サーシャFC

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ジュノーン達がコンスタンチノープルに戻った頃、西の遊牧民族ゴット族の集落・カタコンベでは、信じられない光景が目の前に広がっていた。
死体の群れが集落に迫って来ているのだ。
事の始りは日没後すぐだった。
見張りの兵の腐乱死体の群れが歩いているという、一見信じ難い報告が入ったのだ。
何人かの首脳陣が半信半疑ながら集落の入口に向かうと、そこには一万程の死体が並んでいた。胃液を吐き散らし、彼等はゆっくりゆっくり歩いて来る。
「ば、バカな…こんな事があって良いのか!?」
震えながらこう呟いたのは、ゴット族の族長・ヴラド=バーンの第一子であるトゥルイであった。父には敵わぬものの、戦場では数々の武勇を誇り、弓の技術では父に匹敵すると迄言われている。次期族長が確定している人物である。
そのトゥルイですら、この光景に恐怖を感じた。生きた人間相手ならば遅れは取らないが、何せ死体である。その歩く死体の中には、先日怪物に殺され死体を連れ去られた仲間のものもあったのだ。
「わ、私は悪い夢でも見てるんでしょうか…?」
横にいた兵が歯を震わせなが訊いた。
「俺も夢であると思いたいが、これほど意識がはっきりしている夢もなかろう…」
あまりにも現実離れした光景から呆然と立ち尽くしてしまっていたが、トゥルイは頬を叩いて思考を巡らせた。
何せ、死体が歩く等という事態に彼等は出くわした事がないのだ。茫然自失するのも無理はない。
「あの怪物共の仕業か…!」
この異常過ぎる事態に思い当たるのはそこしかなかった。
数ヵ月前から突如現れた謎の怪物共、即ちリーベリアから流れてきた魔神達なのだが、彼等の様な異界の存在もローデシアでは有り得なかったのだ。
「フラグ、兵を総動員せよ。絶対に集落の中には入れるな。まず女子供を集落の中心に集めるのだ」
トゥルイは冷静に状況を分析して、フラグという男に指示を出した。
今、周りにはおよそ二百程の騎兵しかいなかった。これだけで抑え切れる人数ではない事は明白である。
「兄上はどうするのですか!?」
フラグは問い返した。フラグはヴラドの第二子に当たる人物であり、トゥルイの弟だ。
「俺は父上にこの事を伝えてくる。あの怪物共の仕業である事は明白だ。前の死体ばかりに気を取られるでないぞ」
「承知しました!兄上も御気をつけて!!」
言ってから、トゥルイとフラグは別々の方向に馬を走らせた。



