サーシャFC

2


少し上空に上がろうとした時、風を裂く矢の音がジュノーンの耳を貫いた。その音から無意識のうちに矢の方向と速さを計算し、舌打ちと共に剣をそちらに振るう。
狙いは違わず矢を見事に叩き折ったが、その矢はジュノーンの腕にわずかに痺れを覚えさせる程の威力だった。
そちらを見ると、冒険者風の男と剣士風の音がいた。弓を放ったのは冒険者の方らしい。
彼等こそユトナ聖戦の英雄・ホームズとシゲンであるが、勿論ジュノーンは知らない。
ホームズ達はこちらに向かってゆっくりと歩いてきた。
「やめとけ。お前等じゃそいつには勝てねーよ」
冒険者風の男が不服そうに傭兵達に言った。どうやら弓を弾かれたのが腹立たしいらしい。それはもっともで、彼の矢を弾いた人間は初めてだったのだ。
「怪我人はカトリ達んとこ連れてってやんな。そいつの言う通り、人間同士で斬り合ってる場合じゃねーのも確かだしな」
ホームズが言うと、傭兵達は倒された仲間を背負って後方へと行った。
この僅かな期間で、ジュノーン一人にやられた人数は二十を越えていた。
シゲンはそんな彼等を横目で見やりながら、ジュノーンに訊いた。
「さて、竜騎士。一つ質問なんだけどよ、お前女じゃねぇよな?」
実のところ、シゲン達は驚いていた。この竜騎士は鬼神みたいな強さを発揮していたにも関わらず、近くで見ると女の様に美しいのだ。いや、女より美しいと言った方が適切かも知れない。
「残念だな。こう見えても一応男なんだ」
ジュノーンは自嘲的な笑みを見せて答えた。一々怒らなくなったのは、それだけ彼がオトナになったという事だ。
「なるほど、安心したぜ。じゃあ俺と一騎討ちなんてどうだ?」
シゲンは愛剣を抜き放ち、構えた。
「良いだろう…」
そういう事か、とジュノーンはフッと笑った。
この二人が“強者”たるオーラを放っているのは、ジュノーンも一目見た時から気付いていた。手を合わせたくなるのは、戦士としては当然の心理だ。
ジュノーンは飛竜から飛び降り、シゲンから十歩程前に立った。
「おいおい、竜騎士が竜から降りちまってどうすんだよ」
ホームズが驚いた様に言った。竜騎士が竜から降りてしまっては、ただの騎士に成り下がってしまって意味がない。それはリーベリアでの兵法では常識だった。従って、竜騎士は城内戦に殆ど参加しない。空があっての飛竜なのだ。
だが、神の前では常識なぞ役に立たない。
それを証明するかの様に、ジュノーンは不適な笑みを見せ…次の瞬間、その十歩の距離を縮めてシゲンに練習用の剣を振り降ろしていた。
(なッ、迅ぇッ!)
シゲンは目を見張った。一体いつ彼が自分の目前迄迫ったのか全く解らなかったのだ。油断していたとは言え、これ程遅れを取ったのは初めてだった。
しかし、彼とて伝説の剣士の息子である。そのまま斬られる程マヌケではない。反射的に愛剣“デュラハン”でジュノーンの剣を防いだ…が、その一瞬にシゲンの腕に信じられない圧力がかかった。押し潰されるのではないか、と本気で思った程だった。だが、その圧力はほんの一瞬の間だった。同時にパキィンという音と共に、ジュノーンの剣がちょうど刃の真ん中の辺りから折れたのだ。彼が使っていた剣は先程の練習用の剣なので、ジュノーン自身の力とそれに反発するシゲンと魔剣の力に耐えきれなかったからなのだが、折れた剣の刃は数十メートル先迄飛んで行った事から尋常ではない力で剣が振り降ろされたという事が見て取れる。
シゲンは彼の背にある馬鹿長い剣を抜かせない為にも、すぐさま反撃に出た。
ジュノーンは舌打ちと共に後ろに跳んだが、逃がすまいとしてシゲンはそれに追い縋って斬撃を放つ。その斬撃はまるで鞭の様にしなり、周りの両軍の兵達にはシゲンの剣の動き等全く見えなかった。
だが、ジュノーンには見えていた。その証拠に、彼は魔剣を抜かずとも足捌きと上体を反らすだけでその斬撃を避けていたのだ。
(こいつ、かなり強いな…)
ジュノーンは思った。
剣を抜く時間を与えてくれない。おそらく、過去自分が葬った親友のオルテガ級の強さであるだろう。
昔の彼だったならば互角か僅かに勝っているかぐらいの差だっただろうが、ジュノーンとてこの数年間遊んでいたワケではない。この目の前にいる二人の英雄以上の偉業を成し遂げてきたのだ。
次の瞬間けたたましい金属音が響くと、シゲンの剣は止められた。何と、ジュノーンは折れてしまった剣で突きを繰り出していたのだ。しかも突きの対象は人ではなく相手の剣だった。敵の縦斬りに突きを合わせて、魔剣“デュラハン”を折れた剣に食い込ませて相手の動きを一瞬だけ停める…まさに神技である。
美青年はにやりと笑い、折れた剣を手離し、距離を瞬く間に空けた。
シゲンが慌てて折れた剣を振り払って次の攻撃を仕掛け様としたが、その僅かな時間でも剣を抜くには充分だった。
魔剣“魂喰い”が抜き放たれた。
シゲンは追撃の最中だったが、手を止めて後方へと跳び退いた。
飛び込めば殺される…そう咄嗟に感じたのだ。
(な、何者だこいつ…!?)
ホームズは呆然と一騎討ちを見ていた。
剣と剣の対決で、ゾーアの魔剣士と迄言われた親友がここまで苦戦しているのを見た事が無かったのだ。
いや、苦戦と言う表現すら正しくない。
シゲンの額からは汗が溢れ出ているにも関わらず、ジュノーンはまだ汗すら流しておらず、呼吸も殆ど乱れていなのだ。
圧倒的な差だった。
しかも、漆黒に輝く魔剣を抜いてからは信じられない程の殺気を放っている。とても人間のものとは思えなかった。
「さぁ、こっからが本番開始だ…」
美青年がそう呟いた時だった。少女の呼ぶ声により、一騎討ちは中断させられた。
その声は何と空から降り注いだ。
「ジュノーン、王様から伝令だよ!今回は魔神も出て来ないから、撤退するんだって」
天馬に跨がった少女・サーシャがジュノーンだけを見て言ったから気付かなかったのだろう。ホームズとシゲンが、口をパクパクさせて驚愕の表情をしていた事に。
「わかった。でも、今は危ないからどいててくれ。一騎討ちの最中なんだ」
「えッ、そうなんだ。ごめ…」
今頃になって一騎討ちの最中だと気付いたサーシャが、恋人と戦っている相手を見てこちらも驚愕の表情になった。
「ほ、ほ、ホームズ!?それにシゲンまで…どうして二人がここに!?」
「そ、それはこっちのセリフだぁッ!お前こそ何で敵国にいるんだよ!!」
ホームズは唾を飛ばしながら吠えた。
二人の困惑は当然の事だった。
どちらも、この大陸にはいる筈もない人間なのだから。
(ホームズにシゲンだと…!?)
その事実には、さしものジュノーンも驚いた。
まさかリーベリアの人間、しかもユトナ聖戦の英雄達にこんな異境の果てで会えるとは夢にも思っていなかった。シゲンは“ゾーアの魔剣士”として、傭兵時代は“黒き死仮面”ジュノーンとどちらが強いか、と言う論議がよくされていたので、知らぬ筈がない。しかもホームズはと言うと、サーシャの母であるリーザ王妃の前夫との子であり、サーシャの義兄に当たる人物なのだ。ジュノーンとも深からず関係は人物達である。
ローデシア大陸に来てから世界は広いという認識を改めて持ったのだが、見事にそれを否定された。
「お、おい、この人達知り合いなのか?」
「それより女の馬を見ろ。羽根が生えてるぞ!一体帝国は何処からあんな人材を見つけてきやがったんだ!?」
帝国軍、傭兵軍双方からそんな囁き声が聞こえてきた。
ジュノーン達にせよ、ホームズ達にせよ、両軍にとっては切り札的存在だ。その二組が知り合いだと言う話が広まると、何かと怪しまれて動き辛くなる。
「…サーシャ、再会の挨拶はまた今度にしてくれ。今この場ではまずい」
ジュノーンは声を潜めて言った。
サーシャは頷き、ホームズ達も視線を合わせて頷き合った。
「…来週の今日、ウィンザで合流しようぜ。リュナン達も連れてくからよ。場所は南門でいいか?」
「うん。カトリちゃん達にもよろしくね」
ホームズの提案を承諾し、互いの軍を共に撤退させた。
サーシャが伝令に来た時に、傭兵軍にも撤退命令が下っていたのだ。
かくして魔神は現れる事なく、第三次ガルガメラの戦いは終わった。
死者数は双方合わせても五人、怪我人の大半はジュノーンにやられた三十人で、ローデシア史上最も死人が少ない戦いとなった。
しかし、歴史的意義はとても大きな戦であると言える。
リーベリア大陸の英雄達が、異国の地で出会ったのだ。
この出会いがローデシア大陸の歴史に大きな変動をもたらす事になるのは、言うまでもない。



