サーシャFC

1章・英雄見参


風が自由都市・ウィンザを吹き抜けた。
この都市は北の帝国、南の砂漠の国、西の遊牧民国家から等距離にある自由都市で、どの国の支配も受けていない。逆に、どの国も支配してはならないという暗黙の了解があり、都市も守備隊を設置してある。
近くに大河が流れ、気候も過ごし易い。しかし、どこか物々しい雰囲気だった。
この町には商工業者が住み、相互扶助の為のギルドを作っている。農民は作った作物を売る事は許されるが、住む事は許されない。あとこの町にいる者は、各国から食糧や武器を売買する為に来る兵士や隊商、或はどこにも仕えていない傭兵くらいなものだ。
各国対立中ではあるが、町中での私闘は何があっても許されない。百年前の教訓で決まっており、もし破ったならば国に帰る事無く処刑される。
対立中であるのにも関わらず、敵意を露にできない…これがこの町の物々しさの正体である。
そんな中、怜利な面立ちの美青年と少し幼さが残ってはいるが、こちらも綺麗な顔立ちの青髪の少女がこの都に降り立った。
東のリーベリア大陸の英雄である“漆黒の聖将”ジュノーン。腰より長く伸ばした金髪を後ろで緩く一つに束ねているが、女性と見紛う繊細な美貌と細身の割に軟弱な印象は全く無い。
そして女神の魂を受け継ぎし“光の王女”サーシャ。膝が向きだしの白色の短衣を着て、胴はウエルトの紋章が象られたベルトで締められている。金属光沢を放つ銀色の胸当てを着こなしているが、とても愛らしく慈愛に満ちた表情をしている少女。
彼等はこの地に逃げてきた魔剣“エクリクシス”の亡霊・アッラシードを追い掛けて遥々この地へ来た。魔神達に制圧されてるワケでは無さそうなので、まず安堵の息を吐く。
ジュノーンはリーベリアの通貨が全く役に立たないであろう事は見越していたので、リーベリアを経つ直前のイストリアの町で銀と食糧に注ぎ込んでいた。
食糧はあって困るものではないし、銀はそのままこちらの通貨に両替できると思っていたからだ。
そして、その予測はやはり正しかった。
リーベリアの通貨をそのまま持ってきてしまったサーシャは嘆いたものだ。
とりあえず彼等は銀をローデシア通貨に両替し、食事を取る事にした。
未知の大陸の料理に興味はある。
しかし、期待は外れて食生活はリーベリアと大差が無いらしい。メニューを見てもそれほど変わりはなかった。
サーシャは残念がっていたが、ジュノーンは安心していた。腹を壊す様な食べ物はできるだけ食べたくない。
「これからどうするの?」
サーシャは寝癖で変な方向に跳ねた髪を手で押さえて整え様と試みていたが、今は諦めて食事を堪能している。昨日は野宿だったので、朝に髪を濡らして直す事ができなかったのだ。それでも空を飛んでいるジュノーンの盟友である古の破壊竜・ジュリアスの背中で寝るよりはマシだ。眠っている間にバランスを崩して落ちるかもしれないと考えると、恐くて寝れたものではない。
「とりあえず情報収集と寝床探しだな」
ジュノーンはナプキンで口元を拭いて答えた。
彼等は全くこの大陸については無知だ。下手に動き回るのは得策ではない。
ベッドで寝れると聞くと、サーシャは途端に嬉しそうになる。
やはり王宮育ちの彼女には野宿は中々慣れないし、体も洗えない。
昨日の野宿でもジュノーンは気遣って飲み水を沸かした湯で体を拭けばいいと言っていたが、さすがにそれは気が引けた。それに、いくら背を向けててくれるからと言って、最愛の人の前で体を拭くなんて事はサーシャには不可能であった。
「じゃあ、宿賃渡しとくから、宿はサーシャが探してくれる?」
「うん、サーシャにお任せです♪」
ガッツポーズを見せるが、ジュノーンは逆にどこか不安を覚えた様だ。
三時間後に今いる酒場に集合と決めて、ジュノーンは早速外へ出た。
それを確かめると…
「あ、すみませーん。苺が乗ってるケーキ下さい!」
こっそりデザートを頼んでみたりする。
ケーキが来るまで辺りを見回していると、さほどリーベリアと変わりがある様には見えなかった。
ただ、商人風の人が多く、色んな国の鎧を来た兵士もいた。店の女の子はせっせと働いている。
あまり柄の悪い人がいないので、サーシャはほっと安堵の息を吐く。
