…さて、何かやるから許してくれ、とは言ったものの、被害者は二人とも拒絶した。むしろ何も要らないと言った、と表現するのが正しい。
「やれやれ一難去ったぜ」
何て言いかけたホームズの横で、
「サーシャ、お前は条件次第で約束をほっぽり出す、こんな無責任な大人になっちゃいけないぜ? お前が好む好まぬに関係なく、高貴な家っていうのは周りに良くも悪くも影響与えるモンだからな」
なんてシゲンが淡々と言い聞かせる物だから、
「俺の顔を立てさせてくれよ…」
何て言ったが、割り込んできたカトリは
「あんなにヒドイ事言うの止めて欲しいの」
などと言う。
「無理」
0,2秒で切り返した。それから何分もの間話し合ったが、結局カトリはいじめるの止めて、との主張を曲げなかったし、サーシャは欲しいものが思い浮かばないと言う。
「あ! じゃあそのペンダントちょうだい」
しかし、その時サーシャが突然手を叩いて言い出す。思わずホームズの口が条件反射的に動いた。
「アホか!!」
「えー、どうしてー?」
不満大ありだと言わんばかりに抗弁するサーシャ。ぷくーとむくれる彼女の顔を少し可愛い…と思ってしまいながらも
「はっ!? 俺は今何を…」
と我に返り、必至でペンダントを渡せない理由を考えた。よく分からないがガキの頃から身につけていたから、では、今回ばかりはサーシャは納得しそうにはない。
「そ…そりゃこの前お前がこれ滅茶苦茶高いモンだって言ったんじゃないか。…そ、そうだな、まあ開運の…」
まるで的を射ない言い訳を耳にした周囲の皆が、ホームズに白々しい視線を投げかけた…
「…渡せばいいんだろ、渡せば!! くそ、シゲンが煩いからな、くれてやらぁ!! …あー、つくづく調子狂うぜ…」
こうして、ホームズが何故か小さな頃から身につけていた翡翠のペンダントは、サーシャの手に渡ってしまった…
「まあいいんだけどな…こんな女じみたペンダントなんざ、今更身につけて歩けないし…」
愚痴を言うホームズ目はしかし物欲しげだった。

