サーシャFC

2章・三國百年戦争の終結


千の兵がガルガメラ荒野で対峙していた。北の神聖フラウル帝国と南の軍人奴隷朝の二国の兵である。
ガルガメラ荒野は自由都市・ウィンザからおよそ東に二十キロ程の距離にあり、この荒野に棲息する生物は殆どいない。今回北の帝国と南の奴隷王朝がこの場で戦うのは三度目であり、後世では第三次ガルガメラ戦役と言われる事になるのだが、この戦はローデシアで勃発した戦の中で最も戦死者が少ない事で有名になる。それも当たり前の話で、両国は決着をつけるつもりで出兵しているワケではないからだ。両国の目的はローデシアを蹂躙する怪物達を一掃する事で共通しているのだが、表向きに同盟を組んでいるワケでも密書を送ったワケでもないので、相手国が互いの意図を読んでいるかも些か不安であった。しかし、もう何度も戦を重ねてきた有能な国王同士だ。お互いの気心は友人以上に解り切っている。
その事を、ジュノーンの報告によりフリードリヒ大王は確信した。
「敵兵は象兵五十、ラクダ兵三百、それに歩兵を合わせておよそ千程。近くに伏兵がいる気配はありません」
ジュノーンは空からの偵察結果を大王の天幕にて報告した。
空からの偵察…今迄のローデシアには無かった事だった。過去、ローデシア大陸にはジュノーンの様な竜騎士はいなかったのだ。
「やはり相手も同じ事を考えていた様でございます」
大王の異名を持つフリードリヒ二世は、うむ、とジュノーンの言葉に頷いた。
北の帝国の兵数も聖騎士四百に歩兵六百と、数は少ないが丁度千だ。
今回の戦を提案したのはユースフ・マフディーだった。
少数精鋭を千人程を互いに向き合わせ、戦うフリをして魔神が現れれば、二国が協同で戦う…それが目的だ。表向きに同盟が結べないのであらば、裏で結ぶしかない…幸にも魔神はローデシア大陸に存在する三国では共通の敵であるので、現れれば必然的に協同戦線を結ぶ事になる。
実はジュノーンも同じ事を考えていて、協同戦線を示唆する様な宣戦布告を奴隷朝に送る様進言した時に、その奴隷朝の使者からマフディー王直筆の書が届けられたのだ。
『我ら、精鋭千騎でガルガメラ荒野に出陣する。貴公も同数精鋭で出陣されたし。“戦”を終わらせ様ではないか』
これは表の意味では宣戦布告だが、裏の意味では協同戦線を張って共に戦おうという事だ。
フリードリヒ大王は喜んで出陣の準備をしたものだ。
実は彼も、そしてユースフ・マフディー王も今は国土拡張には全く興味は無く、三国が団結して人知を越えた怪物と戦う事を望んでいる。だが、北の帝国では聖フラウル教会が力を持っており、さしもの大王も好きには動けない。つい先日も教皇インノケンティウスは『教皇こそが太陽なり。皇帝は月に過ぎぬ』と自分の優越性を表す言葉を堂々と言っていた。教皇はその気になれば国王ですら教会破門にする権力があるのだ。
そして、異教徒達を滅ぼす対象としか見ぬインノケンティウスが他国との同盟など認める筈がない。故に、今回の戦は聖フラウル教会を欺く為の戦いなのである。
両国王共に兵達には対人間では本気で戦うなと言っている。彼等の戦いは人ならぬものが現れてから始まるのだ。空は快晴とまでは言わないが、良い天気なので、魔神が空から来ればすぐにわかる筈である。
「怪物共はまだ来ぬか」
大王がジュノーンを見て訊いた。
「今のところ気配は感じません。奴等、いつもはどの様なタイミングで現れるのです?」
「今迄は白兵戦にもつれ込んだ時だな」
「…ならば、やはり形だけでも戦うしかありません」
美青年は答えた。
今回の戦では、ジュノーンは参謀としての地位を与えられている。将軍達は不平不満を叫んだが、これは敵が人ならぬもので、しかもジュノーン達の方が怪物に詳しいと言うのであらば、当然の人選であった。そもそも、大王としてはジュノーンに将軍職を与えても良いと思っている。彼が他の口と身分だけの使えない将軍なぞよりも遥かに才があるのは目に見えて解っているのだ。今回の戦の活躍次第では、客将軍として正式に迎えようと思っているのだった。
そして、その美青年の恋人である青髪の少女サーシャはと言うと、恋人の横で緊張した面持ちだった。彼女は戦には参加せず、伝令と治療の係を志願した。魔神が出たら戦うが、人間とは戦えない、と言うのだ。ローデシアに数少ない魔法を使えると言うので、惜しいと言えば惜しいのだが、本人がそう望むならば仕方ないと大王は思っている。大怪我ですら完治させてしまう彼女の聖なる光には、神や迷信なぞ信じていなかったフリードリヒ二世ですら女神が降臨したと思った程なのだ。怪我人や死者の数が減るのであらば、それに越した事はない。
「戦場にはある種の狂気が付き纏う。本気で戦うなと言っても限度があるであろう…」
大王は開戦を躊躇っていた。
最初の一時間で魔神が現れなかったなら、おそらくただの戦争に雪崩込む。表面的には敵とし内面では味方となるなぞ、軍同士では不可能に近い。しかも、兵の中にはこの出兵の真の意図をちゃんと理解していない者も多いだろう。乱戦となった時に魔神に出て来られると、何の為に兵を率いたのか解らなくなってしまう。
ジュノーンもその辺りの事は解っていたが、公に同盟宣言が出来ないのでそれは仕方が無い。
「ならば、俺が止めましょう。とりあえず敵味方関係なく、死者を出したくない」
「出来るのか?そなたの乗る竜だが、ローデシアではおとぎ話の様な存在だ。怪物と勘違いされてはそなたが総攻撃を受けるかも知れぬぞ」
「そちらの方が好都合です」
ジュノーンは微笑み、恭しく礼をした。
フリードリヒ大王は美青年の思考を読み取り苦笑した。要するに、自分だけが狙われるのであらば対処は簡単だ、という事だろう。圧倒的な力に自信が無いと言えない。
こやつは余の器を遥かに越えておる、と大王も何となく悟り始めていた。リーベリアの民が聞けば、そんなの当たり前だと言うだろう。東の大地で“漆黒の聖将”ジュノーンと言えば、もはや神として讃えられているのだから。
その神の力を、彼等はこのあと見る事になる。