そして、階段の上にある矢印の方へ目をやると…『宿』と書いてあった。
(あっ、探す手間が省けた!って…私が物凄く暇になっちゃうんだけど…)
ジュノーンに着いて行けば良かった、と今度は退屈そうな溜め息を吐くが、ケーキが運ばれてくると、ぱぁっとサーシャの顔は明るくなった。
「いただきまーす♪」
サーシャは早速ケーキを口に入れる。
(ジュノーンには悪いけど…おいし♪)
あまりに彼女が美味しそうに食べているので、店の女の子も笑っている。
「そんなに喜んで食べてもらえると、作るあたし等も嬉しいよ」
エヘヘ、とサーシャは照れ笑いをする。
店の女の子は見た感じサーシャより少し年上だった。少し長めのダークブラウンの髪を、二つにして括っている。
明るくて可愛い女の子という印象を受けた。
「ねぇねぇ、それよりさっきの黒い鎧の美青年は恋人かい?」
からかう様にツンツンとサーシャを指で突く。サーシャは顔を紅く染めながらも、コクリと頷いた。
こうやって彼を自分の恋人と公に言える事さえまだ彼女は慣れていない。
「あははっ、あんた可愛いねぇ。見ない顔だけど、旅の人かい?」
「はい、東のリーベリアから来ました」
「…東?って事はあの山越えてきたのかい?」
サーシャが頷くと、信じられない、という顔をしている。
「凄いねぇ…あそこは“邪竜山”ってこっちじゃ呼ばれてて、悪い竜が住んでるって伝説が昔からあるから誰も近寄らないんだよ」
実際見た人いないんだけどね、と舌を出してウェイトレスは言う。
迷信は信じない主義、という事だろう。商売をやる上では関係無いからかもしれない。
「私達は山は越えましたけど、登山したワケじゃないんです」
「じゃあ、どうやって来たんだい?」
目を丸くして聞き返してくる。
「どうやってって…空を飛んで。私は天馬騎士で、彼は竜騎士だから」
破壊竜の事は出さない方が良いと思ったので、黙っておいた。
しかし、ウェイトレスは目を点にしている。
「て、天馬に竜って…東の国にはそんなおとぎ話みたいな生き物もいるの!?」
そうかと思えば、次は目をキラキラ輝かせる。表情がくるくる変わって、話していて凄く楽しいとサーシャは感じた。
「うん、どこにでも居ってワケじゃないけどね」
「へぇぇ…世の中広いねぇ。今度一回見せておくれよ」
サーシャは快く頷いた。
どうやら西の大地では竜も天馬もいないらしい。
だから東の山が“邪竜山”という名であってもただの迷信と割り切っているのか、と意外な気持ちになった。
「あ、言い忘れてたけど、あたしナターシャっていうの。よろしくね!」
「私はサーシャ。早速こんなに素敵なお友達が出来るなんて夢にも思わなかったよ♪」
「やだ、素敵だなんて…久しぶりに言われたから照れちゃうじゃない」
本当に照れたのか、頬が少し紅い。てっきり看板娘で褒め慣れていると思っていたのである。ちなみにサーシャは可愛いとは言われるが、綺麗とは言われた事は殆ど無い。
今は他に客もいないので、とうとう先程までジュノーンが座っていた席にナターシャが座った。
こうなったら女の会話は止まらない。
「あ、ナターシャさん。お宿を探してるんだけど…」
「そうなの?じゃあうちで泊まっていきなよ。二階で叔父さんがやってるの」
「うん、勿論そのつもりだよ♪」
「そう来なくっちゃ!割り引く様に叔父さんに言っとくよ。うちの宿は他と違って、ハーブで作った洗髪剤があるの。あたしも使ってるんだけど、汚れも落ちてすっごく良い匂いなんだから」
そう言って、サーシャの鼻元に自分の髪を持ってくる。鼻から息を吸い込むと、話の通り甘くてとっても良い匂いが鼻を通じて体の中に入ってきた。髪を触らせてもらうと、とてもサラサラしていた。
リーベリアにも洗髪剤はあるが、これほどの質のものは無い。
「良いなぁ…私もこれ欲しい!」
「でしょー?あとはね…」
こうして乙女達の会話はジュノーンが帰って来るまで続けられた…。



ジュノーンは色んな人に話を聞き、大体の情報は掴んでいた。
三国が長期戦争中である事、魔神と思われる怪物が最近になって現れた事。そして三国の国情。
そろそろサーシャとの待ち合わせの時間なので、ジュノーンは先程の酒場に戻ってきた。
中から女性二人の笑い声が漏れてくる。
