歓喜の極み
作)エクリクシス様 |
「ねえねえ、リュナン様?」 「ん?」 僕とサーシャがホームズ達に誘われて旅に出てから数ヶ月が経った。 僕等は暇な船旅をそれなりに楽しんで暮らしていた。 今もその『暇』な時間だ。時刻は昼前。 二人で寄り添ってデッキで鴎を見ていた時、サーシャが唐突に訊いてきた。 「ちゅー、しようよ!」 「え…?」 「ちゅーだよ、ちゅー!知らないの?」 「いや、知ってるけどさ…こんな昼間から恥ずかしいし」 サーシャはこうやって時も場所も気にせず甘えてくる。 ホームズとカトリがいる時は、更にワザとらしく甘えるのだ。 進展の無いあの二人にサーシャも多少苛ついてる様子(と言っても、ホームズに)。 「昼間って言っても、アシカ号にいるんだし…関係ないでしょ?」 「そうだけど…」 「じゃあ、しようよ♪」 そう言ってサーシャは目を瞑った。 最近になって気付いたのだが、いつもこうやって僕をリードしている様に見せてるサー シャでも、実はキスする寸前であったり、抱き締めている時であったりのドキドキを楽し んでいるらしい。 唇を、息が聞こえるくらい近付ける。 (おそらく、今がドキドキの最高潮なんだろうな) 表情を見てればわかる。 少し頬が紅くなり、胸の前で合わせる様にして合わせている両手が強く握られている。 しかし、あともう数ミリという時、僕は予想外の行動に出てみた。 「やっぱりやめた」 すっとサーシャから顔を離す。 「えっ?ど、どうして…?」 みるみる顔に不満色が広がっていく。 「そうゆう気分じゃないから」 「そんなぁ。酷いよぉ…」 しゅんと下を向くサーシャ。それはまるで『お預け』をされている子犬の様に愛おしかっ た。 「冗談」 そう微笑んで言うと、サーシャが『へっ?』と少し情けない声を出して僕を見上げる。 顔を上げた瞬間、僕はサーシャの唇に自分のそれを絶妙なタイミングで重ねた。 「………」 サーシャは虚を突かれた攻撃に、目を見開いて絶句している。 そして僕はゆっくり彼女から離れた。 僕の奇襲作戦、名付けて『ドキドキする間も与えない作戦』…そのまんまだが、それは見 事に成功した。 「……えっ…えぇっ、そんなの反則だよぉ!」 サーシャは我に返り、抗議してきた。 「反則って、何が?」 僕はとぼけて答えた。 「その…いきなりちゅーするっていうの…」 「いきなりって、サーシャがしたいって言ったんじゃないか」 「それはそうだけどぉ…」 サーシャは訴える様な瞳で僕を見ている。 (賭けてもいい。この後『もう1回!』ってねだる) 「ねぇ…リュナン様?」 「ん?」 「もう1回…して欲しい…な?」 ほらきた。 しかし、それを照れて言う彼女が何とも可愛い。 僕は無言で頷いて、もう一度口付けしようとした時…ホームズの怒声が響いた。 「こんな昼間からいちゃついてんじゃねえっ!昼飯食わねえなら捨てるぞ!?」 ホームズは鬼の形相でこちらを睨みつけた。 「い、今行くって!」 これ以上彼を怒らせるのはよくないと判断した僕は、サーシャの手を取り食堂に向かっ た。 その間、サーシャは何度も『ホームズのバカ…』と恨めしそうに呟いたのだった。 「リュナン様、あーん」 食事が始まるなり、サーシャはパスタをフォークにうまく巻いて、それを僕の口に運ぼう とする。 (いや、マズイって!ほら、ホームズが邪神みたいな顔してるじゃないかっ!!) サーシャに目をパチパチとさせて合図を送るのだが、気付いた様子もなく…いや、気付い てるが知らないふりをして、続ける。 シゲンとジュリアは全く気にする様子も無く…というより、慣れたのか、無言で食事を続 けている。 カトリはオロオロとしていた。 「ほらぁ…リュナン様、お口開けて?」 