サーシャFC

マールの城門が見えてきた。ジュノーンはセネー海岸付近で破壊竜・ジュリアスに降ろしてもらい、そこからは徒歩で向かっている。
美青年は“魂喰い”と呼ばれる魔剣を抜き、ゆっくり城門へと歩んでいく。彼の前に二人の男が立ちはだかった。
「よぉ、大将。待てよ」
ロビンとセファイドだった。
「お前等…どうして?」
「ばーか。お前の行動パターンなんか見え見えだっつーの」
ロビンは相変わらず軽口を叩く。
「…で?何か用か?」
「阿保が。止めに来たに決まっているだろう」
セファイドが美青年の青灰色の瞳を睨み付けて言う。ジュノーンは全く気にしていない様子だった。というより、セファイドから見た彼の瞳は感情と言うものが無かったのだ。
「そう、このガキの言う通り俺達は止めにきたんだよ。こんな事をして何になるってんだ?お前がいなきゃ、誰があのバケモンと戦うんだよ」
「…勝手にやってくれ。俺の知った事じゃない」
「なっ…!てめぇ、どうゆうつもりだよっ!!リーベリアがどうなってもいいのか!?」
ジュノーンの返答に頭に来たロビンは、彼の肩を掴んだ。
「どうもこうも無い。俺は俺のやりたい様になる」
ジュノーンはロビンの手を払い退け、そして彼の喉元に魔剣を突き付けた。
「ちぃっ…」
「俺の邪魔をする奴は全て殺す。例え誰であろうともな……これが、俺の本来の生き方だよ」
彼の瞳から殺気が放たれていた。しかし、数日前まで自分達と楽しく会話していた者のものとは思えないほど、その瞳は悲しみに満ちている。
ジュノーンは二人の間を擦り抜け、城門へと歩んでいく。見張りは城門の上にしかいなかった。
城門の上から兵士が何か呼びかけているが、彼は全く気にせず城門の前に立った。
そして宙に邪の象徴である六芒星を描いた。彼の指がなぞった後は、黒く妖しい光を放ち、六芒星が宙に浮いている様に見えた。
その時、マールの兵はその人物が先日我軍を弄んだ“漆黒の聖将”であると気付く。しかし、もはや遅かった。ジュノーンが腕を振り上げたと同時に、城門は爆発していたのだから。この時、聖将は真の鬼神と化した。
まるで火山が噴火したかの様な轟音と共に、黒い炎が天へと続く。
ジュノーンは後にいたロビンとセファイドに振り返り、嘲笑を見せた。
「無理だ…」
セファイドは体を震わせながら呟く。
「もう誰もアイツを止めれない。そして、マールは一夜のうちに滅ぶ…」
数々の武勇を誇るこの二人でも、神の怒りの前では無力に等しかった…。

城門を消し飛ばした後、ジュノーンはマール内へゆっくり入っていく。兵士が慌てて集まってくるが、誰一人として斬りかかろうとはしない。
当たり前だ。
目の前で見下した笑みを浮かべる美しき男は人ならぬ力を持つ。普通の人間である兵にとっては魔神と変わらぬ存在なのだ。
神に最も近い男が歩み寄ってくる度にじりじりと同じ歩数だけ後退りする兵士達。
ジュノーンは瞳を見開かせ、剣先を舌で舐めた。その姿は妖艶で美しく、神々しい…そして、それが何より恐ろしい。
兵士達が見惚れている間、彼は己の中に眠る鬼神を解放する言葉を呟いていた。

『聴かせてくれよ…お前等の、絶望の悲鳴を…よ?』

次の瞬間、手前にいた重装歩兵を大盾ごと貫いていた。鮮血が後方に飛び散る。おそらくこの兵は自分の死の瞬間すらわからなかっただろう。
これが後に語られる『獅子と鬼神の決闘』の前哨戦に当たる『マールの虐殺』の始まりであった。
精一杯勇気を奮い立たせ、鬼神に立ち向かう者もいれば武器を投げ捨てて逃げる者もいる。
ジュノーンは四方から襲い来る兵を難無く斬り裂いていった。
