11章 グラムでの戦い

 

サーシャが飛び立ってしばらく経ち、俺はルカとの喧嘩の後でバルコニーに行くと、レシ
エを見付けた。
彼女は空を見つめていた。
「よぉ」
肩をぽんと叩いて声をかけた。
「ジュノーン…」
彼女はいつになく弱々しい瞳をしていた。
「そんなに気にするなよ。
エリシャの言う通りサーシャが本心であんな事言うはずないさ」
「それはわかってるわ…。でも…」
言葉を切らして、彼女は黙り込んだ。
「でも、なんだよ?」
「ううん。何でもない」
そう言うと、再び空へと視線を移した。
(おいおい、どうしたんだよ)
こんなレシエ初めて見た。
とても弱々しく、守ってあげたくなるような瞳をしている。
俺の知っている彼女は、強く、何事も一人でやってのけてしまう様な女性だ。
しかし、今の彼女は違う。
「あの…ジュノーン?
もうちょっとだけここに居てくれないかしら…?居てくれるだけでいいから…」
彼女は俺の方を向かず、弱々しい声で言った。
「ああ…」
断れなかった。
こんな弱々しいレシエを一人にしておく事はできない。
「ありがとう…」
彼女は僅かに微笑んで言った。
しばらく沈黙が続いた。
夕日が山に沈んで行っている様に見える。
「あっ、そういえば闇魔神カーディスがお前の調べた『光の王女』を訂正してたぞ?」
何も話さないというのも気まずかったので、この前の事について話す事にした。
「闇魔神と話したの…!?」
彼女はかなり驚いている様だった。
「ああ。色々な。
『光の王女』と魔神の関係だとか、力の使い方だとか。
今俺にとっては友達みたいなもんだ」
「興味あるわね、その話。良かったら聞かせてくれないかしら?」
少し、いつものレシエに戻った気がする。
「うむ。後で語り代を貰うぞ?夕食代でどうだ?」
「………」
冷ややかな視線を俺に送る。
「いや、すまん。冗談だ」
その後、俺は『光の王女』と闇魔神との関係を話した。
「それは知らなかったわ。伝説は少し曲がって伝わっていたというワケね」
レシエは溜め息を吐いた。
「そういう事だ」
話を終えた頃、城内が何やら騒がしくなっていた。
「サーシャが帰ってきたのかもな」
………………
…………
……
俺達は玄関へと向かった。
すると、そこには少し疲れた顔をしているサーシャとセネト、ナロンにヴェルジュ大守の
エステル、そして弓を持った猟師らしき女性がいた。確かあの女性はルカの姉だったと俺
は記憶している。
しかし、何故ヴェルジュの大守が?
「『光の王女』の誕生だよ」
セネトは俺が来たのを確認すると、自慢気に言った。
「や、やだぁ…セネト王子。私そんなんじゃないですよぉ」
サーシャは照笑いをする。
俺には全く理解できない。
「そんな事ない。
サーシャ王女は奇跡を起こしたんだよ?もっと誇るべきだ」
セネトはまるで自分の事のように喜んでいる。
「もぅ…誉めても何もでませんよ?」
サーシャは頬を膨らませ、怒った表情を作る。しかし、それは照れを隠す為のものという
のは誰が見ても明らかだった。
俺とレシエは顔を見合わせ、首を傾げた。
「おい、どういう事なんだ?」
俺はセネトに訊いた。
「それを説明するには、まず僕達の話をしなければなりませんね」
ナロンが俺に言う。
「今ここで、というのも何なんで、会議室でしましょう。
ロファール王や大臣の方々も同席してもらわねばなりませんし…」
エステルは暗い顔で言った。
ナロンとエステルはセネトとは対照的な顔をしている。
俺は近くの近衛騎士に国王達を集めてくるよう命じた。
「あの…レシエさん?」
サーシャがおずおずとレシエの前に立った。
「何かしら?」
彼女は微笑みで返した。
「昼間は…その、ごめんなさい…」
頭を深々と下げて謝罪するサーシャ。
「いいのよ。あなたの気持ちを全く考えれてなかった私もいけないんだから」
レシエはサーシャに頭を上げる様言った。
