少し寒い夜、ジュノーンは街外れの公園に向かっていた。 ソフィア内にはいくつか公園がある。 ここは第4公園と呼ばれ、最も寂れているところだった。 ナルシアに、『オルテガさんがジュノーンさんに何かお話があるんですって』と言われた のだ。 何かあったのだろう。唯一の友の悩みだ。聞いてやらぬワケにはいかない。 「寒ぃ…」 ジュノーンはブルッと 身を震わせた。 話なら酒場ですればいいだろ、と内心呟いた。 待つ事数分、その男は現れた。 「悪ぃ悪ぃ。ちっと遅れた」 右手には彼の愛斧が握られていた。 「『悪ぃ悪ぃ』じゃねーだろ。こんな寒い所に呼び出しやがって…」 つい文句が出てしまった。 「だから、悪いって言ってるだろ? それより、あっちに山賊がたむろしてるんだ。 倒しに行かねえか?」 オルテガが、親指で自分の後方を指した。 「へっ…運の悪ぃ奴等だな。俺等がいる時にたむろするなんてよ」 ジュノーンはそう呟いて、歩き始めた。 彼がオルテガの横を通りすぎた、その時… ジュノーンの背後に恐ろしいほどに膨れ上がる殺気。 「運が悪ぃのは、お前だよ。ジュノーン」 ジュノーンの背中を、強い衝撃が襲った。 どうっ、と崩れ落ちるジュノーン。 仮面がカランと音を立て、落ちた。 彼は背中を襲う激痛に耐えながら、背後を振り返る。 その顔に浮かぶのは、驚愕と怒り。 「てめえ…っ!?」 「悪いな、ジュノーン」 少し悲しげな表情でジュノーンを見下ろすオルテガ。 ジュノーンは離れる意識を必死に繋げ止めようとした。 しかし、視界は暗くなっていた。 ソフィアの風が傷に凍みた。 ジュノーンの元から足音が離れて行った。 薄れ行く意識の中で、ジュノーンは思った。 所詮仲間なんてこんなものか、と。 瞳から熱い滴が流れ落ちている事にも気付かずに、ジュノーンの意識は途絶えた。 数分前、レシエはとてつもない胸騒ぎを感じた。 (なに?この胸騒ぎ…) どんどん不安になっていく。 そして、何故か思った。 (まさか…ジュノーン?) そう思うや否や、部屋を飛び出した。 すると、同じように顔に不安を広げているナルシアとぶつかりそうになった。 「あっ、レシエ様!ちょうど良かったです…」 「どうしたのですか?ナルシア」 レシエは出来るだけ平静を装い、何やら不安そうにしている少女に尋ねた。 「ジュノーンさんの事なんですけど…」 「…っ!?ジュノーンがどうかしたの!?」 レシエは丁度心配していた人物の名が出て、一気に平静さを崩した。 「知りません…。でも、何かわからないんですけど、とても不安なんです…! 実は私、オルテガさんに伝言を頼まれたんです。 『夜10時に第4公園に来てくれってジュノーンに伝えてくれないか?』って。 で、私は伝えたんですけど…今思い出すと、オルテガさんの様子が少し違ったんです。 いつもより恐い顔してたし…それに、夜10時に街外れの公園って変じゃないですか? そう思った時、何だかとても不安になって…!」 ナルシアは胸前で両手を重ね、ユトナの名を呟いた。 「…私も今、あなたと同じ不安を感じていたのよ。 第4公園ね?確かめてくるわ…!」 レシエはそう言うと、飛竜の笛を取り出した。 「私も一緒に行かせて下さい!」 少女はレシエの腕を引っ張り、言った。 「…ええ。わかったわ」 悲痛な瞳をしているナルシアを見て頷いた。 彼女にとってもジュノーンは大切な人なのである。 それに、体の小さい彼女なら竜に乗れるだろうと思った。 レシエの愛竜・フェンリルが舞い降りた。 ナルシアを前に抱える様にして、レシエは愛竜に鞭を入れた。 少女は癒しの杖を抱えていた。 フェンリルは二人の底知れぬ不安を感じ、夜の空を羽ばたいた…。 …………… ……… … 第4公園に着くなり見えたものは…地面に倒れているジュノーンの姿だった。 「ジュノーン!」 レシエは竜を近くに降 ろし、駆け寄った。 