ドルムは勝ちを確信していた。
もはや相手の主力のジュノーンは力を使い果たし、先程のソフィア公女みたいになるのは
時間の問題。
それは破壊竜の精神も同じ事だった。
ゴーレムやスケルトンがジュノーン達を取り巻いている。
最初から兵など魔物にしておけばよかった、とドルムは少し後悔した。
魔獣使い等と吟われるのは嫌だったから今まで召喚魔法は使わなかったのだが、まさかこ
れほど自分が召喚する魔物が強いとは彼自信知らなかったのだ。
「ふはは…はーはっはっはっはっ!!」
自然に笑いが洩れた。
破壊竜の精神はもうすぐ折れる。
(勝った…)
心からドルムはそう思った。
しかし、その時竜巻が吹き荒れ、巨大な雷がモンスター達に落ちた。
まるで紙屑の様に彼の配下は吹き飛ばされ、烈風に切り裂かれている。。
(なっ!?まさか風魔神の力を持つ女が復活したか!?)
急いでソフィア公女の方を見るが、彼女は先程と変わらず眠ったままだ。
(な、何者なのだ!?)
そして、同時に混乱しているドルムの左半身が軽くなった。
ボトリ、と音を立てて何かが落ちる。
自分の左腕であった。
痛みを感じる前に、ドルムは唖然とそれを見つめた。
後から落ち着いた声が聞こえてきた。
「後がガラ空きだったんでね…遠慮なく攻撃させてもらったよ」
ゆっくり振り返ると、ルナの剣を悠然と構えている人物がいた。
ドルムには見覚えがあった。
勇者大会の時、少し話をした奴だ。
「き、貴様は…!」



辺りはゴーレムやスケルトン達で埋め尽されている。
終りだ。
ジュノーン達は誰しもがそう思った。
しかし、その時ゴーレムの頭上に巨大な雷が落ちた。
同時に竜巻がモンスター達を飲み込み、切り裂いた。
(レシエが…?そんなバカな)
ジュノーンはレシエが復活したのかと思い、確かめてみるが彼女に変わりはない。
そして、ゴーレムの背後から聞き覚えのある声が耳に入った。
「やたらとこういう場面が多くて嫌んなっちゃうのよね〜…」
銀髪のロングヘアを風になびかせ、バチバチと帯電させている少女がいた。
エリシャだ。
『こういう場面』とはおそらく前のレダ古城跡での事を言っているのだろう。
「私の瞬間移動の術さえ使えば、君達も一瞬でここに来れたのだがね」
エリシャの横にいた『レダの賢者』が嫌味っぽく俺に言った。
さっきの雷はエリシャ、竜巻はアフリードが起こしたのだろう。
二人の魔導士の登場により、確実にジュノーン達は優勢になった。
本家の魔術の凄さを改めて知った時だった。
彼等の魔法は敵の陣を崩し、戦力的に劣る騎士達は1対3くらいで戦える様にしてくれ
た。
(動け、俺の躯…!)
ジュノーンは融通の利かない自分の体に叱咤し、動くよう命じた。
「闇よ…敵の視界をふさげ…!」
最後の力を使い、ジュノーンは『ダークネス』を唱えた。
これは初歩中の初歩魔法で、相手に闇の幻覚を見せて視界を暗闇一色にする呪文だ。
それだけでも十分に効果はあり、ぶんぶんと剣や腕を振り回しているモンスターならヴェ
ガやナロン、そして熟練の騎士達の敵では無かった。
しかし、ジュノーンの仕事はまだ終っていない。
愛竜を助けなければならないのだ。
ジュノーンは体を引きずる様にして歩いた。
それを見て、アフリードが制止させる。
「待ちたまえ、ジュノーン君。君がいかなくても、もう大丈夫だ」
アフリードの指差した先を目で追うと、そこには左腕を失ったドルムがいた。
「なるほど。じゃあ、後は任せるか…」
ジュノーンはそう言うとバタンと倒れた。
疲労故である。
何度か吐きそうになったが、綺麗好きな彼にとってそれは神に喧嘩を売る行為と同じだっ
た。
嘔吐だけは必死に耐え、それを乗り越えると激しい睡魔に襲われた。
しかし、ジュノーンはレシエの二の舞いにはなるまい、と必死にドルムの最後を見届けた
…。



