サーシャFC

最終章・神の愛

ウエルトでは王宮内を慌ただしく駆ける人で溢れていた。
今回の騒ぎを町人へ知らせねばならないし、王宮の修理や怪我人の治療など、やる事が山程あったのだ。ちなみにレシエと同じ状態だったラフィンも、アッラシードを瀕死に追い込んだからか、無事回復の兆しを見せた。
アフリードやセネトと言った英雄達はロファール夫妻と今後について王室で話し合っている。
魔神を倒した後すぐにアフリードの瞬間移動の術でマールに向かったのだが、そこにジュノーンの姿は無かった。暫く辺りを探してみたものの、やはり見つからず結局ウエルトに帰ってくる羽目になったのだ。
ジュノーンを神と崇めていたマールの人々と、何も語ろうとはしないリチャードが印象に残っている。
そして、魔剣“エクリクシス”から実態化した悪の魂・アッラシードを撃退した“光の王女”サーシャはというと…コソコソと夜中に自分の部屋を抜け出し、ジュノーンの私室にいた。
彼の私物が明日中に破棄されるという事を小耳に挟んだからである。
ジュノーンの私室は以前と全く変わりなく、彼が自分に必要なものを持ち出したとは考え辛かった。
(とりあえず、着替えよね)
服が入っているタンスを探し、最低限の服だけ鞄に畳んで入れる。
とは言え、彼は大体鎧を着ているので服はさほど多くは無かった。
大体が部屋で着る為の夜着で、彼がこれを着ている姿をサーシャは見た事が無い。
(あっ…これは要るよね)
一番底にあった服は、黒い剣士服だった。
確かジュノーンの父親の形見だったと聞いた。ウエルトが解放されたあの日に一度だけこれを着ていたのを見た事がある。
それを丁寧に畳み、空になったタンスを閉める。
(あとは…)
机の引きだしやその他色々見ていくが、これと言って必要そうなのはない。
アフリードの講義をメモったノートなどがあるが、サーシャにはさっぱりわからなかった。
順に本棚を見ていくと、何やら絵らしきものが見つかった。見てみると、それはサーシャとジュノーンが描かれている肖像画だった。
(まだ持ってたんだ…)
破壊竜戦争が始まる前、ウエルトにリーベリア随一の有名な画家が訪れた時に二人して書いてもらったのだ。
さすがにリーベリア随一の画家といわれるだけあって、今見ても実物そっくりだと思える程よく描かれている。少し小さめの肖像画の中に描かれた二人は、少し照れ臭そうに微笑んでいた。
(懐かしい…)
ジュノーンはサーシャが持っておいてくれと言ったのだが、サーシャは断り彼に持っておくように言ったのだった。
彼に自分の事を想っていて欲しかったから。
サーシャはそれを布で包み、さすがにそろそろ荷物が多くなってきたので部屋に戻ろうと思って扉の方向へ向かった時…その扉は開いたのだった。
(えーっ!?嘘でしょ!?)
隠れようにもこの荷物であるし、いかんせん時間が無さ過ぎた。
「…サーシャ王女?何やってるの?」
扉から現れた人物は…ソフィア大公国公女・レシエだった。
先の戦いでは彼女に命を救われたと言っても過言ではない。レシエの助太刀がなければ確実に全滅していたのだから。
その美しいソフィア公女は、サーシャの姿を見てプッと吹き出した。
「…泥棒みたい」
グサッとサーシャの心にその言葉が突き刺さる。
夜遅くに、詰め込んだ彼の荷物の鞄二つを抱えるようにして慌てふためく姿を見られては否定のしようも無かった。
「そ、そういうレシエさんこそ何してるんですかっ?」
「明日彼の荷物が撤去されるって聞いたから…でも、私の取り越し苦労だったみたいね」
サーシャの荷物を見て少し悲し気に微笑むレシエ。
もはや自分が出る幕は無いか、とでも言うような表情だった。
「彼に届けるの?」
「うん…」
サーシャは近いうち、というより今日のうちにこっそり抜け出し、そのままジュノーンを探しに行こうかと考えていた。
きっと彼はお金も持ってないだろうし、何よりこのまま生き別れなんて絶対に嫌だった。
「そう…」
レシエはサーシャから目を反らしてうつむいた。