「ジュノーン、覚悟ぉっ!」
「遅ぇよ」
斬りかかる斧騎士の攻撃を避け、その騎士の首を掴んだ。
「さぁ…痛いぞ?」
そのまま力任せに地面に叩きつけ、擦りつける様にしながら上に放り投げた。
「くたばれ!」
ジュノーンもそれに合わせて跳び上がり、首を胴体から斬り離す。
恐怖の悲鳴が辺りに響いた。
剣では敵わぬと見た中隊長は、弓部隊を呼ぶ。
「ゆ、弓だ!弓で射よ!!」
すぐさまジュノーンに向かって数十の矢が集まる。
「かっ」
しかしジュノーンは喉に引っ掛かった唾を吐き出すと、その全てを剣で叩き落とした。
「辛気臭ぇ真似してんじゃねぇよ!」
撃ち終わった隙を見て、指示を出した中隊長目掛けて弓部隊の中を斬り込んでいった。
中隊長は逃げようと思ったが、瞬く間に兵を倒した鬼神は目前で笑みを見せていた。
「か、かかれぇッ!」
逃げ道は無しと見た中隊長は、側近二人と同時に斬りかかった。側近を瞬く間に斬り、ジュノーンは中隊長の首を掴んだまま壁に叩きつけた。
「死霊に喰われろ!」
叩きつけたと同時に黒い骸を象った火柱が中隊長から上がり、怨霊の悲鳴が辺りに舞った。上級魔法《デス・クリムゾン》の接近戦の応用である。彼はもはや白兵戦にまでも魔神の力を使っていた。
怯んだ兵士達を見て、ジュノーンは文字通り彼等を蹴散らす様に王宮を突き進んだ。重装歩兵や木馬が何十騎現れ様とも剣で貫き、魔神魔法で一瞬で灰に変えた。
逃亡した者も合わせると、この僅か数時間の間にマール軍は半分近くの兵も失っていた。
中庭らしきところに出た時、ジュノーンに向かって剛弓が放たれた。
ジュノーンは剣で弾くとそちらを向き直った。直後、彼は歓喜と怒りに身を奮わせる。そこに立っていたのは自分が捜し求めていた獅子王リチャードその人だったからだ。
「人の家で暴れてるのはそれくらいにしてもらおうか」
リチャードは弓を捨て、背中の巨大な魔剣“エクリクシス”を抜いた。
「やっと見つけたぜ…リチャードさんよ」
彼の血に餓えた瞳を見てリチャードは一瞬背筋が凍ったが、恐怖を振り払う様に気合の声を上げて力を解放した。リチャードの体に妖気が纏っている。普通の者ならそれだけで圧倒され、降伏するだろう。
「どうだ、ジュノーン。俺とて貴様と同じ…いや、それ以上の力を手に入れた。もはや貴様の時代は終わりだ」
しかしジュノーンはそれを前にしても全く臆する様子も無く、不敵な笑みを見せていた。
「…死んでいったお前の兵が皆悲鳴上げてたぜ?『陛下、助けて下さい』ってな」
「なに…?」
「次はお前の悲鳴が聴きてぇなぁ…!」
「吐かせ、青二才が!不様に残ったその命も俺が滅してやろう!!」
リチャードは魔剣を振り上げ、力任せに突撃した。
鬼神と獅子の一騎討ちが始まったのだ。



――ウエルト王宮。
こちらでも死闘が始まっていた。
「燃えろぉッ!」
セネトは炎の剣・紅蓮で火球を作って殴り飛ばす様にしてアッラシードに向けて放った。
「舐めるな、小僧!」
魔剣に住まう亡霊は片手でその火球を消した。
「くっ…これも効かないのか」
セネトは舌打ちしたが、アッラシードの一瞬の隙を見逃さずラフィンが槍で追撃する。
「俺の名も魔神殿のリストに入れてもらいたいものだな!」
軽口を叩きつつも的確な槍撃が繰り出される。
「できれば僕もね!」
ナロンもラフィンに加勢した。
「笑止!」
しかしアッラシードは的確な剣捌きで二人の攻撃を防いでいる。
「ま、マジか!?ラフィンとナロンの同時攻撃が当たらない!」
兵を引き連れてやってきたライネルが信じられないものを見る様に言う。
(当たらないんじゃない…!)