扉を開けてみると、案の定というか、サーシャが店の女の子と話していた。
(まさか宿探しするの忘れてたワケじゃないだろうな…)
どこか抜けてる彼女の事だから、十分に有り得る。しかし、彼はサーシャのそんなところも好きだった。
「あっ、王子様がおかえりだよ」
からかう感じでこちらを指を差す。ジュノーンは苦笑して会釈をした。
「じゃあ、あたしは仕事に戻るね。叔父には“ナターシャ割引”って言えば通じるから」
「うん、ありがとー♪」
手を振って厨房に戻ると、ジュノーンは怪訝そうな顔を向ける。
「ナターシャ割引?」
「うん、ここの二階が宿屋さんで、ナターシャの叔父さんがやってるんだって」
ふぅん、とジュノーンは頷いてカウンターを見やった。
今、そのナターシャは遅れた分慌てて準備をしている。夕方に差し掛かる時間故、これから忙しくなるのだろう。
ジュノーンの視線に気付くと、元気良く手を振った。
きっと皆から愛されてるんだろうな、とジュノーンは思い、それに応えると荷物を持って二階に上がった。
ナターシャの叔父と思われる人物に、“ナターシャ割引”と言うと、渋々と値段を半額にしてくれた。あいつのせいで商売上がったりだ、と苦い笑いを漏らしている。
部屋に案内してもらうと、サーシャは早速浴室へと入り、洗髪剤らしきものを見つけて満足そうに微笑んだ。
「それがどうかした?」
「すっごく髪にいいんだよ。ここにしか無いんだって。ジュノーンも使うでしょ?」
ジュノーンは頷き、サーシャの手から洗髪剤を受け取った。二人共清潔好きなので、結構そういった事は気が合う。彼が野宿の時にサーシャを気にするのは、そういった面があるからだ。
とりあえず彼は水浴びを済ませ、早速そのここにしかないという洗髪剤を使ってみたが、あまりの質の良さに感動を覚えたほどだ。髪の長いジュノーンにとっては有り難い品だった。今しがた水浴びを終えたサーシャも同じらしく、機嫌は良い。
「これ、一杯買おうね♪」
ジュノーンもサーシャと同じ意見だった。リーベリアに帰る時は山程買って帰るつもりだ。
それから彼等は暫く雑談を交わし、夕飯まで楽しい一時を過ごした。



ジュノーン達は夕食後再び部屋に戻り、今後について話す事にした。
本当は階下の酒場でも良かったのだが、誰かに聞かれて混乱が生じる可能性が無い話でもない。
なぜなら、彼等は正体不明の怪物を知っているのだから。
魔神はどうやら戦の最中に現れるのが主らしい。
夜に現れるのは一匹や二匹で、闇から攻撃して僅かでも戦力を減らしたと見なすとすぐに帰る。おそらくこれは恐怖心を煽る為のものだろうとジュノーンは予測している。
「じゃあ、今にも現れるかもしれないんだよね?」
もう八時を回り、辺りは真っ暗だ。サーシャは壁に立てられているウエルトの宝剣“マインスター”を横目で見た。
「いや、それは多分無い。どうやら魔神はここ、ウィンザでは夜襲をしていないらしいんだ」
「どうして?」
どうしてと聞かれても、ジュノーンにはわかるはずが無い。わかっていたらもっとアッラシード討伐は楽に進むはずだ。
しかし、あの狡猾なアッラシードの事だ。何か企んでいるに違いないと彼は確信している。
「それは解らないけど…とりあえずどこかの国に傭兵として仕えるのが得策かもしれないな。ここは年中戦争ばっかしてるみたいだから、きっと休戦もすぐに解けるだろうし」
とりあえず魔神と遭遇せねば話にならないという事だが、サーシャは複雑そうな表情を見せた。彼女としてはできるだけ無駄な争いをしたくないのだ。
「…それで、どこの国に行くの?」
それでも反対する様子を見せず、彼女は説明を促した。
反対しても仕方ないし、今のところそれが一番というのも解るからだ。それに、自由都市ウィンザが狙われないのであれば今日知り合ったナターシャも安全なはず。魔神がいつまでもここを狙わないとも限らないので、彼女に被害が及ぶ前に魔神を倒さなければならい、とサーシャは思った。
「まぁ、別に国はどこでも良いんだけどな。サーシャが行きたいとこで良いよ」
そう言いながら、ジュノーンは三国の説明を始めた。
――北の神聖フラウル帝国。
