誇り高き背徳者・ノートン外伝「おれは地で足掻く!!」

作)樹乃下闇様

 

 「…ったく、やっと出番が回ってきたのはいいんだが…いきなりこんなピンチなんてついてねぇや…あーあ…」
戦場となって半日が経とうとする街を縦に渡ってゆくノートン。その額から鼻柱にかけて傷が走っていた。
「…まあ何にしても、少しはおれの顔にもハクがついたかな?」
「のんきな感想は止めて下さい!! 貴方のお役目は…分かっておりますね? ノートン隊長!!」
「そりゃあな…しっかしあのラフィンが人事不省なんて、一体何があったんだ」
何言われても結局のんきであった。ところで、ノートンの仰せつかったお役目というのは…一体何なのか。それは…この周辺を貫く空気から察して頂きたい。また、実は同じ役目を帯びた人物がもう一人いた。
「良いお土産が出来たわね。…綺麗な笛」
綺麗と言うよりは、ちょっと古ぼけたゴツイ感じがする、笛のような物を持って歩いていく女性の姿があった。
「…ありゃ…姫様の引っ張ってきた猟師だったとか…えー、名前は…」
「正規兵の名前も私等正確に把握してないのに、義勇兵の顔なんて私も知りませんよ」
後ろの部下が冷たく否定した。将とか隊長職にない連中の一部は、どうも志気が落ち始めている模様。
「そりゃそうだわな…公子め、おりゃアンタを少し恨んだですよ…ったく。ところで…囲まれてねぇか、おれら」
ノートンの隊は、いつの間にか前後を傭兵隊にはさまれていた。その影響で、
「わあああ!! ま、まだ死にたくないーーー!!」
「ふええええ、ノートン隊長になんかついてくるんじゃなかった〜〜」
情けのない彼の手勢は恐慌をきたしていた。
「………こりゃ、たった一人では大怪我確定だなー…」
前には、剣なりナイフなりを持った連中が3人、その前には変型の短剣を持った男が立っていた。また、後ろの連中に気を配る猶予はなかった。
「おれはここで果てるんかい…」
自問自答を繰り返すノートン…そんな時、
「うげ!!」
後ろで弦を滑らせる音、次いで男の悲鳴が上がった。
「早く行って下さい、そっちの方まで狙えませんよ」
女性の声に後押しされてノートン隊は正面の敵と相対することになった。後ろの連中は彼女が押さえたらしい。狙撃された傭兵らは太股に矢が刺さり、地面に伏せて苦悶の汗を垂らしている。
「ふぅ」
彼女は息をついて、それから店の影に身を隠す。ただの猟師にしか見えないので殆ど狙われることはなかったが、相手を撃ってしまったからには目をつけられるだろう。そうなる前にこの場を引き払うのが懸命だ…が、
「今度はもう少し良さそうなアクセサリーなんかないのかしら?」
この期に及んで土産物探しに没頭しているようだ…

 「ふぃー、何とか切り抜けたぜぇ…」
鎧にヒビの入ったノートン、少し足下が覚束ない様子である。
「全くです…私等もう死ぬかも」
「いや…僕ら悪運だけ人一倍以上…でしょうか」
手勢が泣いていた…しかし、死線を抜けたことで少しだけ連帯感に近い物が生まれてきたかも知れない。
「隊長のろくでなし〜」
と、口を合わせて言ってきたので。
「ちぇ…どうせおれは頭の悪いたたき上げ組なんだよ。ケイトみたいな新撰組とはワケが違う…逆の意味で」
ノートンこそこう言うものの、ケイトもたたき上げと呼んで差し支えないほどの修練を積んできてはいるが、いずれにしても半平民や、代々下士官のライネルやノートンの家とは違い、彼女の家はそこそこの勢族、見る目に多少の差異や自嘲が見えてしまうのは仕方がないのかも知れない。ただ、それは本人の前では極力隠してはいる。こだわりが少なくありながらも、ケイトはエリート扱いされることばかりは拒む体質だからだ。
「新撰組…??」
「要は選りすぐりの奴だよ。ありゃ。そんでもって…」
そこでノートンの言葉が止まった。
「それで…」
ノートンは喉から声が出ずに四苦八苦している。時折目がグルグル動き、唇がしきりに震える。そのうちに顔から血の気がひきそうになる所だった。
「!!」
ふと広場の方を見ると、ノートンの顔に急に熱が戻った。その方向に、如何にも、な容姿をした重騎士の男がいるのを見たからだ。それと同時に男もノートンと目があった。
「…む」
…彼はひと言だけうなった後…すぐぷいと横を向いた。
「…ぐっ!!あの野郎おれをザコ扱いしやがった……」
ノートンは気持ちが荒ぶるのを感じたが、思い直し、無駄な戦闘を避ける行動を取ろうとしたが……