おそらく、さっきキスを中断されたサーシャの細やかな反抗(?)だろう。 一向にやめる気配もなく、このままこれを続けてもホームズは爆発しそうなので、サー シャの指示に従った。 「あはっ♪リュナン様、可愛い〜♪♪」 サーシャのその発言後、ホームズの脳内の線が切れた音は少なからず僕には聞こえた。 「えーい、うっとおしい!俺は独りで食う!!」 自分の料理を持ち、席を立とうとした。 そしてそこに、カトリが更に油を注ぐ。 「ホームズ、怒らないで! 羨ましいなら私がやってあげるから…」 クルクルッとパスタを巻いてサーシャと同じ様にカトリがする。 それを邪神よりも恐ろしい表情をした男が拳をぷるぷると震わせて見つめた。 「はい、ホームズ。あー…」 『ん』を言い終える前にはホームズの鉄拳がカトリの頭に落ちていた。 あまりの激痛にカトリは悲鳴を上げてフォークを落とし、泣き始めた。 「ホームズ…どうして…?」 えぐっ、えぐっ、と涙をポロポロ流しながら言うカトリ。 「知るかぁっ!自分の胸に訊いてみやがれ!!というか、泣くなぁっ!」 ホームズは近くの壁を蹴った。 「おーい、壊したら修理しろよー」 シゲンが食事の手を止めて冷ややかに言う。 「うるせえっ!」 といいつつ、壊れてないかを確かめるホームズ。 それを見て、サーシャは椅子から立ち上がってホームズの前にズィと立った。 「ホームズ、最低!自分で殴っといて『泣くな』はないでしょ!?」 サーシャもキレて(たぶん演技)言った。 「んだとぉ!?」 「ホームズはサドかもしれないけど、カトリちゃんは普通なのよ!?それに、蹴った壁は 心配するのにどうして殴ったカトリちゃんには謝ってあげないの!?」 ズィズィと詰め寄るサーシャ。 「う、うるせぇっ!!とにかく、俺は独りで食う!!!」 そういうと、ホームズはバタンとドアを強く閉め、船長室に向かった。 「…お前等のせいだぞ」 シゲンは食後のコーヒーを飲みつつジトリと僕等を見た。 「…僕も入るのか?」 「ああ。お前が主犯だ」 主犯って…僕が何をしたっていうんだ? 「それよりサーシャ、さっきのはエリシャの真似だな?」 シゲンが笑って言う。 「うん♪わかった?」 さっきまで怒っていたのはやはり演技な様だ。 イタズラな笑みを作って言った 「当たり前だ。伊達に『ゾーアの千里眼』と称えられてないからな」 「へぇ〜、凄いね♪」 サーシャは心底尊敬する様な感じで言った。 「『自称・千里眼』よ。誰も称えてないわ」 ジュリアが冷たく言い放つと、シゲンが苦笑した。 「しかし、ああなったホームズは大変なんだよなぁ…。 カトリ、大丈夫か?」 シゲンはカトリの殴られたところを摩った。 「痛っ」 カトリの顔が苦痛に歪む。 「おいおい…でかいたんこぶ出来てるじゃねーか。 どんだけ強く殴りやがったんだ?あのバカ」 「強打…だな」 僕は素直にそう思い、頷いた。 「うわぁ〜…こりゃかなり酷いねぇ。湿布でも貼る?」 サーシャもそれを触って、救急箱を取り出した。 「いや、それは間違ってると思うけど…」 サーシャのそれがボケなのかマジなのか解らなかったので、真面目に答えた。 「やっぱり?」 ぺろっと舌を出してイタズラに笑った。 「ったく、誰のせいでこうなったと思ってるんだよ」 シゲンがサーシャの態度に呆れた様に言った。 「まぁいい。とりあえずあのバカの後始末は任せときな。慣れてるから」 「てへっ♪ゴメンね?」 サーシャは可愛く笑って謝罪した。 「…可愛く笑えば許してもらえると思ってるだろ?」 「そんな事ないよぉ? サーシャは皆様に御迷惑をお掛けして大変申し訳ないと、心から反省しています」 反省してそうな表情をワザとらしく作った。 