戦が始まった。
北の帝国の歩兵部隊が密集形態(ファランクス)を取りつつ、ゆっくり前進した事が開戦の合図だ。
それに対して、奴隷王朝の傭兵部隊が軽い攻撃を浴びせる。まるでチャンバラと思うくらい、情けない戦いだった。
しかし、チャンバラ戦は最初の三十分で終わってしまった。傭兵の軽く振った剣が、帝国歩兵部隊の首筋をまともに捉らえてしまい、絶命させてしまったのだ。傭兵はすぐに謝ろうとしたが、三十分の間は防御としてしか使われなかった歩兵部隊の長槍が怒号と共に傭兵の胴を貫き、すぐさま両陣営が危惧していた乱戦に縺れ込んだ。
「ちぃッ、馬鹿者が!」
こう同時に呟いたのは、両国の王である。敵兵を殺してしまって舌打ちをしたのはおそらく初めてであろう。
「ジュノーン、頼んだぞ。怪物共が来る迄に乱戦を終わらせよ」
「承知しました」
ジュノーンは一礼してから天幕を出て騎竜に跨がったが、恋人であるサーシャが心配そうに彼を見つめていた。
「サーシャ、魔神が来てないかに注意を払っておいてくれ。くれぐれもムチャするなよ」
「うん…ジュノーンも気をつけてね?」
「俺を誰だと思ってるんだ」
ジュノーンは苦笑してから、すぐ帰ってくるよ、とだけ愛する人に言って空を舞った。

