟関係のリーヴェに頼んでは如何でしょう?あちらは豊作だったと聞きますので、食糧なら…」
「それも危険だ。ただでさえセネー城塞の戦いにて援軍を押し付けてきたのに対し、何を求めてくるかもわからん連中だ。これ以上は頼れん。…リュナンがいれば、また違ったのだろうがな」
リュナンがいないリーヴェ程危険なものはない。何をしてくるか解らないからだ。いきなり侵略を開始する可能性も無いとは言えない。傭兵軍がいるうちは大きな行動をできないだろうが、それも長くはあるまい。ジュノーンがいなくては解散も時間の問題だ。
こちらに余裕があればそれを逆手に取り、事を優位に運べるだろうが、今はまずい。
(ジュノーンがマールに来てくれればな)
風の噂ではウエルトを追い出されたと聞いた。もし、彼がマールについたとすれば恐いものはない。獅子と鬼神が組めば天下もたやすく奪れよう。
そんな理想に浸っている時…南門から爆発音と共に、黒い炎が上がった。
「何!?まさか…魔神?」
「くっ…この大事な時期に!」
………………
…………
……
それからまもなくして兵士が息を切らせて駆け込んできた。
「敵は誰だ!?」
「“漆黒の聖将”ジュノーンであります!単騎で門に近寄ってきたかと思うと、魔術の様なもので…」
いきなり城門を爆発させたという。恐るべき力だ。
「ジュノーン様が!?それは何かの間違いではありませんか!?」
ティーエが信じられないといった表情で兵に聞き直す。
「いえ、間違いなくジュノーンでございます。セネーで奴を見た者がそう申したのですから」
絶望するティーエを余所に、リチャードはこの戦の元凶たる魔剣を持った。
(やはり、そう簡単に進まぬか)
窓の外には、黒く怨みに満ちた火柱が空へと続いていた。



その頃、サーシャはウエルトにいた。会議から抜け出して、すぐさまウエルトに向かっていたのだった。
母国の空気は彼女にとって久しいものだが、そんな余裕などありはしなかった。王宮に着くと、真っ直ぐに父の元へと向かう。
その父は商人と謁見していたが、サーシャはお構いなしに入って行った。
「お父様!一体どうゆう事なの!?」
商人はびっくりして彼女を見たが、サーシャは気にも止めなかった。
「サーシャよ。私は今、その者と話している。その間に入ってくるのは無礼ではない
か?」
「無礼ですって…?じゃあ、お父様がジュノーンにした事は無礼では無いの!?」
ロファールは娘の手痛い指摘に黙り込んだ。謁見をしていた商人は、また後日にお願いしますとだけ残し、帰っていった。自分が居るべき場ではないと察知し、この状況では自分の願など聞き入れてはくれないだろうと予測したのだ。
「どうして…?ジュノーンが何をしたって言うの?」サーシャはその場で泣き崩れた。今まで、精一杯我慢していたのだ。夜通しで天馬を翔けさせ、泣いている余裕すらもなかった。
「どうして皆ジュノーンの嫌がる事ばっかりするの…?ジュノーンがどれ程心に傷を負っていたか知ってるでしょ?」
勿論ロファールは知っていた。しかし、野望を見てしまったのだ。リーベリア統一という夢を。全く彼の事など考えていなかったのかも知れない。ただ、己の夢の為だけに、彼を利用したのだ。
「ねえ…ジュノーンを返してよ。私、ジュノーンがいないんだったら……」
鳴咽を堪えながら、必死に父に懇願する。しかし、もはやロファールにはどうしようも無い事だ。
彼はいない。そして、反逆・追放という道を選んだのは他ならぬ彼なのだ。
「すまん…サーシャ。私の愚かさを許してくれ…」
サーシャはただ力無くかぶりを振った。
「陛下。私にも謝らせて下さい」
突如扉から現れたのは“レダの賢者”アフリードだった。彼の後にはセネト、エリシャ、ラフィンにエステルもいた。
サーシャ王女が消えたと言うので、彼等はアフリードの転送の術でウエルトを訪ねてみたという。
「ついでと言っては何だが、レシエもここに移しておいた方が安全だと思いましてね。ブラードはいつ戦場となるかわからない」
「レシエ殿の容態は?」
ロファールはアフリードの方を向き直り、険しい表情で問う。
「相変わらず寝たきりです。私もあらゆる方面で調べてはいるのですが、やはり全く情報が無いのでね…今のところは、その魔神たる者を倒すしか方法は見当たらない」
不服そうに賢者は答えた。
情報があるとするならば、魔神武具に住まう魔神達だ。しかし、そのレシエが倒れているし、ジュノーンは行方知れず。アフリードとしても、どうしようもなかった。
セネトはサーシャの元へ駆け寄り、泣き崩れたままの彼女に手を貸して立たせた。
「大丈夫かい?」
サーシャは無言で頷いた。鼻を啜らせ、涙を拭きながら。
「僕等はこれからブラードに帰るけど、もうサーシャ王女は来なくていいよ」
「どうして?」
「うん…もう、君に辛い思いをさせたくないんだ。僕等といれば、また何が起こるか解らない…だからと言うわけじゃないけど、暫く休んで欲しい。君は十分頑張ってくれたし、泣き顔なんてサーシャ王女には似合わないよ。だから、早く元気になって」
「でも、そうゆう訳にはっ…」
「怪我人が出た場合って事かい?いいよ、そんなの。あの軍には神官も沢山参加してるんだ。心配ないよ」
「…ごめんなさい」
申し訳なさそうにサーシャは頭を下げた。いつもの笑顔は、当分戻って来そうにない。
「どうして謝るのさ。サーシャ王女は、本当に心配しなくていいから。傭兵軍の方は僕とラフィンで何とかまとめてみるから。ロビンやセファイドもいるし、エリアルからテムジンも来てくれるというから…大丈夫だよ」
「すまない、セネト王子。貴公やテムジン王にまで迷惑をかける様な結果になってしまって…申し訳ない」
ロファールも娘と同じ様に頭を下げた。
「いえ、頭を御上げ下さい。これはロファール王の責任ではありませんし、あの状況になれば私も同じ事をしていたと思います。あのまま何も起こらなければ、ジュノーンは確実にこのリーベリアを統一していたでしょう。そう…全ての原因はリチャードなんです」
「リチャードが原因か…」
ロファール王がそう呟いた時、ナロンが駆け込む様にして部屋に入ってきた。
「た、大変です!」
「…様子を見れば解る。して、どうしたのだ?」
ロファール王は内心ムッとした感じで答えた。頭の中で何かが見え始めた時だったのに水を注された気分だった。しかし、ナロンの口から出た言葉は逆にその思考を裏付けた。
「ジュノーンさんが、単身マールに乗り込んだそうです!」
「なっ…それは本当なの!?」
エステルがナロンに掴みかかりそうな勢いで問い返す。
「はい、間違いありません。天まで続く黒い爆炎で城門を消し飛ばしたというのですから…おそらく闇魔神の力を使ったんでしょう」
「あのバカ…!自滅する気!?二度とリーベリアの土を踏めなくなるわよ!?」
エリシャは怒気を孕んだ口調で拳を握り締めた。
「踏むつもりもないのかもしれないな」
エリシャの言葉にラフィンが応える。
「くっ…やはり報復か。ジュノーンらしいと言えばジュノーンらしいが…」
気付くのが遅すぎた、とロファールは内心悔やみきれなかった。
「皆、私に掴まれ。無駄かも知れないが、マールに行って彼を止めよう」
アフリードが全員まとめて転送の術でマールに移動しようと呪文を唱えようとしたが、サーシャは険しい表情をしたまま、テラスの窓の外…闇に満ちた夜空を睨みつけていた。
「どうしました、サーシャ王女?あなたがいれば彼も思い止まるかも知れません」
サーシャは何も答えなかった。その険しい表情の奥には恐怖すら見えた。
「サーシャ王女…?」
「…アイツが来る……」
「アイツ?アイツとは一体…」
アフリードが質問を言い終える前にサーシャは剣を抜いた。
ガシャァァァァン!!
それと同時に窓を突き破り硝子の窓が割れるけたたましい音と共に、一人の翼を持つ男が現れた。。
「クックックッ…役者は全て揃った。我が未来の為死んでもらおうか」
「…どうゆう意味?」
サーシャはウエルト宝剣を構え、少し距離を空けて聞いた。セネト達も剣を抜き、外からは慌てふためいた兵の声が聞こえてきた。ライネル達が兵を率いてもうすぐ集まってくるだろう。
「我の予想ではジュノーンとリチャードの実力は互角…同士討ちとなる率が高いだろう。
そして今ここにいる…

