「思い出した!」
リュナンが言った。
「思い出しました……」
サーシャが恥らうように呟いた。
「あの……その節はお世話になりました……」
頬を赤らめてサーシャが礼を言う。
「いや、まあ……何とも微妙な経験をさせて貰ったよ」
リュナンの顔もかすかに赤い。
二人は互いの顔を見つめ合って、やがてクスッと笑った。
「あの時、リュナンさまは目に涙を浮かべておいででしたね」
サーシャが思い出したように言った。
「気がついていたのか……」
照れくさそうにリュナンが頭を掻く。
「蜘蛛を掴もうとする手も震えてました」
「……あの頃は蜘蛛を触るのさえ苦手だったんだ。怖かったというか……それにしても、格好悪いところを覚えられてしまったな」
リュナンが言うと、サーシャは首を振った。
「ううん。涙が滲んでいるのを見て──リュナンさまが本当に一生懸命がんばってくれてるのがわかったから……私は感動していたの。格好悪いなんて思いません!」
「……」
サーシャの熱っぽい眼差しを受け、リュナンは何と答えて良いかわからなくなった。
「自分も怖いのに、それを我慢して助けてくれる──胸が熱くなっちゃったことを覚えています」
当時の気分を思い出したのか、王女の瞳は少し濡れていた。
「むぅ……そんな風に言われると……僕は英雄的行為をしたんじゃないかと勘違いしてしまいそうだぞ」
リュナンが冗談めかしてそう告げた。声が少しかすれていた。言葉と表情ほど冷静な気分というわけでもなさそうだ。
一つの出来事を思い出すと、芋蔓式に記憶が蘇ることもある。
「そういえば、こんなこともあったよね」
リュナンが楽しげに自分の記憶を披露する。サーシャも懐かしそうに相槌を打つ。
心の中で呟きながら。
(だけどリュナンさま……あなたはご存知ないでしょうけれど──あの時からあなたは、私にとってただ一人の勇者様になったのですよ?)
そっとリュナンの顔を見上げると、青年の柔らかい眼差しがサーシャを見つめていた。ふたりの視線が交わり、公子は優しく微笑する。
(いつか……いつかこのことも、あなたにお話できる日がくるのかしら)
王女は頬の熱さを自覚しながらそう考えた。
<Fin.>
イメージイラストを描いてみました。[14-10-08]