最終章・Each and every heart
次にレシエが目覚めたのはベッドの上だった。 体の重みは消え、頭もすっきりしている。 暗くなった窓の外の風景を見ると、ウエルトの城下町である事が見て取れた。 ムクッと起き上がると、自分が夜着に着替させられている事に気付く。 (…勝手に人を着せ替え人形にしないでくれるかしら?) 誰が着替させたかは知らないが、心中文句を言ってみた。 その親切には感謝しているが、羞恥という感情が彼女は大きい故である。 同性にも見られたくない物は見られたくない。しかも自分が寝ている間に。もっとも、そ れが普通だと思うのだが。 彼女は毛布を綺麗に畳み、先程着ていた服がテーブルに畳んで置いてあったので、それを 着ようとした…が、それはドルムとの戦いでボロボロになっている上、少し『シミ』がつ いていた。 (…………) 彼女は再び自分が嘔吐した事を思い出した。 彼女としては、早く忘れたい過去だ。 その意思に従い記憶を消去しようと彼女の体も動いているのだが、それを思い出させる道 具はあまりにも多かった。 (…代わりの服くらい置いといてよ) 溜め息を吐き、部屋のクローゼットを広げた。 「……………」 キラキラ輝く派手なドレスが並べられていた。 こんなドレス、彼女は着る気にすらならないし、一人では着る事も出来なさそうなドレス だった。 (…どうしよう) 再び溜め息を吐いた。 ウエルト王宮内をまだちゃんと把握していないので、今自分がどこにいるかもわからな い。 それに、こんな一枚の薄い夜着で城内を歩くなんて彼女にはできなかった。 次に彼女はタンスを調べた。 せめて、外に出れるくらいの服が欲しかった。 これじゃ監禁と変わらないじゃない、と心中で再び文句を言う。別に外側から扉に鍵が掛 けられているワケではないのだが、心境的には同じだった。 タンスの中も、派手な服が多かった。 順に広げて調べては、畳んで戻す。 それを30分程繰り返した後、やっと自分のサイズに合いそうな黒色の短衣(チュニッ ク)を見付けた。 「良かった…」 レシエは安堵の息を吐いて夜着を丁寧に畳み、短衣に着替えた。 そして、壁に掛けられた『魔風槍』を持った。槍先には布が巻かれていた。危険だからだ ろう。 (ご丁寧にどうも) 布を巻いてくれた人物に心中で礼を言い、内側から掛けられた鍵を外した。 …………… ……… … 「しかし、ジュノーン様の破壊竜に挑んでいく姿はすっげぇかっこよかったよなぁ!」 レシエが部屋を出ると、少し離れた所で3人の下級兵士が喋っていた。 (『ジュノーン様』だって) レシエは忍笑いを漏らした。 自分の想い人が様付けで呼ばれているなんて過去では考えられなかったし、以前から思っ ているのだが似合ってない。 「破壊竜を呪いから解き放ったサーシャ様も凄かったぞ?」 「あれも凄かったよなぁ。街に光がパァッて広がってよ」 破壊竜との戦いをレシエは見ていない。 先走ってドルムを倒すなんて言っておきながら、見事にやられたのだ。ジュノーンに助け られていなかったら間違いなく死んでいただろう。 情けない話だ。 (この戦争の主役はジュノーンとサーシャ王女…。結局、彼女には勝てなかったのね) せめて自分も何か讃えられる様な事をしてやろうと思っていたが、それも失敗に終った。 ただの敗兵にしか自分は過ぎないと彼女自身は思っていた。 しかし、レシエの予想を裏切る発言を3人目の兵士はした。 「何を言うか!レシエ様の勇猛ぶりだって負けてはないぞ?」 (え…?) この兵士はグラムで戦っていたのだろう。 彼女の戦いを知っているのはあそこにいた人以外にいない。 「風を自在に操って空を舞い、敵を刻む…まさに風の精霊の様に華麗だった」 その後、彼の『レシエ・サーガ』は続いた。 挙げ句にサーシャが『光の王女』ならレシエは『風の女神』だとまで言い出した。 聞いている方が恥ずかしくなってくる言葉が連続する。 自分の顔が紅くなっていくのがわかる程だった。 人から誉められる経験なんて、あまりなかったのだから仕方ない。しかも、あれほど露骨 に。 そんな時、後ろから声がかかる。 「あ、レシエさん。もう立って大丈夫なの?」 純白の綺麗なドレスに身を包んだサーシャだ。 レシエはうろたえながらも、頷いた。 むしろ、それが限界だった。 「ほんと?まだ顔が紅いよ?」 「き、気のせいよ」 レシエは必死に誤魔化そうとしている。 サーシャは彼女のそんな様子に首を傾げた。 そして、話していた兵士達も一斉に驚いてこちらを向く。 「れ、れ、レシエ様!?」 先程『レシエ・サーガ』を語っていた兵士が悲鳴にも似た声を上げる。 周りにいる2人の兵士達は笑いを必死に堪えている様子。 「いえっ、あの、その、さっきの話はですねっ…!!」 兵士は必死に言い訳を探しているが、見付かるはずもない。 レシエもしばらく何を言おうか考えていた。 この際、何も聞いていない、と言おうとも思ったが、それは彼に失礼な気もする。 「ううん、いいのよ。ありがとう」 レシエは片目を瞑ってみせ、彼に微笑みかけた。 もっと気の利いた言葉を言ってあげたかったのだが、結局こんな当たり前の言葉しかレシ エには思い付かなかった。 