ナロンが去った頃、広間の中央から苦笑を浮かべたジュノーンがレシエの元に近寄ってく
るのが見えた。
「やれやれ、疲れるな。宮廷舞踊とやらは。戦ってる方が余計に楽だ」
ジュノーンは自分がさっきまでいた場所を振り返り、セネトの上手さに羨望の息を洩らし
た。
「要するに、下手過ぎてフラれたワケね?」
レシエは挑戦的な笑みを作って言った。
本心を言ったのだが、その調子は全くの強がりだった。
心の底ではジュノーンの胸にしがみつきたいくらいだったのだから。
「へっ…フラれるも糞も無いだろ。俺がセネトと踊ってやれってサーシャに言ったんだか
ら」
彼は自嘲気味に言った。
酷い事をする男ね、とレシエは思った。今、サーシャがどんな気持ちでセネトと踊ってい
るかと考えると、可哀想になってきた。
そのお陰で自分は嫉妬する必要が無くなったのだが、ジュノーンの鈍さに同じく苦労して
る身として気持ちは痛い程よくわかる。
今のサーシャの笑顔は、明らかに作り笑顔だ。さっきのジュノーンと踊っている時の笑顔
とは違い過ぎる。
想い人から『他の奴と踊ってやってくれ』と言われたらどれ程辛いだろう、とレシエは考
えた。
その時点で自分なら宴の間を退出する。自分は彼女みたいに笑顔を作れないから。
「なぁ…レシエ」
自分達を苦しめている想い人に呼ばれ、彼の顔を少し見上げる様にして見た。彼の視線は
広間の中央を見ていた。
「俺と踊ってみないか?」
「え…?」
聞き間違えたか、とレシエは思った。
その言葉は今自分が望んでいたものとは言え、夢のまた夢だと思っていたからだ。
「やっと踊り方を覚えれたんだ。まだ上手く踊れないけどな。
レシエは踊れるんだろ?」
「…当たり前じゃない。これでも一応公女なのよ?」
レシエは視線を地面に移した。
口調こそ冷静だが、彼女の心臓は早鐘の様に鳴っていた。
顔も紅く染まっているに違いない。
「じゃあ、踊り教えてくれよ。
俺等より異質な組み合わせもあそこにいるから、別に変には思われないだろ」
ジュノーンは舞台の端の方を指差した。
そこにはエリシャと弓戦士の姿がある。
弓戦士は失敗すると、エリシャにおもっきり殴られている様子。彼の目が涙目である事は
容易に想像できた。
まさにスパルタ教育である。
「宴では毎回可哀想な役回りだな、ルカは」
ジュノーンはその様子をおかしそうに笑っている。
「貴方も、あんな風にされたい?」
レシエは精一杯に『いつも通り』を装って言った。
「遠慮する。普通にしてくれ。…嫌なら別に踊らなくていいけどよ…」
ソフィア公女はかぶりを振って答えた。
「…嫌なワケないじゃない。踊りましょ、ジュノーン?」
この言葉を言うのに、どれ程の勇気を要しただろう。こんな事では先が思い遣れる、とレ
シエは思った。ジュノーンは少しその言葉に驚いている様子だったが、今日の自分は少し
おかしいと自負しているレシエはそれを気にせず彼の手を取って、舞台へと向かった。
宴はまだまだ終る気配を見せていなかった…。
 
 
 
――2日後。
国を挙げての葬式が行われた次の日だ。
前日にはジュノーンの飛竜・アレスと一緒に戦死した騎士達も弔われた。
悲しみに満ちた昨日だったが、今日は活気付いていた。
ソラの港には沢山の人が、勇者達の見送りに押し掛けていた。
巨大な船もある。
それにイストリアやエリアルの騎士達が乗り込み、デッキからソラの港に集まってくれた
ウエルトの騎士や兵士達に大きく手を振っている。その中にはエリシャやフラウ、ヴェガ
とクリシーヌの姿も見えた。
ちなみにドルムに攻め落とされたヴェルジュは、驚くべき事にほとんど被害はなかった。
操れなかった兵士達は殺されてしまった様だが、町人は誰一人として怪我をした者や乱暴
された者などいない。
いくら怒りに我を失ったとしても、無力な民には手を出さなかったドルムはそれなりにで
きた人間だったという事だ。
もし、彼が王族に生まれていたのなら、きっと良い王になっていた。
もっとも、あの野心がある限りその国には平和は訪れなかっただろうが…。

