サーシャFC

サーシャ達がウエルトで魔神と戦っている中、マールでは鬼神と獅子が一騎討ちを繰り広げていた。
史上最強の魔剣と魔剣がぶつかり合い、火花を飛ばし、互いの強き想いもぶつけ合った。
これはジュノーンの怨みとリチャードの野望の戦いでもあった。
かれこれ彼等は一時間以上も剣を振るっているが、依然として勝負はつきそうに無かった。
素人目から見ているかぎり、両者の力量差は伺えない。
強いて言うならジュノーンが柔の剣、リチャードが剛の剣と言った感じだろうか。
辺りは静まり還り、ただ二人の足音と剣撃の響きと吐息しか聞こえなかった。二人は永久に戦い続けるかのように思えるほどだ。
しかし、本人達はそうではなかった。
必死の形相で斬撃を繰り出すリチャードに対し、ジュノーンは無表情で剣を受け続けている。
僅かではあるが、徐々に差が表れ始めていた。ジュノーンの動きにリチャードが少しづつついていけなくなってきたのだ。
反撃の回数が一つ減り、また一つ減る。
リチャードの体に掠り傷も目立ってきている。
そして掠り傷ですら、色濃くダメージを与えるのが“魂喰い”である。掠るたびに意識が遠退く様な気分になるのだ。
則ち、魂が喰われている。
それに気付いたジュノーンは、一旦攻撃の手を止めて距離を置いた。
「貴様…どういうつもりだ!?何故手を止める!」
ジュノーンはリチャードの問いには答えず、近くにいた司祭に声を掛けた。
「お前の王の傷を癒やせ。このままではもう終わってしまう」
司祭は、しかし、という表情で王の顔を見る。
リチャードの表情は益々怒りをあらわにするものとなっていた。
「ジュノーン!貴様は俺を侮辱する気か!!」
しかし、ジュノーンは全く気にせず司祭の首に剣を突き付け、治療する事を強要した。
「一騎討ちの邪魔をしたならば反乱と見なす!加勢は許さん!!」
リチャードはそう吠えるが、“魂喰い”の剣先が司祭の喉に食い込む。
「困ったものだな、司祭よ。主君からは加勢したら殺されると脅され、しなかったら俺の剣により首が飛ぶ…お前の好きな方を取ればいい。どちらを取れば自分が生き残れるか考えろ」
すると司祭は迷った末、杖をリチャードへ向けて振って傷を癒したのだった。
リチャードの傷はすぐに癒えたが、表情は更に怒りに満ちていた。
自分の部下からも事を信頼されていない。王としてこれ以上の屈辱は無かった。
「おのれぇ〜!」
司祭への怒りも全てジュノーンへ向き、力任せに斬りかかった。
ジュノーンは軽い足取りでその攻撃を避ける。
それから連続する攻撃も、一切当たらなかった。
剣で受けもせず、羽毛のように攻撃が当たらない。
(何故だ…!)
リチャードの脳内に響いた言葉はそれのみだった。
先程まで互角だったにも関わらず、今ではまるで次元が違うかのような錯覚に陥っていた。
(俺は魔剣を手に入れ、最強の力を得たのではないのか!?)それが何故、こうも差が出るのか。
「…教えてやろうか?」
まるで心を見透かした様に、ジュノーンは冷笑して言う。
「黙れ!」
リチャードは剣を力任せに振るが、やはり当たらない。
折り返してもう一度横に剣を振るうが、ジュノーンは上体を反らして避けた。
「良い太刀筋だ…が、見え見えなんだよ!」
体を戻しざまにジュノーンの握った右拳が、リチャードの腹部に突き刺さった。鉄甲をつけた右拳はリチャードの鎧を砕き、そして肋をも砕く嫌な音を響かせた。
血と胃の内容物を吐き出し、前のめりに倒れそうになるリチャードの首を掴んだ。
そしてそのまま…助走をつけて壁に叩きつけた。
「お前も死霊に喰われろ、リチャード!」
獅子と呼ばれし者から黒い骸が火柱を上げ、怨霊の叫びがマールに響いた。
ジュノーンが手を離すと、マールの獅子王はぐしゃりと音を立てて倒れた。
「リチャードっ!」
ティーエが涙しながら駆け寄った。彼女は何度も間に入って止めようかと思っていたが、リチャードの意志を立てて今まで黙って死合を見守っていたのだ。
「どうして…!?どうしてこんな事を!?あの優しかったジュノーン様は何処へ行ったのですか!?」
悲痛の表情でティーエは無表情の美青年を咎めた。
その表情はあまりに痛々しく、ジュノーンは目を反らした。
「皆を笑わせて、皆に好かれていたジュノーン様…私の目は狂っていたのですか?今のあなたは魔神と大差ありません!」
美青年は鼻で笑い、レダの末裔を見据えた。
「魔神か…そういえばその魔神を生み出したのは誰だろうな…?」
ティーエの言葉が詰まった。
ジュノーンは更に続ける。
「リーベリアに戦乱をもたらしたのは誰だろうな?罪も無いソラの民を虐殺したのは誰だろうな?たった一人の男の我が儘で一体何人の犠牲者が出たんだろうな?そして、誰のせいでレシエが今も尚闇の中をさ迷う羽目になったんだろうな…?」
ティーエは何も言い返せなかった。それらは全てリチャードの名が当て嵌まるからだ。
「自分の旦那を弁護してみろよ、ティーエさんよ?」
ティーエはかぶりを横に振った。
弁護などできるはずがなかった。今回の戦争の原因を作ったのは紛れも無くリチャードと、彼を止めれなかった自分にある。
そして、ティーエ自身それに気付いていながら自己欺瞞に走っていた。どこからともなく現れた魔神が世界をめちゃくちゃにしたと信じていた。
しかし、それは違ったのだ。
魔神を生み出したのもリチャード。戦争をけしかけたのもリチャード。