首都はコンスタンチノープルで、建国者の名前をそのまま都市名にしている。現王は“赤髭王”の異名を持つフリードリヒ大王。数々の武勇を誇り、怪力から繰り出される二本の大剣から逃れられる者はいないと言われている。武力だけでなく治世に関しても優れているが、口煩い貴族や宗教上のしきたりに縛られて思う様に動けていない。北の土地は痩せていて農業生産力は悪かったのだが、三圃制という耕地利用法を編み出し、水車を導入してからは一転して生産力が大幅に上がり、国は食糧・資金の両面で豊となった。今このウィンザに並んでいる食物も大半は北国のものだという。そしてそれ等が豊になると人口も増える。しかし、金と食い物、そして兵数はあるが有能な人物に欠いていた。よって、この国はフリードリヒ大王一人が必死で支えていると言っても過言ではない。宗教は光の神“フラウル”という聖なる神を崇拝し、それが国名の由来だ。主力は聖騎士部隊。現在魔法使いと有能な傭兵を急募集している。
――南の軍人奴隷朝。
首都はアッコン。昔に傭兵が一代で築き上げた国からそう呼ばれるようになった。現王は“剣匠”の異名を持つユースフ=マフディー。彼は外来の王でこの大陸出身では無い。剣で右に出る者はいないと言われている。武力に加えて傭兵王らしく柔軟な思考も持ち合わせており、今回も三国が力を合わせて怪物と闘うべきだと諸国に訴えている。砂漠の国故に農業生産力は全く期待できないが、その分海に面しているので貿易で遣り繰りしている。武将にも有能な人物が多いが、傭兵を多大に雇わなければならないのに加え、食糧は完全輸入な分資金不足になりがち。宗教は“戦の神”を崇拝している者が多いが、国教ではない。主力は傭兵部隊だが民兵やラクダ兵、そして象兵部隊もいるので軍事力だけ取れば突出している。傭兵は常に募集中。
――西のゴット族。
首都はカタドール。遊牧民国家で、昔はただの部族の集まりだったのがいつの間にか国になっていたらしい。現王は“蒼狼”の異名を持つヴラド=バーン。三国の王が同時に闘えばおそらく彼が勝つだろうと人は噂し、弓と槍の技術は神の域と言われている。彼の子孫も皆恐ろしく武術に長けている。この民族自体相当な頑固者の集まりで、部外者は一切入れようとしないので謎の部分が多い。草原の国故に牧畜が主流で、完全な自給自足。しかし、怪物襲来で一番打撃を受けているのはおそらくゴット族であろうと言われている。個々の騎兵は優れているのだが、何せ数が少ない。怪物の奇襲で相当な兵を失ったが、彼等は視力と弓の技術が高いので空舞う怪物も見事打ち落とし、一番怪物の夜襲に対応できている国ではある。それでも毎夜死人が出ているのも確かで、日々兵力は下がっていると言われている。
主力は狩猟騎兵で、騎射戦術という手綱を操作しながら弓を射る能力を持っている。
「まぁ、ざっとこんなもんかな」
ジュノーンは本日得た情報を大体話した。
西のゴット族は傭兵募集してないので、選択肢は北か南という事になる。
サーシャは暫くの間考えていたが、なかなか結論は出なかった。
ただ、サーシャが問題点と思った事は、軍人奴隷朝には傭兵が沢山いるという事、もう一つは砂漠そのものだった。
ジュノーンが理由を聞くと、笑える答えが帰ってきた。
砂漠は髪がパサつくし、日に焼ける。水が貴重であるだろうから、水浴びができないという点。
そして傭兵が多いと柄の悪い人もその分多いという事だった。
何ともサーシャらしくて可愛い理由だと爆笑してしまう。
「もぉ…そんなに笑わなくてもいいじゃない」
サーシャとしては必死に考えていたのだ。色白な彼女は砂漠の強い陽射しを浴び続けると熱を出してしまうかもしれないし、リーベリア傭兵軍を編成した的も荒くれ者が多かったのが印象に残っている。親しくなったら問題無いのだが、恐い人はやはり苦手だ。
「ははっ、悪かったよ。俺も行くなら北かな、とは思ってたんだ。砂漠だと暑いから鎧脱がなきゃいけないしな」
給料も北の帝国の方が高いと見込んでいる。そして、今魔神に総攻撃を仕掛けられたとしたら滅ぶのは神聖フラウル帝国だろう。金と食糧がいくらあっても戦には勝てないのだ。
「そ、それなら最初から北に行くって言えば良いじゃないっ」
「いや、一応サーシャの意見聞いた方が良いかなって」
