サーシャFC

「ラフィン、セネト王子…」
サーシャは二人の様を見てうなだれる様に両膝をついた。
「それ、返してやるぞ」
アッラシードは剣に突き刺さったラフィンを引き抜き、投げて寄越した。
「まだ息はあるはずだ。治してやったらどうだ?まぁ、どこぞの公女同様、目覚める事はないだろうがな…」
キッとサーシャは睨むが、とりあえずラフィンの治療魔法に専念した。
(ダメ…やっぱりレシエさんの時と同じで傷だけしか回復しない)
絶望感がサーシャを襲う。結局自分だけでは何もできない。揚句に仲間を瀕死に追い込んでしまった。
「我も甘く見られたものだ。人間ごときの魔法で我が傷を負うとでも思ったか」
エリシャとアフリードの方を見ながら嘲笑する。
「くやしい!本当に何の役にも立てないなんて!!」
珍しくエリシャが泣き言を言った。あのブレンサンダは彼女が魔力を最大限にまで引き上げて放ったものだ。アフリードも同様である。
(成す術が無い…)
アフリードは肩で息をしながらも頭を必死で回転させているが、さすがの彼も何も浮かばなかった。
サーシャ一人では聖魔法を使う隙は作れない。しかし、サーシャ以外ではまともに戦えすらしない。セネトやラフィンですらあの様なのだ。
万事休すである。

(ジュノーンさえいれば…)

その場にいる誰もが思った事である。彼さえいれば何とかなっただろう。
結局、今のリーベリアはジュノーンというたった一人の男がいなければ、平和を守る事すらできないのであった。
(ジュノーンでなくてもいい…誰か、他に時間を稼げる奴はいないのか!?)
思い当たるところ、それを実行できそうなのは双剣士セファイドとロビンくらいのものだ。しかし、その二人もどこかへ消えてしまった。おそらくはジュノーンを捜しに行った
のだろう。
(くそっ…一体どうしろと言うのだ!)
アフリードも諦めているわけではない。ただ、活路が見出だせないのだ。苛立ちが襲う。
「ふはははは!万策は尽きたか?」
アッラシードの高笑いが響く。
「ならば、もう終わりにさせてもらおう」
剣の血を拭い、アッラシードがゆっくりと歩み寄ってくる。逃げ出す兵士達も何人かいた。それを誰も咎めはしなかった。なぜなら、誰もが本心ではそうしたかったのだから。
…サーシャ以外は。
何とサーシャは自らアッラシードに向かって斬りかかっていったのだ。
「愚かな。貴様一人では我は倒せぬ」
「そんなの…やってみないと解らないでしょ!?」
サーシャは素早い剣撃を連続で繰り出すが、アッラシードはものともしない様子で受け流す。そして反撃を、サーシャは薄皮一枚でかわすであった。斬撃の交換が暫く続いた。
しかし、どう見てもサーシャの分が悪い。アッラシードにはまだ余裕があるのだ。
「くっ…」
サーシャは地面を蹴り後方へと距離を空ける。
(一か八かでやるしかない…!)
サーシャは五芒星を空に描いた。
「聖なる光よ…矢となり邪なる者を貫け…!」
五芒星の中心から光の矢が高速で放たれた。聖魔法の初歩である《セイント・アロー》。
初歩と言えども普通の魔法よりは遥かに威力は高い。
「なにっ!?」
アッラシードは顔色を変え、翼を使って避けた。光の矢はそのまま壁を貫き夜空へと消えた。
「…やはり恐ろしい娘だ。しかし、当たらぬ!!」
アッラシードはそのまま翼を使ってサーシャに向かって飛来する。
(どうしよう、ジュノーン…やっぱり私一人じゃ無理だよ……)
サーシャは脱力感に襲われながらも、再び剣を構えた。



その頃、ウエルト王宮の一室ではソフィアの公女・レシエが眠っていた。
かの魔神・アッラシードの呪いにより、永久の眠りへと少しづつ近づく。もはやそれは間近な様にも思えた。
しかし、異変は起こる。
彼女の横に立ててある槍…“魔風槍”が緑光を放ち、その光は眠っている彼女の意識へと溶け込んでいった。


レシエは深い闇をさ迷っていた。
辺りを見回しても、空を見ても、地面を見ても漆黒の闇しか映らなかった。
一体どれだけ彼女は助けを求めただろう。しかし、返事どころか自分の声すら闇に溶け込み消えてしまう。
いつしか彼女は諦め、その場に座り込んでいた。
「きっと私はこのまま死ぬのね…」
恐怖はなかった。むしろ、早くこの闇から解放されたかった。
しかし、それは今まで自分が生きてきた世界への別れを示す。それがとてつもなく悲しかった。
今まで祖国のために死んだ兵士達、そして自分達が殺した敵兵も同じ苦しみを味わったのだと思うと、自分だけ死ぬのが嫌だとはとてもではないが言えない。
受け入れよう、このまま。
もはや生きていても良い事は無いだろう。愛する人も自分から離れていってしまった…ならば、この世に残る必要は無い。
幼少の頃から辛い人生だった。何度も死ぬような思いをした。しかし、おそらくその運も切れてしまったのだろう。
「もうすぐ逝くからね…アーレス兄様」
自分を長らく支え、守ってくれた兄が向こうにはいる。アーレスだけではない。バルカやジュリアスもいる。何も悲しい事はない…。
「さよなら、ジュノーン」
彼女は愛する人に別れを告げ、闇に飲み込まれようとした。
しかし…その時、その暗闇に緑光が流れ込んでくる。
みるみると闇は消えて行き、優しく温かい緑の風が彼女を包む。
「…えっ!?」
闇が消えると、そこには槍を持った女性がいた。
背はすらっと高く、緑色の長い髪と、同じ色をした瞳をした美しい女性だ。
「だ、誰!?」
女性は名乗らず、右手に持っていた槍をレシエに持たせた。
「あっ…!!」
緑の光を纏った女性は、優しく微笑んだ。
『レシエ公女…あなたはまだ死ぬべきではありません。私とあなたの一番最初の約束を覚えていますか?』
「…“光の王女”を守る事。」
『そうです。その“光の王女”が今危機に瀕しています』
「でも、私じゃあの魔神には敵わない。また不様にやられるだけよ…」
レシエは下を向き、目を閉じた。脳裏に蘇るのは自分の最後。
『それは、あなたが正常ではなかったから。今ならきっと大丈夫』
確かに、あの時は傭兵王に言われた事もあり、焦っていた。純粋な“名誉回復”の気持ちしかなかったのかもしれない。それでは“魔風槍”との意志疎通も計れまい。
『それに、あなたが生きていれば、きっと“彼”も喜びますよ』
その女性はレシエの頭を軽く撫でてから消えた。
すると、光の道が現れた。ただ風の任せるままに、レシエはその道を歩んだ。