「ありがとう」
サーシャは右手を差し出し、レシエは少し照れながらもそれを握った。
仲直りの握手という事だろう。
それはそれで良かった、と俺は思う。
「緊急会議の準備が整い次第始めますので、皆様は先に会議室へとの事です!」
近衛騎士は息を荒だてながらも敬礼した。
おそらく城内を駆け回ってくれたのだろう。
「よし、じゃあ会議室に行こうか」
皆は黙って頷いた。
…………………
……………
………
「それで…ヴェルジュはどうなっているのだ?」
ロファール王は会議が始まるなり、神妙な顔でエステルに訊いた。
エステルの話では、昨夜…というより、本日の朝方、日が出る前に、盗賊達がいきなり夜
襲を仕掛けてきたのだという。
「いきなりの出来事に不覚をとった騎士達は明らかに劣勢でした。
盗賊達も、かなり腕の立つ奴も多かったですし」
「何故襲撃を受けたと使者を送らなかったのだ?」
ロファール王はエステルの話に一段落着いたのを確認すると、また訊いた。それは俺も訊
きたかった事だ。
「送りたくても送れなかったのです。
盗賊達に街の出入り口を全て封鎖されましたから。かなり計画的な襲撃でした」
無念そうに言う。
その後、盗賊と共に乗り込んできた巨人族に、ナロンとエステルは惨敗したのだという。
しかし、この事を伝える為に瀕死の体を引きずってラケルの家に向かったのだ。
負けたとはいえ、その根性は素晴らしいものだ。
「巨人族は、『光の王女を差し出せ』と叫んでいましたが…光の王女とはサーシャ様の事
なんですね?」
ナロンがエステルの言葉に付け加え、訊いた。
ロファール王は顔を歪め、ゆっくり頷いた。
「そして、ラケルの家に着いた時、私達はサーシャ様の奇跡により命を救われたのです」
その言葉により、皆がサーシャの方を向く。
セネト達の話によると、サーシャの奇跡は聖女のそれとは全く異なり、まるで女神が降臨
したかの様な印象をうけたそうだ。
勿論、彼女にはそんな能力はなかったはずだ。
「その治癒能力はいつでも使えるのですか?」
レシエはサーシャに問い、彼女はきっぱり『できます』と答えた。
なら、とレシエは腰のナイフを抜き、自分の腕を切ってみせた。
血がだらだらと流れだす。
「疑うワケじゃないんだけど…この目で見てみたいの。
治してくれるかしら?」
レシエはサーシャにやや申し訳なさそうな顔をした。
サーシャは笑顔で頷くと、席を立ち、レシエの元へと向かった。
そして、傷口に手を当てて、サーシャが祈る様に目を瞑ると、サーシャの体から眩い光の
様なものが放出し室内全体に短い時間溢れた。
光が収まると…レシエの腕には傷跡さえなかった。
さすがのレシエもこれには驚いで、言葉をなくしている。いや、レシエだけじゃない。こ
の部屋にいる者全てが目の前の王女の奇跡に驚いている。
しばらく室内に沈黙が訪れた。
「どう?痛くない?」
サーシャは心配そうな表情でレシエに訊いた。
「…ええ。本当に凄いわ」
「良かった♪治せなかったらどうしようかと思った」
サーシャは額の汗を拭きながら安堵の息を洩らした。
この治癒魔法(?)は疲れるのだろう。
(カーディスの知ってる『光の王女』もあんな感じか?)
俺は『魂喰い』の柄を握り、剣に住まう友人に訊いた。
『…うむ。まさしく光の王女・マーファの生まれ変わりだ』
剣を伝って、俺の脳内に声が聞こえた。
どうやらカーディスの知っている光の王女はマーファというらしい。
マーファとサーシャ…どことなく響きも似ている気がする。
(あれは魔法なのか?)
再び闇魔神に問う。
『神聖魔法…我は過去に呼んでいた。
勿論、あれは聖竜の巫の癒しの力を凌駕すると我は確信している』
(俺も今の光景を見て、そう思ったよ。
それより、カーディスは聖竜の巫の事も知っているのか?)
今の時代の事を知っているのは意外だった。
『我は何年生きていると思うのだ?