操られていたなんて言い訳にもならない。なぜなら、ジュノーンとの戦は彼が望んでいたのだから。
魔剣“エクリクシス”を必要としたのは、ただジュノーンとの実力差を埋めるためだ。
仮に実力が大差無いのならば、魔剣無しでウエルトに戦争を挑んだだろう。
結果は変わらない。
「ティーエ王女…アンタが言ってるのは綺麗事に過ぎない。綺麗事では悲しみも憎しみも、死んだ奴等も救われやしない…」
綺麗事。その言葉は彼女に動揺をもたらした。
「あなたは亡くなったウエルトの民の怨みを晴らす為にここへ?」
「まさか…ただの私怨さ。マールを滅ぼすだけなら破壊竜を使えば数時間で済む。それに…」
俺はもうウエルトの人間じゃない、と心の中で付け足した。
ティーエはその言葉にぞっとした。イストリアが破壊竜に攻撃を受けた事は記憶にまだ新しい。
死人こそ少なかったが、町はボロボロに朽ちて今尚復興作業は続いている。
聞くところによると、それは破壊竜が呪いに逆らった御蔭という。それが全力で襲いかかってきたらどうなるだろう?
「…その言葉を聞いたからには、寝ておれんな」
ティーエを押し退け、リチャードは剣を杖代わりにして立ち上がった。
「リチャード、もうやめて…この戦いは無意味よ」
「無意味な事か!俺の予想通り、こいつはリーベリアに破滅をもたらす者なのだ。何としても食い止めねばならん!」
ジュノーンは失笑し、埃を叩く仕草をする。
「お前、寝ぼけているのか?自己正当化も甚だしい…お前さえ何もしなければ戦争は起こらなかったし、誰も死ななかった。イストリアやマール、それにエリアルとサリアの兵士達も、傭兵達も、ソラの町の人々も…いつも通りの生活をしていたに違いない。俺も普段通りウエルトで平和に暮らしていただろう…」
サーシャと共に。
いつも冗談を言って笑い合って、からかったり城下町を歩いて回ったり、ジュリアスに乗って空を散歩したり…きっと今尚それは変わっていなかっただろう。
リチャードはそれを奪った。ようやくできたジュノーンの居場所を僅か数ヵ月で失くしてしまったのだ。
ティーエには彼の言葉の一つ一つが刃となり突き刺さっていた。
「この戦の原因が何かわかってるのか…?」
沸々と黒き炎が腹の中で沸き上がり、ジュノーンは怒り露に叫んだ。
「それは愚かな獅子の嫉妬だ!お前のそのくだらない理想と夢の為に一体何人の未来を奪った!?俺はリーベリアの王になるつもり等最初から無かった!なりたいのならば勝手になるがいい!!」
ジュノーンは更に続けた。
「しかし俺はお前を許さない!俺の全てを奪い、潰したお前を…!!だからここへ来た。お前に生きる事すら嫌になる程の苦しみと蔑みを与える為…それを魔神と呼ぶなら俺は喜んで魔神となろう!俺はお前達の様に綺麗事を吐いて自分を守り、正当化したりしない!!」
大雨が降り始めた。
まるでジュノーンの叫びに共鳴したように雷が鳴り響き渡る。
マールでは随分久しぶりの雨故に人々は狼狽え、ひざまずき祈った。
まるで神の涙が下界に零れ落ちているようだった。
そして神の怒りは人間らしい獅子へと向けられていた。
リチャードは畏怖により動かない体を叱咤し、剣を構え直した。
自分がこの様な男に畏怖してはならぬ。我こそがカーリュオンの再来なのだ、と…しかし、それはもはや自分に言い聞かせているだけだった。
獅子では神に勝てない事を、彼自身知っていた。
「俺が世界の王となるのだ!決して貴様ではない!!」
意を決してジュノーンに斬りかかるが、実力差に傷も加わり勝負は既についていた。
元来、ジュノーンとリチャードの力量差は雲泥だった。リチャードも優れた武人だが、ジュノーンはその遥か上をいく。仮に二人が同じ鉄製の剣で戦ったとしたら、万に一つリチャードはジュノーンに勝てないのだ。
その差を埋める為の魔剣“エクリクシス”だったのだが、魔神の魂が実態化してさまったが故に効力も半減し“魂喰い”を持つジュノーンとの実力差を埋めるものとはならなかった。その証拠にリチャードはジュノーンの様に魔力を使えない。
皮肉な事に、リチャードは自我を取り戻した途端ジュノーンへの勝機を失っていたのだ。
そして…遂にリチャードの手から魔剣“エクリクシス”が離れ、宙を舞って地面へと突き刺さった。
“魂喰い”の剣先が喉元へ突きつけられていた。
「殺せ」
リチャードはジュノーンを見据えたまま、そう言った。
ティーエは横でジュノーンに許しを乞うていたが、それではリチャードの気が収まらなかった。
兵法、一騎討ち、精神、そして格の違い…全てに於いて敗北し、生き恥を晒したくもなかった。
しかし、このジュノーンは…何と剣を引いたのだった。
「なっ…!?貴様、まだ侮辱し足りぬか!?」
リチャードは怒号を飛ばすが、ジュノーンは淡々と答えた。
「そう…足りないな」
指先でリチャードの顎を上げて見下した視線で続ける。
「俺はお前を殺す事が目的じゃない。お前のやった事をそのままやり返しただけだ。この町の有様を見て、自分の愚かさがわかるだろ?」
まだ片付けきらぬ死体と崩れかかった町と城を見回しながら言う。
雨が血を洗い流していた。
「そしてお前にはそんな簡単な死は許されない。自分の恥と罪を常に隣合わせのまま、愚かさを悔いて生き続けるがいい」
ジュノーンはそれだけ告げ、剣を収めてきびすを返してマールを去った。
彼の瞳からは雫が流れていた。

