サーシャ小説 サーシャFC



「今度ね、エステルにお兄様が増えたの!」
 少女は興奮ぎみで告げた。
 そのセリフを耳にした少年はプッと吹き出してしまう。
「何で兄が増えるんだい。弟の間違いじゃないかな」
 やんわりと少女の言を訂正する。しかし少女は頑固だった。
「ううん、だってその子……ラフィンっていうんだけど、エステルより年上なんだよ!」
「ふぅん」
 エステルという子が何者なのか、この時の彼には分からなかったけれど、
(両親の再婚とか、そういう事情があるんだろうな)
 という程度のことを考えられる年齢には達していた。
「それは良かったね……もしかしてサーシャもお兄ちゃんが欲しいの?」
「うん!」
 少年の問いかけに少女は勢いよく頷いた。
「強くて優しくて楽しいお兄ちゃんがいいのっ! お母様、産んでくださらないかなぁ……」
「……いや、さすがにそれは無理だと思うよ」
 妹より後に兄を産むというのは。
「じゃあ、お父様にお願いしよっ。お父様、いつもおっしゃってるもん。『不可能だと思ってしまえばそれは絶対に実現できなくなる。希望はいつでも持ってなさい』って」
「それは素敵なセリフだね」
 とだけ少年は言った。彼女の無邪気な表情を見ていると、それ以上のことを口にできなかった。彼が父のことを誉めてくれことが嬉しかったらしく、少女は、
「えへへ」
 とにこにこ笑っている。その愛くるしい表情を眺めているうちに少年はふと名案を思いついた。少なくともそう思えた。
「そうだ、サーシャ」
「なぁに、リュナンさま」
「僕がサーシャのお兄ちゃんになってあげようか?」
 そう言いながら、少年はにこっと微笑んだ。
 ところが……
「えー、それはダメだよ」
 案に反して少女はぶんぶん首を振った。
「どうして?」
 (僕では兄代わりとして満足できないのかな)と少しだけ悔しく思ったリュナンが問うと、
「だってリュナンさまは──」
 少女ははにかみながら理由を口にした──


(そう、僕は──)
 自分の腕の中で眠る少女の寝顔を眺めながら、リュナンはあの時のサーシャの言葉を胸の内で繰り返した。すると、何だかもやもやした想いが脳裏を去来する。
(……こんな時に何を考えてるんだか)
 苦笑しながら頭を振ると、リュナンは王女の目覚めを待った。


 ……さて。
 この状況に至る過程を語らねばなるまい──
 リュナン公子率いるラゼリア騎士団の残党の手で、サーシャ主従は無事救出された。
 敗軍とはいえ百戦錬磨の彼らにとって、平和に慣れ怠惰と安逸の日々をすごしてきたコッダ宰相の私兵など物の数ではなかった。追跡者が小人数の部隊だったことも幸いしてあっさり彼らを撃退し、王女一行の救出に成功した
 ……そして意識を喪失したサーシャをリュナンが介抱することになった。
 むろん護衛の騎士ケイトは難色を示した。が、彼女自身疲労の極みにあって、抗議をしたその数瞬後には崩折れてしまった。正確に言うなら、背後から忍び寄ったオイゲンがケイトの首筋に手刀を食らわせたのだが。
「彼女──ケイト殿と名乗られましたか──も休ませませんとな」
 一部始終を呆然と眺めていたリュナンに向かい、オイゲンはカラカラと笑ってみせた。そして付け加えて言ったのだ。
「さて……護衛の女騎士殿がこの体たらくでは仕方ありません。サーシャ様の面倒はリュナン様が見て差し上げるのでしょうな?」
「……え、僕?」
 リュナンは一瞬きょとんとした表情になる。
(そもそも『この体たらく』って……今のはオイゲンの仕業じゃないか)
 ぶつぶつと口の中で呟く。
(大体……介抱するといっても相手は女の子だぞ。どこを触ればいいんだ?)
 異性との交流が極端に乏しいリュナンとしては動揺を禁じえない。そんな主人に向かってオイゲンが意味ありげに微笑んだ。
「リュナン様はお嫌ですかな。アーキスかクライスにでもサーシャ様を委ねましょうか?」
「え、それは……」
 何故かそれにはとても抵抗感を覚えたので、リュナンはサーシャの身柄を自ら引き受けることにした。王女を抱く彼の姿を見てオイゲンがしたり顔で頷いたのが少し気に障った。
(あ……)
 サーシャを抱きかかえた時、その柔らかな感触にリュナンはなぜか衝撃を受けた……


 そして、そのまま今に到る。馬車の手配やら何やらはオイゲンが部下達に命令して行なわせているので、リュナン自身は手持ち無沙汰だ。サーシャのお守りくらいしかやることがない。ぼんやり王女の寝顔を眺めていると、
「ここは一発『眠りの君』に王子様の口づけを!」
 遠くからアーキスの囃す声が聞こえた。
「何度言えば分かるんだ。さぼるな、このバカ!」
 彼がクライスにぼかっと殴られる様子を横目で確認して、リュナンは口元に苦笑を浮かべた。あの二人はいつもあんな感じなのだ。
「ん…んん……」
 小さな声が聞こえた。
「……?」
 ふと見るとサーシャの瞼がぴくぴく慄えていた。少女の覚醒は間近のようだ。
 そう考えた途端、両の腕に抱く王女の体温が気になりはじめた。すぅすぅという息遣いまで感じるほど近くに身を寄せているのだ。
(う……心臓がドキドキ鳴り出すとは……何だ、この緊張感は……ガラにもない)
 ホームズが見ていたら何と言うだろ。
 リュナンは親友が大笑いしながら自分をからかうさまを想像した。

 

 

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平成13年7月28日掲載。

 

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