 その頃、東門が同盟軍によって制圧されたことで、セネー傭兵達は窮地に追い込まれていた。彼等自身は弱くはないとしても、魔法を使う者達が相手となると、なまじ体力的に劣る者も多く、それ故にマルジュ達のような子供にも敗れていったのである。お陰で同盟軍の生存者は、その殆どが無事にセネー市を突破出来たわけである。ただ、門にたどり着けずに各個撃破された者達も何十人に上った。それでも、『中立市に攻め入った暴徒』を逃がしてしまったのは事実である。
 残った傭兵達のうち、何人かは戦意を喪失しかけていた。
「くそう…報酬なんかにこだわっていられるか!!」
「そんなことよか市長をヤッちまって金庫でもかっぱらうか?」
「あのなぁ、そんなことしてるうちに俺たち捕まって首がポーンだぞ」
そう言った連中がコーヒー−ハウスに隠れ、不毛な談義をかわしている中で、シャロンとビルフォードだけは持ち場の中央広場から一歩も退かなかった。ただ、その態度とこれから取ろうとする行動とはまるっきり食い違うものであった。
「同盟軍に膝を屈すると?」
主からその内容を聞いた途端に、ビルの顔が強ばった。
「こればっかりはわたくしとてご意見致します…左様な真似をなされば、先方に何をされるかは全く予想が出来ないのです。リュナンなどと言う名はわたくしも見聞したことございませぬゆえ…」
言葉自体は月並みな慎重論に過ぎぬとは言え、それを申し上げるビルの顔色は尋常でない。彼を見たシャロンは、自らの決意がそうでなかった、いわば動揺のあまりに口から飛び出た詭弁に近いものがあることを自覚して目を伏せてしまう。
「第一…これは申し上げにくいことではございますけど…万が一にも…」
「万が一にもお嬢様のお身体が傷付けられたり汚されたりするようなことがあらば、自分は何のためにお嬢様のおそばに控えているのか…でしょう?」
続くビルの言葉を遮って、シャロンがうつむいたままに言う。
「はっ…一旦『是』と決めたことは一生涯曲げるな…父上の教えでございます。そして私は貴女のお父上に貴女を託された…、とあらば尚更にこれを違えるなど考えにも及びません。」
「ありがとう。でもビル、以前のようにこのまま逃げ延びたとしても、この地は同盟軍の勢力と帝国との中間に位置するようになってしまった、うまく行く望みはないと言っても良いでしょう。そうして犬死にをするぐらいであるならば、私は同盟軍にひれ伏すとも厭わないわ…」
覚悟の程を決めたように、シャロンは改めてビルフォードの顔を見た。
「多分あなたには謝らなければならない結果になるでしょう。でも許してちょうだいね…」
「は…覚悟してはおります。ですがこのビルフォード、身に代えてもそのような結果は食い止めて……む!?」
「本当に…」
さっきまで目の前にあった、ビルの好きな色が消えて、シャロンの視線は地面に注がれている。その対象を勘ぐってしまうと、またビルは苦い顔をした。丁度その時にノートンが通りかかったのであるが、実を言うとビルの目にはノートンの姿はろくに入っていなかったのである。その時だった。

 不意に、ノートンから見てビルフォードをはさんだ向かいに、同盟軍の兵が現れた。その中にはリュナン公子の姿も見える。
「そこまでだ!! 大人しく武器を捨てろ」
ボウガンを構えた兵の少し前に立って自らもレイピアを抜き、ビル達の前に現れたのだ。
「我々はこの様な場所での無益な戦闘行為を望まない。功を焦った君たちが襲い掛かってこなければ無駄な死者が増えずに済んだのだ。君たちの責だ」
ビルは、このときにリュナンと初めて顔を合わせた。無論、第一印象は最悪同然だった。
(この青二才がリュナン!! ……何という男だ…こんなヤツに降伏など出来るか!!)
ビルの頭をそんな考えが一瞬よぎった。しかし、今は自我を捨て去らねばならないときと堪えた。
「傭兵隊の代表は誰か」
リュナンの言葉に、すぐシャロンが前へ出た。
「こちらに」
わずかに迷った後、無言で彼のところへシャロンは歩み寄る…が、その時ノートンの背後で植え込みが音を立てた。
「敵将狙い打ちだ、死ねぇ、女!!」
同時に飛び出した兵がシャロンを狙い、ボウガンを放つ。
「っ!!!!」
突然の出来事に思わずシャロンの足から力が抜ける。しかし彼女が膝をつく前に矢がシャロンの背中を貫通し、脊髄を破壊する…と思われた。
「…え?」
矢は、ビルフォードの胸で止まった。それも、すぐに彼の鎧から落ちた。しかし、彼の感じた憤りが、鎧に防がれた矢のようには力を失うはずもなかった。次の瞬間、既に彼はノートンの方向にまで走りより、シャロンを狙撃した兵達に剣を振り下ろすかと思われた。しかし、それは嫌な金属音によって防がれた。ビルと兵の間に、ノートンが立っていたのだ。
「貴様ぁ!!」
「そうそうカッカするものじゃないよ、この甘えん坊の始末は身内に任せておけよ」
ノートン本人はそうは言いながらも、ビルの剣を防いだノートンの盾は聞き苦しい悲鳴を上げた。泣きながらも何とかビルの剣を流したその盾には亀裂が入る。
「おお、すげぇ剣圧…公子、さっさとこの場を離れて下さいや」
ビルからある程度間合いをとったノートンに対して、しかしリュナンは
「ノートン止めろ、それは約束が違う!」
等と言って止めようとする…が、
「公子がサーシャ姫の名代だって言うんなら聞いてやらんでもないですがね…あいにくウエルトの代表はラフィンだし、そのラフィンも人事不省だ。大体この件で公子の口出しする義理はないでしょ」
と居直っている。
「止めろノートン、こういう場面は君が出る幕ではない!! 本来ラフィンなりケイトなりが…あっ!」
リュナンの制止など耳に入らず、ノートンはビルの目に自分の得物を向けた。

 

 

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