サーシャFC

ローデシア戦記

作・エクリクシス様

序章


リーベリア大陸より遥か西に、ローデシアという大陸がある。
この大陸では三国の間で百年以上前から戦乱が続き、今尚終わる気配は無い。
三國百年戦争…後世ではそう語られている三国の対立である。
それまでこの三国は小競り合いはあったものの、それなりに平和を保っていた。しかし百年前、この三国の兵士がローデシア大陸の中心にある自由都市・ウィンザの飲み屋で一人の女性を巡って喧嘩となり、一人が剣を抜いた事が原因で戦となった。
本人達はまさかそんな大きな戦争になろうとは夢にも思わなかっただろうが、長引く戦争のきっかけがささいなものという例は少なくない。
しかし、その戦いは今休戦状態となっていた。三国とも戦争どころではなくなる程深刻な問題を抱えていた。
正体不明の怪物達に、各国一個中隊が滅ぼされてしまったのだ。
醜い怪物達は三国の戦の真っ只中に空から現れ、雷や炎を使って兵達を一網打尽にしたという。
このローデシア大陸では武器で戦う事が一般なので、魔法はリーベリア程普及していなかった。ワケがわからぬまま全滅した事は言うまでもないだろう。
その報告を受けた各国は慌てて使者を出し、守りに専念する事にしたのだった。
百年も戦争が続いているだけあって兵士や傭兵一人一人は相当強く、怪物とも昼間に白兵戦になったら互角以上に戦える。しかし、魔法を使う怪物などと戦った事が無い彼等は、夜襲にまでは対応できなかった。怪物は闇の空から現れ、いきなり炎球や雷で攻撃してくるのだ。
今のところその三国は上手い対策も練れず、日が沈む事に恐怖に苛まれなければならなかった。
ローデシア大陸の南にある砂漠の傭兵王国『軍人奴隷朝』は各国が団結して怪物に備えるべきだと訴えたが、西の遊牧民国家『ゴット族』は他国の力を借りるのは不要と断り、北の国『神聖フラウル帝国』も難色を示していた。
軍人奴隷朝の王は今はそんな面子にこだわっている時ではないと憤慨したものだった。
しかし、そんな事を言えるのは軍人奴隷朝が傭兵主体であり、対した規律が無いから言えるのだ。ゴット族は傭兵どころか自分の民族しか信じていないし、神聖フラウル帝国は騎士団主体で聖職者の権力も大きい。文化や規律の違いを乗り越えるのは難しいと思われた。
しかし、どの国も君主は有能で、それなりの手段を出すはずだ。各王は魔神対策の為、町に一人いるかいないかの魔法使いを血眼で捜しているのだった。

しかし、彼等が一つ見誤っている事がある。
それは、このローデシア大陸に国は三つしかないと思っている事だ。
ローデシア大陸の中心都市・ウィンザから遥か北西の“黒の森”といわれる森の奥地に、一つの古城がある。
そこは数百年前に滅びた名も残っていない小さな国の廃墟となった城だ。
そこに、人は暮らしている。
数はそれほど多くない。
しかし、この大陸には無いはずの宗教を崇拝し、騎士・魔女・神官や司祭などが一目を憚る様に隠れて生きていた。
――ガーゼル教。
それは数年前、リーベリア大陸での邪神戦争で滅ぼされたはずの邪教だった。
無論、教皇はいない。

