あれから何も起こる事なく無事セネーに着き、俺達は宿屋の下の階にあるレストランで夕
食を取っている。
「それにしても、サーシャって実は強かったんだな。あの実力なら護衛要らないんじゃな
いのか?」
俺は疑問をぶつけてみた。
「だからぁ…私はジュノーンと来たかったんだってば」
サーシャは食後のホットコーヒーに砂糖を大量に入れながら『何回も言わせないでよ』と
恥ずかしそうに付け足した。
(これって脈ありなのかな…?)
つい期待してしまう。
「そ、それより、ジュノーンだって随分な恐れられ具合いじゃない。ウエルトに来る前ま
でどんな事してたのよ」
…話題を変えられた。
「いや、大した事はした覚えはない。噂が勝手に一人歩きしたとしか考えられないな」
どんな噂が流れたんだか…」
俺は重い溜め息を吐いた。
「どういう意味?」
「だから、例えば俺は1人で20人の敵を倒したとしよう。しかし、それが一週間後には、
俺は200人の敵を倒したとなっている。何故なら、噂に尾ひれがどんどんくっついて行っ
て、話は勝手に大きくなるんだよ」
「ふぅん…何と無くだけど分かった。
けど、よっぽどの事が無い限りは人を殺さないで」
(よっぽどの事…ね)
「なら、この前のあれは『よっぽどの事』だな。サーシャに斬りかかろうとしたんだぞ?
護衛としてはそれを許すワケにもいかんだろ」
本来なら即抹殺だ。
「確にそうだけどぉ…」
「俺に剣を抜かせたくないなら、サーシャも前みたいな事はやめてくれないか?」
「前みたいな事?」
「いきなり相手に手をさしのべた事だ。もし、敵にまだ戦意があれば、あの時サーシャを
人質にして俺を殺し、その後サーシャも殺す事も可能だったんだぞ?」
サーシャはその光景を頭で描いた様で、ブルッと身を震わせた。
「いいか?いくら戦争が終ったからとは言え、人間まで皆良い奴にはならないんだ」
「…ごめん。これからは気を付ける」
サーシャはしゅんとなってしまった。
(………)
しかし、あの行為は本当に危険なのだ。
ここはちゃんと注意しとかなければならない。
「じゃあ、私もう休むね?」
サーシャはグイっとコーヒーを飲み干すと、そう言って部屋へと向かった。
(…マズイ。これは大変マズイぞ。関係向上どころか、悪化させてどうするんだよ…)
俺が頭を抱え込んでいると、一人の女性が声をかけてきた。
「どうしたの?ジュノーン君。そんな頭抱えちゃって」
「あ…貴女は確か…」
「どーも♪ビューリホーペガサスナイトの、マーテルさんでっす♪」
「………」
以前、俺がオルテガとの死闘で負傷した時、俺をウエルト王宮まで運んでくれた人だ。
今俺が生きてるのは彼女のお陰ではないかと思われる…が、こんな明るい人だったか?
「ちょっと、何でそこで『…』なワケよ?」
むっとした表情で俺を見る。
「いや、これ以上無いくらいバッチリ決まってるネーミングだなと」
「でしょ?ジュノーン君は物分かりがいいわね。で、君は何をそんなに悩んでるのかな?
お姉さんに話してごらんなさい?」
(あんたもエリシャ同様俺と大して歳変わらないだろ!)
心の中で不満をぶつけてみる。
「マーテルさん、性格変わってないか?」
「そんな事ないわ。で、悩み事は?よかったら相談に乗ってあげるけど。
それと、私に『さん』は付けなくて結構よ?」
「はぁ」
(…まぁ、この人は一応サーシャの従姉妹だし、相談してみるか)
俺はセネー海岸での事と、さっきの事を話した。
「…なるほど。それはサーシャが悪いわね。
ジュノーン君は別に間違った事言ってないと思うけどな。騎士が王女を守るのは当然の事
でしょ」
「そうだけど…俺嫌われちゃったかな…?」
はぁっと溜め息。
「まぁ、サーシャは優し過ぎるからね…。でも、嫌われてないとは思う。反省してるん
じゃないかな」
「…反省?」
「そう。今、サーシャは自責の念に捕われているのよ。結果としては無事だったけど、確
率としてはジュノーン君を危険な目に合わせていたかもしれないのだから」
「別に…俺が危険な事はどうでもいいじゃないか」
サーシャが危険になるといけないから…
「よくないわ。少なくとも、サーシャにとってはね…。
君が以前大怪我した時、彼女がどれだけ心配したと思ってるの?
ずっと泣きっぱなしだったんだから」
それは初耳だ。
「君は騎士であると同時に、サーシャにとっては大切な人でもあるの。
だから、無茶しちゃだめよ?」
「はぁ」
サーシャにも似たような事言われた記憶があるな。
「それで、具体的にはどうすればいいんだ?
しばらく話さない方がいいとか?」
これが一番肝心なとこだ。
「普通に接すればいいと思うわよ?
