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黒の森の奥、後ガーゼル教国の砦では、今迄通りにガーゼル教徒達が生活を送っていた。しかし、人々の表情からは生気が漲っている。
カルラの提案を、皆受け入れたのだ。西を制圧し、再びリーベリア大陸を支配する夢を彼女と共に見ていた。
彼等は母国と国教を叩き潰された屈辱を忘れてはいなかったのだ。
魔神という異界の生物に頼る事は気に入らないが、今はあまりにも数が少ない故に仕方が無いと割り切るしかなかった。
利用するだけ利用して、殺してしまえばいい、と暗黒騎士達は考えている。
今は数こそ少ないが、いつかの様に暗黒騎士軍団が整えば敵は無しと彼等は信じて疑わない。
しかし、砦の最上階では“魔剣の亡霊”であるアッラシードという男が荒々しく扉を閉めた。
魔女カルラは何事かという様子でそちらに視線を送る。
「どうした?機嫌が悪そうね…」
カルラは妖艶な笑みを作って問いかける。
他意は無いのだが、こういった笑みを作るのが癖となっていた。
こうしていれば男に殺される事はないと経験が物語っているのだ。しかし、魔神にもそれが通用するのかと考えれば微妙である、
「我が部下が計九人もやられた。北の帝国では二、砂漠の国では七人だ」
彼の話では、北ではフリードリヒ大王とエルフの魔法戦士にさえ気をつければ問題なく、南でも数を増やせば大きな損害を与えれるとの事だった。
しかし、それ等は彼の予想を裏切り、最小限の損害で魔神達を全滅させたという。
「あなたの予測も宛にならないのね」
「黙れ…侮辱は許さぬぞ。ジュノーンさえ現れなければこうはならなかったのだ!」
「ジュノーンが!?」
その言葉はカルラも驚いた。
彼女にとってジュノーンとは忌むべき存在。まさかこれ程早くに西の大陸に来るとは考え難かった。
「驚くべき事はそれだけではない。北にはジュノーンと“光の王女”、そして南にも手強い連中が現れた」
「手強い連中…リーベリアの者かしら?」
「うむ。貴女方ガーゼル教にとっては最も忌むべき者達だ」
「まさか…!」
そこでカルラの脳内に数名の名が浮かんだ。
そしてアッラシードは、せの浮かんだ名を順に読み上げていく。
「邪神戦争の英雄である、リュナン・ホームズ・シゲン・カトリ・メーヴェ・シエラ…知っている名であるはずだ」
知らぬはずが無かった。
ゾーア帝国は実質リュナンとホームズの二人に潰されたようなものだ。そして聖竜の巫女もいるという。
カルラ中で勝機は確実に無くなりつつあった。ましてやジュノーン達と手を組まれてはどうしようもない。
以前とは比べものにならぬ程小国となっている後ガーゼル教国ではすぐに潰されてしまう。
まだ存在が公になっていない事だけが唯一の救いがある。
やはりこのまま平穏に暮らした方が、身の安全を考えるなら正しい。しかし、それはガーゼル教徒としての誇りが許さなかった。ましてやリュナンは彼女の弟の命を奪っている。
その名を聞いて、抑え込んだはずの怨みが沸々と蘇ってくる。
「魔神達で南の国に総攻撃を仕掛けてみてはどうかしら?」
「それではこちらの損害が大き過ぎる。いくら強靭な魔神と言えども、数はもはや五百に満たぬのだぞ。その後が続くまい」
だからこそ兵を小出しにして夜襲を仕掛けて、心理的に恐怖を植え付けて行っているのだ。
敵を死兵としてしまってはこちらの被害も大きくなる。
最小限の被害で最大限の効果を、というのが目標である。
できるだけ魔神とガーゼル教徒を戦に使いたくないのが本心だった。
しかし、それでは三国を同時に相手をする事は不可能である。
「…確かに、カルラ殿の言う通り一つ一つ潰して行くしかあるまいな。さしずめ、リーベリアの英雄がいないゴット族あたりが一番楽だろう」
「何を言ってるのよ。さっきは損害を出すわけにはいかないと言っていたでしょう?ゴット族は数こそ他より多くないものの、とてもではないけど損害を出さずに制圧する事など不可能よ。騎射戦術にはあなたの魔神もてこずっているじゃない」
騎射戦術とは、馬で移動しながら弓を射る技術だ。
常人離れした視力から、的中率も高い。
リーベリアの英雄達が現れるまでは、一番苦戦していたのがゴット族だ。
それが原因かどうかは知らぬが、ここ数日はゴット族への夜襲は行っていない事をカルラは知っていた。
「…カルラ殿は死霊術というものを知っておられるか?」
「死霊術…ネクロマンシーというやつね?」