レシエはハッと目覚めた。場所はウエルト王宮の客室。
辺りは騒がしい。いや、悲鳴が交じっており、明らかに“逃亡”する時の騒がしさだった。
「急いだ方が良さそうね」
レシエは壁に立ててあった“魔風槍”を取った。手に吸い付くその感触が懐かしかった。
(どこで戦ってるのかしら?)
彼女が丁度窓の外を見た時、光の矢が夜空を貫いていった。
(あの場所は…王室ね)
レシエは部屋を飛び出し、戦場へ向かった。



一方その戦場では、もはやサーシャには反撃を仕掛ける余裕さえ無かった。
防戦一方で、周りの人間は拳を握って耐えるしかなかった。誰が加勢したって普通の人間では敵わない。この状況に耐えれなくなった兵が何人か加勢しに行ったが、瞬殺された。
サーシャしか戦えないのだ。
しかし、それも時間の問題だった。サーシャの体力はもはや底を尽きかけていた。
アッラシードの猛攻に耐えるが、その攻撃は彼女の体力を奪う。
(もう、握力が…)
そう思った一瞬…ついにサーシャの剣は弾き飛ばされてしまった。
「……終わった」
ライネルが絶望の言葉を呟く。
「ククク…そう、もう終わりだ。小娘よ。お前はよく頑張った」
サーシャは肩で息をしながらも、五芒星を宙に描いた。
「まだよ…私があなたを倒すまでこの戦いは終わらないんだから」
「フッ、諦めの悪い女だ。正面から放って当たるとでも思っているのか?放った途端にお前の命は我が剣により奪われるのだぞ」
冷笑を浮かべながら、一歩一歩ゆっくりと歩み寄る。
「さぁ、放て。放って楽になるがいい。愚かな小娘は死こそが一番よく似合う」
また一歩とサーシャに近づく。
(私、よく頑張ったよね…たった一人でこんなに戦えたんだよ?きっとジュノーンも褒めてくれるよね…)
サーシャは聖魔法を放とうとした。自分の死を覚悟した上で。
しかし、その時アッラシードの背後から聞き覚えのある声が聞こえた。
「愚か者はその子ではなく、あなたよ…アッラシード」
振り返ろうとした時、アッラシードの躯に槍が突き刺さった。
「な、に…?」
そこには冷たい笑みをした、アッラシード自身が過去に背後から剣で貫いた女、レシエの姿があった。
「な、何故だぁ!?何故貴様が生きている!?」
「さあ、何故かしら?私にもよく解らないわ。…ただ、あなたを生かしておけないだけよ」
「バカな!そんな事があって良いワケが無い!!貴様は我が呪いにより永久の眠りについていたはずだ!」
アッラシードは槍を引き抜こうとした。しかし、それはビクともしなかった。
「もう遅いわ…」
「ま、待て!」
「愚なる者に安らぎの風を与えよ…《エアブラスト》」
「ぐわぁぁあっ!」
突き刺さった槍から竜巻が起こった。その風はアッラシードの動きを封じ、そして切り刻む。
「サーシャ王女!今よ!!」
「あっ…!!」
サーシャは突然のレシエ復活にて呆然としていたが、その声で我に帰って五芒星を竜巻の中苦しむアッラシードに向けた。
「いっけぇぇえっ!!!!」
巨大な聖なる光の矢がアッラシードを飲み込んだ。
魔神のお叫びが響いた。
「まだだ…まだ我は死なぬ!!死んでたまるかぁっ!!」
アッラシードは消滅する寸前に全魔力を放出し、レシエの《エアブラスト》とサーシャの《セイントアロー》から抜けだし、そのまま瞬間移動の術を使って夜空へと消え去った。

辺りは静まりかえり…敵が帰って来ないとなると歓喜の声へとすぐに変わった。
サーシャはふにゃりと膝が砕けた様子で、その場に倒れ込んだ。
レシエが慌てて駆け寄った。
彼女の手により起こされると、サーシャは照れ笑いをする。
「逃がしちゃったね」
「ええ…でも、あの躯じゃ暫く何もできないはずよ。いくら魔神の王でもあなたの聖魔法をまともに食らって無事なはずが無いから」
「…そう信じるしかないよね」
二人は黙って魔神が去った空を眺める。
今日の夜空はいつもよりも澄んでいた。

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