時は少し遡り、ウエルト城下町上空。 レシエは愛竜の上に跨り空を駆けて思った。 (完全な嫉妬ね…) 嫉妬というのは、勿論サーシャにである。 レシエは破壊竜をジュノーンとサーシャに任せ、自分がグラムに出向いてドルムを倒しに 行くと言ったのだ。 それ程の力が無いのは自分にも解っていた。それでも、決意した。 自分も彼に認めてもらいたいから…。 自分は恋敵の少女みたいに愛らしくもなければ、可愛いげもない。彼には無愛想な祖国の 公女くらいにしか思われていないかもしれないのではないか、とも思う。 恋敵と自分を比べると、女性として激しい劣等感に苛なまれるのだ。 自分も彼女みたいに素直に可愛く生きるべきだったと、今更後悔している。 (…いいえ。きっと私はそれでもサーシャ王女には勝てない) レシエは思い、納得した。 例えどんなに可愛くしても自分では勝てないだろう、と。 彼女にとってドルムを倒しに行くというのは、自分の存在アピールなのだ。 ジュノーンとサーシャが互いに想いを寄せて合っているのは誰がみても明らかだ。 それに対しての細やかな抵抗…なのかもしれない。 レシエが恋敵に勝っている事…それは戦いしかない。 彼女はそう判断し、グラムに向かっているのだ。 しかし、他にも意味はある。 レシエも女性だ。 好きな男性に心配してもらいたいし、少しでも想ってもらいたいのだ。 だから有無を聞かずにウエルト王宮から飛び出したのだ。 そんな自分にレシエは嫌悪感を抱いていた。 寂しい瞳をして自分から腕を絡めたり、手を握って甘える様な事が自分にはできないのは 解っている。 そのくせ深層心理では甘えたがっている…それが気に食わないのだ。 しかし彼は…いや、彼だけでなく、彼女は自分自身気付いていない。 自分がどれ程弱く、寂しがり屋なのかを…。 彼女はジュノーンがソフィアを去ってから、何か心にぽっかり穴が開いた様な、そんな感 覚に襲われたのだ。 あの時はまだ戦時中だった為、戦いで気をまぎらわす事もできた。 戦争が終り、まぎらわすものがなくなってからの自分は酷かった、と思う。 鏡を見ると、虚ろな瞳をした自分が映っていた。 毎日彼の事を想っていた。想うと胸が締め付けられ、途方もない寂しさに襲われた。 縁談の話もいくつかあって、相手と会ってみた。ジュノーンを忘れられるかもしれないか らだ。 しかし…結局は無理な話。 時が忘れさせてくれるしかない、と彼女は半諦めていた。 そんな時…レシエは想い人と再会したのだ。 彼女の心は一気に解放された。 しかし…彼の心にはサーシャという人がいた。 彼女が捕われた時のジュノーンの必死さがそれを物語っていた。 正直、レシエはあの時羨ましかった。 もし仮に自分が捕まったとしても、彼はあそこまで心配しないだろう。 そう想うと、辛かった。 サーシャに『光の王女』の事を話した時、彼女は言った。 『ジュノーンに会いたいからウエルトに来たんじゃないんですか!?』 あの時、気付いた。その通りだ、と。 サーシャを守るというのは口実で、ジュノーンに会いに来ていたのだと。 自分が醜く見えて仕方なかった。 落ち込んでいた理由はそれだ。 しかし、彼を想っている自分は好きだった…。 夢でもいい。 幻想でもいい。 一度でいいから彼のあの柑橘系の香りに優しく包み込まれたい。 その願望は叶わないと思う。 しかし、少しでもその夢に近付くには…ドルムを倒さなければならない。 むしろ、それ以外に自分らしい方法は浮かばなかった。 (ドルム…悪いけど、倒させてもらうわ…!) 魔神武具『魔風槍』を強く握り、彼女は誓った…。 ――グラムの森。 普段、ここは静かで野生動物がよく見られて心が和む場所だ。 