この世の知識は黙っていても入ってくる。
そういえばいつもお前がアホアホと言っているあの飛竜も知識の深さは我と同等だ』
(う、嘘だろ?だって物凄いアホだぞ?あいつは)
闇魔神の言葉を信じれなかった。
『嘘ではない。今度暇ができたら話してみるがよい。
我と話すと同様、お前と奴は意思疎通できる』
(…何故?)
『それは、あの飛竜が老竜(エルダードラゴン)だからだ。それ故、高い知識を獲得して
いる。それに、お前はただの騎竜としか思ってないみたいだが、あの竜自身、相当な強さ
だ』
(…今度話してみるよ)
俺は剣の柄を離した。
会議が再開されたからだ。
「それで…どうなさるんですか?今すぐ兵をヴェルジュにだしますか?」
会議に参加していた貴族がロファール王に質問した。
「…いや、グラムで迎え撃とう」
ロファール王はしばらく考えたあと、そう言った。
「しかし、今のロジャーの軍ではとてもじゃないが敵軍には勝てぬだろうから…誰か援軍
に行ってもらわんとな」
周りを見回して、ロファール王は言う。
「…俺が行こう」
今まで黙っていたヴェガが口を開いた。
「よいのか?貴公はこの国の者ではないだろう」
「ならば俺を傭兵として雇え。
それで問題は解決する」
相変わらず無表情で言う。
ロファール王は迷わず雇った。強い味方が多いのは越した事はない。
「よし、ジュノーン。行くぞ」
ヴェガはスッと立って言った。
「え゛…?俺も?」
ロファール王の方を向くと、彼は頷いた。
(やれやれ…)
まぁ巨人族がいるのだから、俺かレシエが行くのは妥当だろう。
「僕も行っていいですか?」
ナロンは遠慮がちに言うと、ロファール王は頷いた。
彼はユトナ聖戦で才能が開花し、今ではウエルトのトップクラスの騎士だろう。
しかし、その控え目な性格が災いしてか、まだ騎士隊長にもなれないでいる。
「他にジュノーン達と行きたい者はおるか?」
辺りを見回した。
すると、何人かの騎士団長とフラウの手が上がった。
「うむ…わかった。今の者達は出陣せよ」
ロファール王は出陣の命を俺達に出した。
ヴェガが来るという事は、必然的にクリシーヌも来る事になる。
そしてフラウとナロン、その他50名の騎士を引き連れて俺はグラムに行く事になった。
……………
………
…
「ジュノーン…気を付けてね。本当は私も行きたいくらいだけど…」
会議が終り、出陣の準備をしているとサーシャが心配そうに話しかけてきた。
「なに、多少無茶してもサーシャに治してもらうさ」
冗談っぽく言った。
「もぅ…あれ、ものすっごく疲れるんだからね?
だから、怪我はしないで」
「そうする様に心がけるよ。
サーシャも気を付けてな。何かあったらすぐに助けを呼ぶんだぞ?」
念を押していう。
「安心して。私もできるだけサーシャ王女といるから」
「僕もいるしね」
俺とサーシャの会話を聞いて、レシエとセネトが会話に入ってきた。
「ならサーシャ、危なくなったらレシエに助けてもらえ。セネトは頼りないからな」
冗談で言ってみる。
「おいっ、そんな言い方ないだろ。僕だって…」
セネトは少し怒って抗議しようとしたが…
「うん、わかった♪レシエさんに頼むね♪♪」
サーシャはノリ良く笑顔で答えた。
「さ、サーシャ王女まで…」
セネトががっくり肩を落としたのを見て、俺達は笑った。
「冗談ですよ、セネト王子♪
よろしくお願いします」
サーシャはぺこっと頭を下げた。
セネトは苦笑を洩らしている。
「ジュノーンく〜ん、もう出発するよ!」
フラウの声が遠くから聞こえ、俺はサーシャ達と短く別れの挨拶を交し、フラウの声が聞
こえた方へ向かった。
レシエは最後に、力を使いすぎない様に、と警告したが、そういうワケにもいかないだろ
う。
俺は本気で戦うつもりだ。
サーシャを守る為に…。



 
 
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