しかし言葉に嘘は無いし、本当に嬉しかったのだ。 まさか自分が認めてもらえるなんて、レシエは全く思ってもいなかったのだから。 「何かあったの?」 サーシャが再び首を傾げる。 「いいえ、何も。行きましょう」 レシエはそのまま歩を進めた。 サーシャもパタパタとその後をついていく。 残された兵士は彼女達を見送った後、呟いた。 「俺、ソフィアに行こうかな…」 「おいっ!」 二人の兵士の、息の合ったツッコミが冴えた時だった。 ………… ……… …… 「そういえばこの服、勝手に借りてるんだけど…良かったかしら?」 今着ている黒い短衣を指してサーシャに言った。 「うん。お客さんが着る為の服だから、別に問題は無いんだけど…もっと他に可愛いのが いっぱいあったと思うんだけどなぁ…」 少し残念そうにサーシャは言った。 「よしてよ。私には似合わないから」 「そんな事ないって。それに、この後宴会があるんだよ?」 「じゃあ、この格好で行くわ」 「えー、盛装しないの?」 かなり驚いた様子でサーシャは尋ねた。 「するワケないじゃない」 「どうして?」 「これが無いと寂しいのよ」 レシエは『魔風槍』を指して言った。 「そんなの一瞬だけなのに…」 サーシャはしゅんとなった。 (どうしてあなたが残念そうにするのよ) 訊いてみようかと思ったが、その前に昨日まで自分達が寝泊まりしていた部屋にたどり着 いた。中にはジュノーン達がいるという。 扉を開けると、ジュノーンとエリシャ、それにセネトが談笑していた。 セネトもエリシャも盛装していて、宴への準備万端といった感じだ。 ジュノーンはいつもの甲冑。おそらくこれで宴に出るつもりなのだろう。 「お、やっと起きたか」 ジュノーンが待ちくたびれた表情で言う。レシエは微笑み、頷いて返事した。 自分を待っていてくれた、というのに少し嬉しさを感じたからだ。 「あれ?レシエは盛装しないの?」 エリシャが不思議そうに訊く。 あたり前でしょ、とレシエは流す。 サーシャは他にも挨拶しに行かなければならないらしく、宴の始まる時間を伝えて部屋を 出た。 レシエは自分の荷物のところに向かい、予備の胸当てを装着した。 これで、一応宴に出席できる服装になった様に思う。 もし、この短衣が緑色なら、エルフの様な格好になっていたかもしれない。 「あ、わかった!黒のチュニックを選んだって事は、ジュノーン君と合わせたのね?」 エリシャが悪戯な笑みを浮かべて言った。 ジュノーンも「え?」とこちらを見る。 「馬鹿も休み休み言いなさい」 レシエはそっけなく言った。 馬鹿馬鹿しい、という態度である。勿論、内心は焦りまくっていた。 偶然とは言え、ジュノーンと合わせて見えてしまったのだから。 しかし、エリシャは止まらない。 「盛装したくない理由がわかったわ♪ 二人がそんな関係になってたなんて、お姉さん知らなかったな♪♪」 「…殴るわよ」 ツカツカと無表情でエリシャの元に歩み寄った。 「じょ、冗談に決まってるでしょ!?レシエごめん〜」 そのやりとりが面白く、ジュノーンとセネトは笑っていた。 セネトの横には炎のレイピア・紅連が鞘に入れられ置いてある。 レシエは眠っていたから、結局誰がドルムを倒したのかさえ知らなかったので、宴が始ま るまで話を聞かせてもらった。 …………… ………… ……… 「…それで、セネトは紅連を使えるの?」 レシエが訊く。 彼女は前まで彼を『セネト様』や『セネト王子』と呼んでいたのだが、アーレスの養女た る故セネトにとってレシエは姉でもあるからその呼び方はやめてほしいと彼が願ったの だ。 「うん、まぁね。ドルム程じゃないけど、火球も炎の壁も作れる」 大魔導士になった気分だよ、と少し自慢気にセネトは言った。 この紅連というのはサンダーソードと似たような性質らしく、使用者の魔力によって強さ が異なる。 底無しの魔力を持つドルムには、まさに最強の武器だったのだ。 勿論、紅連は武器自体が強いので誰が使っても威力は高いのだが。 ドルムの最後を聞いた後、今は亡き飛竜アレスの話も聞いた。 それはレシエにとっても悲しい話だった。 「…彼がいなければ、貴方はソフィア軍に入る事は無かったでしょうね」 ジュノーンは頷いた。 そう、アレスがいなければ今こうやって話す事も無かったのだ。 ジュノーンはずっと傭兵だったろうし、ずっと孤独に生きていただろう。 そのアレスの葬儀は明日行われるという。 宴の翌日に葬式とは、ジュノーンも大変である。 こうやってここ数日はこのメンバーで話しているのだが、レシエは何か違和感を感じた。 最初は気のせいと思っていたのだが、そういうワケでも無い。 (……?) 何処と無く、寂しい感じがする。 そう、もう数日後にはこうやって談笑する事もないのだ。 皆それを思い始めている。 セネトはカナン、レシエはソフィア、エリシャはマール…皆自分の国に帰り、やらなけれ ばならない事があるのだ。 ジュノーンとも、また会えなくなる。 サーシャには悪いが、ウエルトにいる間はできるだけジュノーンと一緒にいようとレシエ は決めた。 気が付くと、もう宴の始まる時間だった。 ジュノーン達一行は大広間へと向かった…。 |