乱戦は最前線の歩兵部隊五十人足らずの場だけで行われていた。後ろの弓兵部隊と聖騎士部隊は微動だにしていない。敵もラクダ部隊と象兵部隊を動かす気は無さそうだった。
(確かに不自然な戦だよな…)
上空から見ていてジュノーンは思った。
普通、戦とは弓兵同士の弓合戦があって、次に白兵戦に移るのだ。
魔神達を待ち伏せしているのがあららさま過ぎて、奴等も警戒したのかも知れない。
ジュノーンはそう思いつつ急降下して、乱戦の真ん中で叫んだ。
「頭を冷やせ!お前等が相手にするのは人間ではないだろうが!!」
突如空から美青年が登場したので、一瞬場が固まった。
帝国部隊からは、「おぉ、ジュノーン殿だ!」と彼を敬う声がしたかと思うと、今戦の意味を思い出し、主戦場から後退し始めた。数日前の魔神撃退により、今北の帝国でジュノーンの名を知らぬ者はいない。
しかし、これに素直に納得できないのは傭兵部隊である。いきなり空から現れ、しかもその美青年は今迄見た事もない恐ろしい生き物に乗っているのだ。簡単に「そうだった」と引き下がれ無い。
「こ、こいつは何者だ!?」
「空から現れやがった…!」
「そういえばこいつが乗っている生き物、この前夜襲をしてきた怪物に似ているぞ!」
「魔の者か!?」
魔神と似ていると言われては飛竜も迷惑窮まりないが、魔神の中にも竜頭のものがいるから、そう勘違いしても仕方が無い。
「おのれ、帝国め!奴等遂に魔の魂を売ったか!?」
そう誰かが叫んだのがキッカケで、今度はジュノーンに敵が殺到し始めた。
一度は後退した長槍部隊が慌ててジュノーンに加勢しようとしたが、彼はそれを拒んだ。
「下がっていろ」
それだけ言って、ジュノーンは鞍にかけてあった鉄製の長剣を抜いた。
“魂喰い”ではない。伝説の魔剣は彼の背中にかけられたままだ。しかも、この剣は練習用の剣で先が丸く削られている。彼に殺意が無いのはあからさまだった。
それに気付いた傭兵達がナメられていると勘違いし、各自得意とする武器を振り上げて一斉に襲いかかってきた。
しかし、ジュノーンは少し笑っただけだった。
飛竜の腹を蹴り、炎を吐かせて傭兵達をたじろがせると、あとは一瞬だった。練習用の剣にも関わらず斧を柄の部分から切り落とし、剣の平で仮面や鎧の上から殴りつけ、十人と居た傭兵達は瞬く間に地面に這いつくばった。しかも、全員生きている。大半が打撲や脳震盪、少し酷い者で骨折をした程度である。
「もう一度言う。今お前等が戦うべき相手は人間じゃない」
帝国軍からは歓声が響き、傭兵達は呻いた。
実力差は歴然である。しかし、傭兵達にもプライドがある。
「おのれ、ナメるなッ!」
彼等は気合の声を上げてリーベリアの戦神に立ち向かっていった。
ジュノーンは舌打ちをして、彼等を迎え撃った。



「よぉ、乱戦を防ぐのは俺等の役目じゃなかったか?」
そう不満気に呟いたのは、ゾーアの魔剣士ことシゲンだった。
横に居た弓を持った冒険者風の男・ホームズも不満気だった。
ジュノーンがフリードリヒ大王から乱戦を止める様任されたのと同じく、彼等も又、ユースフ王から乱戦になったら止める様任されていたのだ。
「しかも竜騎士だと?リーベリアの奴か?」
「いや、あんな竜騎士見た事ねぇ。あれ程の腕があるなら噂ぐらい聞く筈だ」
竜がローデシア大陸に棲息していないのは、以前来た時に既に知っている。故に、二人はかの竜騎士がリーベリアから来たのではないかと推測した。同じ大陸の人間ならば無闇に攻撃するワケにも行かない。しかし、リーベリアで有名な竜騎士となると、カナン三連星のジュリアス、その妹のレシエ、そしてユトナ軍に従軍していたラフィンぐらいしか彼等の頭には残っていなかった。
ジュノーンが世界的に有名になったのは、ユトナ聖戦が終わってからだ。ホームズ達が知らなくとも無理はない。
彼等が思考を巡らせている間に、傭兵達は一人、また一人と打ち倒されていた。無論、殺されてはいない。
「ちっ…これ以上怪我人を出されると迷惑だ。ホームズ、アイツを止めろ」
「偉そうに…俺に命令すんじゃねぇ」
文句を言いつつもホームズは弓を構え、リーベリア随一と謡われる豪弓を放った。

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