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サーシャ王女の一行は岸壁にいた。なるべく人気の無い場所を求めているうちにここへ辿り着いたのだ。
人の姿の無い場所を探していたのは『飛竜の笛』を吹くためだ。
「街中で吹いたら、皆に迷惑をかけてしまうもの」
というのがサーシャの弁だった。
「いきなり竜が飛んできたら、知らない人達は皆びっくりするでしょう?」
王女は先ほど入手した『飛竜の笛』を吹けば竜が現われると信じて疑わないらしい。売り物だった『飛竜の笛』の真贋を見極めたラフィンに対する信頼感の表明とも言えた。
「しかし、必ず竜が現われるとは限らないのですよ」
ラフィンは王女に無用の失望感を与えることを心配し、予めそんな注意を口にした。
「……んぁ?」
笛に口をつけ、今まさに吹こうとしていたサーシャの目が丸くなった。おもむろに口を離す。
(怒ったのかな)
と一瞬ラフィンは疑ったが、そうではなかった。
「そういえばそうね……」
王女は首を傾げ、思慮深そうに呟いた。
「何を行なうにせよ、ある程度の修行が必要ですものね。いきなり竜騎士なんて無理かもしれないわ。よく考えると、私、竜を呼ぶための笛の吹き方も知らないし……」
納得したように頷く。素直な性質の姫君なのだ。
「それじゃあどうやって竜を呼ぶつもりだったんですかい」
ノートンが茶々を入れるように言った。
「えーとね、実は適当に吹けば大丈夫かなっと思っていたのです。ペガサスの時もそうだったし……てへへ」
王女は照れくさそうに笑った。
「そいつはまた……サーシャ様らしいですな」
ノートンのセリフの後半は彼の口の中へ消えた。もっともサーシャはあまり気にしていないようだ。
「それでは……はい!」
にっこりと微笑むと、王女はラフィンに向かって『飛竜の笛』を差し出した。
「え?」
サーシャの唐突な振舞いに、ラフィンは戸惑う気持ちを隠せなかった。
「ラフィンがこれを吹いてみて」
ラフィンの驚いた顔が面白かったのか、サーシャはクスクス笑いながらお願いした。
「お、俺……いえ、私がですか?」
「うん……! だって貴方は経験者でしょう? 私よりも上手にできると思うの」
「しかし……」
ラフィンは小造りの可愛らしい手の上に載った笛を見ながら、それを受け取るべきか躊躇した。横目で見ると、案の定ケイトが渋面で彼を睨んでいる。
この笛はつい先刻までサーシャが口をつけていたものだ。だから、今ここで彼が吹くならば、それは間接キスということで……
「どうしたの?」
固まってしまったラフィンの顔を、サーシャが不思議そうに見上げた。王女自身には間接キスという意識はないらしい。結構鈍いところのある少女なのだ。
(というよりもだ。どうして俺はこんなことで年若い少年みたいに動揺しているのだろう? たかが間接キスだぞ?)
ラフィンは一瞬、深い疑問に囚われた。こんなことは恐らくサーシャ以外の相手には感じないだろう……
「コホン」というわざとらしい咳払いの声が、彼の思考を妨げた。
ケイトがしかつめらしい表情でかれらを見ていた。
「サーシャ様、ご自分の唾液をつけた笛を殿方に吹かせようとなさるのは、あまり趣味の良い振るまいとは言えませんよ」
とサーシャに向かってやんわりと嗜める。
「え、私、唾なんてつけてないもの。唇でそっと触れただけです。大げさだわ、ケイト」
サーシャが不満の声をあげた。けれど、不意に王女の頬が桜色に染まる。
「で、でも……やっぱり私が吹いてみるわね」
ようやく間接キスであることに思い至ったらしい。サーシャは赤い顔で恥らうように俯いた。
「……だって、ラフィンがやってみて失敗したら、専門家の面目丸潰れだと思うし」
と弁解がましく呟く。
「ま、まあ、何事も経験が一番ですからね。たとえ失敗するにしてもサーシャ王女ご自身が挑戦することこそが大事だと思いますよ」
頷きつつ、ラフィンが年長者ぶって言葉を紡いだ。けれど彼の顔には朱色が差していた。王女の様子につられたのだ。
(どうしてこの俺が……)
と思ったが、決して悪い気分ではなかった。