彼の強靭な鎧が背中のところだけパックリと斧傷ができていた。 そして鮮血が溢れ出ている。 傷が深く、重傷なのは誰が見ても明らかだ。 レシエは今まで、数々の瀕死状態の仲間を見てきたが、泣きそうになったのは始めてだっ た。 「ジュノーン、大丈夫!?」 大声で訊いたが、返事はない。 体が冷えている分、かなり危険な状態だ。 「レシエ様、私が治療します!」 レシエは頷いた。 シスター見習いとはいえ、彼女の力を信じる以外にない。 もし、自分一人で来ていたらと思うとぞっとする。 レシエには彼を救う術がないのだ。 ナルシアは杖を両手で持ち、目を閉じた。 すると、夜の公園に光が満ちた。 傷が少しづつ塞がっていく。 彼女は何回も杖を振り続けた。 それほど傷が深いのだ。 (ジュノーン、生きて…!) 彼の手を握り、必死に無事を祈るレシエ。 レシエにはそれしか出来ない。 しばらく、ナルシアの治療が続いた。 そして…ナルシアが手を止めた。 癒しの杖の先端に付いている魔法玉がパリンと音を立てて割れた。 「………」 レシエは絶望的な気分になった。 しかし、ナルシアは安堵の息を吐いた。 「ギリギリ…ですね。 傷が完全に塞がったと同時に杖が壊れました」 彼女はそう言うと、ペタンと座った。全精神力を使ったのだろう。 「もう大丈夫なの?」 レシエもそれに次いで安堵の息を吐く。 「傷は大丈夫です。でも、ジュノーンさんが生きる事を諦めてしまえば…二度と目覚めな いかもしれません…」 ナルシアはしゅんとして言った。 「…そう。後は彼次第という事ね」 「はい」 レシエとナルシアは二人でジュノーンをフェンリルに乗せ、太守館に運んだ。 「ジュノーンよ…」 誰かが彼に話しかけた。 「…?」 暗闇だった。 何も見えない。 しばらく黙っていると、男が現れた。 傭兵王を思わせる厳格な男だ。 しかし、それは彼にとってとても懐かしい人だった。 「…親父!」 彼の父・ヨシュアだ。 「あら、私もいるわよ?」 ジュノーンの背後から女性の声が聞こえた。 それはジュノーンと同じ様な長い柔らかな金色の髪を持っている女性だった。 20代後半と言っても十分通じる美貌を持っている。 「母さんも…? …へっ。じゃあ、いよいよもって俺も死んだのか」 単身で敵陣に乗り込んでも死ななかった男が仲間に裏切られて死ぬとは…情けないな、と ジュノーンは自嘲の笑みを浮かべた。 「いいえ。あなたはまだ死んでいません」 ジュノーンの手を取り、言った。 「ジュノーン…悔しかったら生きてみよ。 お前はこんな所で死すべき奴ではない」 父が厳しい顔をして言った。 「ヨシュアの言う通りよ。それに、あなたには英雄の資質があるわ。私達みたいな死に方 をしてはいけないの」 そして、母が強く抱き締めた。 「あなたが輝く時を、私達はずっと待っているわ」 「母さん…」 優しい母の暖かみがジュノーンを包んだ。 「こうやって、ジュノーンを抱くのは久しぶりね。 昔、剣の稽古で泣いてたあなたを思い出すわ」 ヨシュアはそれを思い出してか、フッと鼻で笑った。 しかし、また厳しい表情に戻し忠告した。 「ティリス、あまり甘やかすとジュノーンがここに残りたいと言うぞ?」 そうね、と母はその言葉に頷いた。 「じゃあ…私達はもう行くわ」 ティリスはジュノーンを名残惜しそうに離し、ヨシュアの隣に行った。 「母さん…行かないでくれよ」 ジュノーンは母の方へ手を伸ばした。 「そら、見た事か。お前は昔から甘やかしてばかりだから…」 ヨシュアは苦笑して言った。 「あなたが厳しすぎるからよ」 「何を言うか。お前が甘い」 「自分がお腹を痛めて産んだ子なのだから、甘くて当たり前でしょ? ただ心配そうな顔をして見守ってただけのあなたにとやかく言われたくないわ」 「むぅ…」 そんな昔と変わらぬやりとりを見て、ジュノーンは少し笑みを洩らした。 ヨシュアはそれに気付き、咳払いしてジュノーンの方を向いた。 