 次へ行く途中に、海賊が使っていたらしい小屋を見つけたので、家捜し(?)することになった。
「くそぉ…カトリに宝石なんて全く合わないっての…大体何を贈ればいいのやら」
気持ちの収まりがつかず、結局カトリにも何かあげなければ、と思ったらしい。でも、金品贈って喜ぶのだったら苦労しない。
「あーもう!! どうすりゃいいんだよ!」
「…やる気になったのはいいが、俺はお前の愚痴受け止め屋じゃないぜ」
勝手に荒れたホームズに近づくくせに悪態をつくシゲンであった。
「…ところで、そのカトリは何処行った?」
「ああ、外で天幕張る練習してるぜ」
常々自分も役に立ちたい、何て言っていたので、戦い以外のことを頑張ろうとするのも当たり前かも知れない。しかし、彼女は縄の結び目にすら苦労していた。
「危なっかしいから止めるべきだと俺は思う」
「ここは好きなようにさせてやれ、そうでもないと別のことで張り切りすぎちまうからな」
「…なんかソワソワするな……俺はやっぱり止めてくる…」
と、やっぱり心配になったホームズが駆けようとした頃…
「ねぇホームズ!!」
と、奧の物置からもの凄く楽しそうな声が。
「…なんだよ、俺は忙しいんだ、そんなことならシゲンにでも話していやがれ!!」
「あらホームズ、シゲンがサーシャのこと気にかけているから、彼に妬いてるのかしら?」
そこへもってきて捜索の様子を見ていたマーテルやエリシャらが口々に言い出してきた。
「何で俺がシゲンに妬くんだ、俺はお子様に用はないんだよ」
何て言っているとサーシャが駆け寄ってきた。
「あのね、さっきの物置でこれ見つけたのよ」
と言いながら、ラベルが貼られた細めの瓶を見せた。
「何だよそりゃ、ただの酒じゃないか、それがどうかしたのか」
不機嫌なホームズに、追い打ちをかけるサーシャの言葉。
「でも、ラベルの文字が全然読めないの」
と言いながらその瓶を差し出した。
「…そりゃお前に学が乏しいだけで……全然読めん。つうかこれ落書きじゃあ…」
「ふっ…そりゃお前にはとうてい読めまい…」
横からまた出て来たシゲンがひょいと瓶を奪った。
「…ほほう、サーシャ、こいつはとんでもないモンを見つけちまったらしいな」
「え…?」
「こいつは…百年ぐらい前にリーヴェで作られた密造酒だな。その時国が一時外交の失敗で腐敗してな、それを正すために禁酒令がしかれたそうだ。そんなお国柄で腹を立てた連中が、寄り集まって必至で作った物だ。勿論法律違反だが、当時闇ルートで大いに売れたって事だぜ。味の如何は別にしても」
何故かこのことに詳しいシゲンにたいし、ホームズは感心するしかなく、サーシャは頭を抱えた。
「えっと、つまりシゲン、これってお酒よね」
「おい、これがまさかジュースに見えるのか」
とぼけた発言に揶揄をはさんだホームズだが、流された。
「そう言う意味じゃないわよ、だからシゲンの言ってることがゴチャゴチャで何が何なのかさっぱり」
「ま、これは本当は話せば長くなるが、学校で政治学によく使われる寓話だし、堅苦しいのはこれ以上は止しておくぜ。つまりは裏で造られた酒のことだ…それともサーシャ、これを機会にじっくり帝王学を学びたいなら、あとでゼロから手ほどきしてやらんでもない、今日は特に機嫌がいいからな」
冗談か本気か取りようのないことを言っている途中で、ホームズがまた入ってくる。
「止せ、お前が教えようとすると途中で主旨が食い違うんじゃねぇのか」
「人聞きが悪いな、俺にそう言うケはないぜ。お前が思ってる以上に遊んでないんだ」
「その面でそんな事言っても、説得力なんかないぜ」
「言ってな…」
知らない連中が見たら恐くて仕方がないのだが、実は彼等の日常茶飯事に近い行動だった。大体ホームズ一人にしても、フレンドリーな人付き合いが似合うようなモノでもない、はっきり言うがシゲンはなおのことであったりする…。
「憎まれ口のたたき合いが挨拶代わりってどういう関係なのよ、下手くそな女づきあい?」
エリシャが思い切りいぶかしんでみた。二人の会話に馴れていないようだ。そして、周りは何故か愚痴の交換所と化していた。
「あーやり切れないつうの、あのばーさん聖職がどうのこうの言って、姫様オモチャにしたいだけなんじゃないのかぁ?」
「むー、その女性には会ったこともないのだが…」
「オイ、エゼキよう!! 例えばお前の奥さんがあのばーさんに捕まったらどうするんだよ? 散々いじめ抜かれて廃人になっちまう!」
「だからライネルよ、オレはその人物にあったこともないのに、何をどうしろと言うんだ?」
またこちらでは。
「……」
「無言で武器見るの止めねぇか?」
「話しかけるな」
「…勘弁してくれぇ」
普段はいい調子のサムソンがある人物…ヴェガに調子を狂わされていた。壁に乱雑に重ねられた、さびた剣なり
籠手なりを見ていたが、ふいに言葉を吐く。
「…そんな物か?」
「…何がだよ」
「エリアルの戦士とか言っている割に、鈍い腕だな」
「何だ? 随分と調子のいいこと言ってくれるな」
「貴様がな」
背中越しにサムソンを見据え、嘲笑ともつかない目を向けた。今度は本気で険悪なムードを漂わせている。しかしそのうちヴェガの方から相手にしなくなった。
「…言ってくれるじゃねぇの、ええ?」
少し挑戦的な態度に転じたサムソンをも無視する。どうやら関心を払う相手ではない、と踏んでいるようだ。

 で、そんな周りはお構いなしなのが、サーシャはじめこの3人だったりする。
「それで、これ美味しい?」
「ん? 悪いが、俺は話に聞いただけだし、詳しくは知らない、そんなことなら、コイツをただの酒と言い切ったホームズに訊きな」
明らかにシゲンがホームズいじめを始めていた(?)ようだ。勿論さっきの言葉に一部ウソがある。一連の対サーシャのやり取りを面白く感じたようである。それで、予想通りにサーシャはホームズに目を向けているし…
「…おい、シゲン」
「降参にゃまだまだ早いぜ」
はっきり言って彼は全く知らない。しかし、見栄は張りたい。もはやシゲンに弱みを悟られるのは慣れっこだ、だが何となくサーシャばっかりは危険なにおいがした。
(この場で思いっきり飲みゃ恥さらしだよな…ええい、ままよ!! てか)
口に任せて無茶苦茶を言った。ここでは触れられない。
「……あはは…はは…は」
さすがのサーシャが思いきり苦しい笑いを発していた…気がつけばホームズの血色がヤケに悪くなっているのだ。
「おいサーシャ、これじゃ全然分からなかったな。じゃ、やっぱり飲んでみるか」
「最初からそう言いやがれ、てめぇ……」
ぐったりと地に膝折ってうなだれるホームズの姿があった。はっきり言ってシゲンには勝てず、そのせいでサーシャに弱みを握られた気分にもなった。
 