しかし、現在は野生鳥の声など聞こえない。 聞こえるのは戦の声のみだ。 ウエルト軍は明らかに劣勢だった。 何人も兵が倒れている。 操られし敵の中にはヴェルジュの騎士もいる。 彼等と知り合いの者も多い故、とても本気で殺す気にはなれなかったのだ。 しかし、それで躊躇したりしているとバーサーカーと化した同胞に体を剣で貫かれてい た。 それの繰り返しこそが、今の状況を作り出している。 一方、ユトナ聖戦の英雄達は本気で戦っていた。 たった一人のか細い男に。 もはやウエルト王宮騎士隊長ライネルとノートン伍長、聖騎士ロジャーに弓戦士のルカは 生きてはいるものの、戦に参加できないほどのダメージを負い、倒れている。 飛竜の剣士クリシーヌや弓の女神ラケルは自分の力が通じないとみて、彼等を応急処置し ている。 メルも、何度も癒しの杖を振っている為精神が限界に来ている。 今戦っているナロンにヴェガ、フラウとエステルにしろ、もう体力が限界に近付いてい る。 「息が荒いぞ?英雄達よ」 ドルムが膝をついて肩で息をしているユトナ聖戦の英雄達を悠然と見下ろし、話しかけ た。 彼は無傷だった。 一方、ヴェガとナロンは斬り傷に火傷が上乗せされダメージは大きい。 「ちっ…勝てそうにないな」 ヴェガが呟いた。 ナロンも苦笑して頷く。 「一つ、教えてくれない?」 エステルが剣を杖の様に地面に突き、言った。 ドルムは冷笑したまま頷く。 「その、紅いレイピアはどういう仕掛けなの?」 剣先が僅かに触れただけでも皮が焼かれる。 そのおかげで彼等の全身は火傷だらけだ。 「ふむ…まぁ教えてやろう。 余も実際には見たことがないのだが…神話の中で『魔神武具』という伝説の武具が出てき た。 あくまでも『伝説』だ。それがこの世にあるかはわからんが、余はあの神話が大変好きで あった。 特に、炎魔神マドルクは余のお気に入りだ。 奴は炎とレイピアを使い、幾千もの戦を勝ち抜いたという。 余も炎の魔法は得意であり、レイピアも好んでおる。 そして、このレイピアに余の魔力を込める事を思い付いたのだ。 実験は成功し、我がレイピアは炎の力を持っている。 言ってしまえば、自作の『魔神武具』だ。 余はこれを『紅連』と名付けた」 ドルムは力を込めて剣を握った。 すると、刃部分がメラメラと燃え始めた。 「今まで、余は炎を最小限に抑えて戦ってきた。戦いを楽しむ為にな。 しかし、それも終りだ…」 ドルムは燃え盛るレイピア『紅連』を構えた。 ヴェガ達も構えようとはしたが、疲れにより腕は鉛のように重かった。 「滅びよ…!」 炎のレイピアを片手で持ち、ドルムはナロンに斬りかかった。 (…母さん、ごめん) ナロンは死を覚悟した。 もはや自分の力でどうにかなるとは思えなかったからだ。 避ける動作もせず、目を閉じた。 その時…風が少し強くなったのをナロンは感じた…。 そろそろ自分の首は飛んでいるのだろうか、と思った時… 「な、何奴!?」 ドルムの驚愕の声が聞こえた。 何事かと思って目を開けてみれば、ドルムがかなり離れた所で蹲っていた。 そして、ソフィア公国竜騎士団を束ねる公女・レシエがナロン達の前に降り立った。 「え…どうなったんですか?」 ナロンは現状を把握できず、近くにいたヴェガに駆け寄り、訊いた。 「見ていなかったのか?」 ナロンはコクコクと頷いた。 「…俺も忘れていた。ジュノーン以外にも化け物がいた事を」 ヴェガは軽く舌打ちして言った。 「化け物とは失礼じゃないかしら?」 レシエが振り向き、抗議した。 「魔導士でもないお前が風を自由に操り、俺達が何度斬りかかっても息一つ荒らさなかっ た奴を簡単に吹き飛ばしたのだ。