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ブラードの街。シーライオンとその友軍の面々は、しばしの休息の時を楽しんでいた。
今日はケイトの様子が変だ。 「はぁ……」とか「ほぅ……」と、しきりにため息をついてる。 「ケイト、どうしたの。体の調子でも悪いの?」 サーシャが心配そうに尋ねた。 「いえ、そんなことはありませんよ、姫様」 気遣うサーシャにケイトは微笑んでみせた。サーシャは納得しない。 「でも、朝からため息ばかり」 「そうでしたか……?」 ケイトが少し驚いた顔をした。 「覚えてないなんて……やっぱり熱でも……」 サーシャがケイトの額に手を伸ばす。ケイトはくすっと笑うと、サーシャの手を取り、自分からおでこをサーシャのそれと触れ合わす。 「ね、別に熱くはないでしょう?」 「そうね……じゃあ、ぼーっとしてるのは寝不足のせいかしら?」 ケイトの額に触れながら、サーシャは呟いた。ケイトが聞きとがめる。 「寝不足はひどいですよ。お肌が荒れると嫌ですもの。とりわけ今日みたいに大切な日は」 「大切な日?」 サーシャが訊き返すと、ケイトは満面の笑顔で頷いた。どうやらこれが言いたくてたまらなかった様子だ。 「ええ。実はジークにブラードの街を一緒に回ってみないかと誘われまして」 とても幸せそうな表情でケイトが説明した。サーシャがその言葉の意味を吟味する。 「ふむふむ、初デートなわけね……うふふ、おめでとー!」 我が事のように喜びながら、サーシャがケイトのことをきゅっと抱きしめた。何しろジークとのことは以前から何度も聞かされていただけに、彼女にも格別な感慨があった。 「でも、だったらどうしてため息ばかり漏らしてるの? 着ていく服が決まらないの?」 サーシャが不思議に思って尋ねると、ケイトは恥ずかしそうに、 「私、男の人とデートするのは初めてで……」 「それは知ってる」 サーシャがツッコミをいれたが、ケイトは無視して、 「い、いきなりキスとか迫られたらどうしよう、とか、断ったらどう思われるかな、とか……きゃーっ、恥ずかしい!」 くねくねしながら、火照った頬を両手で押さえるケイト。サーシャはあっけに取られた表情で側近の女性騎士の様子を眺めていたが、 「そうだ。でしたら、キスの練習をしておきましょう」 さも名案を思いついたみたいに、サーシャはポンと両の手を打ち合わせた。 「れ、練習ですか? どうやって? 相手がいませんよ」 ケイトが疑わしそうな声を出す。「キスの練習」って何、と言いたそうだ。 「相手ならいるもん」 サーシャが言った。 「は? どこに?」 「わたしー!」 王女は自分のことを指差しながら、楽しそうにクスクス笑った。 「姫様と?」 ケイトが素っ頓狂な声を出した。サーシャは気にせず、 「女の子どうしなら回数に入らないと思うの。ううん、それ以前に唇を重ねなければ、もう万事解決という感じね」 「そういうものでしょうか。というより、それでは練習にならないのでは」 「雰囲気を経験してみましょ。どうせケイトのことだから、『直前に鼻息をかけたらどうしよう』みたいなことで悩んでるのでしょう?」 と、サーシャは身も蓋も無い。 「う」 図星をつかれ、ケイトは口ごもった。 「練習、練習」 サーシャが能天気に促した。ケイトの手を引いて自分の肩の上に載せ、顎を心もち上げて目を閉じた。 「さ、どうぞ。でも本当にキスしてはダメなのよ?」 「……」 ケイトがゴクッと唾を飲み込む。 ややあって、彼女は言った。 「あの、姫様」 「な、なぁに?」 サーシャの声は少し上擦っていた。何だかんだ言っても恥ずかしくなってきたらしい。ほほえましく思って、ケイトはくすっと笑う。 「やっぱり、やめましょう。こういうのって、練習する類のものではないと思いますよ」 サーシャの髪を一房撫でながら、 「姫様のお心遣いはありがたいのですが」 「そ、そうね。私もそんな気がしていたところなの」 サーシャが真っ赤な顔で同意した。
「それで、これからどうするの? 彼とは宿舎から一緒に出かけるの?」 おめかししたケイトを眺めながら、サーシャが尋ねた。ウエルトでは男性みたいな格好で通していた彼女を見なれているだけに、ケイトの変貌ぶりに少し驚いている。 「いえ、私はそう言ったのですが……さすがにそれでは雰囲気も何もあったものはではない、とジークが申しまして。街の広場で待ち合わせしているのです」 「ふーん」 「では、姫様。失礼させていただきます」 「ええ。がんばってきてね」 サーシャは応援の言葉をかけた。 「な、な、なにをがんばるのでしょう」 ケイトがなぜかうろたえながら訊いた。 「さあ? 私、子供だからわからなーい」 サーシャが笑うと、ケイトは勝手に何事か想像したらしく、ますます頬を赤く染めた。
(いつも凛々しいケイトがあんな風になるなんて) 「ほえー」という表情でサーシャはケイトを見送った。 (これが……こ…恋のなせる業なのかしら) と感心する。ちょっぴり親友が羨ましくなった。 (私も誰かに恋してみたいな……) そして、身近な男性の顔を浮かべてみる。 ……けれど、ケイトのような幸せいっぱいの笑顔で彼らに寄り添っている自分の姿を想像することはできなかった。 (ま、いっか。別にどうしても殿方とお付き合いしたいわけでもないし) サーシャはあっさり前言を翻す。
「そうだ、ホームズでもからかってこよっと」 兄みたいな青年の困った顔を想像し、王女は思わずほくそ笑んだ。 (カトリちゃんやシゲンさんも一緒にいるだろうし) シーライオンの人たちは皆面白いのだ。
<了>
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