レシエは緊張した足取りでジュノーンの部屋へと向かった。
あれからジュノーンとは話していない。
それに、公女たる者が兵舎に来るのも珍しい事だ。
兵舎の兵士達からの視線が痛い。
実はジュノーンとレシエは噂になっていた。
看病を自らしていたし、レシエは彼の意見を尊重していたからだ。
次期公王はジュノーンではないか、とさえ言われた程だ。
レシエも悪い気はしていなかった。
そうなればいいな、と密かに思っていた程だ。
(そうはならないものね…)
少し離れた所では、品の無い事を冗談混じりに言っている兵士もいる。
(もう少し彼を見習おうとは思わないのかしら?)
レシエは、その手の下品な冗談はとても嫌いだった。
「今日はジュノーンの部屋にお泊まりですか?」
そう一人の兵士が言うと、周りの兵士達がげらげら笑う。勿論、それを注意する者もいる
のだが。
(私をその辺の娼婦とかと一緒にしないで頂戴!)
イライラしながら通路を通りすぎていった。
そして、やっと彼の部屋の前に着いた。
深呼吸をしてから、ノックをした。
「…誰だ?」
不機嫌そうな声がドア越しに聞こえた。
「……レシエ…です」
レシエは正直、逃げ出したかった。心臓が爆発しそうなくらい高鳴る。
「…どうぞ」
その返事にまず安心して、失礼します、と言ってからドアを開けた。
彼は髪をくくり、読書をしている最中だった様子。
開いた本がベッドの枕元に置いてある。
(髪をくくってると更に女らしく見えるわよ?)
もし、前の一件さえなければ、笑ってそう言っていただろう。
そして、少し気になった事がある。
荷物がまとめられていたのだ。
「………」
「………」
お互い何を言えばいいかわからず、とりあえず相手の出方を待った。
まず、切り出したのはジュノーンだった。
「…レシエ公女の用事ってのは…騎士団長昇格の話か?さっきガーゼルの魔導士が来たん
だけど」
レシエは重々しく頷いた。
「その話なら、断った。
バカな魔導士だ。
『オルテガの居場所を教えてやるから来てくれ』だとよ。
それは、奴等がオルテガを使った事を意味する。
どうやら、ガーゼルは俺を消したがっているらしいな…」
ジュノーンは苦笑した。
「ええ。私もそう思いました」
レシエはジュノーンの瞳を見ず、答えた。
「…それで、丁度俺もレシエ公女に話があった」
彼は何かを決意した表情になった。
「…何でしょう?」
レシエは何か嫌な予感がした。
不安で押し潰されそうになる。
彼は一度大きく深呼吸して、言う。
「今まで世話になったな」
「え…?」
その時、レシエの中で何かが崩れた。
その言葉の意味がいまいちわからなかった。いや、レシエ自身がわかろうとしなかったの
だ。
「ソフィアを出ていこうかと思う」
「……っ!?」
どうして、と言いたかったが、声が出なかった。
「これ以上、レシエ公女には迷惑かけれないからな」
それを読み取った様に言う。
「貴方は、迷惑なんてかけてない…!」
レシエはやっとの思いでそれを口に出せた。
「貴方が出ていく必要なんてないのですよ…?」
「気を使わなくていい。それに、何れかける。下手をすれば、ソフィアの国情を悪くする
かもしれない」
「貴方こそ、何を今更気を使ってるのですか!
今まで何を言っても聞かなかったくせに…!!」
レシエの声は知らぬ間に大きくなっていた。
「………」
「騎士達が国を守るのと同じように、部下を守るのは私の仕事でしょう!?
貴方が危ないなら、私が守ります!
どうして貴方はいつも自分勝手に…っ」
血を吐く様な思いで言った。二日と経たないうちに、再び涙が溢れそうになっている。
自分はいつからこんなに涙脆くなってしまったのか、と自分自身呆れてしまう程だ。
「…その気持ちは嬉しい。
でも、もう決めた事なんだ」
レシエはその言葉を聞くと、下を向いた。
うっすら涙を浮かべた瞳を隠す為である。
「これからは…また傭兵をしようかと思ってる。自由騎士として生きてもいいな」
ジュノーンも気まずくなり、レシエから目を反らして言った。
「……そう…」
レシエは声を絞り出して言った。
これを言うのが精一杯だった。
その声が震えていたのは、言うまでもない。
そして、そのまま身を翻して、部屋を出ようとした。
「レシエ公女」
それをジュノーンは止めた。
彼女は振り返らなかった。
「前王妃…レシエ公女の母親を殺した奴や、今のカナンを作り出した奴ってのは現后妃の
カルラって、言ってたよな?」
レシエは黙って頷いた。
幼き頃の記憶は、そう言っている。
今は亡き兄のアーレスからはあまり口に出してはいけないと言われていたが、ジュノーン
には何故か言ってしまった。
「…俺はその話、信じるよ」
その言葉に、レシエは力無く笑った。
そして、
「さよなら」
小さくそう呟いて、部屋を出た。
その翌日、ジュノーンはソフィアを出た。
ナルシアには挨拶すらしていない。
「やれやれ…」
ドスッと荷物を愛竜に乗せた。
竜は心なしかウザそうな顔をしている様に見えた。
「悪ぃな。とりあえず宿に預けるからよ」
ジュノーンは空を仰いだ。
(親父、母さん…悪い。
どうやら俺は無茶が好きみたいだ。
でも…これもレシエ公女に対する恩返しだから…そっち逝ったら、よろしく頼むよ)
天に居る両親は、おそらく苦笑しているだろう。
「俺の剣はお前の血を欲しているよ…后妃カルラ!」
俺は長剣を抜き、呟いた。
もはや、オルテガなどジュノーンにとってどうでも良かった。
当然、見付けたら仕留るつもりだが。
今は、この国やカナンを狂わせた原因の人間に怒りの矛先が向いていた。
いや、今までレシエに反発してきた償いというべきなのかもしれない。
今、このソフィアの青い空に、ジュノーンはレシエが見せた笑顔を思い浮かべていた…。



