黒き魂に光を…
作)エクリクシス様 大陸の北東に連なる山岳からの風が強く吹き抜ける、ソフィア公国――。 騎竜の咆吼が竜舎の方から風に乗り、聞こえてくる。 しかし、それはソフィアでは当然の事である。 今日も咆吼は街中に広がる。 風に乗って… ソフィア太守館主室の中で、椅子に座り、山に沈む夕日を見つめて溜め息を吐いている女 性がいた。 明るいオレンジ色の髪を持ち、まだ二十歳にも満たない歳で竜騎士軍を束ねている女性 だ。 名はレシエ。 バハヌーク王の一人娘でありながら、第一王子のアーレスの養女。現在はソフィア公国の 公女である。 彼女には今、悩みがあった。 その悩みとは、先日軍に入ったジュノーンという全身を漆黒の鎧で纏った竜騎士の事であ る。 『黒き死仮面の竜騎士』と呼ばれる凄腕の傭兵がいるという情報が入り、スカウトしたの だ。 今、ソフィア公国はゾーア帝国の傘下であり、そのゾーア帝国はリーヴェと交戦中である 為、例えそれがソフィアの望まぬ戦いとはいえ、強者は一人でも多く欲しかった。 そして、彼は噂以上に強かった。 その実力は、独りで小隊を壊滅させてしまう程だ。 強さだけとればソフィアの救世主と言ってもいい。 そう、強さだけなら…。 (…どういうつもりかしら?) 頬杖をついて花瓶に入れられている花に訊いてみた。 ジュノーンはソフィア竜騎士軍指定の鎧は着ないし、自分以外の人の前では仮面すらとら ないのだ。 そして、協調性は無いに等しい。 独りで敵軍の中に突撃し、倒してしまう。 そんな戦い方をしていてはいつか絶対に命を落としてしまう、と何度注意しても聞きもし ないのだ。 (…変わった人、ね。一言で言ってしまえば) この前、苦労して『せめて自分の前では仮面を外しなさい』と説得したのだ。 彼は渋々承知した。 そこまでして隠そうとするなんてどんな顔なのだろう、と密かに楽しみにしていたら、予 想外に美形が現れたのだった。 女性と思われても不思議ではない。 仮面を被る必要なんてないじゃない、と素直に思ったほどだ。 本人に言わせれば、それが嫌らしい。 (…まぁ、私も男に間違われたらショックだものね) 自分に当てはめると納得できる事はよくある。 (…ふぁ、それより眠たい) 彼女は周りに誰もいないのを確認してから、大きなアクビをした。 最近、戦やジュノーンについて考え込む為、ちゃんと寝ていない。 (ちょっと寝ようかしら…) テーブルの上にある花瓶の位置をずらし、そのままに突っ伏した。 眠りに落ちるまで、時間はかからなかった…。 ………………… …………… ……… 「…エさま!」 耳元で誰かが彼女の肩を揺すって何か叫んでいたが、彼女はそれに気付かないふりをし た。 起きたくなかったのだ。 「レシエ様!」 「え…っ?」 自分の名を呼ばれている事に気付き、彼女はゆっくり机から顔を起こした。 腕には寝ていた時の跡がある。 おそらくこの様子では顔にも跡がありそうだ。 「えっと…何かあったの?」 口を手で隠してアクビをして、自分を呼びに来た斧を持つ巨体な騎士に話しかけた。 この騎士の名はオルテガ。 ジュノーンと同様、傭兵上がりだ。 彼は竜騎士ではないが、傭兵時代に『紅連の斧使い』と呼ばれていて、実力もジュノーン に勝らずとも劣らない。その上彼は協調性も有り、上官の言いつけを忠実に守る。 そのオルテガはかなり焦っていた。 「いや、その…ジュノーンとピリポが揉めてまして…」 「…また?」 レシエは深い溜め息を吐いた。 これでもう10回目だ。 彼とピリポ…いや、彼と誰かが必ず揉める。 その度にレシエが仲裁に入るのだ。 しかし、ジュノーンは大抵悪くない。 