「…カナンのセネト!」
ドルムの叱咤の声が響いた。
彼は非常に気分を害していた。
勝利寸前にて邪魔が入る…これ程腹が立つ事はない。
「さあ、僕が相手だ!」
セネトが気合いの声を上げて斬りかかった。
「愚物め!」
ドルムは地面に刺してある紅連を抜き、右手のみでセネトを迎え撃った。
乾いた金属音が鳴り響く。
文字通り、火花が剣から散る。
片手を失くし、平行感覚を失っているドルムは明らかに不利だった。
(余が…余がこの程度の男に圧されているだと?)
片手を失っているだけなら、セネトではドルムに敵わなかったに違いない。
彼の体もとうとう疲労の限界なのだ。
ユトナ聖戦の英雄達と、風魔神の力を持つレシエと、そして破壊竜と戦い、その後は多数
のモンスターを召喚し、破壊竜に洗脳の呪文をかけ続けていた。
こんな強敵達と戦い続け、魔法を使い続けた事は過去には無かった。
「お、おのれ!」
しばらく一進一退が続き、苛ついたドルムが強引に突きを出した。
(来た!)
セネトはそれを待ち望んでいたのだ。
0コンマ数秒後には、紅連はドルムの手を離れ宙を舞っていた。
紅連は遠く離れた所にカランと音を立て、落ちた。
「余が…剣で負けただと?」
呆然と落ちた剣を眺めた。
セネトは剣を収める。
それを見たドルムは笑いが洩れた。
「…?」
アーレス第一王子の息子は首を傾げた。
「余が魔術を使えるのを知らなかったのか?
剣を収めた時点で貴公の敗けだ」
ドルムは残った右手をセネトに向けた。
セネトは無表情だった。
「勘違いするな。僕が剣を収めた理由は、勝ちを確信したからじゃない」
「ふっ…ならば余の業火に焼かれたいからか?」
大火球を右手に作り出し、冷笑した。
「さすがにそんな奴はいないだろう。
後を見れば分かるんじゃないかな。僕が剣を引いた理由が…」
その言葉にハッとし、ドルムは振り返った。
その時見えたのは口だった。
とても大きく、鋭い牙がたくさんある竜の口。
その後聞こえたのは、骨が砕ける鈍い音だった。そこから、ドルムの意識は無い。
そして、それは永久に目覚める事はなかった…。

破壊竜がドルムをくわえた時、セネトは思わず目を反らした。それからすぐに何か堅い物
が噛み砕かれる鈍い音が耳に入った。
そして、破壊竜の大きな咆吼が聞こえた。
それは今までの様に恐ろしいものではなく、歓喜に満ちた声だった様に思う。
「終ったな…」
ジュノーンが『魂喰い』を杖の様にして、セネトの元へ歩み寄った。
見ると、騎士達も歓喜の声を上げていた。
「ああ。終ったよ」
セネトは微笑んで言った。
「ったく、お前のイイトコ取りも大したもんだよ。
せっかく俺がドルムの野郎をクチャクチャの挽き肉にしてやろうと思ってたのによ」
「よく言うよ。ヘロヘロだったくせに」
そう言うと二人は笑い合った。
ひとしきり笑い合った後、セネトは炎のレイピア・紅連を拾い上げた。
「彼も可哀想な奴だ。もし、これほど大きすぎる野心を持たず、地道に魔法の研究をして
いたらきっと素晴らしい宮廷魔術師になれたのにな」
「カーリュオンになりたかったんだから仕方ないんじゃないか?」
ジュノーンは冗談っぽく言い、笑った。
セネトもつられて笑う。
しかし、内心ではその『カーリュオン』という言葉が引っ掛かっていた。
セネトの知る人で、自分がそれの再来だと思い込んでいる人物がいたのを思い出した。
英雄王…それはジュノーンこそがふさわしいのではないか、とセネトは思い始めている。
アフリードもそれを望んでいると、王宮で話した時言っていた。
おそらく、ジュノーンの英雄伝説は一ヶ月後にはリーベリア全土に広がるに違いない。
その状況にあの獅子王子が黙っているとは思えなかった。
セネトが過去に愛した人が彼を抑えてくれる事に期待するしかない。
しかし、新たな戦いの予感をセネトは感じずにはいられなかった…。
……………
…………
………
「え〜!?戦い終っちゃったのーっ!?」
セネトの不安をよそに、能天気な声が上空から聞こえた。
サーシャだった。
「サーシャ、お前、何処で何してたんだ?
いくら天馬が破壊竜より遅くったって、これは遅すぎだろ…」
ジュノーンは穏やかな口調で言ったが、怒りが篭っている様にも思える。
「え…だって、おじいさんが道に迷ってたから案内してあげただけだもん」
その答えに黒き死仮面もカナン王子も呆れて言葉が返せなかった。
(人が何人も死んでるんだぞ?…まぁ、それがサーシャの良い所なんだけど)
ジュノーンは笑ってサーシャの青髪をくしゃくしゃと撫でた。
ウエルト王女はワケが分からないという感じだが、嬉しそうに笑った。
「それよりサーシャ王女。怪我人が沢山いるんだが…回復頼めないかな」
セネトが少しムスッとした表情でサーシャに言う。
「あ、うん。…でも、怪我人の数が多すぎるよ…」
サーシャは辺りを見回した。
一人や二人ではない。死者は100人を越えるが、怪我人はそれの倍以上だ。
瀕死の傷を負っている者も多い。
「そうだな…」
ジュノーンもサーシャの視線を追い、怪我人達を見た。
アフリードがこちらに気付き、歩み寄ってくる。
「アフリード、どうすればいいだろう…?」
セネトが訊いた。
『レダの賢者』は微笑して答えた。
「簡単な事だよ、サーシャ王女。
光の王女として目覚めた時、どういう気持ちだったか覚えてるかい?」
サーシャはコクコクと頷き、答えた。
「…エステルとナロンを助けたいって思った」
「今度もそれと同じ様にするのだよ。疲れるだろうけどね…」
『光の王女』は一瞬戸惑ったが、目を瞑り、祈る様に手を胸前で合わせた。