「ひいぃっ!お許しを!!」
一人の魔導士が土下座をして黒き騎士に許しを乞うていた。
「許してやるさ。カルラの居場所を吐けばな」
この魔導士には仲間がいたが、その仲間は今しがた全員青い瞳をもつ黒き騎士に殺され
た。
(この男は化け物だ!)
魔導士は思った。
暗黒司祭クヌード自慢の魔導士部隊かこうもあっさり殺られたというのは前例がない。
無惨な仲間の姿から目を反らす様にして土下座する。
「わ、私はカルラ殿の居場所など知らん!」
「嘘はやめといた方がいい。痛い目にあいたくないならな」
黒き騎士は冷徹な瞳で魔導士を見た。
「う、嘘ではな…ぎゃー!」
言いきる前に魔導士の掌には彼の長剣が貫通していた。
「本当か?」
そのまま剣をぐりぐりと捻る。
魔導士の青白い手から血がボタボタと落ちた。
「ぐぎゃ〜!し、知ってる!知ってるから剣を抜いてくれ!!
カルラ様は現在、カナン西にあるガーゼルの砦にいる!!本当だ!!!」
「へっ…最初からそう言えばいいのによ」
黒き騎士は剣を引いた、
「き、貴様は何者なのだ!?我が教団に逆らって唯で済むと思ってるのか!?」
魔導士は貫かれた手をかばう様にして言った。
「けっ。じゃあ逆に訊くけどよ…お前等こそ、俺の怒りを買っといて唯で済むと思ってる
のか?」
「………」
魔導士はその問いを笑い飛ばしてやろうと思っていた。
しかし、硬直してしまった。彼の全身から放たれる殺気が、それを許さなかったのだ。
「そういえば、俺の名前が知りたかったんだよな?
…教えてやるよ。冥土の土産にな!」
「えっ!?ま、待て!約束が違…」
魔導士が抗議しようとしていた時、その青白い首は宙を舞っていた。
「『黒き死仮面』のジュノーンだ。
もう聞こえてないだろうが、一応言っといてやる」

彼はこうして、ソフィア周辺にいたガーゼル教徒から始末していった。
勿論、カルラの居場所を聞き出す為だ。
そして、殺した魔導士全員がカナン西のガーゼルの砦にいると言った。
どうやらガーゼルの奴等はあまり忠誠心が無いと思われた。



――数日後。
ジュノーンは愛竜に跨り、カナン西の砦の上空にいた。
これから砦に下降しようというところである。
(大きい窓がないな…)
ジュノーンは舌打ちした。
大きめの窓があれば、竜と共に窓を突き破って中に侵入しようと思っていたのだが、その
作戦は見事に崩れ去った。
しばらく辺りを旋回して、作戦を考えてみたが、彼は策士じゃない。
やはり、方法は一つしか浮かばなかった。
「…少し離れた所で降ろせ。
もし、今日中にお前を呼ばなかったら俺は死んだと思ってくれ。
そうなればお前は自由だ。好きにしろ」
愛竜の頭を撫で、言った。
竜は返事をする様に、小さく咆吼した。
そしてジュノーンを降ろすと、愛竜は飛びたった。
ジュノーンはそのまま砦の入り口に向かって歩いて行った。




 
 
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