「君達には世話になったよ」
カナン王子はウエルトの英雄と握手しながら言った。
「へっ…よく言う。お前がトドメを刺したくせによ」
ジュノーンは皮肉っぽく言った。
「それくらいやらせてくれないと、僕の立場が無いじゃないか。
君は破壊竜と勇猛に戦い、認められた。僕にはできない事をやり遂げて、まだ不満がある
のかい?
民は皆、あの時の君は神々しく見えたと言っていたよ」
「…おだてても何も出ねーよ」
と言いつつ、照れ笑いをしているジュノーン。
「神々しい?唯の殺戮兵器の間違いじゃなくて?」
レシエは微笑しながら冷たく抗議した。
ジュノーンはかなり気分を害した様子。
ライネルが更に『こいつが神なら誰も祈らねーよ。邪神以下だ』等と言うから余計不満倍
増させている。
「あ?なんだ?お前こそ吐いてたくせに」
ジュノーンはライネルを無視し、レシエだけに言い返した。
「…本っ気で殴るわよ」
レシエが撫然とした表情になったので、サーシャが慌てて間に入る。
「ちょ、ちょっと、ジュノーンもレシエさんも、こんな時まで喧嘩しなくてもいいじゃな
い」
「あはは、サーシャ王女。これは喧嘩じゃなくて、この二人にとってはコミュニケーショ
ンの一つみたいなものなんだよ。
よく言うじゃないか。『喧嘩する程仲が良い』って」
セネトは微笑を浮かべてサーシャに説明した。
「どこがだ!?」
「どこがよ!?」
ジュノーンとレシエの声が揃って抗議の声をあげる。
「そこが…だよ」
セネトは呆れ気味の表情で答えた。
「…………」
二人は暫く見つめあった後、ジュノーンは舌打ちし、レシエは一言二言文句らしい事を
言ってそっぽ向いた。
サーシャは寂し気にそれを見ていた。
一昨日、自分がセネトと踊っていた時に、ジュノーンとレシエが踊っていたのを知ってい
る。
正確に言うと視界に入った。
それを見た時は信じれなかった。悪い夢でも見てるのだろうか、と思った程だ。それでな
くても、ジュノーンに『セネトと踊ってやってくれ』等と言われて傷付いていたのに…。
レシエと踊る為にジュノーンはセネトを自分に押し付けたのか、自分がセネトと踊るから
レシエの元に向かったのか、サーシャにはわからなかった。
「どうした、サーシャ?」
ジュノーンがサーシャを心配そうに覗き込んだ。
「え…ううん。何でもないよ?」
サーシャは無理矢理笑顔を作って答えた。
「そうか?何か悲しそうな顔してたから…」
ジュノーンのせいでしょ、とサーシャは内心で文句を言いながら、適当な言い訳を考え
た。
「…皆とお別れも辛いし、やっぱり亡くなったアレスや他の人達の事を考えると、悲しく
もなるよ」
「…そうだな」
ジュノーンは頷いた。
「僕等の事で寂しがる必要なんて無いよ。いつでもカナンに来てもらっていいから。観光
地なら案内するよ。
な、レシエ?」
セネトはレシエに同意を求め、彼女はそれに答える様に頷いた。
「ソフィアにも来てくれていいのよ?
貴方と会いたがっている人は沢山いるんだから」
「へぇ、俺と?コンドル軍か?」
「………」
ジュノーンがその名前を出すと、レシエは黙り込んだ。
サーシャも気まずい心境になっていた。
「…彼等は先の大戦でユトナ同盟にやられたのよ…」
「そうか…」
ジュノーンは訊いてはいけない事を訊いてしまった、と後悔した。
「ごめん、ジュノーン……」
サーシャは申し訳なさそうに言った。
コンドル軍を倒したのはサーシャ達なのだ。
「サーシャ王女が謝る必要ないわ。
彼等を帝国の駒とさせたのは私なのよ。
私がゾーア帝国に逆らえなかったから…!」
「待てよ、レシエ。別に誰が悪いワケじゃないだろ?
レシエもサーシャも、あの忌々しい戦いを終らせる為に戦ったんだ。コンドル軍も怨んで
なんかないって」
レシエはたまに、全て自分の責任だ、と思い込んでしまう事があるのにジュノーンは最近
になって気付いた。
何でも全て自分一人で背負ってしまう性格なのだ。
そんな彼女を少しでも楽にしてやりたい…ジュノーンの心の中にはいつしかそんな想いが
芽生えていた。
「レシエは今まで無茶という無茶を重ねてきたんだからよ…たまには自分を誉めてやれ
よ」
無茶ばかりする公女の肩に手を置き、ジュノーンは微笑みかけた。
(…自分を誉める?)
彼が言った言葉をレシエは心中で繰り返した。
(自分で誉めても仕方ないわ。私は…貴方に誉めてもらいたいだけよ)
この本心だけは死んでも言えないわね、と思いつつ彼の手を肩から離させた。
「ふふっ…私は貴方みたいに自分を溺愛する趣味は無いのだけど?」
本心で無い事をまた口にしてしまっている、とレシエはいつも後悔する。
彼女はそれほど本心を隠す性格ではないのだが、ジュノーンの前だけでは自分の想いと全
く逆の事を言ってしまう。
「な、なに!?」
「サーシャ王女も是非ソフィアに来て下さい。今の季節は少し寒いからあまりオススメで
きないけど」
怒るジュノーンを無視して、レシエはサーシャに笑顔を向けた。
サーシャは急に話を振られ、驚いて頷く事が精一杯だった。
「じゃあ…行きましょうか」
「そうだな。ウエルトにはまた来たいと思う。ここの人たちは皆優しいし、町並みも綺麗
だ。
今度は戦い無しで来たいものだな」
そう言うと、カナン王子とソフィア公女は船へと入って行った。
それを待っていたかの様に出港する。
ジュノーン達は船が見えなくなるまで見送った…。
 
