by 大島裕二 様
宰相コッダによるウエルト王宮占拠からおよそ1ヶ月が経過した。
この1ヶ月間の間に国内は乱れに乱れ、財政も大きく圧迫されることになった。
それもこれも全て、ロファール王の留守をいいことにリーザ王妃とサーシャ王女を軟禁し、我が物顔で振る舞ったコッダの仕業である。
自らの邪魔になりそうな要因は全て左遷、投獄、処刑などの処置を行い、ある意味その悪政振りは徹底していた。
国庫があるうちはまだマシだったのだが、今では国庫も尽きかけ、さすがのコッダも真剣にこの先の事を考えなくてはいけなくなった。いくら何でも、お金がなくては部隊を動かすことも出来ないし、それ以外にも色々と不都合が起きるのだ。
それを解消するために、コッダはとてつもなく愚かな行為を行った。全国民に対して、30%の追加徴税を申し渡したのである。
コッダが国の実権を握ったときから既に、ロファール王がいた頃より税率は上がっていた。その上更に増税を行うと来たものだ、これでは自らが支配する国を潰すようなものである。
しかし、肝心のコッダはそれをわかっておらず、徹底的に民から搾取を続けた。
無論、ただ単に彼の横暴を許すような状態ではなく、コッダ勢力に反発して武装蜂起する者もいた。しかし、コッダの私兵となった者達は搾取したお金で調達した高級装備に身を包み、瞬く間に反乱勢力を黙らせた。反乱に加担した者達は、身元がわかるものは調べられた上で捕らえられ、処刑された。
身元のわからない者達は、闘技場に放り込まれ剣奴として死ぬまで戦わされた。彼らに戦勝賃金など与えられるはずもなく、与えられるのは僅かな食糧のみ。当然、餓死するものが後を絶たなかった。
これらの状況は全て、逐一コッダ自身によってリーザやサーシャに伝えられた。その度に怒りに身を震わせる親子であったが、今の状況ではどうにも出来ない。部屋から一歩も外へ出してもらえないのだ。
今日もコッダの嫌味染みた話を聞かされ、怒りを更に溜めたサーシャ。母の前だから大人しくしているとはいえ、本当ならばコツダの襟首でも掴んでやりたい気分だった。
「悔しい・・・。コッダにここまでコケにされていながら、何もやり返せないなんて・・・!!せめてお父様がいれば、コッダに相応の罰を与えてもらえるはずなのに・・・」
ここまでサーシャがイライラするのを、リーザは初めて見た。目まぐるしく表情を変える明るい女の子のイメージが先行するサーシャだが、今はただ苛々する表情しか見ることが出来ない。このままではよくないと、リーザは本気になって思い始めていた。
そこで、遂にリーザは頭の片隅で温めていたプランを実行させようと思った。ヴェルジェ領に住むマーロン伯に王宮での事の顛末を話し、コッダを討ち取ってもらおうということだった。
マーロン伯はロファール王からの信任も厚く、彼の子供であるラフィンとエステルも信用がおける。それを念頭に入れてのことだった。とはいえ、王妃である自分がいなくなってしまってはコッダを抑えるものが誰もいなくなってしまう。
そこで、サーシャにやってもらうことになった。
「いいことサーシャ、あなたはここを出てヴェルジェにいるマーロン伯にこの王都の事を伝えてきてほしいのです。私が姿を消せば、コッダを止めることが出来るものは誰もいなくなってしまいますから無理なのです・・・」
「お母様・・・。でも、大丈夫なのですか?私が姿を消せば不審に思って、追っ手が差し向けられると思うんですが・・・」
「それは・・・仕方のないことです。しかし、国王夫人と王女・・・どちらが世間的に考えれば注目度が高いか・・・。貴女もご存知のはずです。ここは遭えて、あなたに行ってもらいたいのです。いい?」
サーシャは少し返答に困ったが、結局は母の提案を受け入れることにした。
さて、ここで問題なのが脱出手段である。堂々と扉から出入りするなんてのは、コッダの支配下にあるウエルト王家では問題外にも程があった。となると、後は窓あたりから抜け出すしかない。
果たしてこれがサーシャに可能なのかなのだが、そのあたりは全く問題がなかった。何せ彼女は、こういったことはロファール王がバルト要塞に出陣する遙か前からしょっちゅうやっていたことだったからだ。
サーシャは『善は急げ』ということで、ある程度の支度(とはいっても、衣服は既に軽装だったし短剣は常に携帯していた)を整えてからすぐに出発することになった。大きく開いた窓から勢いよく身体を乗り出し、一気に屋根伝いに走り抜ける。
「お母様、ご無事で・・・!必ず、マーロン伯と共にお助けに参ります・・・!」
その様子を見ていたリーザは、(あの子はまるで風のようだ)と思った。今はもう現役を退いたとはいえ、自らもサリアの天馬騎士として風を感じた時代が確かにあった。次に娘が戻ってきたときには、かつて自分が使った天馬の笛を受け継がせようとリーザは心に決めたのだった。
それと同時に、サーシャ1人ではとてもヴェルジェまでは辿り着けないと判断し、密かに自分の護衛役として傍に置いていた女騎士・ケイトをサーシャの護衛につけた。ケイトがサーシャに追いつくのは、この半日後になる。
「王妃様、いったいどういうおつもりなのです!?サーシャ王女を逃がされるとは・・・このわたくし目に逆らおうというのですか!?」
サーシャが脱走した、という知らせを兵士から聞いたコッダは、その原因を作った張本人であろうリーザに詰め寄った。まあコッダ本人としては、リーザが嘘を言っても信じるつもりはなかったのだが。
「そうですね、遠まわしに言えばあなたへのささやかな抵抗・・・とでも申し上げておきましょうか。いつまでも、あなたの思い通りにはならない・・・ということですよ。私のやり方が気に入りませんか?気に入らないのであれば、さっさと私を処刑台にでもかけてしまいなさい。そうすれば、余計な苦労をせずにすみますよ。もっとも・・・反乱の発生率は倍以上に膨れ上がることでしょうけどね・・・」
リーザの返答により、当然の如くコッダは怒った。しかし、彼自身は舌打ちをする程度に留まり、二、三言捨て台詞を吐いてさも不愉快そうに部屋を出て行った。
リーザとしても、これは自分の命を懸けた賭け事だった。しかし、この賭けはうまくいった。リーザへの処置は『警戒度の引き上げ』のみに留まり、コッダが部屋を訪れる頻度が前より増えた。
ただし、サーシャへかけられた追っ手に関してはリーザはどうすることも出来なかった。これに関しては、護衛につけたケイトが撃退してくれることを願うしかない。とてもじゃないが、今のサーシャでは追っ手を倒すことは無理だろうからだ。
半年前のバルト戦役で行方知れずになった夫と、愛娘の無事をリーザはただひたすら、ユトナ神に祈ったのだった。