「ジュノーン、どうしたの?そんな難しい顔して」 弾む様な声に誘い出された様に、二人は振り返った。すると、ドレスの裾を優雅につまみ ながら近寄ってくるサーシャの姿があった。 「楽しんでるか?」 ロファール王がサーシャに声をかけた。 「はい、お父様」 サーシャはにっこり微笑んで答えた。 ジュノーンは黙っている。まるで、自分の思いの中に閉じ籠ったかのように。 「…沈黙だけは宴に持ち込んじゃだめだよ、ジュノーン。 それより、踊ろうよぉ! ウエルト舞踊もいいけど、ジュノーンも近衛騎士隊長なんだし、正式な宮廷舞踊くらい踊 れないといけないでしょ♪」 「ほう、いい提案だ。他国に招かれた時に宮廷舞踊を知っていると何かと役に立つから な。 と言っても、無粋なジュノーンには踊れまい。まず、私とサーシャで見本を見せよう」 「うん、そだね♪」 サーシャはジュノーンをチラッと見ると笑った。 (悪かったな、無粋で) 少しジュノーンの繊細な心が傷付いた。 ロファール王は音楽を変えるように楽人に言い、宴の間の中央までサーシャの手を取り、 進み出た。 ウエルト舞踊を踊っていた人たちの輪が解けて、壁際に思い思い散った。 そして王と王女は楽人が奏で始めた優雅な音楽に合わせて、宮廷舞踊を踊り始めた。 力強く、優雅な踊りだった。 見物人の誰からともなく羨望の溜め息が洩れる。 「今のが他国の宮廷の踊りだ。踊り方を知らない者は、試しに踊っておくといい。 何かと役に立つぞ。ウエルト舞踊はウエルトでしか通用せんからな」 曲が二回りしたところで踊りをやめ、ロファール王は壁際に下がっていた者達に、そう呼 び掛けた。 騎士達がそれぞれその言葉に従う様に、自分が密かに憧れている女官の手を取って広間の 中央に進み出た。 ジュノーンはもともと傭兵なので、宮廷儀礼や宮廷舞踊など知っているはずがない。 ウエルト解放時の宴だって、簡単なウエルト舞踊であったし、サーシャが上手くエスコー トしてくれたからこそ成り立ったのだ。 (…やれやれ) サーシャは当然の様にジュノーンのところに戻ってきて、無粋な元傭兵・現近衛騎士隊長 を舞台へと誘った。 「だいじょーぶ、だいじょーぶ。私が前みたいにエスコートするし、周りも素人が多いみ たいだから恥もかかないって。 それに、これから正式な場で踊る機会だってあるかも」 サーシャは明るく笑った。 「もう前みたいな事はないだろうな? 今度はロファール王もいるんだぞ?あんな事したら殺されかねない」 前みたいな事とは、記憶に新しいウエルト解放時の宴での『サーシャ様ちゅー事件』とし て名高いあの思い出深き出来事だ。 「宮廷舞踊なんだから、あるワケないじゃない。ね、だから踊ろうよぉ〜」 「…承知しましたよ、王女陛下」 久々にサーシャのだだっ子戦法を見れたのが嬉しい気がして、ジュノーンはそれに従う事 にした。 そして、サーシャがジュノーンをリードしながら、ステップを踏み始めた…。 壁に背中を預けながら、女官達に解放されたレシエが二人の様子をじっと見守っていた。 彼女は女官達に囲まれながらも、ジュノーンとサーシャの様子には時折目を走らせてい た。 ロファール王の話を割って入り、サーシャがジュノーンと仲良くしているのを見ると、す ぐにでもジュノーンのところに行きたいと思った。しかし、自分に対する嫌悪感に引き留 められ、結局タイミングを失って壁の花となった。 レシエの視線の先には明るく笑いながら踊っているサーシャと、必死にサーシャの動きを 追い掛けているジュノーンの姿があった。 ジュノーンの右手はサーシャの腰、左手はサーシャの右手を軽く握っている。 レシエの明るいオレンジ色の瞳が、今は悲しみに沈んでいる。 「ちょっといいですか?」 いきなり声がした。 声を掛けてきたのは、黄金の鎧を纏った騎士だった。 「あなたは…?」 眩しい鎧がまず目に入ったので、一瞬今は亡きカナンの将軍・エルンストの亡霊が現れた かと思った。