トゥルイの読みは正しかったが、如何為ん対策を立てるにはあまりに時間が少なかった。
簡単には死なぬ死体になかなかの剣技を持つ骸骨剣士迄もが加わり、数で圧倒的に劣るゴット族に彼等の侵入を防ぐ手立てはなかった。
動く死体発見から二時間も経たないうちに、集落内で死闘が巻き起こっていた。ゲルと呼ばれるゴット族のテントは炎上し、恐怖と絶望の悲鳴が響き渡る。
先程のトゥルイも父王・ヴラドと背中を合わせて前線が討ち漏らした死体と骸骨剣士を剣と槍を振るって葬っていた。
「おのれ…こやつ等何者だ!死体や骨が動く等有り得ぬぞ!!」
父王は剣で骸骨剣士の頭を砕き、忌々し気に吠えた。
「解りませぬ。それよりも、一旦集落を捨てて後ろから逃れましょう。ここでは動き辛い上に、女子供を守りながらではロクに戦えませぬ」
トゥルイも弓で死体の頭を射抜きつつ答えた。
集落の中で戦うのは、ゴット族にとってあまりに不利だった。騎馬術が存分に使えないのだ。
「うぬぬ…」
逃げるのはプライドが許さなかったが、民の命には代えられない。ヴラドもそう決心し、後方から退却を指示しようとした時である。
集落内を駆け回って戦っていた次男・フラグが血相を変えて戻ってき、そして最悪な報告を告げた。
「父上!後方から例の怪物と騎士、更には魔導を使う者迄現れました!」
「な、なんだと…!?」
族長ヴラドとその息子は絶望に呻いた。
兵の大半は前線で死体と骸骨相手に回してしまい、後方には数百程度の騎兵しか配置していないのだ。ヴラドも普段ならこんなミスはしないが、異常さ故に冷静さを欠いていた。突破されるのは時間の問題である。
(くっ…このままでは滅ぶかもしれぬ)
最悪の事態がヴラドの脳裏を過ぎった。もはや自分達が敵を撃退する等というのは夢物語の様に思えた。
(例え領土は失っても民を失うワケにはいかぬ!)
ヴラドは勝つ事は捨て、二人の息子に指示を出した。
「フラグよ。お前は女子供を連れ、南方の森を抜けてウィンザへ逃れよ。事情が事情だけに、保護してくれよう。もはやカタコンベは保てぬ」
「し、しかし父上…」
「これは族長命令だ!従わぬならば例え息子と言えども首を撥ねるぞ!!」
父王の言葉にフラグは悔しそうに一礼して、女子供が篭っているゲルに馬を向かけた。
その姿を見送ると、ヴラドはトゥルイに視線を向けた。
「トゥルイ、お前は前線の者達に退却を伝えた後、帝国に向かえ」
「帝国…ですか?奴等が我々を受け入れるでしょうか?」
「フリードリヒはそこまで愚かではない。我等の知らぬところで新勢力が現れた、となれば一つでも情報が欲しいであろう。それに、かの国に入った新しい二人の傭兵が夜襲にきた怪物共を一瞬で葬ったとの噂もある…その者達ならば、奴等を倒す術を知っているかも知れぬ」
藁をも縋る思いだな、とヴラドは思った。
自分の力ではもはやどうにもならない事を、この偉大なる遊牧王は悟っていたのだ。
「今我等に必要なのは領土争いではない。この異界の者共を駆逐する事なのだ。そのためにもお前達は生き残らねばならぬ…行け!」
「父上はどうするのです!?」
「後方の者達を救ったらお前達に合流するつもりだ。案ずるな」
「約束ですよ!?」
息子の言葉に父王は頷かなかった。
ただ敵を斬りながら集落の後方へと向かった。
死を覚悟した男の背中だった。
(バカな…父上より強い者なぞ存在するか!きっと怪物共を一掃してくれるに決まっている!!)
そう心の中で思いつつも、涙は停まらなかった。



カタコンベの丘から戦を冷静に眺めている男がいた。
魔剣に封じ込められていた魔神“エクリクシス”の魂が実体化した、ローデシアに蔓延る魔神達を束ねる者だ。名はアッラシードという。
その横の艶やかな女は、かつてリーベリアを闇に陥れ様としたガーゼル教国教皇・グエンカオスの右腕にして、ユトナ聖戦敗戦後はガーゼル教徒残党をローデシア大陸迄率いてきた魔女である。
現在、後ガーゼル教国はこの二人を中心に動いている。
「戦況はどう?」
カルラは妖艶な笑みを見せつつ訊いた。
「予定通りだ…が、やはり族長だけは油断ならんな」
後方からの奇襲は確かに成功した。だが、後方に駆け付けたヴラド一人に何人かの魔神がやられ、魔導師もやられた。これ以上戦力を削られると、彼等とて辛かった。
「やはり我が倒すしか無い様だな」
アッラシードは独り言を呟く様にして言った。
「観戦していいかしら?」
「好きにしろ」
カルラにそう冷たく言い放って、アッラシードは背にあるこうもりの様な翼を羽ばたかせた。
その後ろ姿を笑みを保ったまま見送り、カルラも瞬間移動の術で後を追った。