 瓶のコルク栓を抜く様子を子供か何かのようにサーシャは見ていた。ドキドキしっぱなしである。
「さて…と、実は本当に俺も飲んだことはないんだ」
なんて打ち明けるシゲン、しかし倒れているホームズには空々しく聞こえた。
「わあ…」
それはともかくもなく、瓶を持ったシゲンの一挙一動に見入るサーシャ。別に生まれて初めてお酒を見るわけでもないのに、異様なほど素敵な光景にさえ感じられた。感嘆の息まで漏れるほどに。
「…飲んでるとこまでいちいち感動しながら見なくていい」
足下の力無い声は完全無視。彼女の視線は、ワインの注がれた少しふるいグラスからシゲンの口、そして喉へと通っていくばかり、そしてまた口へと移った。見られているシゲンはと言えば、不慣れな感覚に思い当たった。これまで自分の知る「視線」とは明らかに違うサーシャの目に。
「…なんだろうな、これは」
ふいにシゲンが呟いたので、今度は周囲の殆どが次なる彼の言動に注目した。中に、ある視線が敵意を帯びているように見えた。
「ふ、あんたらの姫様に手出しするほど餓えてないぜ」
その主にひとつ言ってから、改めて、わずかに中身の残っているグラスを見つめ、意味深長な様子で口元を曲げた。
「特別甘ったるくないどころか、辛いとも言える妙な味に、専門家が両断しかねない、このくすんだ色…」
ひどく小声で評するこの男に、無防備にもズイズイ顔を近づけるサーシャ。むしろ、ワインにか。
「酒自体としては、中の中を上回る程度か…だが、何かひっかかるこの雰囲気…『悪の味』ってヤツか…フフ」
その場の人は彼の言をあまり聞き取っていないようだが、最後の言葉だけがヤケに強く発せられたようにサーシャには思われた。
「悪の味……」
ゴクリ、と変な音がしたかと思えば、音の主はややびっくりし、さらに目の前にシゲンが居たので、真っ赤になって思わず顔をひいた。それでも彼女の目は恐いくらいランランとしていた。いくらシゲンでも、ちょっと退いた。
「…まあ、約束だからなぁ」
そう言って新しいグラスを選り、新たに注ごうとした時だった…
「待て」
下から手が伸びてシゲンの手を止めた。
「何する気だ、こぼれるだろうが」
「そんなの知ったことか! 今思い出した、酒だけは絶対に渡せないぞ!!」
立ち上がって、無駄にきっぱり言ってのけたのはホームズだった。
「え〜」
いきなりのショックで文句の言葉が出てこない。
「あのな、何でもやるって言ったのは何処の誰だ。今更契約変更は出来ないぜ」
「そいつを遂行したら俺は血の契約をやぶっちまうだろがッ、分かるだろシゲン」
ホームズの顔が何だか青いようで、何か恐いことでも待ち受けているようである。それでもシゲンは、また面白くなくなる、と非難の態度を見せ、その頃サーシャも、また念願のお酒が遠のいたショックを受け止めて、露骨に不平を述べてきた。
「ひどーい、ホームズまでお城の人みたいな事言う〜…あれ、もしかして…誰かに言われて止めてるの?」
全然恐くないながら精一杯怒った表情でホームズに迫ってみる。
「お前みたいな手のかかる姫様でも可愛くてしょうがない某女騎士様にだ」
やっぱり…と思い、余計なお節介ではないと分かっていながら、やっぱりその女騎士の配慮に不満が隠せないサーシャは、ついつい
「ケイトのお節介…って今度言ったらまた怒られちゃう」
なんて言ってみるのだった。
「おいおい、ホームズよ、それこそ今更だぜ? 大体昨日は酔った勢いで、『ケイトの一人や二人、三人四人…』……」と、言いかけてシゲンは言葉を止め、
「…気味の悪い事言うモンじゃないぜホームズ。ありゃ恐い」
と青くなった。
「とにかくこれは俺が全部飲んでやる」
と、シゲンから瓶をひったくると、すかさずサーシャが飛びついて、
「やっぱりそんなのダメ!!」
思いきり抵抗した。
「お前には早すぎだっ、初めはシャンメリで我慢しておけ」
「私だっていつまでも子供じゃないわ!!」
「そう言う態度が立派にガキだっての!」
「…お前もな」
時にシゲンの突っ込みが入りながら、変な争いを二人は続けていた。お互い瓶を引っ張り合って。…が、
「あ、思い出した」
と、急にサーシャが瓶を離したものだから、
「はぁぁ?!」
思わずホームズは放り出してしまった。そして瓶は空中散布しながら回転し、どこかの机の角にぶつかって、大音を立てて割れてしまった…。

 

 

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