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憮然とした表情でリュナンは座っていた。 その真向かいでばつの悪そうな顔をしているのはサーシャ。 彼らは馬車の中にいた。ソラの港町で借り上げたものだ。 「ゴメンナサイ……」 サーシャは何度めかの謝罪を口にした。 「いや、怒ってないから」 外の景色を眺めながら、リュナンがぶっきら棒に言う。そんな口調で「怒ってない」と言われてもとても信じられない。 サーシャは少し涙ぐんでしまう。どうしたら許してもらえるか、わからなくなったのだ。
時間は少し戻る。 リュナンはほっそりしたサーシャの肩を抱きながら、王女の意識が回復するのを待っていた。 ほどなくサーシャが目を覚ました。 「う……」 小さなうめき声にも王族の気品が感じられるとリュナンは思った。 サーシャはうっすらと瞼をあけた。 リュナンは一瞬、期待に瞳を輝かせる。彼は今の状況のことを(まるで英雄譚の主人公たちみたいだ)とひそかに考えていた。幼い頃は二人でよく物語の真似事をして遊んだものだ。だから、それらしいセリフをサーシャの口から聞けるのでは、と思わず期待してしまう。が、現実には…… 「きゃぁぁぁぁっ!! 鼻息がッッ!!」 と叫ぶや、ばっちぃんと頬へ平手打ちである。
(まぁ、頬を叩かれたのは構わないんだ。いきなり見なれぬ男の顔が至近距離で目に飛び込んできたわけだし) リュナンは赤く腫れた頬に手を当てながらぼやいた。確かに彼とサーシャは幼馴染だが、ここ数年顔を合わせていない。王女がリュナンに対して露骨に警戒心を抱いても仕方のないことだ。 (だけど、『鼻息』とくるとは……そんなに印象的だったのかなぁ?) おかげで、口さがない部下たちの間で『鼻息公子様』の異名が囁かれているらしい。 (アーキスの奴、僕らを見て大笑いしてたからな……あいつが言い出したのか?) しょうのないヤツめ……と苦笑を浮かべる。 (ま、英雄だの何だのに祭り上げられるよりはよほどマシか) 結局のところリュナンは怒っているのではなく、自分の思いに耽っているだけだった。 とはいえ、そんなことがサーシャに伝わるはずもなく…… ふと視線をサーシャの方に向けた途端、リュナンはぎくりと表情を変えた。 王女がべそをかいてたからだ。 「な、なぜ泣いているのかな……?」 焦ってリュナンは訊いた。女の子の涙を見ると大抵の男子はうろたえるらしい。 「だって……」 サーシャが鼻声で言った。 「リュナン様……ずっとブスッとなさっておいでだし……私、どうしたらいいのか……」 ああっ……とリュナンは内心でうめいてしまう。つい先刻まで危地の只中にいた女の子への配慮が足り無すぎた、と今更になって気づいたのだ。 別に怒ってはいないものの、黙りっぱなしでは(不機嫌なのでは?)と勘ぐられても仕方がない。とはいえ…… (こんな場合、どう接すればいいんだ?) 淫靡で爛れたリーヴェ宮廷の雰囲気に馴染めず、リュナンの人脈は軍関係に偏っていた。それゆえ貴族の令嬢たちともほとんど交際がなく、貴婦人に捧げる気の利いたセリフの一つすら思いつかない。 とりあえず王女の肩を両手でがしっと掴んだ。傍から見れば戦友を励ます態勢そのものだが、リュナンにしてみれば十分異性に配慮しているつもりだった。 「……」 王女は瞳を潤ませながら俯いていた。 「サーシャ……どうして僕が怒っているなんて思うんだい?」 できるだけ優しげな瞳と声で言ってみる。相手は彼よりずっと年下の少女なのだ。 「だって……」 公子の雰囲気の微妙な変化に気づいたのか、サーシャはぐすっと鼻を鳴らしながらリュナンを見上げた。 「その……僕は年下の弟妹がいないから……ちょっと遠慮無しな態度をとっているように見えるかも知れない」 「……」 「だけど、女の子にぶたれたからといって腹を立てるほど心の狭い男でもないつもりだよ」 「リュナンさま……」 サーシャはまだ少し疑わしげだ。 「今は少し考え事をしていただけで……ずっと黙っていたから、ムッとしているように見えたのかも知れないね。ごめん、女の子と付き合ったことが無いから……どういう風に接すれば良いか、正直よくわからないんだ……」 リュナンは思わず本心を吐露してしまったが、そのことに自分でも気づいていない。 「リュナンさま、本当なの……?」 公子の顔を覗き込むようにサーシャが訊いた。 「え?」 王女の唐突な質問にリュナンは目をぱちくりした。 「ううん、何でもないです」 そう言うと、ほんのり頬を上気させたままサーシャは黙ってしまった。
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