あれからジュノーンは、レシエやナルシアとさえ会話を進んでしようとしなくなった。
出陣しては、独りで乗り込んで戦う。
それを繰り返した。
しかも、戦い方は以前よりも捨て身で、レシエには命を投げ捨てている様にも見えた。
(せっかく心を開きかけてくれたのに…)
オルテガの一件で、ジュノーンの心は再び闇に包み込まれた。
(…私じゃ力不足なの?)
彼は本来、とても優しい性格なのだとレシエは感じていた。
話しているとそれが実感できた。
意外にも小動物が好きらしく、それが戯れているのを眺めては微笑んでいた。
彼はとてもアンバランスな人間だ。
誰よりも冷血なのかと思えば、実は優しさも備えている。
年上を思わせる様な思考や言動もするが、笑った顔は幼さを残すものだ。
レシエにとって、それが魅力だった。
しかし、今、彼が見せる瞳は憎しみと悲しみの色のみ。
表情はほとんど変えない。
何とか救ってやれないだろうか、と日々レシエは悩んでいた。
そんな時、太守館主室のドアがノックされた。
レシエはどうぞ、とドアに向かって言う。
「…失礼します。コンドル隊長シモン、只今帰りました」
シモンは恭しく頭を下げた。
戦報告で、リーヴェの砦を見事に制圧したとレシエの耳に入っている。
「お疲れ様。まさかこんなに早く終るとは思ってなかったわ」
最前線で守りも相当固いと評判だったリーヴェ〜ノルゼリア間にある砦をたったの三日で
制圧したのには、レシエも驚いた。
「ええ。我々もどう崩そうか迷ってたんですが…奴が、ジュノーンが砦内に単騎で突撃し
たんです。
上手く砦内に入れたからよかったものの、我々が援護しなければ危なかったかもしれませ
ん。
まぁ…奴の場合独りでも全員倒せたかもしれませんが…」
シモンはぽりぽりと頬を掻く仕草んした。
「とにかく、注意してやって下さい。
奴は憎たらしいながら、ソフィアには必要な人物です。
我々と力を合わせて戦えば千騎以上の強さを発揮するでしょう。
皆、彼を信頼しています。強さだけなら、誰よりも」
シモンは力強く言った。
(毎回、注意してるわよ。嫌というほどにね…)
レシエは溜め息を吐きながら心中で愚痴った。
彼が信頼されているという事は何と無く気付いていた。
彼には惹かれるものがある。
おそらく皆そうだろう。
しかし、彼はそれを拒絶する様なオーラを無意識なうちに放っている。
だから皆接する方法がわからないのだ。
「…わかりました。私から注意しておきます。
戦から帰ったものには休暇を与えてください。それと、ジュノーンをここに呼んで頂けま
すか?」
「はっ!」
レシエがそう言うと、シモンはもう一度頭を下げてから部屋を出た。
(そろそろ何とかしないとね…)
レシエは決意し、ジュノーンを待った。



暫くすると、漆黒の鎧を纏った男が部屋に入ってきた。
「俺に…何か?」
黒き死仮面ことジュノーンは少しウザそうに、そしてとぼけた様に言った。
「とぼけても無駄です。
それと、私の前では仮面を外しなさい」
レシエの表情はいつになく厳しいものだった。
彼もそれに従い、渋々外した。
「また無茶な戦いをした様ですね。シモンが全て報告しています」
それを聞くと、ジュノーンは『けっ』と毒づいた。
「どうして協力して戦おうとしないのですか…!?
今までは運良く生き残れましたが、もし死んでいたらどうするつもりです!?
これは貴方だけの戦いではありません!
仲間と協力して戦えば、貴方の危険だって…っ!!」
レシエは必死だった。
彼には死んでほしくなかったから。
しかし、そんな彼女の気持ちも心を閉ざしてしまった男には届かなかった。
「仲間…?そんなの邪魔だ」
彼は嘲笑う様に言った。
レシエはそれを聞くと、悲しそうな表情をした。
「いつか裏切るもの…それが仲間。…そうだろ?」
悲しみと憎しみの中間の様な瞳をしていた。
「貴方がオルテガに裏切られて傷付いているのは解ります…でもっ」
「他の奴なら信じれるとでも?
あと、その名前は二度と出さないでくれないか?」
グッとジュノーンは拳を握った。
「申し訳ありません…。でも、私は…」
「御託はもういい!」
ジュノーンは怒鳴ってレシエの言葉を遮った。
「俺はアイツを信頼してたんだよ!
傭兵時代から俺の背中を任せて、唯一友と呼べた奴だった!!
それなのにいきなりワケもわからなく殺されかけた…!!!
一番信頼してた奴に裏切られたのに、他の奴なんて信頼できるワケねぇだろ!?
それとも、また裏切られて心身共に死ぬ様な思いを俺にさせたいのか!?」
「………」
レシエはそれを言われると言い返しようがなかった。
うつ向いて、ただ、それを聞く事しか彼女にはできなかった。
「独りで乗り込んで、独りで死ぬんなら誰にも迷惑はかけない。
俺が一人でも多く敵を葬って、死ぬのをアンタも心待にしてるんだろ?」
レシエはその言葉に、顔を上げ、呟く様にして言った。
「…貴方には……私はそんな風に映っているの…?」
その瞳には涙が浮かび上がり、声は震えていた。
その言葉をレシエは信じられなかったのだ。
今まで、彼の事をとても大切に思っていたからだ。
想い人にそんな風に思っていると思われては、耐えれるはずがない。と言っても、この時
まだレシエは彼に想いを抱いている自分に気が付いてなかったのだが。
ジュノーンも興奮して言いすぎたと、今心から後悔した。
「私は…貴方にとってそんな奴でしかなかったの…?」
ポロポロと涙が頬をつたって落ちる。
それは気丈な公女が人前で見せた、初めての涙だった。
「私は貴方を駒だなんて思ってない…!
どうして解ってくれないのよ…!!」
ジュノーンも、まさか彼女をここまで傷付けるとは思ってなかった。
いつもみたいに、否定してくれると思っていた。
彼としては、否定してほしかったのだ。
「私は…、私は貴方をっ…」
(誰よりも大切に思ってるのよ…!!)
心の中でそう叫んだ。
口に出す事は出来なかった。
ジュノーンも予想外の展開に沈黙してしまった。
(何か…何か言ってやらないといけない!)
彼も焦っていた。
言葉を必死に詮索していた。
しばらく、太守館主室は沈黙に包まれた。
「もう…いいわ。少し一人にさせて…」
結局、すすり泣くレシエに、ジュノーンは何も言えないまま部屋を後にした。
レシエは部屋に鍵を掛け、奥の寝室に向かった。
そしてそのままどさりとベッドに倒れた。
髪と同じオレンジの瞳からは、涙がとめどなく溢れた。
(…ジュノーン…どうして…?)
しばらく、レシエは涙し続けた。
しばらくすると、泣き疲れて、彼女は深い眠り落ちていた…。