マールの民はジュノーンの背に手を合わせて祈っていた。彼等の中ではジュノーンが神となりつつあったのだった。


これ以降、ジュノーンはリーベリアから姿を消した。そして彼は伝説となったのだった。


『リーベリア武勲詩』の中に、この鬼神と獅子の戦いを書いたものがある。
これは明らかにジュノーンを神と崇めて書かれたものだった。

燦々と照り付ける焼けるような炎 吐息も焦がす程に蝕む死の灰は天変地異を齎す

諸人は狼狽え 跪き祈る


破壊の神は嘲り笑う その声は天を裂いて 生きとし生ける全ての者はその眼光に平伏す
破壊の神は華麗に踊る その舞は華を散らす 生きとし生ける全ての者はその美しさに怯え…


隠共は散らばりし 骸を積み並べ 其を見つめし瞳に枯れた涙滲む

誇る雲は何処

諸人は最後の祈りを訴える


破壊の神はきびすを返し 怒り露に叫んで 生きとし生ける全ての者はその雷鳴を手招く
破壊の神は自らの紅と轟音と共に堕ちる 生きとし生ける全ての者はその戦慄に戦く
破壊の神は空を仰いで滔々と雫讃え 生きとし生ける全ての者はその恵に手を合わせ…



後世に語られたこの詩の続きでは、ジュノーンは天界へ行き神の討伐を試みるという作り話になっている。
自分の怨みを産んだ神に対する復讐としての意味もあろう。しかし、それは所詮物語に過ぎず、人が想像できる程の人生を彼は歩んでいなかった。
結局ジュノーンの天界での戦いの章は未完に終わっていた。彼の未来を想像するという大それた事に筆者は戦いたのだろう。
そしてその章の最後に一言だけ括弧書きがしてある。

『原稿はここで途絶している』

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