「シラジラしい…」 シゲンは苦笑して呟くと、サーシャはまた『てへっ♪』と笑った。 はっきり言って、ホームズが怒るのは日常茶飯事だ。 だから、誰一人として気にする者はいない(カトリを除いて)。 その翌日、僕等は港街に立ち寄った。 サーシャは街に着くなり、はしゃぎっぱなしだ。 「あはははは♪リュナン様ーっ、早く早く!」 「さ、サーシャ、ちょっと待って……僕、筋肉痛で……」 僕の腕に自分の細い腕を絡めて、走り出すサーシャ。そのいつにも増して元気な様子に、 僕は苦笑しながら着いていった。 ちなみに筋肉痛の原因とは、ホームズが運ばなかった積み荷を僕が運んだからである。 「あーっ、リュナン様がおじさんになっちゃったよぉ!よぼよぼ」 「そんな事ないけど、ちょっと積み荷で……ううん、いや、大丈夫。行こう!」 今、自分が疲れている事を言ったとこれでどうなるものでもない。 それより、このふたりきりの時間を思う存分楽しみたい。そして、それをサーシャが願っ ている事もよくわっていただけに、僕は呟きかけた言葉の後半を飲み込んだ。 「リュナン様……うんっ」 「だ、だからってそんな走るなって!転ぶよ!!」 再び走り出したサーシャに、僕の方が転びそうになる。 しかし、サーシャは満面の笑みでその歩みを止めようとはしなかった。 「いいのっ。だって私がもし転んで怪我しても、きっとリュナン様がお世話してくれるも ん。 何処へ行くにも、リュナン様がおんぶしてくれるの。てへっ♪ …あ、でも、やっぱりだっこがいい!お姫様だっこ!!」 「はいはい。なら、それまでに僕も鍛えておくから、サーシャも食べ過ぎないようにね」 「わ、私そんなに重くないもん!」 頬を膨らませて怒るサーシャを見て、僕はあまりの可愛らしさで思わず抱き締めたくなっ てしまった。 「わかんないよ?長い船旅で体動かさないんだから……」 「変わらないよ」 サーシャは僕の言葉を遮って呟いた。 やけに声のトーンが下がったので、びっくりした。 「私は、私だもん。ちょっと船旅が長くったって、もし前みたいに暫く会えなくったっ て、そんなに変わったりなんてしないから。変わったとしたらそれは…」 そこまで言ったら、サーシャは僕の耳元で囁くのを止め、僕の正面に回ってじっと見つめ てきた。 「それは?」 「それはね…もっと…もーっとリュナン様が大好きになっちゃうってこと! いつだって、何処にいたって、私はリュナン様の事がだーい好きだよっ!!」 まるでその場の全員に宣言するかのように大きな声で叫んだサーシャに、僕は嬉しさを感 じると共に、気恥ずかしさで顔を真っ赤にしてしまった。 「さ、サーシャ、そんな大声出したら恥ずかしいって!ほら、笑われてるよ!」 しかし、そう言って僕がサーシャを止めようとした時、それを耳にしたらしいひとりの少 女がつかつかと二人の元へ歩みよってきて言った。 「そんなことないよ! いいな♪いいな♪ いいなっ♪ アタシも幸せになりたいなっ♪それじゃね!!」 それだけ言うと、少女は飛びはねるようにして去って行ってしまった。 「…は?何?今の子。サーシャの知り合い?」 あっけにとられて少女を見送った僕は、傍らのサーシャに訊いた。 「知らないよー。あははっ♪でも、最近の子は元気だねぇ」 「サーシャ、急におばあちゃんにならないでよ」 「大丈夫。私がおばあちゃんにる時は、リュナン様も一緒におじいちゃんだよ。 ずーっと、ずーっと一緒なんだから……あれ?」 その時、僕にしがみつくようにしていたサーシャの動きが、急に止まった。 「どうしたの?サーシャ」 すると、サーシャは前方を指差した。 「…ほら、ホームズとカトリちゃん」 サーシャの指先を追ってみると、確に二人がいた…。 |