ネクロマンシーとは死体を操る術である。細かい命令はできないが、死体は痛みを知らず、頭を砕かれない限りひたすら敵の肉を求めて戦ってくれる。しかし、死者に対する冒涜として大昔に封印されたとカルラの記憶は教えていた。リーベリアに今も残るゾンビの杖というものがあるが、あれも死霊術の一種である。おそらく邪悪な魔導師が研究材料を拝借し、後世に残したのだろう。
「それを使う、と。でも、死体は何処にあるのかしら?」
魔神が魔術師としても能力が高い事も知っていた。暗黒騎士達の中では、才能がある者は魔神から魔術を教わっている者もいるほどだ。
おそらく死霊術も修得しているのだろう。しかし、死体を動かすにせよ、死体がなければ意味がない。
「無駄に夜襲をしているわけではない。毎夜死体を山奥に放置している」
なるほど、と魔女は頷いた。
死体集めと心理的恐怖…それが夜襲の目的である。
戦中故、戦いの後は死体が転がっていたし、今では千近くの死体が山奥の洞窟に溜め込まれている。
あまりの異臭に、その近くには動物すら寄ってこない。
魔神に死体…とことんな邪悪な国になってしまうわね、とカルラは心中苦笑を漏らした。
「召喚の杖は残っているか?」
「確か骸骨兵の杖がいくつか残っていたわ」
オーガ、ゴーレム、ハーピィの杖などを持っていたが、山越えをした際に使い切ってしまった。
今手元にあるのは骸骨兵の杖が数本ある程度だ。
「充分だ」
アッラシードは対ゴット族の戦略を語った。
正午に一息抜いている彼等に、まず正面から千のゾンビの襲わせる。その後ろに祈祷師をつけ、骸骨兵を召喚させる。祈祷師の護衛として魔神を二体つけると彼は言った。
ゴット族は三国の中で一番迷信深い事で有名だ。彼等は占いのお告げを重要視し、それにより戦の陣を決める。
死体が襲いかかってきたとなると、彼等はすぐに狂乱するだろう。ただでさえ魔神襲来で彼等は日々祟りだと怯えて生きている。一番夜襲に対して対応はできているが、その効果を一番示している国とも言えた。
そして頃合いを見計り、今度は魔神と暗黒騎士団、魔術師でゴット族の背後を奇襲する。
王であるヴラド=バーンを真っ先に倒し、降伏を勧める。名のある戦士はなるべく生け捕りにし、後にガーゼルの洗脳をする為だ。そして死体は新たな兵となる。
これでかなりの数になるはずだ。そして兵糧を蓄えられ、そのまま資金も入る。
「中々大胆ね」
しかし、後ガーゼル教国が一気に飛躍する為にはこれを実行しなければならない。
「まぁ、嫌いではないけれどね」
成功すれば、北の帝国と砂漠の国に負けぬ程の力を持つ事ができる。
まずリュナン達を血祭に上げ、その次はジュノーンに自分を侮辱した過去を償わせる…実現が不可能と思われた復讐が、次々と浮かんでくる。
柄にもなく、カルラは胸が熱くなるのを感じた。
「我がヴラドを倒そう。カルラ殿は魔神と騎士を率いて上手く戦って頂きたい」
「ヴラドと一騎討ちですって?…大丈夫なのでしょうね?彼は歴代ゴット族の王として最強と謡われているわ。槍術と弓術は神の域に入るとか…」
「我は魔神を束ねる者ぞ。ただの人間には負けぬ」
「ふふっ…凄い自信ですこと。まぁ、危なくなったら加勢してあげるわ。あなたに死なれては私の野望まで費えてしまうのでね…」
“魔剣の亡霊”アッラシードは、含み笑いを見せてそれに答えた。
「戦は三日後。兵達に準備をするよう伝えておけ。我は死霊術の儀式を行う」
アッラシードはそれだけ言い残し、窓の外から翼を広げ、飛び立った。
カルラはその後姿に少したけ頭を下げ、微笑した。
異界の悪魔であるとは言え、彼女はあの魔神が結構気に入っていた。姿形こそ人間のものを借りているだけなのだろうが、精神的に人間に近い。
彼はそれをリチャードの狂気に感化されたと分析していたが、カルラもそう思っている。
あまりに考え方が人間らしく、何処か愚かしい。しかし、力にもなってやりたい。
意外に健気だからかもしれない。
最初こそ暗黒騎士達と同様で、利用するだけ利用して始末すれば良いと考えていたが、今ではそんな考えとなっていた。
魔神こそガーゼルを利用するだけかと思っていたのだが、どうやら本当に共闘を願っている様なのだ。
野望の実現を目指すべく仕方のない事なのだろう。
それこそ、彼が最も人間らしい部分である。
(せっかく生き延びたのだから…これぐらいの楽しみを持っていいでしょう?)
腹の底で大地母神を嘲笑い、彼女は庭へ出た。
「聞け、皆の者!我が後ガーゼル教国の旗を上げる時が来た!!」
後ガーゼル教の初の戦は近い。
そしてそれは、戦乱の中で新たな戦乱が生まれる事を意味していた…。