全ての者に勇気と力を与える“光の王女”サーシャ。

次期カナン国の王であり、武勇・人望・才能に恵まれた“カナンの英雄”セネト。

リーベリア大陸一の頭脳を持つ“レダの賢者”アフリード。

リーベリア六英雄の一人に数えられ、今尚衰えを見せぬ“ウエルト国王”ロファール。

迅速な決断力と並外れた魔力を持つ“雷神”エリシャ。

…うぬ等五人が滅べば、もはやリーベリアには大した力を持つ者はおらぬ。征服はたやすいと言う事だ」
アッラシードの紅い瞳が強く光った。
「へえ…魔神のくせに、えらく情報通だな。君にそこまで言ってもらえて光栄だよ。それより、西の大陸を制覇して正面から大陸戦争をするんじゃなかったか?」
セネトが皮肉を込めて言った。
「その予定だったが、予想以上に西の大陸制覇には苦労しそうでな…東に力をつけられる前に、主要人物を滅ぼしておこうというわけだ」
「ふふっ…あなたって案外頭悪いのね」
エリシャは掌に帯電させながら続けた。
「ジュノーン君は誰にも負けないし、私達もあなたになんか負けない…よって、あなたの計算は全て間違えてるのよ!」
言い終えると同時にエリシャは雷光をほと走らせた。しかし、その雷光はアッラシードに当たる寸前に霧となり消えた。
「なっ…!?」
「ククッ…計算間違いはどちらかな?」
魔剣に住んでいた魔神は、背中から曲刀を抜き、もう片方の掌をサーシャに向けた。
「まずは貴様からだ、“光の王女”よ!」
黒い光弾がその掌から放たれた。
しかしサーシャは全く動じず、人差し指で五芒星を宙に描いた。
「聖なる光よ…かの邪なる光を跳ね返せ」
そう呟くと、サーシャに当たるかと思われた黒い光弾は、そのまま放った主のところに戻っていった。
「なんだと!?」
アッラシードは紙一重で自分の放った光弾を避ける。
サーシャは剣先をアッラシードに向けて、普段とは違った強い口調で、宣言する様に言い放った。
「…何もかもがあなたの思惑通りになると思わないで。私はあなたを許さない…!」
彼女の綺麗な青い瞳が、今は怒りに燃えていた。

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