最終章 祝勝会


「ゆっくりと瞼を開けると、そこは見覚えのある天井だった。
首だけを動かし、辺りを見回してみる。
(ここは…ウエルト王宮の医療室か?)
医療室とは、その名の通り傷付いた兵士達を治療する場所だ。
(という事は…俺は生きてるのか?)
オルテガの斧が突き刺さった位置を確かめてみると、傷は塞がっていた。
(…嘘だろ?あれだけぐっさり刺さってたのに…)
ゆっくりと起き上がり、毛布を捲って立ってみた。
(…痛くない!)
今度は腰を捻ってみる。
(痛っ!!)
捻ると痛い様だ。
痛みにもがき苦しんでいると、ドアから一人の青く長い髪の女性が入ってきた。
その女性はゆったりとした青いローブに身を包み、長い杖を持っていた。見た感じからだとシスターに見てとれる。
(綺麗な人だな…)
サーシャには悪いと思いつつも、正直にそう思ってしまった。
(…でも、誰だ?)
全く見覚えがない。
「まだあまり腰に負担はかけない方がいいですよ」
その女性は静かに口を開いた。
「傷口が塞がっても、痛みまでは全て取り除けませんから。
しばらく激しい運動は控えて下さいね?」
「わかりましたけど…君は?」
「あっ、すみません。名乗るのを忘れてました。私はエンテと申します」
エンテという女性は、軽く頭を下げた。
何とも礼儀正しい…。
「君が俺を治療してくれたのか?」
「ええ」
「ありがとう」
俺が礼を言うと、エンテは少し照れた様に微笑んだ。
その微笑みからは優しさというか、聖母の様な暖かさに包まれていた。
「お礼は結構ですよ。私はジュノーンさんのお手伝いをしただけです。
出血がひどかったので、私が傷を治したとしてもジュノーンさんの精神が折れていたのなら、きっとお亡くなりになられていたでしょう」
「でも、君が手伝ってくれなかったら死んでたんだろ?
なら、礼ぐらい言わせてくれよ」
俺がそう言うと、彼女は微笑した。
「ふふっ、ジュノーンさんは変わってますね」
…?今まで礼を言われた事がないのか?
「そうか?命を助けてもらったんだから、礼を言うのは当然だろ?俺は感謝の気持ちを込めて『ありがとう』って言ったんだ」
礼の言えない奴は親の教育がなっとらん!と俺は思う。
「ありがとうございます」
エンテがペコっと頭を下げた。
「…で、なんであんたが礼を言うんだ?」
「ジュノーンさんの『ありがとう』に対する『ありがとう』です」
クスッと笑って言う。
「…あんたも変わってるよ」
俺は半場呆れ気味で言った。
「そうでしょうか?」
「多分な」
「1人で50人の隊に挑む様な無謀な方に言われたくありませんね」
嫌味っぽくエンテは言った。
「それも…そうだな」
あっさり認める。事実、俺程のアホはそうはいない。
「ご理解して頂けて光栄です」
「それは俺がアホって事をか?」
「ご想像にお任せしますよ。
では、私はサーシャ様を呼んで来ます。彼女、あなたが目覚めるのを心待にしていましたから…」
そう言うとエンテは部屋を出ていった。
(エンテ…か。面白い人だな)
………………
…………
……
しばらくすると、サーシャが駆け込む様に入って来た。
「ジュノーン!」
肩で息をしている。
おそらく走って来てくれたのだろう。
「サーシャ…」
俺はベッドに座ったまま、何を言おうか考えていた。
すると、サーシャの瞳からどんどん涙が溢れてくる。
「良かった…。ホントに…」
サーシャはゆっくり俺に近付いて、俺の頭を自分の胸に抱き寄せた。
俺はそれに逆らう事なく、サーシャの暖かさと、甘い香りに包みこまれた。
「もう…二度とあんな無茶しないでね?」
「ああ…」
彼女は俺を抱いたまま涙している。
(そんなに…心配してくれていたのか)
そのまましばらく俺はサーシャの香りに包まれていた…。
変に心臓が暴れるワケでもなかったので、俺はサーシャに身を預けている。
彼女はとても暖かかった。
(このまま時が止まればいいのに…)
…………………
……………
………
「もう体は大丈夫なの?」
今サーシャは俺の横に座っている。
そう…残念ながら、俺の至福の時は終ったのだ。
「まぁ、激しい運動さえしなければ大丈夫だと思う」
エンテの話からすれば大丈夫なはず。
「祝勝会は8時からだけど…大丈夫?」
「ああ。サーシャとの約束だからな」
「アリガト♪
それで、服はどうするの?ジュノーンの鎧はあんな風にボロボロだし…」
部屋の端に脇腹の部分にぽっかり穴の開いた漆黒の鎧が置かれてある。
その横には黒い刃をした長剣も。
まぁ、今は鞘に入れられてあり、黒い刃は見えないのだが。
(あの剣については調べなきゃいけないな)
黒く染まる剣なんて聞いた事がない。
「鎧は明日鍛冶屋に持っていって直してもらうしかなさそうだな。服は適当なのを探してくるよ。別にウエルトの鎧を着なきゃいけないってワケじゃないだろ?」