貴様も化け物の域であろう」 ヴェガの言葉にレシエは不快に感じ、言い返してやろうかと思ったが今はそんな時でもな い為ドルムの方を向き直した。 「…貴様、何者だ?」 ドルムは埃を払いながら訊いた。 「ソフィア公国のレシエと申します」 レシエは礼儀正しく名乗った。 「ほう…かの有名な公女殿が何故にその様な力を持っているのか、余は非常に興味を持っ たのだが…教えて頂けないかな?」 ドルムは冷笑して言ったが、明らかにその表情には怒りが見えた。 「お断りします。しかし、もしあなたが私と一騎討ちで勝ったのなら教えてさしあげま しょう」 レシエは微笑して言ったのだが、ドルムにはそれが嘲笑に見えた。 「…残念だが、余にとって一騎討ちとは殺しを指す。 余は女性を殺めたくはない。 例え、それが余に敵対する者であってもな」 ドルムは真面目な顔をして言った。 「あら、意外に紳士なのですね。しかし、これを聞いてもその紳士さを保っていられるで しょうか?」 レシエは微笑を浮かべた。 「…?」 ドルムは首を傾げた。 ヴェガ達も彼女の言動を理解できていない。 そして、レシエは口調を変えて言った。 「あなたの部下、ブルーグを殺したのは私よ。それでも私を殺せないのかしら?」 挑発するような言い方。 ドルムの表情はみるみる怒りに変わっていく。 レシエを含めて、その場にいた全員は畏怖を覚えた。 そこには先ほどの余裕に満ちた表情は消えていた。 あるのは鬼の形相だった。 「貴様が…貴様が殺したのか!!」 「そう。醜いゴムボールさんをね」 更に挑発をするレシエ。しかし、『魔風槍』を持つ手は震えていた。 「余の…余の友を侮辱するなぁ!」 叫ぶと同時にレシエに斬りかかった。 レシエもそれに正面から応戦した。 槍のリーチを活かし、牽制する。 怒り狂うドルムは構わず突撃してくる。 それを狙い、レシエは呟いた。 「風よ…愚かなる者を刻め…!」 ドルムの周りにいきなり竜巻が起こり、彼を宙に舞わせながら刃と化した風が切り刻ん だ。ブルーグを葬った風魔神の必殺魔法のである。 風が止むと、彼は地面にバタンと落ちる。 ドルムの体中の傷から血が地面に滴り落ちた。 「うぐ…。ば、バカな…!」 ワナワナと自分の血を見ながら立ち上がった。 彼は初めて本当の痛みというのを知った。 レシエの作戦は成功したのだ。 皮肉な事に、レシエのこの作戦は彼がジュノーンを破った時に思い付いたのだ。 怒りに任せれば動きは単調になる。 以前、ジュノーンはそれで圧倒的な敗北をしたのだとレシエは気付いた。 それを今度は彼女がドルムにやってのけたのである。 ドルムはこの時、初めて敗北に対する恐怖を抱いたのだった。 「余は負けぬ…!負けるワケにはいかぬ!! 余は覇王ドルムなり!!!」 ドルムはそう叫び、左掌をレシエに向けた。 「燃え尽きよ!ソフィア公女!!」 同時に彼の掌から凄まじい大火球が放たれた。 それはあのエルフ達のと比べられるものではなく、大きさは普通の家くらいだ。 炎魔神を思わせる火球だ、とナロンは絶望的な気持ちでそれを眺めた。 「終った…」 隣のヴェガやフラウ、エステルもその大火球を見つめ、死を悟った。 しかし、レシエは無表情のまま、クルクルッと槍を回して呟いた。 「…魔風障壁」 竜巻が壁の様になり、その大火球を空へと弾き返した。 この技はサーシャの光の壁(ホーリーシールド)を見た時、風魔神が思い付いたという出 来立てホヤホヤの技だ。 「………」 ドルムとその場にいた全員は声も出せず、唖然と空の彼方へ消えた火球を見つめていた。 「さぁ…始めましょうか、覇王さん?」 レシエは微笑を浮かべ、『魔風槍』を構えた…。 |