まさかそんな笑える答えを頂けるとは思ってなかった、と付け加える。しかし、これはあくまでもサーシャへの愛しさの表れなのだ。
青髪の少女はそんな事など知らず、恨めしい視線を向けていた。からかわれたと思っているのだろう。それを裏付けてしまうものが彼女の過去にあったのも事実。邪神戦争が終わってから一時期の間、彼はサーシャをよくからかって遊んでいた。
「おい、何本当に怒ってんだよ。冗談じゃないか」
ぷいっとそっぽ向く。勿論本気で怒っているワケではない。仕返しに少し慌てさせてやろうと考えていたのだ。
するとジュノーンは彼女の横に座り、何をするのかと思って横目で彼の手を追っていると、そっと前髪を上げて…いきなり額に口づけたのだ。
「だから、ゴメンって。な?別に悪気があったワケじゃなくてさ」
やられた、とサーシャは即座に思った。全身の血が沸騰したかの様な気分になり、おそらく顔も赤くなっているだろう。
一枚も二枚もジュノーンの方が上に思えてきた。
「ジュノーン、狡い…」
耳まで真っ赤にして恥ずかしがっているサーシャを微笑ましく思いながら、彼女の青い髪を撫でた。ふわっと新しい洗髪剤の香りがジュノーンの鼻を擽る。自分の髪も同じ匂いのはずだが、サーシャの方が遥かに良い匂いな気がした。
二人っきりで、こうやって旅をして過ごすのも悪くは無いとジュノーンは内心で思う。しかし、それはあくまでも彼の望みであって、サーシャは王宮でゆっくり暮らしたいに違いない。
(まぁ、まだ考える時間は沢山あるしな…)
ジュノーンはもう一度、今度は唇に口づけてから早めの睡眠を取った。



「えぇっ!?もう行っちまうのかい!?」
翌朝、旅の準備をしているとナターシャが叫ぶ様に抗議してくる。
「もっと居てくれたって良いじゃない!何ならもっと割り引いてあげるからさぁ」
「ごめんね。私達にはどうしてもやらなければならない事があるの…」
「そう…まぁ、あたしにお客さんを止める権利は無いからねー…」
しゅんとするナターシャ。サーシャも同じだった。
ジュノーンは今更ながら気付いたが、サーシャには同年代の女友達がいない。
マール宮廷魔術師のエリシャやサリア天馬騎士三姉妹、あとは弓戦士ルカの姉が友人としているが、少し年が離れている。サリア天馬騎士三姉妹に関しては従姉妹だ。
極端に同年代の友人がいないサーシャにとって、このナターシャには特別な思い入れがあるのかもしれない。
「お客さんだなんて言わないで。私とナターシャはもうお友達よ?きっとまた遊びに来るから」
「ほんとかい?約束だよ?」
「うん、約束♪」
サーシャは自分の小指をナターシャのそれに絡ませて、再会を誓約した。
これはリーベリアで子供達が約束事をする時にやるもので、破ったら罰を与えるというものだ。
ジュノーンはそんな二人のやり取りを微笑ましく思いながら眺めていると、不意にナターシャは彼の方を向く。
「彼氏さん、サーシャを頼んだよ!ついでに戦争終わらせてね」
「いや、どさくさに紛れてそんな事頼まれても困るんだけど…」
この大陸の事をまだ殆ど知らないのに、それはムチャというものだ。
「ほらほら、男がそんな細かい事を気にしない!それとも顔だけじゃなくて心まで女なの?」
「ナターシャ、それ言うとジュノーン怒るから」
禁句禁句、とサーシャが口に人指し指を立てて一応注意してるが、顔は笑っている。
ジュノーンが憮然としたのは言うまでもない。
「そうなの?ま、綺麗な顔して生まれたんだからもっと胸張りなよー!気にしない気にしない♪」
「だってさ。よかったね、ジュノーン♪」
そして二人してころころ笑う。
ジュノーンはそのノリについて行けず、果てしない頭痛を覚えた気がした。
その時ナターシャが天馬と飛竜を見たいというので、都の外まで連れていって笛を吹いて呼ぶと、ナターシャは大層はしゃいでいた。
ジュノーンは今知ったのだが、こちらの世界では竜も天馬もいないという事を聞いて、ナターシャを都の外まで連れて来てよかった、と内心思った。魔神と一戦交えるまで目立ちたくは無い。
それから間もなくして、ナターシャに見送られながらリーベリアの英雄二人は、北の大地へと向かった。

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