「うん。っていうかジュノーンがウエルトの鎧着ても絶対似合わないと思う」
サーシャは苦笑して言った。
「うるさいな。俺だって着たくない」
「だよね♪
祝勝会は2時間後だよ?忘れないでね?」
「わかってるよ」
そう返事すると、俺は愛剣だけを腰に装着すると、自室に向かった…。
………
……………
…………………
(服っていっても…)
俺は普段鎧を着て出かけるので、服なんてほとんど持っていない。
(う〜ん…どうしよう)
ごそごそとタンスをあさっていると、一着の黒衣の剣士服を見付けた。
(あっ…これは…)
親父が昔着ていた服だ。
あの長剣と共に俺にくれた…今となっては親父の形見でもある。
あの頃には少しサイズが大きくて合わなかったが、今なら丁度くらいかもしれない。
(親父も黒が好だったんだな)
思い出してみれば、親父はいつも黒い服を着ていた。
(俺もそれを受け継いで黒が好きなのだろうか?)
そんなくだらない事を考えながら着替えてみると、予想通りサイズはピッタリだった。
親父の厳格さを漂わせる香りが僅に残っている。
(…祝勝会には合わない服だけど、これにしとくか。というか、これしかない)
あとは寝間着等の、いわゆる『他人には見られたくない』という様な服しかないので、話にならない。
俺は剣士服のまま、ベッドに寝転がった。
時計を見てみると、6時半を指していた。
(あと1時間半後か…。)
ほんの7、8時間前まで死闘をしていたのが嘘の様だ。
今、俺は昨日と同じ様にベッドの上に寝転がっていた。
眠る前はいつもある一人の女性の事を考えている。
(サーシャは相変わらず可愛かったな…)
さっきの情景を思い出している間に、うとうとしてきた。
やはりまだ疲れは取れていないのだろう。
(うぅ…寝る前に誰かに起こしてもらう様に頼まなければ…)
そんな事を考えている間に俺は眠っていた…
………
……………
……………………
「…ュノーン!」
誰かの声が聞こえた気がした。
(ったく、誰だよ。人が気持ちよく寝てるってのに)
こういう時は無視に限る。
すると、『ゴン!』という鈍い音が部屋に響きわたったと共に俺の頭に凄まじい衝撃が走った。
「うわぁ…今のは効いたんじゃない?」
「いや、これぐらいが丁度いいんですよ。コイツは」
痛さに任せて飛び起きると、俺を殴れて満足そうにしているライネルと、純白の綺麗なドレスに身を包んだサーシャがいた。
「あ、起きた」
「起きるに決まってるだろ!人の頭をおもいっきり殴りやがって…で、なんでお前等は人の部屋に勝手に入ってるんだ?」
殴られた所を摩りながら不機嫌そうに訊いてみた。というより、今は大変不機嫌だ。
サーシャに優しく『ねぇ、起きてよ』なぁんて言われたら、それはそれは上機嫌だったろうが、あんな強制的かつ暴力的に起こされて機嫌の良い奴なんていない。
「お前を起こしにきた」
ライネルは全く悪びれた様子も無く言ってのけた。
「待て。それは部屋に勝手に入った理由にはなってないぞ?
例えばお前の美人のワイフは高価な指輪が欲しかったとしよう。ならお前はその指輪を強盗してでも妻にプレゼントするのか?それは犯罪だぞ?」
「その例はちょっと違う気がするが…」
「いいや、違う事はない。
大体鍵を掛けてたのになんでお前等は入れたんだ?」
その質問の後、しばらく沈黙が続いた。
そして、サーシャが躊躇いながら言った。
「…鍵、開いてたよ?」
「なにぃ?サーシャ、君はいつからそんな盗賊まがいな事ができる様になったんだ?」
「そ、そんな事できないよ!ホントに開いてたんだってば!!」
嘘なのに本気で焦って否定してる…こういうところがサーシャは可愛い。
「というのは、冗談だ。よく思い出したら鍵掛けてなかった」
「もぉ…なんでそうやっていぢわる言うかなぁ」
サーシャは呆れた様に言った。
「まぁそれは置いといて、なんでライネルが俺を起こしに来るんだよ!」
「ん?それはたまたまここの前を通った時に、サーシャ様がお前を起こそうと頑張っていたんだがウエルト最強の寝ぼ助クンは起きなかった。
で、俺が部屋に入り、起こしてやったんだ。要するに、お前が寝たのが悪い!しかも祝勝会の前に!!」
「ライネルの言う通りね♪ジュノーンが悪い!」
…なんで俺が悪者になってるんだ?
「まぁ、それは良いとして…お前その格好で出席する気か?」
俺の剣士服を見て言った。
「ああ。悪いか?」
「いや…悪いって事はないが…」
まぁ、ライネルの言いたい事もわかるが。
「大丈夫だよ♪解放軍の人にもそんな格好した人いるし、似合ってるから問題なーし!」
サーシャはビシっとキメた。
俺達は苦笑するしかなかった…。

 

 

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