変にそれを意識しちゃうと、どんどん気まずくなっちゃうから。
『俺は何にも気にしてないぞ?』って感じで話してればいいんじゃないかな。
私も喧嘩した後にはそう接されるのが嬉しいし」
そうか。それもそうだな。
さすが従姉妹だ。サーシャの事をよくわかっている。
「ありがとう。助かったよ」
「いいのよ。私の夕食代をオゴってくれればね」
マーテルはウィンクして言った。
「え゛…」
俺は結局マーテルの分も払い、俺も寝室へと向かった。
彼女は今からサリアに直で帰る様だ。
俺達勿論別々の部屋である。
(大切な人…か)
鎧を外し、ベッドにごろんと寝転がった。
(それは友達としてか?騎士としてか?それとも…)
俺は『知りたいけど知りたくない』という疑問を脳内に渦巻かせながら、眠りに落ちた。

翌日、俺はいつもより早く目を覚ました。
それはいつものような強制的かつ暴力的な覚醒とは違って、まるでゆっくりと静かに浮か
んでいくような、まさに理想的な目覚めだった。
「ふぅ…」
とは言ったものの、気は重い。
俺は普通にできるだろうか?
(さて、とりあえずモーニングコーヒーでも飲んで、頭をすっきりさせるか)
俺は鎧を装着し、下の階に降りた。
すると、サーシャがカウンターで昨日と同じ様にコーヒーに砂糖を入れている。
(普通に…普通にするんだ)
と、思いつつも心泊数は高くなっている。
「よ、よぉ。サーシャが俺より早く起きるなんて珍しいな」
少し噛んでしまった…。
「ジュノーン…。あの、昨日は…」
サーシャが申し訳なさそうに切り出そうとしたので、俺はすかさず言葉を遮った。
「しかし、サーシャ。砂糖をそんなに入れたらコーヒーがコーヒーでなくなってしまうだ
ろう」
「えっ…?」
サーシャは虚を突かれた様で、目を点にしている。
「それはコーヒーに対する侮辱だぞ?ウエルトなら侮辱罪で罰金、もしくは一年以下の懲
役だ」
「だ、だって私お砂糖入れないと飲めないんだもん!
それに、コーヒーに侮辱も何も…!!」
「なにぃ?あぁ、サーシャはお子様だったんだな?なら無理せずにオレンジジュースにし
とけばいいのに。
朝にオレンジジュースを飲むのは体に良いって言うし」
いつも通りの会話だ。
「そ、そっちの方が侮辱罪じゃない!」
「いや、俺はコーヒーを飲めないお子様にオレンジジュースを勧めているだけであって、
サーシャを侮辱してるワケじゃないぞ?」
「だから、その言い方が侮辱してるんだってば!」
「残念ながらここはウエルトじゃない。だから、俺は罰せられないのだ」
「むぅ…なら、私がブラックで飲めればいいんでしょ?
実はブラックで飲めるんだけど、飲んでないだけだよ?」
「さっき砂糖入れないと飲めないって言ってなかったか?」
「飲めるの!
店長さん、コーヒーおかわり!」
負けず嫌いのサーシャは店長に空になったカップを渡した。
店長は俺達の様子を見ていたので、クスクス笑っている。
「あ、彼女は苦いコーヒーがお好みみたいだから」
「はい、承知しました」
店長はさっそくコーヒー豆を擦りだした。
「な、なんで店長さんまでジュノーンの味方するのよ!」
店長は聞こえないふりをしている。
おそらくサーシャがどんな反応をするのか見たいのだろう。
「…飲めるんだろ?」
いじわるい目付きでサーシャを見る。
「の、飲めるよ!別に何ともないんだから…!!」
そう言いつつ顔がひきつってるのは気のせいか?
「大変お待せしました。
当店で一番苦いコーヒー豆を使用しましたので、ご堪能下さい」
店長がコトッとコーヒーをサーシャの前に置いた。
この店長…なかなか隅におけない。
「な、なんでそんな余計な事するの!
店長さんのバカ!」
「えっと…そちらの騎士さんは何になさるので?」
店長はサーシャを無視し、俺に注文を聞いてきた。
「じゃあ、サーシャと同じので」
「かしこまりました」
店長はそう言うと、すぐにコーヒーを出した。 
俺はそれを少し飲んだ。
(結構苦いな。サーシャには厳しいかも)
そのサーシャはコーヒーと睨めっこしている。
「飲まないのか?」
「ま、まだ熱いから、冷めるのを待ってるの!私猫舌だからっ」
サーシャはフゥーッと息を吹きかけ、冷ます仕草をする。
「無理しなくていいんだぞ?」
そんなサーシャが可愛く見え、救いの手をさしのべるてやる。
「飲むの!ジュノーンは黙ってて」
勿論、こう言うのが解ってて言ったのだが。
サーシャは恐る恐るコーヒーを口元に運んだ。
ゴクッ…
「に、苦い…」
サーシャは顔をしかめて呟いた。
「え?なんて?」
聞こえていたけど、あえて訊く。
「な、なぁ〜んでも無いよ?ブラックもおいしいな〜って」
「ふぅん。まだ大分残ってるけど?」
俺はサーシャのカップを見て言った。
「の、飲むってば!」
…結局、サーシャはそれを飲むのに一時間かかった…。
 
 
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