邪神ガーゼルがユトナの勇者達に敗北した後、彼等生き残った残党は必死に逃げたのだった。
リーベリアに居場所が無い事をわかっていた彼等は、ただひたすら西へ突っ切った。
野獣や蛮族と戦いながら“名も無き山”を越え、遥々このローデシア大陸へと渡った。
それからも彼等の生活は楽ではなかった。武装集団が快く思われるはずも無いと予測していたガーゼル残党は中心都市へは行かず、更に北西へ向かってこの森へ入った。仮に都へ行っていたとしても、彼等は全く金を持っていない。行っても無駄と判断したのだ。
森の中では動物がいるので、それを狩って喰った。途中から自分達は蛮族と大差無いのではないかと思ったが、ただ生きる為に恥さえ忍んで蛮族の真似事した。
そしてこの古城を発見し、ようやく定着した生活を送れるようになった。
最初はただの廃墟だったが、掃除と修築を毎日繰り返して、一応城と呼べるものになった。城の周りには畑などを作り、今は完全に自給自足が出来るようになって生活は安定している。
長かった、と彼等をここまで率いてきた魔女はその様子を見て呟いた。
一体何人が死んだかも解らない。蛮族や獣に殺された者、飢えで死んだ者…辛く長い旅だった。
幸にもこの古城の中には金や武具が残っていた。多少の食糧も買える。
勿論、戦争などする気は全く無い。
ただ影ながら自分達の信じる神を信仰できればいい、その思いでここまで来たのだった。
彼等を率いてきた魔女…それはかの教皇グエンカオスの右腕にしてゾーア帝国皇帝の愛人だった女性、カルラはそう思っている。
彼女は死んだはずだった。
邪神の祭壇での最後の戦いの時、異常に魔法耐性力が高かった天馬騎士に不覚を取って深手を負い、その後に黄金の騎士にトドメを刺されたのだ。
殺されるのならば、せめて息子に殺されたいと願っていた。それがただ一つの思い残しだった。
しかし、彼女は土の神殿で目覚めた。周りには生き残った暗黒騎士や魔女が数百人いた。
自害しようとした騎士も何人かいたが、彼女は彼等に生きる事を説いて聞かせた。
生きているからには生きる権利がある、と。
カルラの考え方は死を通して相当変わっていた。
それは自分が大地母神の愛によって救われたという事に気付いたからかもしれない。
確実の死よりも、例え僅かな可能性であれ生存の可能性に賭けたいと思ったのだ。邪教徒にも生きる権利はあるはずだ。
そして彼女達ガーゼルの残党は別の地で生きる事を選んだのだ。
(この私が大地母神に救われるとはな…)
カルラは自嘲の笑みを浮かべて自らの手を眺めた。
今まで何人もの優れた人物を消してきた魔女である自分に、生の素晴らしさを教えたわけではあるまい。おそらく苦しんで生きよ、という事なのだろう。
カルラにしてみれば、上等だった。今でこそ静かに生きているが、いつかは必ずガーゼルの神殿を取り戻す気でいる。生きてさえいれば、可能性はあるのだ。
(後悔するがいい、大地母神)
カルラはそう思ってあれから生きてきた。逆に、そう思わないではやってられない旅だったのだ。
「カルラ様、お客人です」
ふと思考に浸っていると部屋の扉が叩かれ、今は仮面をつけていない騎士が一礼する。
「客?私に?」
そんなはずは無い、とカルラは思う。
ここに自分達が住んでる事など誰も知らないはずなのだ。
嫌な予感がした。
「どのような奴なの?」
「はい、見掛けはただの傭兵です。カルラ殿に会わせろ、としか言いませんので…それに、その人物は我らがガーゼル教徒である事を知っていましたし」
それに名まで知っているという。カルラの中で危険察知能力が働いた。
「…ユトナの英雄ではないでしょうね?」
「違います。ユトナの英雄ならば、あれほど邪悪な気を放つとは思えませぬ」
騎士は僅かに怯えているようだった。
カルラはそれを見て苦い笑いを漏らした。まさか邪教徒である彼等が邪悪な気に怯えるとは、以前では考えられない話である。
そう、カルラは彼等の洗脳を解いていたのだ。その上で自分に着いて来るかを選ばせていた。
そして、全員がカルラと共に西へ来た。さすがにこれには彼女自身も驚いたが、味方が多いに越した事はなかった。現に、誰か一人欠けていたなら今ここで暮らす事など不可能だったに違いない。
実のところ、彼等ガーゼル教徒が崇拝しているのはもはやガーゼルではなく、必死に生を訴えていたカルラになっていたのだ。かの崇高なる魔女は望んではいないが、彼女の為なら命は簡単に捨てられる、と騎士は思っている。
「まあ良い。その者を通せ」
はっ、と騎士は返事をし、客間からその邪悪な気を放つお客人を部屋へ招き入れた。