ヴラドは順調に敵を葬っていたが、魔術には相当手を焼いていた。
ローデシアの人間は魔術の耐性が無い。余程強靭な肉体と精神を持っていない限り、痛みには耐えられない。族長の周りの騎兵達は魔神の雷光や火炎、又は魔導師の奇怪な魔法で馬上から打ち落とされ、絶命していった。
彼等は一度ヴラドにより逃げる様命令されたのだが、それに逆らい残って戦った者達だった。
魔神と戦う際は、魔神一人に対して最低でも四、五人は要する。しかし、逆に四、五人で魔神や魔導師、更には騎士に攻撃されると、いかに武勇に優れるゴット族でも戦える筈がなかった。
一人、また一人とゴット族の戦士達は息絶え、遂にはヴラド独りになってしまった。
これまでか、と心中で呟いた時、魔神の後ろから声が響いた。
「そやつの相手は我がしよう」
その一声で敵勢は攻撃をやめ、道を開けた。その先には一組の男女がいた。
「貴様等が黒幕か」
ヴラドが血を吐く様にして言った。
「いかにも。こやつ等を統率する者だ」
アッラシードが冷たい笑みを浮かべて答える。
「貴様等の目的はなんだ!?このような魔術を用いて何故我々を襲う!?」
ヴラドは弓を構えて言った。
この至近距離では、ヴラドほどの達人ならばまず矢を外すことはない。即ち、常人との戦いならばまず負けることはないのだ。
「…今から死ぬ人間に語る必要はない。貴様の一族が我が配下になる、というならば別だがな」
嘲笑したようにアッラシードは答えた。
「ほ、ほざけぇぇ!!」
ヴラドの必殺の矢が放たれる。
矢は吸い込まれるようにアッラシードに向かった。
しかし、その矢はかの魔神に届くことなく彼の曲刀によってたたき落とされた。
男はあざ笑ったかのような笑みを浮かべている。
「ぐ…おのれぇぇぇ!!」
ヴラドは武器を槍に持ち替え、突撃した。
馬上から目にも止まらぬ速さで槍撃を繰り出すが、アッラシードは全てそれを避けていた。
「遊牧王とやらの実力はこの程度か。我の相手には役不足だ」
アッラシードは突き出された槍を掴み、ヴラドを馬上からひきづり下ろした。
ヴラドはすぐさま立ち上がり腰の剣に手をかけたが、もはや時遅く彼の頭はアッラシードの剣により貫かれていた。
圧倒的な実力差だった。
(ば、バカな!あの英雄ヴラドをこうもあっけなく倒すなんて…)
一騎打ちを間近で見ていたカルラは自らの同盟者に対して恐怖すら覚えた。
彼女にはヴラドの攻撃が全く見えなかったのだ。
しかし同時に、
(この男の力を以てしてもジュノーン達を倒せなかったというの?)
という疑問も浮かぶ。
彼はジュノーン達に破れたからこそ今ここにいるのだ。
(間違い…だったかもしれないわ)
果たしてそのような別次元の戦いに自分達の力が役立つのかさえ疑問だった。
カルラは今更ながら戦いに参加したことを後悔していた。

王を失った戦程あっけないものはない。
ヴラドの死が伝わると、まだ前線で死体と戦っていたゴット族達は戦意を無くし、朝を迎える前に戦は終わった。
生き残った者は自害する者や降伏する者等様々であったが、自害した者や殺された者達は死霊術で新たなゾンビとして兵となり、降伏した者はガーゼルの洗脳を受けて暗黒騎士団に加えられた。
南の森から女子供を連れて逃げたフラグ一行と神聖帝国に向かったトゥルイ以外のゴット族は全て後ガーゼル教国の新たなに吸収されてしまったのである。
こうして後ガーゼル教国はゴット族の軍資金や兵糧をそのまま入手することになり、一気に神聖帝国と奴隷王朝と肩を並べることとなった。
そして…長く続いていた三國百年戦争は、新勢力によるゴット族壊滅により終結を迎えたのだった。

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