|
ウエルトの皆は連帯感が強く、事あるごとに集まります。平素の体力作りも一緒です。 彼らはこれから車座で柔軟体操をするようです。めいめい相手を見つけて組んでます。ロジャーとメル、バーツとトムスなどなど。 おや、サーシャ王女は一人です。さすがに王女殿下の体に気安く触れる者はいないみたいです。 いつもはケイトと組むのですが、今日は体調を崩して休んでいるのです。 ルカは王女をちらちら見てますが、言い出す勇気は無いようです。まごまごしているうちにライネルに付き合わされてしまいました。残念そうなルカ。 「おや、姫様。相手がまだ決まってないのですか」 のっそりとノートンが近づいて尋ねました。ルカは恨めしそうにその様子を見ています。 「ハイ!」 屈託無く王女は答えます。皆の遠慮がちな態度には慣れているのです。少し哀しいことですね。ノートンもそう思ったのか、 「じゃあ、俺と組みましょうか」 と提案しました。 「うーん……でも別に平気なの。私、こう見えても体は柔らかいんですよ。柔軟体操は得意です」 にこにこしながらサーシャ王女は言いました。誘われたことがやっぱり嬉しかったみたいです。 「ダメですぜ、楽をしようなんて」 他人に強く背中を押してもらわないと前に屈めない、体の硬い人っていますよね。 「へいきへいき。見ていてくださいな」 サーシャ王女は笑うと、合図にあわせて体を前に傾けました。 「いっち、にっい……」 皆で一緒に体を曲げます。 「おお、すげえ……」 思わずノートンが感嘆の声を漏らしました。王女の体はぺたんと地面に額を接する柔らかさです。 「ね?」 ノートンを見上げて、王女はちょっぴり自慢そうに言いました。
「……じゃあ、相手と交替して」 合図を出していたラフィンが言いました。
「あら、私に付き合わせたせいで、ノートンの相手がいないわね。よければ私が背中を押しましょうか」 サーシャ王女は立ちあがり、体についた草や砂をそっと払いながら訊きました。 「へへ、お願いします」 我が意を得たり、といった表情でノートンが腰を下ろしました。 (あの野郎め) 一部始終を見ていたライネルが心の中で舌打ちしました。親友の魂胆はわかっているのです。 彼はルカの背中を押す番でしたが、つとその場を離れると、 「おい、ノートン。お前は普通人よりも体が硬いんだから、楽しようなんてダメだぜ」 親友に向かって、さっきの彼と同じようなことを言いました。 「な、何のことかな?」 ノートンが白を切ろうとします。 「姫様の細腕じゃあ、お前さんの体を押しても無意味だよなあ?」 とぼけていたノートンの貌にギクっとした表情が浮かびました。どうやら図星だったみたいです。非力なサーシャ王女に背中を押して貰い、体を深く曲げないで済ませよう。そんなつもりだったのでしょう。 「姫様、申し訳ありませんが、ルカと組んでやっていただけませんか?」 ライネルが王女に申し出ます。それを聞いたルカがあからさまに体を震わせました。 「はーい」 サーシャ王女は気安く承知します。ルカの顔がぱぁぁぁっと明るくなりました。 「よろしくね、ルカ」 王女が側にくると、ふわっと芳香が漂いました。 「は、は、はい!」 ドギマギしながらルカは答えます。 「私、がんばってルカの背中を押しますから」 王女はライネルに非力扱いされたことを少し気にしているようです。 「痛くても手加減しませんからね?」 サーシャ王女はそう言うと、ルカの背中にぴとっと繊手を当てました。 (……う) 王女の小さくて柔らかい両手から伝わる体温に、ルカは思わず感動しました。 ……そして、ライネルには幾万もの感謝を。
「それでは始めようか。体の硬い者は相方がちゃんと背中を押してあげるように」 ラフィンが号令しました。
「いっち、にぃ……」 すぐ後ろ、息のかかるような近くから憧れの姫様の声が聞こえてきて、ルカはすっかり夢見心地です。 「あら、ルカも柔らかい体をしてますね」 サーシャ王女が感心したように言いました。 「……はあ。まあ」 息を弾ませながら、ルカはようやくそれだけ答えます。全力で上半身を前に倒し、本当は太ももあたりの筋肉がすごく痛いのですが、姫様の前で格好悪いところは見せられない。そんな一心でした。
「ふぎゃああ!! 死ぬ! 死ぬっ! ライネル、もう勘弁してくれっ!」 「何つー硬え体だ! いや、腹がつかえてるのか?」 少し離れたところから、賑やかに騒ぐ声が聞こえました──
<了>
|