その傭兵風の男は、長い黒髪が顔にかからぬようバンダナを巻き、竜鱗の鎧をつけていた。腰にはローデシア大陸でしか手に入らぬ曲刀を持っていた。顔に大きな火傷の様な痕がある。
確かに背筋が凍る様なく殺意にぎらついた紅い瞳を持っていた。
カルラはすぐにこの者が下界の人間ではない事に気付いた。
「お掛けなさい。高価なソファーでなくて申し訳ないけどね」
その傭兵風の男と、対面になって座る。彼はアッラシードと名乗った。
その名はこの地では、軍人奴隷朝の過去の英雄の名で知られている事を彼女は知っており、我が児をかの英雄の様に、という願を込めて子にその名を与える親は少なくない。要するに、砂漠の国では割とよくある名前なのである。
カルラは生活が安定してから、中心都市ウィンザにてこの地の情報収集をしていた。今となっては、この地の大体の事は知っているつもりである。
「…して、傭兵殿が何の用です?仕事を探しているのならば、北の帝国や砂漠の国に行った方がよろしいのではなくて?」
水で冷やした薔薇水を彼に注ぎながら問う。答え次第では消さなければならないと彼女は思っていた。
しかし、アッラシードはその質問には答えなかった。
「我の目的はリーベリアの征服である」
ほう、とカルラは少し驚いた様な顔をしている。この地にリーベリアの事を知る人物がいるとは思わなかったのだ。無論、ガーゼル教を知っているならばリーベリアを知っていてもおかしくはない。
カルラの知る戦後リーベリアは連合国家状態。それを征服したいというのだから、中々面白い。
「そして、その為にはこの地を統一させねばならないと思っている」
「…何故そうなるのかしら?」
魔女は口元に笑みを作った。明らかに嘲笑の響きがある。リーベリア征服にこの大陸を上げる意味が解らないのだ。
「私が見たところ、貴方はこの世ならぬ邪悪な魂をお持ちでしょう。その力は我等が神に次ぐであろうもの…所詮は人間であるリーベリアの民に、貴方を止められるほどの人物がいるとは思えないけど」
「気づいておられたか。できるだけ力を抑えていたのだがな」
傭兵風の男は苦笑を漏らした。
さすが教皇グエンカオスの右腕だった女だ、と同時に感心もする。
彼は“マールの獅子王子”リチャードと同化していた時期があり、彼の記憶からガーゼル関連の出来事も大体は理解している。
そして、この地は彼の部下である魔神から情報を得ていた。
「ふふっ…ようやく解ったわ。ここ最近、戦になると現れる怪物というのは貴方の部下ね?」
カルラも怪物の噂は町でよく耳にしていた。戦になると多数で現れ、そして毎日の様に各国に夜襲をし、三国の英雄達を苦しめていると聞いている。
「よくご存知で。いかにも、我が部下達だ」
「そんな部下がいらっしゃるのに、どうしてリーベリアに苦戦するのでしょう?」
町の噂では、その怪物達の強さは人間の比ではないらしい。強靭な体を持ち、強力な魔法も使う…英雄が多いリーベリアとて、勝てるとは思えない。もっとも、目の当たりにしたワケではないから断言もできないが。
しかし、アッラシードという男は話題を少しづらしてきた。
「カルラ殿はジュノーンという人物を知っておられるか?今では“漆黒の聖将”とまで言われている、紛れもなくリーベリアの英雄だ」
「ジュノーン!?」
カルラは血を吐く様に忌々しい名を口にした。
忘れるワケがなかった。彼女は一度、ジュノーンと闘い殺されていると言っても過言では無い。“魔法の秘薬”エリクサーが無いと確実に死んでいたのだ。それから彼女はゾーア帝国の王・バハヌークにジュノーン討伐を命じさせたが、誰も彼を倒せなかった。
「その様子では、縁は浅からぬ様だな。では、“ウエルトの王女”サーシャは?」
「サーシャ…?」
勿論カルラもその名は知っていた。しかし、容姿までは覚えていない。
「青い髪をした天馬騎士だ。もっとも、今では天馬騎士としてよりも“光の王女”として名が知れているがな」
この顔の傷もあの女につけられた、とアッラシードは付け足した。
(…青い髪の天馬騎士!)
カルラの記憶に、思い当たる人物がいた。
邪神の祭壇で自分に致命傷を与えた女だ。彼女には何故か魔法が効かず、成す術もなく瞬間移動で逃げたところを黄金騎士に斬られた。
情けない幕切れだった。
「“光の王女”とは古来にいた女神の化身だ」
「女神ですって?女神とはユトナや大地母神の他にいるとは聞いた事が無いわ」
アッラシードは首を横に振り、創世紀の頃にまで話を遡らせた。
この世は昔、魔界と物質界は一つの世界だった。
魔界の住人は、アッラシードを始めとする魔神達や、妖魔だ。その上に魔神皇というものが存在するが、神々により魔界の奥底に封印されたという。