みんなの怪我を治してあげて…


すると、グラムの森全体が光に包まれた。
ジュノーンを始め、体が深く傷付いている者もみるみる楽になった。
さすがに死者までは蘇らなかったが、生きている者は皆完治した。
神聖魔法を終えると、サーシャはよろっとぐらついた。
ジュノーンが支えようとしたが、セネトがその役を奪う。
ジュノーンは心の中で舌打ちした。
「あ、私は大丈夫ですから…」
サーシャが顔を赤らめ、一人で立とうとしたが、やはりまだ足元がおぼつかない感じで
あった。
神聖魔法も魔神魔法も、人間に負担がかかる事には変わらない様子。
「全然大丈夫じゃないじゃないか。
いいよ、僕が支えてあげるから」
「あ、でも…」
サーシャは恥ずかしさのあまり、ジュノーンに助けを求めたが、彼は愛竜の方へ向かって
いた。
おそらく、彼はこの場に居続けても自分の気分が害されるだけと思ったのだろう。
(ジュノーンのバカ)
そんな彼に向けて、呪いの言葉をサーシャは心中呟きつつ、セネトに言われるがままに馬
車に連れられた…。

「よぉ、大丈夫か?」
ジュノーンはジュリアスの体に手を当てて、訊いた。
(かなり、危なかったがな。これから数日、眠らせて頂くとしよう)
竜は一日の大半を寝て過ごす。
長い時には二日間眠り続ける場合もあるという。
「ああ、ゆっくり休め。今までの散々疲れを溜めてるんだからな。一年くらい寝てていい
ぞ」
(…承知)
冗談のつもりで言ったのだが、彼は本気で寝るかもしれない。
(用事があったら呼べ。我はすぐ汝の元へ向かえる様、ウエルト内で住まう所を探す)
「ああ。人は襲うなよ」
(承知)
短く答えると、濃血色の巨竜は3対6枚の翼を羽ばたかせ、空へと舞った。
羽ばたく竜に、人々は感謝の気持ちを込めて拍手をしたり、『ありがとー!』等と叫んで
いた。
確にこの戦は、彼なしでは勝てなかった。
勿論、この場にいる誰か一人でも欠けていたら勝利は無かった。
ジュノーンは相棒を見送ると、木にもたれたままのレシエの所に向かった。
 
 
 
レシエはまだ眠っている様だった。
ジュノーンは横に腰掛け、顔を覗き込んだ。
すると、オレンジ色の瞳がゆっくり開いた。
「あ…ジュノーン」
「大丈夫か?」
「ええ…。体の方はね」
何と無く、レシエは夢見心地の様な気分で話していた。
頭がぼーっとしていて、目を瞑るともう一度寝てしまいそうだ。
「でも、やっぱり眠たい事に変わりはないみたい」
「よく寝る公女様だな」
「うるさいわね…私は貴方と違ってデリケートなのよ」
うとうとしならもレシエは憎まれ口を叩いた。
「けっ。吐いてる奴に言われたくねーよ」
嫌味を言い返してやった。
「…………」
しかし、返事はこない。
「…?」
(…怒らしたか?)
恐る恐るレシエを見ると、彼女は可愛い寝息を立てて、もう一度眠りに落ちていた。
(やれやれ…相当疲れてたんだな)
自分も無理はしたつもりだが、レシエ程ではない。
彼女の頑張りが、この戦に勝利を呼び込んだ様に思えた。
ジュノーンはオレンジの髪を一度だけそっと撫でてから、担架を持っている衛兵を呼んで
彼女を馬車に乗せる様命じた。
そして、自身も歩いて王宮に帰った。



 
 
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