ラフィンとナロンは心の中で同時に呟いた。
近くにいる当人にしか解らないが、二人は武器を通じて攻撃の感触を得ている。何発かは確実に当たってるのにそれが全く効いてないのだ。
「ふははっ!弱いぞ人間共!!」
ラフィンの槍撃を刀で受け止めて、腹部に手を当て衝撃波で彼を吹き飛ばし壁に激突させた。続くナロンへはその衝撃波の反動を利用して空中を舞い、バランスを崩したところに足蹴りを顔面にかました。彼もラフィンと同じ様に壁叩きつけられる。
「二人共、大丈夫!?」
サーシャは急いで駆け付け、治癒の神聖魔法を唱えた。
「バカな…あのラフィンとナロンがこうもあっさりとやられるのか!!」
彼等の強さを知っているロファールは驚愕せざるを得なかった。
「くっ、こうなれば私も…!」
ロファールも腰から剣を抜く。
「よして下さい、陛下!ジュノーンがいない今、陛下が傭兵軍の盟主なのですよ!」
アフリードの叱咤が飛ぶ。戦とは、王が死ねば負けなのだ。ライネルとノートンにロファールを死守する様伝え、アフリードはエリシャに話し掛けた。
「エリシャはサーシャ王女を守って…」
しかし、その言葉の途中でリーベリア随一の賢者は絶句した。そのサーシャが単身で斬りかかっていたのだ。
「サーシャ様!やめて下さい!!」
「サーシャ王女、戻るんだ!」
兵士達やセネトの悲鳴の様な叫びが聞こえる。その場にいたほぼ全員がそう叫んだが、彼女は止まりはしなかった。
「ほう、小娘が最初に死にに来たか!」
アッラシードは長刀を構えてサーシャを疾風の技で迎え討とうとした。しかし、サーシャはその技を見切り、斬撃の下に潜り込んで隙ができた腹部に剣を突き上げた。やはりラフィン達の攻撃同様効いていない。
(破邪の力を持つマインスターでも通じないの!?)
そう思った矢先、その斬った部分から焼け跡の様なものが微かに見えた。
(違う…!やっぱり効いてる!!それなら…)
希望に燃えたサーシャは次の攻撃を仕掛けようとしたが、アッラシードの残酷な紅い瞳が目に入った。
(危ない!)
