───果てのない水牢の内に哭(こく)する声は───

 

 カーテンの裏に、赤い服を着た男が倒れていた。もはや完全に気を失っているようだ。また、最後に
「…メルぅ、お幸せに…」
と言い残したことを、知る者はいない。それは、彼の近くにこそこそと逃げるように出現したラフィンも、である。そんな所で、むしろ
「結構よ!! あたしは生まれて十六年、願掛け十五年で修行五年、実力派で歴戦の箱入り娘よ、なめんなー!!」
と騒ぎまくる少女の方が目立ちすぎていた。
「…何事だよ、本当に…」
隅っこで脅威を感じるラフィンであった。歴戦で超実力派、と言うのは多分外れてはいないけど。そうして騒ぐフラウのところにさんが駆け込んできて、
「ご、ごめん!! サーシャ見失っちゃった」
内心嬉しげにフラウに話していた。
「ええ?? ちょっと待ってよ。話ややこしくなるわよ、それじゃあ」
「何で??」
「だって、あそこで倒れてるおバカさんがラフィンさんのことゆすってくれたモンだから、あの人悲観して逆転破局…なんて事有り得るじゃない」
一報を聞いて大きく慌てるフラウ。こんなことなら…ナルサスに頼むのは失策だった…自分でただ問いただせば良かったのに、と今更ながら後悔した。
「あたし、本当はただアイツの気持ちを分かってるのか、自分が本気か確かめたかっただけなのに…やっぱり、他力本願なままじゃいつまで経っても回り道…なのね」
「そうだね、後私も頑張ろうかな…」
なんて珍しいことをサンが言ってくる。
「え? 何をよ」
「えへ、それはちょっと秘密…」
気取った事言っているスキにサーシャが駆けていくのを見逃した。
「フラウ、心配ないみたいね」
「そうかなぁー、あたしはまだ何か一悶着ありそうでやな予感するのよねぇー」
「それって話をややこしくしたいだけなんじゃないの?」
「そうそうそれ、有り得るわよね」
何と言おうか、結構のんきであった。むしろ、フラウ自分のこと言い当てられて喜んでいる。酒を盛られたというようなことはないとは思うけれど…。そんな騒ぎの中で。

 カシン……。
静かな音を立てて、グラスは落ちた。それを持っていたスミレ色の髪をした少女のドレスは赤く染まる。その後、彼女の目からはらりと何かがこぼれ落ちたが、それを見た者はいない…。さらに、彼女が涙した事に関しての最有力要員は
「サーシャ? アレに捕まっていたと聞いたが、無事か」
ノロケに向いて暴走しそうな勢いか?
「…? ラフィン、何だか顔色悪いみたい」
そう言うや否や要員其の2は、其の1の頬に掌をくっつけて、そうと撫で始めた。恥ずかしいのではないか…これは。しかも、きっちりと自称小姑及び其の友の監視つきで。その視線に気付いたラフィン、
(…フ、故国には舅など一人もいやしない…)
極めて非常識な考え…要は曲がりにも王族である女性の降嫁…を勝手に巡らせているところ、さっき頬をつたう感触はいつの間にか背中に回されていた。
「ねえ、さっきの信じていいよね?」
「…何がだ?」
「ああ、知っててわざと言ってるんだ」
「…だから、何が…?」
抱きついたまま一方的に拗ねるサーシャを前に目が点になっているラフィンだった。…その時。
『サーシャっ』
訳の分からない声がした。かなり乱暴な。
『おい、サーシャ!!』
今度はその声が一際大きくなった。心なしか、床にひびが入ったような気がするが…。
『起きろ、この寝ボスケ王女!!!』
その瞬間に、巨大な亀裂と共に世界が激しく振動した。壁に空いた穴から闇が漏れ出て、床を突き破って怪異な光があふれ出す。そして…何もかもが光と闇の彼方に吸い込まれて…
「きゃあああああああああ!!!!」

 

 

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