 
 
 
「ジュノーン、寂しいんでしょ?」
サーシャは帰り道、悪戯な笑みを浮かべて俺に話しかけてきた。
「寂しくなんかない。大体、なんで俺が寂しくならなきゃいけないんだ?」
「…レシエさんがいなくなって寂しくないの?」
一応笑顔を作っているが、どこか悲しそうな笑みだった。
やはり皆が帰ってしまったからだろうか。
「寂しいハズがない!さっさと帰ってくれて胸がスースーしたくらいだっ」
はっきり言って、相当むかついた。何が『自分を溺愛する趣味』だ。俺の優しさを引き裂
きやがって…。
「本当にそう思ってる?」
本当だ!と答えようと思ったら、サーシャの顔がとても真剣なものだと気付き、言葉が詰
まった。
「…どうしたんだよ、サーシャ?」
何と無く答えにくかった。
いや、本能が答えてはいけないと警告した様に思えた。
「う、ううん。ごめん。なんか最近変だよね、私」
サーシャは地面に視線を向けた。
「…無理してたからな。疲れてるんだろ」
そんな事が原因じゃないのは分かってる。でも、俺にはそんな事しか言えなかった。
そんな時、名案が浮かんだ。
「そうだ、サーシャ。ジュリアスに乗ってウエルトを回らないか?
ここ暫くは何かと大変だったし、サーシャの気分転換になればと思ったんだけど…」
思い返してみると、気が休まった記憶がない。
最後にのんびりとしたのはいつだろう?
「え…?乗っていいの?」
信じられない、とでも言いた気な表情でサーシャは言う。
「いいに決まってるだろ?」
「ホントにホント?」
「ホントだっての。サーシャが俺に遠慮する必要なんてないだろ。
熱でもあるんじゃないのか?」
「あっ…」
俺はサーシャの額へと手を当てた。
別に熱くない。平熱だ。
「は、恥ずかしいってば」
サーシャは俺の手を遠慮気味にどけた。
まぁ、人がいっぱいいるしな。それは否定すまい。
「ねえ、それより本当にジュリアスに乗っていいの?」
「だから、いいって言ってるだろ。
そんなに疑うなら乗せねーぞ?」
「えー、ジュノーンのいぢわる」
「…なんで俺が意地悪になるんだよ」
意味がわからん。でも、いつもながらのサーシャに戻りつつあった。
「いぢわる言った罰ゲーム!私をお姫さまだっこしながらジュリアスに乗せましょ
う!!」
「無茶言うなっ。落ちるぞ?」
また無茶な注文をする王女様だ。
「じゃあ、お姫さまだっこはいいから…ジュノーンにつかまってていい?」
表情は真剣なもので、断れなかった。哀願というやつだ。
「ああ」
「やったぁ〜♪」
言うと、サーシャは俺の腕を自分の胸に抱え込んだ。
「その前に、ケーキ食べようよ♪」
俺を引っ張る様にしてケーキ屋に誘導していく。
「なんでそうなるんだよ」
「だってお腹空いたんだもん」
「…やれやれ」
さっきの表情はどこへ行ったのやら。
でも、この方がサーシャらしくて俺は好きだ。
誰だって暗いサーシャより明るいサーシャの方が好きに決まってる。
そう…サーシャは誰にだって好かれるんだ。
『王になってみんか?』
ロファール王に言われた言葉が頭に響く。
普通なら二つ返事をしてもいいくらいだ。
…しかし、それが出来なかった。
何かが引っ掛かったのだ。
それが何か…。
意外にも、その答えは解りやすいと思う。
しかし、俺はその答えを知りたくない。
出来る事なら、ここ数日の様に5人できままに暮らしたかった。
おそらく、そうしていれば気付かない…。
気付かなければ、誰も傷付ける事も無いのだから……。


 
 
 

 

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