直感的にそう思い、転びそうになりながらも後ろへ飛んだ。サーシャが先程いた場所にはアッラシードの刀が突き刺さっていた。魔剣の亡霊は続き様に斬撃と魔法の連続攻撃で追い撃ちする。しかしサーシャは全て紙一重で避けていた。
「見切りの技か…!」
アフリードは、いや、この場にいた全員が歓声すらも忘れて王女の戦いぶりに驚愕し、言葉を無くしていた。サーシャが斬りかかってすぐに加勢しようとしたセネトも、驚きのあまり止まっていた。
「サーシャ王女の動き…誰かに似てませんか?」
セネトが隣で同じ様に言葉を無くしているロファールに呟く様にして聞いた。
「ああ…私もそれに気付いていた。そして思い当たる人物もいる」
…ジュノーン。
セネトも同じ名が浮かんでいた。
サーシャは彼に剣術を教わっていた時があったという。その時の、愛する者の教えを忠実に守っているのだろう。そこにはジュノーンがいるかの様な美しく華麗な剣術があった。
サーシャは剣が苦手なわけではない…戦いが嫌いだったので使わなかっただけなのだ。
ロファールは数ヵ月前に自分がジュノーンに強制した剣の稽古を思い出した。
(あの時、ジュノーンに勝てたというのは全てがマグレというわけではないのだな)
勿論、ジュノーンも油断していたに違いない。しかしこの動きは大陸六英雄である自分さえも付いていけないのではないかと思えるのだ。才能に加え、怒りと愛する者への想いがここまでの力を引き出しているのかもしれない。
「賢者殿、俺達に早く防御魔法をかけてくれ。王女にあそこまで頑張られては俺達の面目が丸潰れだ」
ラフィンは槍を構え直し、セネトに目で合図した。いくら今のサーシャと言えどもジュノーンと同等の力を持つわけでもない。いつか失敗を犯すし、体力に限っては普通の少女と大差無い。
(もう一人…もう一人だけでいいからあの魔神とまともに戦える人物が居ればな…)
アフリードは辺りを見回したが、残念ながらこの場にはいなさそうだ。恐らくセネトが今のサーシャに次ぐ強さなのだろうが、いかんせん差があり過ぎし、あの二人の息は微妙に合っていない。
(やはり私が何とかするしかない)
アフリードは彼等に防御魔法をかけてやり、自身の中で魔力を最大限まで上げた。
「エリシャ、君も最強魔法の準備をしたまえ。一瞬で良いから奴の隙を作るんだ」
「解ってるわ…私も同じ事を考えてたもの」
「さすがだ。…セネト、ラフィン、よく聞きたまえ。次にサーシャ王女の攻撃で僅かにアッラシードがたじろいだ時…我々は全魔力で攻撃する。その時に全力で斬りかかってくれ。セネトの紅蓮ならば多少のダメージは与えられるだろうし、その後にサーシャ王女が聖魔法を叩き込んでくれるだろう」
「聖魔法?」
先程からのサーシャの動きを見ていればわかる。彼女は明らかにそれを狙っている。しかし、隙が無い上に連続攻撃が降りかかってくるので反撃すらまともにできない状態なのだ。
「サーシャ王女は攻撃魔法などできないはずでは?」
セネトが最もな質問をする。
「忘れたのかね?ソラの町が襲われた後の数日、彼女は私に幻術の身代わりを作らせて神聖魔法の訓練をしていた事を」
「あっ…」
そういえば、それで皆してジュノーンをからかったのだ。
「いつでも行ける様に構えていろ」
二人は頷く。神経を集中させ、サーシャの動きを追う。
そして、暫くの後…サーシャの攻撃が入り、アッラシードの動きが一瞬止まった。
「サーシャ王女、離れろ!」
サーシャは瞬時にこちらの意図を理解し、後方へ跳んだ。
「大いなる雷よ…愚かなる者を砕け!」
「奇跡の風よ…悪しき者を切り刻め!」
リーベリアでトップの魔導師が同時に各自が持つ最強の魔法を放った。魔法で作り出された大雷と風がアッラシードを襲う。セネトとラフィンがその魔法を追う様に斬りかかった。
その瞬間、雷と風が融合し、太陽が降臨したかのような輝きを放った。
「やったか!?」
周りが同時に期待の入り交じった声で叫ぶ。リーベリア最強の魔導師二人が最大の魔力を使って唱えた呪文である。いかにアッラシードが強いと言えども無傷とは誰も思いたくもない。
サーシャは五芒星を胸の前で描き、聖魔法の準備をしていた。
しかし…
光が消え去った後にあったの光景は刀で貫かれたラフィンと、呻きながら倒れていくセネトの姿。
「そ、そんな…」
全身の力が抜けて気を失いそうになるのをサーシャは必死に堪えた。
エステルの悲鳴にも似た呼びかけと、絶望感が部屋に響き渡った…。

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