物質界とは今ある世界、所謂人間の世界だ。
何故この世に魔物が蔓延るかと言えば、それは先に述べた様に昔世界が一つだったからである。
しかし、あまりに魔神や妖魔が人間に対して殺戮を繰り返したので神は怒り、世界を二分した。
大半の魔神や妖魔は魔界に放り込まれたが、何人かの魔神は神の力から逃れた。
アッラシード…いや、魔神エクリクシスもその一人だった。
他には闇魔神や風魔神もいたが、彼等は魔神としてはあまりに大人し過ぎた。天界の神々は人を襲わぬのならと、彼等の物質界で生きる事を許した。
しかし、エクリクシスはそうではなかった。人を喰らい、いずれは神を滅ぼそうと考えていた。
神々がそれに対して繰り出したのが…“光の王女”だった。
主神の愛娘であった“光の王女”は闇魔神と風魔神の力を借り、悪しき魔神の討伐を開始した。
下位魔神はそのまま滅され、倒すのが難しい上位魔神は全て“光の王女”に武器の中に魂を封じ込まれていった。その中には炎の魔神や氷の魔神もいたが、彼等は天界に持ち帰られたという。
エクリクシスは最後まで戦った。しかし、風と闇の魔神魔法、そして神聖魔法に勝てずに結局剣に封じ込まれた。
そして役目を終えたとして、自ら武器となる事を志願したのが闇魔神と風魔神。未来の勇者の為に。
“光の王女”も同じくして、聖なる王女の資格を持つ体へと時を経て転生する。その能力が発動する時もあるし、しない時もある。時代が彼女を求めれば能力が覚醒するのだ。それは二つの魔神武具も同じである。
それから幾千の時を経て、エクリクシスは蘇った…リチャードの体を乗っ取る事で。
カルラはあまりに現実離れした話に、戸惑うしかなかった。そして、それを信じろというのも無理があった。
その様な文献は今まで見た事が無いのだ。
「…それで、私にどうしろと?」
嘘であれ真実であれ、事情は解った。しかし、何故その“魔神様”が辺境の邪教徒の城へ来たのかが解らない。
「先にも言ったように、我の目標はリーベリア征服だ。しかし、“漆黒の聖将”ジュノーンと“光の王女”サーシャがこの世にいる限り、それは叶わぬ。そして、二人はこの大陸に現れるだろう」
魔神武具の所持者と“光の王女”が全て同じ時代に覚醒し、結びつかれるといくら上位魔神と言えども打つ手はない。だからこそアッラシードは風魔神の力を持つ“戦乙女”と“光の王女”を個々に潰そうとしたのだが、見事に返り討ちにあった。
その時に確信した。
魔神だけでは勝てぬ、と。
「我等と共に戦うのだ。リーベリアを征服した暁にはガーゼル教を国教としよう。ガーゼルの祭壇も戻ろう」
「…とても魅力的な言葉だけど、お断りするわ。仮に、たった二百人足らずの“人間”があなたと組んで何になると?戦慣れしたこの大陸の兵達に勝てるとも思わない」
カルラは慎重に言葉を選んでいた。
下手につっぱねてこの世ならぬ者の恨みを買うのも困るからだ。彼女達はただ静かに信仰を守りたいだけなのだ。
しかし、魅力も感じているのは確かだ。自分の恣意だけで仲間に戦をさせるワケには幾いかなかった。
彼女はもはや魔女でも皇帝の愛人でもなく、女王の役割を担っていたのだ。
「いや、勝てる」
「…なに?」
「この大陸の戦士は魔法に慣れておらぬ。それはここ数日の戦いで解った。ガーゼルの魔導師と我が強靭な魔神が組めば何とでもなろう」
「…嘘では無いでしょうね?」
しかし、カルラの心に制禦がかからなくなってきたのも事実だった。
カルラとて悔しさが無いワケではない。自分の信じる神を滅され、数多の信者が殺されたのだ。
信者がいる限り、その神を否定するのは許されない。例え邪教であったとしても。
山越をした時にも、こんな辛い思いをするくらいなら戦って死ぬべきであったと何度も思ったが、その戦力が無かった。戦って勝機があるのならば、戦いたいだろう。それは皆も同じだ。
何度ユトナの軍に殺される悪夢を見たかも解らない。
「嘘だと思うならこの辺境で生を全うするのだな」
カルラは暫く黙り込んだ。内心では必死で葛藤を繰り広げていた。
そして、勝ったのは…
「…解りました。貴方と同盟を結びましょう。ただ、人間は魔神程強靭ではないわ。兵の命が危ないのなら迷わず撤退させます」
「よかろう」
アッラシードは微笑み、祝杯を交わした。
この時、“後”ガーゼル教国が興された。
兵力は僅か二百人に加え、魔神というローデシアには過去になかった国が突如現れたのだ。

そして、それは三國百年戦争の終結をもたらした…。

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