それは彼女もひそかに考えていたのだが、サーシャがそうするならば自分は必要無い。
「彼に会った後はどうするの?一緒に暮らす?」
「そんなのわかんないよ…」
サーシャは一旦荷物をテーブルの上に置いて答えた。
「でも、会えるまで捜してみるつもり。きっとお金も持って無いと思うし…何より、このまま終わってしまうのが嫌なの。だから、せめてもう一度だけ…」
サーシャの瞳には悲痛さすら宿っていた。
そしてレシエの瞳もまた、似たようなものだった。
「レシエさんもそうでしょ…?」
その通りだった。
しかし、本心とは裏腹に彼女は首を横に振った。
「私はもう死んだのよ。アッラシードの剣で貫かれてね…彼に会えたら、そう伝えておいて」
サーシャは黙って地面を見つめて悩んだ末、頷いた。
「レシエさんがそう言っていた、と伝えます」
レシエは怪訝な表情をサーシャに向ける。
「ちょっと、それじゃ意味無いじゃない」
「意味有ります。ジュノーンはレシエさんが亡くなったと聞けばもっと自分を責めるだろうから…」
彼にもうそんな思いさせたくないの、と付け足した。
そうかもしれない、とレシエは唸った。
やはり自分よりサーシャの方が彼の事をよく解っていた。
それが何より悲しい。
しかし、サーシャは彼女のそんな心を見抜きつつ、敢えてこう言ってみた。
「一緒に行かない…?」
かなり、躊躇した言い方だった。
この言葉は決して自分に優越を感じているわけではない。ただ、レシエの表情を見ているとそう言いたくなってしまったのだった。
レシエは溜息を吐いてサーシャを流し目で見つめた。
「それ、嫌味?」
「ち、違いますッ!ただ、レシエさんも彼に会いたいんじゃないかって…」
サーシャが気を遣ってくれているという事は解っていた。
しかし、レシエがそれに素直に答えれる性格でない事もまた当然と言えた。
「せっかくだけど、遠慮するわ。大体、私が行ってもあなた達の感動の再会を邪魔するだけでしょ?それとも、邪魔されたいの?」
うっ、とサーシャは詰まった。
「私もそこまで嫌な女を演じる気は無いし…だから、あなたは自分と彼の事だけを考えなさい」
これがレシエの精一杯の強がりだった。
レシエは自分の腕をぎゅっと掴み、孤独に耐えていた。
また、この寂しさに耐えなければならない。彼がソフィアを去った時と同じ、いや、それ以上の苦痛を。
「ごめんなさい…」
サーシャはただ力無く、頭を下げた。
自分のせいで彼女が傷ついているのは重々承知していた。
その綺麗な青い瞳には涙を浮かべている。
「謝らないでよ…私が惨めになるだけだから」
暗くてサーシャには解らなかったが、レシエもまた、夕日色の瞳を湿らせていた。
「違うの。そうじゃなくて…私はレシエさんとも仲良くなりたかったから。きっとこの事が無かったら良い友達になれただろうし……私、こんな事言う資格無いけど…」
レシエは無理矢理微笑みを作り、下を向いているサーシャの顔に手を触れて上げさせた。
「ごめんね…今は少し辛いかも。でも、きっと私達は良い友達になれると思うわ」
ぽろぽろとサーシャの瞳から雫が零れた。
自分はそうなるまいとレシエは我慢する。
今迄のジュノーンとの想い出が走馬灯の様にレシエの頭の中で蘇って流れては消えた。
もう、二度と彼とああやって楽しく過ごす事が出来なくなると改めて実感しながら。
「だから、いつか彼を連れ戻した時…ソフィアにも遊びに来てね。ソフィア産の紅茶はとても美味しいから、きっとあなたも気に入るわ」
サーシャは雫を零しながらも頷いた。何も言葉すら見つからなかった。
何と素晴らしい女性だろう、とサーシャは思う。
「じゃあ、またね。ブラードに行ってみたらどうかしら?ロビンやセファイド…だったかしら?彼等ならジュノーンの行き先を知ってるかもしれないわ」
それだけ言い残してレシエは背を向け、扉へと向かった。
「ありがとう…」
レシエは何も答えなかった。
寂し気なその背中がサーシャの脳裏に焼き付いていた。



