ケーキ召しませ

by てんま


 

 

「できたー」
 サーシャが歓声をあげた。
「うんうん、上手上手」
 カトリも自賛する。
 少女たちの前には大きなケーキが置いてある。
 二人で一緒に作ったのだ。
「色といい、形といい、本当に上手くできたわね」
 うっとり眺めながら、サーシャが言った。
「まるで職人さんの作品みたい──というのは言いすぎでしょうけど」
 カトリが頷く。
「ゼノ君なんかはそう言って誉めてくれそう」
 ゼノの人の良さそうな風貌を思い浮かべながら、サーシャは微笑した。
「ホームズがその場に居合わせたら、どんな茶々を入れるかわからないけど」
 とカトリが補足する。サーシャはニヤリと口元をゆがめた。蒼い瞳がキラキラ輝いている。
「カトリちゃんにとって、ほんとは一番誉めて欲しい人なのにねー」
「そそそんなことないもん」
 ほとんど反射的にカトリは返事した。
「うふふ、真っ赤なかおー」
 楽しそうにサーシャが指摘した。
「うー」
 困惑の表情でカトリは唸った。
「ま、この話はいずれじっくり伺うとして、今は後片付けをしましょ」
 サーシャはあっさりカトリを解放した。航海はまだまだ長いし、急ぐ性格ではないのだ。
 カトリはほっと吐息を漏らすと、
「うん……!」
 元気よく返事して調理道具を洗いはじめた。

 洗い物をしながら少女たちは他愛の無いお喋りをしていた。
 何の気なしに視線を逸らしたサーシャの体が一瞬固まる。
「あっ!」
 悲鳴にも似た声を出した。
「なに? どうしたの?」
 カトリが怯えた表情で訊いた。嫌な想像をしたらしい。
「もしかして、黒くてカサカサ動き回るモノ?」
 それの名前を口にするのも遠慮したいようだ。けれど、サーシャは首を振った。
「……これ」
 サーシャが指差していたのは、先刻開封した袋だ。砂糖の入っていた──はずの──
「……お塩?」
 袋の表に書いてある文字を一瞥して、カトリは確かめるように呟く。
「うん」
 サーシャがこっくり頷いた。

 


 その頃のホームズ──
 アシカ号の舳先で釣り糸を垂らしていた。
 隣にはゼノが腰掛けている。
「どうしたの、ホームズ」
 不意にぶるっと体を震わせた金髪の青年を見て、不審そうに少年は尋ねた。
「いや、急に悪寒がしてな……うーむ」
 首をひねりながらホームズは言った。
「潮風に当たりすぎて、冷えたんじゃないかな」
 ゼノが思いつきを口にすると、
「そんなヤワじゃねえよ」
 ホームズは笑った。

 


「命名『塩ケーキ』」
 自棄気味の口調でサーシャが言った。カトリは傍らで残念そうな顔をしている。
「せっかく上手にできたのにね」
「見た目はね」
 サーシャが肩をすくめた。
「でも、もしかしたら美味しいかも」
 未練がましくカトリは言った。
「味見……する勇気ある?」
 卓上のケーキを見つめながらサーシャが尋ねた。
「ナイ」
 火竜の巫女はきっぱり答えた。

 


 ホームズがブルブルッと胴震えした。
「風邪ひく前に船室に戻った方が良いよ」
 ゼノが気遣わしげに声をかけた。
「だから、体調不良とかそういう類のモンじゃねえのだ」
 少年の顔を一瞥して、ホームズは言った。
「じゃあ、何だとホームズは思うのさ」
 とゼノが訊いた。

 


 せっかく見栄えは良いのだから、皆に見せびらかしてから処分しましょうという話に落ち着き、サーシャとカトリは厨房を後にした。
「よう、お二人さん。エプロン姿、よく似合ってるぜ」
 ゾーアの魔剣士が声をかけてきた。
「シゲンさん。ケーキ焼いてみたの」
 カトリがニコニコしながら皿に乗ったケーキを掲げてみせる。シゲンは口笛を吹いた。
「ほう……! これは見事な出来映えだな」
「シゲンさん、食べてみる?」
 サーシャが邪気とは無縁の笑顔で言った。隣ではカトリが神妙な表情をしていた。
 態度がどことなく不自然だ。二人の少女の顔を交互に見比べていたシゲンだが、ややあってから用心深そうに答えた。
「いや、済まないが減量中でね。甘いものは控えさせてもらうよ」
「それは残念です」
 あまり残念そうでもなくサーシャが言った。カトリは笑いをこらえている。
「塩ケーキを賞味できる好機だったのに」
 ペロリと舌先を出しながらサーシャが事情を暴露した。
「危ないところだったな」
 シゲンは苦笑した。
「ごめんねー。食べる直前には教えてあげるつもりだったから安心して」
 サーシャが謝った。
「それに、お塩以外はちゃんとした材料を使っているから──味はともかく、安全ではあると思うわ」
 カトリが付け加えた。
「ま、気にしなさんな」
 シゲンは構わないという風に手を振った。
「ガツガツしてる奴だけがひっかかる、まあ、罪の無いイタズラだ。腹が立つわけないさ」
「シゲンさん、漢だわ」
 サーシャがヨイショした。
「フッ、惚れたか?」
「ううん」
 言下に否定する。
 三人は笑い出した。

「そういえばホームズが甲板で釣りをしていた。奴なら有難く頂戴すると思うぜ……塩云々を黙っていれば」
 別れ際、面白がってシゲンが教えた。
「ありがとう、シゲンさん」
 二人は礼を述べると、甲板へ上った。

 

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