「まさかホームズ達と会うなんて…世界って思ったより狭いんだね!カトリちゃん元気かなー…あぁッ、早く皆と会いたいッ」
サーシャは帰り道一人で再会に興奮して喜んでいたが、ジュノーンとしては喜んでばかりもいられなかった。
何故魔神が姿を現さなかったのか…やつ等が現れなければ全くの無駄足なのだ。食糧や軍資金を無駄に使ってしまい、戦果も挙げられなかった。
その面で考えるとホームズ達と逢えた奇跡ぐらいしか喜ばしい事が無いが、それを喜ばしいと思えるのはジュノーン達だけで帝国側には意味がない。
(…そうかな?)
おそらく、奴隷王朝の王も相当有能な人物だ。ホームズ達の器も知らぬまま使っているとは思えない。
ならば、外交上として利用もできないだろうか?
今回の様な狂言の戦は何度やっても全く効果は無い。やはり二国、或はゴット族も交えて、三国が連携して戦わねばならないのだ。
ジュノーンは帰りの道中その事ばかり考え、首都・コンスタンチノープルに着いたらすぐさま国王に謁見を求めた。
帰国後すぐ故に断られる可能性もあったが、ジュノーンの謁見は意外にも認められ、ジュノーン達は慌てて国王の元へと向かった。

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