サーシャは自室に戻り、今度は自分の荷造りに励んだ。
しかし、最初は持っていく物が多過ぎてしまい、自分の荷物だけでもとても天馬に乗せれる量ではなくなり頭を抱える羽目となった。
ジュノーンの物も合わせて最低でも今の半分まで減らさねばならない。
一度鞄から全て出し、優先順位の高いものから入れていく事にした。
とりあえず、今持っているお金全て。それが無くなった時の為に売る宝石多数。サーシャは普段宝石などを身につける習慣が無かったので、それらを売る事に抵抗も感じなかった。
その他服や生活に要るもの多数…いくつか諦めねばならないものはあったが、何とか乗せられる量にはなった。
しかし、この荷物を乗せたままブラードまで行かねばならないと思うと、天馬が可哀相に思えた。かと言ってこれ以上は減らせない。
(う〜ん…)
本当はアフリードに瞬間移動の術をかけてもらってブラードまで飛ばしてもらうのが一番良いのだが、アフリードが許してくれるとは思えない。
思い悩んでいると、コンコンとノックが鳴った。
「は、はい!」
返事をした時、声が上擦ってしまった。
「私だ。入るぞ」
父王・ロファールの声だった。
「えぇっ!?ちょっと…」
有無を言う前に入ってきたので、荷物を隠す暇は無かった。
こんなにもコソコソビクビクせねばならないなんて、確かにレシエの言う通り泥棒をやっているような気持ちになってきた。
早速父王は四つ程ある大きな鞄に目をやった。
「おや…やけに多い荷物だな。どうした?」
「えっと…その…レシエさんがソフィアに遊びに来なさいって言ったから、早速行っちゃおっかな〜って思ってたの!」
嘘を吐く事が得意でないサーシャは、やはりわざとらしい嘘を言ってしまう。というより、挙動不審になるので誰でも見抜けるのだった。
「ほう、ソフィアへか。それも良いかもしれんな…で、ジュノーンを捜す宛はあるのか?」
「え、えっ!?どうしてそれを!?…じゃなくて、そんなはず無いよぉ。私はただソフィア産の紅茶を頂きに…」
必死で思いつく嘘に縋っている娘を見て、ロファールはやれやれと言った表情で遮った。
「何年お前の親をやっとると思っておるのだ。そんな事、ここに来る前から解ってるぞ」
彼の後ろから、リーザ王妃とアフリードも入ってくる。
「全くです。親を甘く見てはなりません」
リーザがムスッとした表情を見せる。アフリードは苦笑していた。
サーシャは意気消沈し、しゅんとした。
バレる前に逃亡しようとしていたのに、これでは外出許可も出そうにない。
ジュノーン捜索計画は最初から失敗してしまったのだ。
どうやって説得しようか考えていた時だった。両親の言葉にサーシャは驚愕する事になる。
「行ってきなさい、サーシャ」
「えっ…?」
「元を正せば悪いのは我々だ。彼を捜す事に反対等するはずが無い…」
ウエルト王女は戸惑っていた。
まさか許可が出るとは考えてもいなかったからだ。
「時間はかかってもいい…必ずジュノーンを見つけてきなさい。二人が帰国した時には式を挙げよう」
「式…?」
先程枯れたはずの涙が、また溢れてきた。今日だけで一体どれだけ泣ければいいのだろう。
「彼がウエルトを継ぐかどうかはその時にもう一度考えてもらえばいい…何よりお前が想う人と結ばれて欲しいのだ」
「ジュノーンの故郷はウエルトです。確かに彼がした事は許せる事ではありませんが、原因を作ったのは私達…償わせて欲しいと、彼に伝えて下さい」
父王は鳴咽を堪えるサーシャの髪をくしゃくしゃと撫でた。
「泣き虫なのは相変わらずだな。先が思いやれるぞ」
「全くです…あなたが選んだ道なのですから、諦めてはダメですよ?」
「はい、お父様、お母様…サーシャは必ずジュノーンと共に戻ってきます!」

それから間もなくして、サーシャはアフリードによってブラードへと届けられた。

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