しかし、そんなワケあるはずもなく、よく見ると年齢はジュノーンと同じ か、童顔なのでもっと下にも見える。 グラムの森で戦っていたユトナ聖戦の英雄の一人だったが、名前と顔がまだ一致していな い。 「ナロンです。申し遅れました」 ぺこっと頭を下げた。 「いえ、こちらこそごめんなさい。まだ名前と顔が一致してないの」 レシエも頭を下げる。 彼女には丁度良かった。誰でもいいから自分と話してほしいとレシエは思っていた。でな ければ、自己嫌悪に押し潰されてしまいそうだ。 「私に何か?」 「ええ。質問があるんですが、よろしいですか?」 答えれる限りなら、とレシエは言い、ナロンはありがとうございます、ともう一度頭を下 げた。 「レシエ様は、ジュノーンさんの元恋人なんですか?」 レシエはそのいきなの質問に、息が詰まって咳き込みんだ。 そんな風に見られてるなんて思いもよらなかったからだ。 「そんなワケないじゃない。…手のかかる部下と、無能な公女…そんな関係かしら」 レシエは昔を思い出しつつ自嘲の笑みを浮かべた。 「…じゃあ、いずれジュノーンさんの恋人になるんですか?」 ナロンにしては珍しく、失礼な質問の仕方だ。普段のレシエならキツク言い返しているだ ろうが、気分が沈んでいる分、正直に答えてしまった。 「そうなれると…いいわね」 自信なげに言う。 「弱気ですね。レシエ様はジュノーンさんの事が好きなんでしょ?」 見てれば分かります、とナロンは付け加えた。 言い当てられたのには驚いたレシエだったが 、正直に答える事にした。 「…ええ、それも腹立たしいくらいにね。 でも、それはサーシャ王女も同じみたい…。 サーシャ王女みたいな人に好意を向けられたら、男性は皆嬉しいでしょうね」 「だと、思います。僕の友人にもサーシャ様を本気で好いている人がいますから」 「あなたは?」 「サーシャ様は誰にでも好かれる人です。僕も勿論、好きですよ。但し、恋愛感情は抜き です。 釣り合わない恋程、疲れるものはありませんから」 ナロンは友人の顔を思い浮かべ、言った。 「釣り合わない…か」 レシエは独り言の様に言い、溜め息を吐いて地面を見つめた。 「私は…魅力的かしら?」 恥ずかしそうな顔をしながら、レシエはその疑問を口にした。 言った途端、今日始めて話す様な人に自分は一体何を訊いているのだ、と後悔した。さっ きのロファール王への態度といい、今日の自分はおかしい、と正直思ってしまう。 顔が真っ赤に染まるのを押さえれなかった。 「魅力的だと思いますよ。レシエ様は綺麗ですし、それに可憐ですから」 「ありがと」 ナロンが気を遣って言ってくれていたのはレシエにも分かったが、その配慮を喜んで受け る事にした。 「事実をそのまま言っただけですよ。自信を持っていいと思います」 「…どうして私にそこまで言ってくれるのかしら?」 新たな疑問が浮かんだので、それも訊いてみる事にした。 「ジュノーンさんも、レシエ様を必要にしている様に思えたからです。何と無くですけど ね」 「え…?」 どうして、と尋ねようとした時には、失礼します、と言い黄金騎士は立ち去った。 (ちょっと…最後まで言いなさいよ) レシエは不満を感じたが、同時に嬉しさも感じた。 後押しをしてくれたのでは、と思う。 (それとも、同情されたのかしら…?でも、ありがとう) レシエは黄金騎士に心中礼を言った。 幾分、心が軽くなったのをレシエは感じた。 それと同時に、漆黒の甲冑を纏った男がこちらに向かってくるのが見えた。 一曲終った頃、セネトがサーシャとジュノーンの元に向かった。 「サーシャ王女、次は僕と踊ってくれないか?」 「え…?」 サーシャは少し戸惑った。 ジュノーンと楽しい時間をもっと過ごしたいが、断るとセネトの気分を害してしまうので は、という思いが交錯していた。 「セネトと踊ってやれよ。どーせ俺下手だし」 ジュノーンは自嘲の笑みを浮かべ、サーシャから手を離した。 「あ…っ」 サーシャの表情が寂し気になる。 