一方、カナンでは一人の大男が頭を抱えていた。
親友を裏切ってまで昇進しようとしたのに、殺害に失敗してしまった。
その結果、帝国の小隊長としか職はもらえなかった、
彼は今、後悔した。
友を裏切って、これから罪悪感に苛なまれて生きなければならない。
先の戦いでは、元親友は凄まじい功績を上げている。
一応ガーゼルの奴等も少しは配慮があり、ソフィアが戦に参加している時は、オルテガの
隊は出陣させなかった。
さっき聞いた話なのだが、これからジュノーンをソフィアから本国に要求するらしい。
騎士隊長として任命するとか言っていたが、おそらく処刑されるのだろう。
ガーゼル教国にとって、ジュノーンの圧倒的な強さが恐いのだろう。
最近になって、オルテガはそれに気付いた。
「…どうしました?オルテガ殿」
ガーゼルの闇司祭がオルテガの肩をぽんと叩いた。
その手に魂が奪われてしまうかと思う程、冷たい手だった。
名はネブカ。
「俺に気安く触るんじゃねぇよ…!!」
「おやおや、オルテガ殿は大変ご機嫌斜めの様ですな。
しかし、それは貴公が殺し損ねたからだろう?
小隊長として残れただけならマシだと儂は思うがな」
「………」
「彼を憎みなさい。
自分を邪魔し続ける男を」
このネブカという司祭は、オルテガにいつもこうして暗示する様に繰り返すのだ。
オルテガもいつか、この暗示に負けてジュノーンを憎みそうになるのが恐かった。
このネブカという男には、そのくらいの力がある様に思える。
ネブカは何度かそう言うと、去った。
その時には、既にオルテガの心には憎しみが芽生えていた…。
これが暗黒騎士や魔女達もかけられている、かの有名な『洗脳』であった…。



「――ジュノーンを本国に?」
翌々日、レシエはガーゼルの魔導士に驚くべき報告をされた。
ジュノーンの武勲を称え、本国の騎士隊長を務めてもらいたいらしい。
「お断りします。ジュノーンは我が国には必要な人物です」
確に、これがもっともな理由だ。しかし、理由はこれだけではない。
レシエは何か危険なものを感じたのだ。
彼を行かせると二度と戻って来ないかもしれないという…。
(もしかして、オルテガの件もガーゼルが?)
レシエの脳内で、それが結び付いた。
(ジュノーンの力がガーゼルにとって邪魔なものだとしたら?)
おそらく、隊長に昇格というのは嘘だろう。
その魔導士の瞳を見つめた。
そこには殺意が溢れている様にレシエは感じた。
(…彼を殺すつもりね)
レシエは表情からそう読み、断固と断った。
「それは、ソフィアの為というより、公女様自身の為でしょう?」
魔導士気色悪い笑みを浮かべた。
「…は?」
レシエはその言葉の意味がわからなかった。
「貴女がジュノーンに個人的な好意を抱いている故、ソフィアに残しておきたいのだろ
う?」
「なっ…!?」
レシエは顔を引き攣らせた。
「ぶ、無礼な!!」
次にはその表情が紅くなり、愛槍を取った。
その原因が恥から来たものか、怒りから来たものかはわからない。
「照れずともよいだろう。純粋な乙女が恋をして何がわる…」
「黙りなさい!それ以上私を侮辱するなら、いかに同盟国の者とは言え、許しませ
ん!!」
矛先を喉に突き付けると、魔導士は『ひっ』と情けない声を上げた。
「…く、口が過ぎた!
き、気に触ったなら謝ろう」
レシエはその言葉により、槍を引いた。
「し、しかし、これは本国よりの命令と思え!」
そう捨てセリフを残すと、魔導士は足早に逃げていった。
「命令か…」
レシエはポソリと呟いた。
これではっきりした。
彼に伝えなければならない。
カナンに行ってはならない、と。
彼と話すのは気まずいが、そんな事を言っている場合ではない。
(この時間なら…兵舎にいるわね)
レシエは時計を見て確認し、彼の部屋へと向かった…。



 
 
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