「…ジュノーンよ。お前は儂等の自慢なのだ。剣の腕も当に儂を越え、儂等にはない秘め た力がある」 ヨシュアは嬉しそうに笑って言った。 ジュノーンは父のそんな顔を見るのは初めてだった。 「それに、寂しがる事なんてないわ。私達はあなたの心の中で生きているのだから」 ティリスはヨシュアの腕にもたれて言う。 「私達はずっとジュノーンと一緒にいるから…安心して生きなさい」 父も黙って頷くと、顔を見合わせてジュノーンに背を向けた。 そして暗闇の中に向かって歩んだ。 ジュノーンはそれを追い掛けれなかった…。 「親父、母さん!」 ジュノーンはそう叫び、飛び起きた。 額においてある濡れタオルがずれて枕に落ちた。 「え…?」 しかし、そこは自分の部屋だった。 (俺の…部屋?) 彼は何がどうなったのかさっぱりわからなかった。 頭がやけに痛い。 そして彼は驚くべきものを発見する。 「レ、レシエ公女!?」 椅子に座ったまま彼のベッドに突っ伏して眠っているソフィア公国公女の姿があった。 彼女の横の小さな机には水の入った洗面器があり、その中にタオルが浸けられていた。 彼は起き上がった拍子に自分の額から濡れタオルが落ちたのを思い出した。 その濡れタオルを手にとった。 (…レシエ公女は俺を看病してくれてたのか?) 一体何故、とジュノーンは思った。 風邪を引いた覚えはなかった。 その時、 「あっ…ジュノーンさん!!」 扉が開いて背の低い可愛らしい女の子の歓喜の声が部屋に響いた。 小走りでベッドまで駆け寄った。 「熱も下がってますね。よかったぁ…」 ナルシアは彼の額に手を当て、安堵の息を洩らした。 そして、レシエが看病したまま寝ているのに気付く。 「完全に熟睡ですね…。 レシエ様、ジュノーンさんが目覚めましたよ」 レシエはナルシアに肩を揺さぶられ、ゆっくり目を開けた。 「う…ん?」 そして顔をあげると… 約20cmくらいという至近距離に、ジュノーンの顔があった。 「え…っ!?ジュノーン!!」 慌てて椅子から飛び退く。 ナルシアはそれを見てクスッと笑った。 「もう…大丈夫なのですか?」 思えば、男性とあんなに至近距離まで顔を近付けたのは初めてで、レシエは顔を紅らめ た。 「ああ…。ところで、俺風邪なんて引いてたのか?」 「ううん…傷口にばい菌が入って、発熱したんです。 私とレシエ様が交代で看病してたんですよ?」 ナルシアが得意気に言った。 「…そうだったのか。悪かったな」 軽く礼を言って考えた。 (…傷?) 最近怪我をした覚えはなかった。 しかし、レシエの一言が彼の記憶を蘇らせた。 「…ごめんなさい。ソフィア内を全面捜索しているのだけど、まだオルテガは見付かって ないのよ」 (…オルテガ?) その言葉でジュノーンは全てを思い出した。 「オルテガ…っ!クソッ!!」 あの時の怒りを思い出し、ジュノーンは壁に立ててあった長剣を取った。 「待ちなさい!貴方は一週間も眠り続けたほどの重傷だったのよ!?」 「そんなの関係無ぇよ!アイツだけは殺す!」 「あるわよ!貴方、ナルシアがいなきゃ死んでたのよ!?もっと自分を大切にしなさいっ て何度言えばわかるのよ!!」 見かねたレシエが怒鳴った。 すると、ジュノーンは怒りを抑えたものの、自嘲する様に笑みを浮かべた。 「へっ…なら、あのまま死なせといてくれたらよかったのにな」 ジュノーンはそう言うと、もう一度布団を被った。 ナルシアは困惑した表情をしている。 レシエも、ジュノーンが傷付いてるのも理解していた。親友に裏切られたのだから、相当 ショックだろう。 今はあまり刺激しない方がいい、とレシエは判断した。 「…ごめんなさい。でも、私もナルシアも貴方には生きて欲しかったのよ。だから…助け た。それだけは解って」 「………」 おやすみなさい、と最後に付け足し、レシエ達は部屋を出た。 静寂だけがジュノーンを包んだ…。 |