ジュノーンはそのまま、舞台から離れていった。 (ジュノーン…) ばか、と誰にも聞こえないくらい小さな声で呟いた。 「…?」 セネトは気付いていない…自分が好感度アップを狙って行動した事が、全てダウンに繋 がっている事に。 カナン王子は怪訝そうな顔をして、哀し気な表情をしているウエルト王女を見つめていた …。 「あぁっ…今度はセネト王子と……」 レシエと同じ様にして寂しい目をして沈んでいる弓戦士が、広間のはしっこで小さくな り、サーシャの様子を眺めていた。 「ほーら、あんたが誘わないからこうなるんじゃない」 銀髪の女魔導士が、じれったい!とでも言いた気な口調で言った。 「…僕は以前、サーシャ様の足を踏みまくってしまったという辛い過去があるんだぞ? 誘っても断られるに決まってるじゃないか」 撫然とした表情でルカは言った。 エリシャはそれを冷たい瞳で見下ろした。 「…そうやって自分に言い訳してるといいわ。逃げる者にはそれなりの人生しかないんだ し」 「う…」 ルカは痛いところを突かれた。 「君、ラケルに頼りすぎてない? いくらラケルが援護してくれても、君自身に勇気が無いんだから無意味よ。 告白するのも、返事するのもラケルじゃないんだもの。 お料理上手の優しい万能お姉さんでも、限界があるのよ」 ルカの姉・ラケルがサーシャをルカに振り向かせようとユトナ聖戦時代から頑張っている のだが、肝心のルカが奥手だから結局は失敗に終ってしまってる。 エリシャは何度もその場面を見たことがある。 (まぁ…ジュノーン君も大概奥手だけどね…) 今回の戦の英雄を思い浮かべた。 (レシエもジュノーン君が好き。 勿論、サーシャも彼が好き。 …私はどっちを応援すればいいのかしら?) はっきり言って、エリシャはルカのこと等、どうでもいいと思っている。からかうと面白 い…理由はそれだけだった。 エリシャにとって、今やサーシャもレシエも大切な友人だ。どちらも幸せになってほし い。 しかし、今の状況ではどちらかが不幸になる。見た感じ、ジュノーンがどちらを好きなの かもわからない。どちらも好き、というのは見て取れるのだが…。 ジュノーンにしても、レシエが自分に好意を持っているのにおそらく気付いてないだろ う、とエリシャは予測する。 (ほんと、鈍感よねぇ。サーシャにしても、ジュノーンにしても、レシエにしても…皆鈍 感じゃ話がややこしくなるのは当たり前じゃない) 大きな溜め息を吐いた。 「嗚呼…サーシャ様ぁ…」 エリシャが頭を抱えていると、横で弓戦士の自殺寸前の様な声が聞こえた。 (え〜い、どいつもこいつもっ) エリシャは苛ついてルカの頭をバチンと叩いた。 「痛っ!な、何をするんだ!!」 「うっさいわね。人が悩んでるのに女々しく自殺してんじゃないわよ!」 「め、女々しく自殺?意味がわからな…」 エリシャのワケの分からない気迫にルカは押され、二歩後退した。 「お黙り、シスコン弓戦士!」 「し、シスコン弓戦士って…」 その呼び方は無いだろう、と近くにいた者はルカに同情の視線を送った。 「あんた、男のくせに何めそめそしてんのよ!ホントに好きなら力づくででもセネトから サーシャを奪えばいいでしょ!?」 エリシャは完全にブチギれている様子。ルカは彼女が何故怒っているのかすらわからな い。 「だ、だから僕は踊りが下手で…」 「ほぉー…なら、踊れたらサーシャを誘うのね?」 「え…?」 ルカはひたすら嫌な予感がした。 「なら、私が特訓してあげるわ!」 (予感的中…) とルカ。 「さぁ、ついてきなさい!この美し〜い魔導士様が手取足取り宮廷舞踊を教えてあげる わ!」 「自分で美しいとか言うなよ…。 それに、僕の相手してる暇があるなら自分の相手を捜せばいいだろ」 「お黙り!」 「ぎゃっ」 ルカの体内に大量の電撃が送られた。 可哀想な奴だ、と相変わらず憐れみの視線がルカに送られたが、誰も助けようとは思わな かった。 |