何かしら理由を着けて(或いは彼の態度が気に入らなくて)ふっかけるのだ。 「原因は?」 うんざり、という表情をして、レシエはオルテガに尋ねた。 話せば長くなりますが、と言い、話し始めた。 「街の少女が山賊に襲われて、ジュノーンが助けたんすよ。そのコを」 「…?どうしてそれが喧嘩に発展するの? 彼がそんな行動するなんて、意外ではあるけど…」 しかし、その『意外』な報告は彼女にとっては嬉しかった。 「…その女の子は、その時両親を山賊に殺されましてね…頼れる人がいないらしく、ジュ ノーンについて来ちゃったんすよ。 で、ジュノーンは嫌々ながらもそのコを構ってやってたんすよ」 「へぇ…思ったより優しいのね」 レシエは正直にそう思った。 普段のジュノーンからは想像できないからだ。 「それで、そのコがジュノーンの横を歩いてたら、コンドル軍のピリポと当たっちゃいま してね…元々ジュノーンには良い感情を持ってなかったピリポは、それをきっかけに喧嘩 を売りましてね…」 既にレシエは手を額に当てて呆れている。 「最初はジュノーンも無視してたんすけど、ピリポが『お前、少女趣味だったのか?その ガキは娼婦か?捨て犬か?』と、周りにいた奴等も一緒になってゲラゲラ笑いながら言っ たんっすよ。さすがに俺もそれは言ったらダメだろと思ったんですがね…そん時には既に ジュノーンもキレて剣を抜いちまって…あわやというところでシモン様が間に入ったんで さ。 しかし、いつまで止められるか時間の問題ですぜ」 オルテガは頭をぽりぽり掻いて言った。 「…行きましょうか。場所はどこなの?」 「中庭です」 レシエはもう一度溜め息を吐くと、オルテガと共に中庭に向かった。 ……… …… … 中庭には人だかりができていた。 レシエとオルテガはそれをかき分け、中央に向かった。 中央に近くなってきた頃、男の努声が聞こえた。 「やめないか、ピリポ!ジュノーンも剣を引け!!」 コンドル軍隊長のシモンの声だった。 「けっ…。うるせぇよ。だったらまずお前の小汚ぇ部下に詫び入れさせな」 全身を漆黒の鎧で包み、その上に白銀の長いマントをかけている青年・ジュノーンが毒づ いて言った。 「貴様っ!シモン隊長になんて口を!!」 周りにいたコンドル軍のマルコ達が騒ぎ出す。 その原因となった少女はオロオロとして、ジュノーンとピリポの顔を交互に見ている。 見掛けからして、歳は14か15くらいだろう。背は低いが、セミロングの黒髪をしたお となしそうな可愛らしい少女である。 「口の利き方を知らねぇのはお前等の方だろ?さっき、コイツに何て言った?」 漆黒の仮面の奥から、殺意に満ちたブルーグレーの瞳が光る。 (その言い分も解るわ) レシエは納得し、息を深く吸った。 そして、叫んだ。 「やめなさい!」 レシエが叫ぶと、周りは一気に静かになる。 「話は聞きました。 ピリポ、今回の件に関しては、あなたに非があるように私は思います」 「はい…」 ピリポは叱られた子供の様にしゅんとなった。 ざわざわと周りが騒ぐ。 「舐めてんのか、お前等。さっさと失せろよ」 ジュノーンは周りにいる野次馬達を睨みつけ、言った。 「私もそれには賛成です。騒ぎを抑えようとするのなら未だしも、それを見て楽しむだな んて…あなた達にソフィア騎士団の誇りは無いのですか?」 レシエが彼の言葉を肯定したのは、その場にいた誰しもが『意外』と思った。 その厳しい言葉に従い、野次馬達は皆去り始めた。 ジュノーンもその流れで去ろうとした。 しかし、シモンが彼を止めた。 「ちょっと待てジュノーン。一つ、訊きたい事がある」 「……あん?」 「その子、どうするつもりなんだ?」 少女をチラッと見て言った。 「そんなこと、お前の知ったことか」 予想通りの答え、とその様子を見ていたレシエは思った。 吐き捨てるように言ったジュノーンは、少し屈むとシモンを下から睨みつけた。 「しかし、その子には…きっと、家族だって…」 どうやら、シモンにはちゃんと話が通じていない様だ。オルテガとレシエは顔を見合わ せ、更に溜め息を吐いた。 ジュノーンが少女を誘拐してきたとでも思っているのだろうか。 「…コイツがどうしたいかなんてのは、コイツ自身が決めりゃいいんだよ。お前みたいに 自分の正義だけ振りかざす糞偽善者には反吐が出る」 「くっ…お、俺はそんなつもりで言ったんじゃ…」 「お前、コイツにいつ会ったんだ?どうせ今だろ?何聞いた?何も聞いてねーよなぁ?せ いぜい、ピリポがバカみてーにお前等に喋った事くらいだろ?そんなんで、解った気にな るな」 「な、何だと…っ!?」 シモンも怒りのあまり、我を忘れてジュノーンに掴みかかろうとした。しかし、レシエの 一言がそれをとめた。 「…シモン、ジュノーンの言ってる事も間違いではないわ」 「…っ!?」 信じられない、という表情でシモンはレシエを見た。 「ジュノーン、今からそのコと一緒に主室に来なさい。オルテガはシモンにも詳しく教え てあげて」 「はっ」 オルテガは丁寧に返事すると、シモンに話始めた。 それを確認すると、レシエ達は主室に向かった。 ………… ……… …… 「クソっ!」 ジュノーンは主室に入るなり、仮面を地面に投げ付けた。 室内にいるのは、レシエとその少女だけだから、素顔を晒しても問題ない。 ジュノーンの長い柔らかな金髪が、わずかに開いた窓から入ってきた風に流された。 「ジュノーンさんは…悪くないよ」 少女がレシエを見上げて、申し訳なさそうに言った。 「ええ、それは解ってるわ。 …あなた、名前は?」 待女に紅茶を出すよう、指示しながら訊いた。 「ナルシア…」 彼女は小さな声で答えた。 「そう、よろしくね」 レシエはナルシアに視線を合わせ、微笑んで言った。 そしてイライラしているジュノーンの方を向いて言った。 「それよりジュノーン。シモンと同じ質問をするけど、ナルシアをどうするつもり?」 「…さぁな。俺はどうするつもりもない。ソイツに訊いてくれ」 言うと、ジュノーンは窓をガラッと開けた。 怒りを沈めようとしているのだろう。 レシエは溜め息を吐き、ナルシアの方を向き直した。 「ナルシアには、見寄はいないの?」 レシエはナルシアに座る様指示しながら訊いた。 彼女は座ると、無言で頷いた。 この歳で独りで生きるとなると、本当にピリポの言う様な仕事をするしかない 「そう…。じゃあ、ナルシア。あなた、特技とかある?」 レシエが意外な質問をしたので、ナルシアは戸惑いの表情を見せた。ジュノーンも不思議 そうにこちらを向いている。 「…シスターの見習い中だったので、癒しの杖くらいなら使う事ができます。 あとは…家事くらいしかできません」 少女は申し訳なさそうに言った。 しかし、レシエは微笑んで言った。 「じゃあ、ここで暮らすといいわ。 兵士達が傷付いたなら治してくれればいいし、兵士達の服を洗ったり、料理を出してあげ たりしてくれれば助かるわ。 …嫌ならいいけど」 「い、嫌だなんてそんな…! 私みたいなのがお城で働けるなんて…夢みたいです!!」 その言葉にナルシアは瞳を輝かせた。 そして、何度もレシエに礼を言った。 瞳から滴が流れ落ちる。 ジュノーンはそんな様子を微笑ましく眺めていた。 それがレシエにとって始めて見た…ジュノーンの笑顔だった…。 |